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by ruhiginoue
 千葉大医学生らの集団レイプ事件で、犯人の身元が伏せられているのは、被害者が誰なのか判ってしまう可能性があるためだと警察は発表した。
 ところが、これを百田尚樹は、政治家など誰かエライ人の息子が犯人だからではないかという憶測があるとしたうえで、そうでなく実は犯人が在日外国人だからではないか、などと言いふらし、こうした彼の言動に対し大きな批判の声が巻き起こっている。

 そもそも、これまでずっと、在日外国人が犯人である場合も実名は発表されるし、報道もされている。在日外国人なので実名を伏せられたというのは最初からありえない話だ。在日外国人の排除と差別を扇動する目的でデマを飛ばしたのならトンデモナイことだが、それにしても口からデマカセの程度がひどすぎる。だから、この百田という人の心性はネトウヨとほとんど同じだと言われるのだ。

 さらに、先日発売された週刊誌『フライデー』が、「千葉大学医学部レイプ事件『これがエリート医大生の素顔だ』」と題して、容疑者たちの素性をスッパ抜いた。
 これで、「犯人は在日外国人」という百田のツイートにはなんの根拠もないことが、さらにハッキリした。
 この記事によれば、犯人は父親も兄も弁護士という法曹一家、日本法曹界でも指折りの名家、曾祖父は東京帝国大学法学部で岸信介元総理の学友、最高裁判事などを務め、また身内には法律関係の財団法人の理事長や各弁護士会の幹部経験者などが「ゴロゴロ」いる、と知人が証言している。

 つまり千葉県警が成年の容疑者であるにもかかわらずその氏名を公開しなかったのは“法曹界の名家”であることに配慮した結果だったのであり、ちまたで囁かれていた憶測のとおりだったのだ。
 しかし、百田尚樹は相変わらずしょうがない奴だというのは、もう分かり切っていることだ。むしろここで真に問題なのは、それなりの地位の人の馬鹿息子が犯人だったから名を伏せたということの方だ。

 これについて、すでに指摘するメディアも出始めている。
 周知のとおり、弁護士・検察・警察の司法は身内に甘いうえ、組織同士もお互いにべったりの関係であり、不祥事をかばい合う関係にある。
 そうなると、当然ながら今回の事件についても法曹界のルートを通じて情報公開に圧力がかかったであろうことは想像に難くないし、容疑者の曾祖父が安倍晋三首相の祖父・岸信介と親密な関係にあったことを警察組織が忖度した可能性もあるだろう。
 ということだ。

 法曹界が身内の不祥事をかばい合い、そのため露骨に汚いことをする実態は、すでにここで具体的に取り上げている。
 例えば、防衛医大の医療裁判の件である。防衛医大の側でも、問題のある医師を放置しては自衛官とその家族さらに国民全体の命に関わるとして責任の所在を明らかにして被害の賠償もした。
 ところが、問題を起こした医師個人に雇われた弁護士は、その医師が防衛医大を去ってから開業して商売できるようにと、不祥事の隠蔽工作をした。そのため捏造の証拠を出したとか、事務所のホームページに虚偽を書いたとか、そういう問題を法廷で問われることになった。
 すると、その弁護士はまともに反論をせず、元高裁判事であることや国の委員をしていることなどを強調して露骨に「政治的配慮」を求めた。
 すると呆れたことに裁判官も応え、訴えられた後から事務所のホームページを書き直しているので最初からこう書くつもりだったはずだから違法ではない、などなど非常識が満載された判決であった。
 これは何かの冗談かと思うほどだが、判決文に堂々と書かれていて、読んだら弁護士も法学部教授も椅子から転げ落ちそうなほどビックリ仰天した。

 また、その弁護士が所属する東京弁護士会に懲戒請求したところ、侮辱的な文書を送り付けてきたうえ関係者にまで送付するなどの迫害を受けた。
 このため訴訟にしたところ、訴えのとおりその東弁の作成した文書には証拠の裏付けのないことが書かれていると判示はされた。
 だが、日弁連に異議を申し立てて訂正する制度となっているし、誤りが故意であるか不明なので、損害賠償請求は棄却された。

 そこで、この判決を基に日本弁護士連合会に異議を申し立てたが、日弁連は何の根拠も示さず、東京弁護士会は正しいという文書を送り付けて来た。そのうえ綱紀委員会に異議を申し出たが、なんと日弁連から、提出期限に遅れたから無効だという返答があった。
 もちろん遅れていないし、提出したさい窓口で日付入りの受け取り印を捺されているなど明確な証明がある。
 しかし、それを訴える場が無い。これを知っていて、日弁連は毎度のようにこの手口を使用している。このことも周知であり、各地で大勢の人たちが問題にして批判しているが、それでもお構いなしにイカサマをし続けている恥知らずぶりである。

 そうしたら、例の『週刊ポスト』などが取り上げた大橋巨泉氏の死去に関しての問題である。あの元防衛医大の医師が関与していたのだ。彼が大橋氏に薬の誤投与をして衰弱を促進してしまったという指摘を他の医師がしていた。
 これに遺族は悔しがり、まさか防衛医大で医療過誤事件を起こし裁判で敗訴した「前科」のある医師だとは知らなかったし、防衛医大で皮膚科の講師だったのに辞めてから専門外に手を出していたとも知らなかったと言う。

 このように、法曹界の腐敗と身内不祥事隠蔽は人命にかかわる問題である。それに比べたら、小説家の下品な発言もひどいとはいえ深刻さが違う。


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# by ruhiginoue | 2016-12-04 15:13 | 司法 | Trackback | Comments(1)
 毎年、年末になると今年の言葉というのを雑誌や寺などが発表するが、そのさい「流行語大賞」に疑問が出る。それは自分と意見が違うという反感ではなく、そんな言葉は流行していないというもので、かつ、そもそも流行語ではないということだ。

 もうずいぶん前のことだが、あるテレビ番組で「流行語大賞」が発表されたという話題のさい、女性お笑い芸人が語尾に付けて言う決まり文句「だっちゅーの」と、人気だったテレビドラマの題名「ショムニ」が選ばれたということに対し、いつも出ているアナウンサーが「だっちゅーの、ならふざけて言っている人がいたけど、ショムニなんて誰も言ってませんよね」と指摘していた。ドラマの題名だとは知っていても、そこから転じて何かの表現に使うということは無かったからだ。
 
 こんな昔から、そもそも流行語ではないものが流行語大賞になってきたのだった。みんなが使うから流行語であり、ただ話題になったものを表す言葉ではないのに。
 だいたい、日常的に使える言葉でないと流行しない。だから昔から「超〇〇」とか「記憶にございません」とか、そんなのが流行語とされた。なのに話題になったものを示す言葉だというだけで「流行語」と言ってしまうことが多い。

 しかし今年の「日本死ね」は、使える点では合格だ。実際にこの匿名ブログの怒りの言葉は模倣もされたし、この言葉の意味は、国の政策を批判し、こんなことでは日本の将来はお先真っ暗ということを、他人事でも一般論でもなく自分の子供のことでまず怒っていて「保育園落ちた日本死ね」と表現したものだったから、政治家が取り上げもして、これまで日の当たりにくかった問題を明るみに出したという意義が認められた。

 また、これにいわゆるネトウヨおよびその体質の人たちが反発し、「日本死ねなんて流行ってない」とか言っているが、そんなことを言っている人たちに限って、そのブログを書いた誰かや、これをきっかけに問題として取り上げた議員らに対し、「日本死ね」は反日だなんだと罵声を浴びせていたのだから、手前で流行させる役割を担っておいて後で否定する滑稽さである。

 ところで、これについて、つるの剛士とかいう芸人が、汚い言葉だと文句をつけたり、大して流行ってもいない「神ってる」が相応しいとかツイートし、そこには生まれたばかり子供を抱く自分の写真が掲載されていて、「日本人としても親としても僕はとても悲しい気持ちになりました」と述べている。
 これでは、国に対する批判が起きる現状を子供を持つ者として残念に思う、というのではなく、他人事なので必死の叫びなど意に介さず、言葉尻を非難して国の無策を免罪しているだけだ。
 まず曽野綾子の二番煎じであり、津川雅彦の「言う奴が死ね」に比して少し綺麗事っぽくして、上品ぶり、いい子ぶり、体制に媚びようとする意図が見え透いている。しょせん芸人にはこの程度の人が少なくない。

 ただ、保育園落ちた日本死ね、は飽くまで怒りの比喩だけど、武器輸出して儲けようとかカジノで儲けようとかいう国は、ほんとに死ねと言いたくなる。少子化といいながら保育園に入れず、無認可とか無資格の人しかいない保育所で乳幼児が死んだりする国は無策だが、戦争や博打で儲けようとする国は悪徳である。



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# by ruhiginoue | 2016-12-03 13:26 | 芸能 | Trackback | Comments(2)
 先月の11月25日も、また三島由紀夫の追悼式典が行われたが、正直言って子供の頃は、自衛官たちがバカで三島の説く崇高さに付いて行けなかったと思っていたが、いちおう大人になり社会で多少とも苦労したら考えが変わった。

 それは、当時自衛官だった人が言っていたことを、よく理解できるようになったということだ。ちょっと体験入隊して仕事もせず特別扱いされ「先生」とチヤホヤされていた有名人が、いきなり日本刀を振りまわして暴れ重傷者をだしたうえ、バルコニーから隊員たちを見下ろし、まさに「上から目線」で説教したら、これは誰でも怒るはずだ。

 また、自民党の政治家も、よく若い自衛官のことを散々「頼りない」とか「もうちょっとマシなのがいないのか」とか言ってきた。そんなことが続いてきたのだから、たまには言い返したくもなるだろう。
 もちろん、頼りない防衛相なのは事実でも自衛官募集のビラに書くのは褒められたことじゃないし、それが女性であることを強調していては問題になって当然だ。

 その、女性の稲田防衛相が少々頼りないという秋田の自衛官募集ビラのため関係者の処分が検討されているとの報道で感じたことは、少々頼りないんだったら前の中谷防衛相もだけどね、ということだ。
 あの人が防衛大を出ていて自衛官のころにレンジャー訓練をやったことがあるなんて言ってたから、それが本当だとしたら、若者を自衛隊に入れて鍛えるべきだと言う話を聞くたびに、無駄だよと思ってしまう。
 そもそも、三島由紀夫のような見かけだけの筋肉を作るのとは大違いの地獄の特訓を成し遂げて隊内で一目置かれる人が、内部のイジメで自殺ということがあるから、鍛えればいいというのは迷信だ。
  
 そして、強がって見せる危険は女性にもあり、昔から「女性だから」と言われたくないので強がり無闇に戦争をしたがる女性の政治家がいる。あのサッチャーもヒラリーも「鉄の女」を気取り多くの血を流したし、小池都知事がかつて防衛相になったとき自衛隊の内部では危惧があったそうだ。
 だから、国会答弁で突っ込まれて涙ぐむなどしたとしても、いくら頼りないと言いたくても、それは言ってはいけない。危険だからだ。



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# by ruhiginoue | 2016-12-02 17:35 | 政治 | Trackback | Comments(0)
 今日は、長い間に渡り忘れられたようになっていた映画が、福島第一原発事故の後にDVDになったという話。
 この『悪魔が最後にやって来る』は『オーメン』を意識した内容で、製作と監督が『エクソシスト』を意識した『夢魔』と同じである。だから同じ人たちがホラー映画の二大ヒット作のエピゴーネンとかパチモンを作ったと言われたものだった。

 ところが、『夢魔』は『エクソシスト』の真似であったが、『悪魔が最後にやって来る』は『オーメン』の真似ではなく続編に使えるネタを先取りしたような内容で、続編『オーメン2』より先に製作された。

 そのうえ、悪魔の化身の壁画を女性ジャーナリストが主人公に教えるとか、悪魔の分身の謎を解いた者が電話で主人公に知らせようとしたが機械の誤作動で室内に閉じ込められたうえ逃げようとして密室内で機械に胴体を挟まれて死ぬとか、『オーメン2』と共通するものがあり、本家の方が影響されたのではないかと思えるほどだ。

 さらに、悪魔の申し子が成長してイケメンの経営者になって権力にも接近し、世界を破滅に導く陰謀をその事業の中で実行しようとするところなど、『悪魔が最後にやって来る』が先にやってしまったため、第三作『オーメン最後の闘争』でダミアンはやることがなくなってしまい、大きなことをせず暗殺ばかりしているかのようだ。

 その大きな陰謀というのが、黙示録の怪物といわれる七つの頭を持った悪魔の獣を思わせる七基から成る巨大原子炉の建設であった。黙示録の怪物が火を吐いて世界を炎上させるように、七基の原子炉は爆発したら連鎖反応で地球を焼き尽くす。
 最初、建設会社を経営している主人公は、エネルギー危機に対応するためと言って乗り気だったが、跡取り息子の推進する計画がまるで黙示録であると神父などから警告され、息子は本当に自分の子供なのかと疑い、計画をやめさせようとする。

 しかし、計画に疑問を抱いたり反対したりする者たちは次々と不可解な惨死を遂げる。主人公は、反核団体や環境保護団体が叫ぶ建設反対のシプレヒコールを、最初はウザいと思っていたが、次第に不安になってくる。

 こちらのほうが『オーメン』の完結よりはるかに面白い。もちろん、製作したのがマカロニウエスタンのイタリアだから、やはりエピゴーネンとかパチモンとかの映画ではある。
 そんなものに、よくカーク ダグラスが出演したものだと言われたが、彼はこの当時『フューリー』というオカルトがかったスパイアクションにも出演していた。
 そして、息子のマイケル ダグラスは『チャイナシンドローム』で真面目な原発を告発していたが、もっと大スターの父カーク ダグラスがオカルトで原発批判していたというのも面白い。

 また、イタリア映画音楽の巨匠エンニオ モリコーネの音楽も素晴らしい職人技である。『エクソシスト2』とともに、彼のホラースコアの傑作だ。




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# by ruhiginoue | 2016-12-01 19:00 | 映画 | Trackback | Comments(0)
 トレードマークのカストロ帽といえば日本だと長谷川和彦だった。監督作品『青春の殺人者』と『太陽を盗んだ男』にカメオ出演しているときにもかぶっている。これはネットで拾った写真。

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 カストロで印象的だったことは、まず、キューバの街中で外国のテレビがインタビューしているのに答える市民たちが、けっこう率直にカストロについて語っていて、その政策などについては平気で批判しながら人柄のことになると「ただ、彼は好きだよ」と言って、それが正直なところというふうだったことだ。これはキューバの国民性とカストロのカリスマ性のためだろう。

 また、アメリカの大統領選挙で、ブッシュ父は経験の長さをウリにしたが、若さをウリにするクリントン夫に敗北した件で、どう思うかと問われたカストロは、「経験も若さも大事だ。若いうちに経験があることが理想的だが」と言っていたこと。彼は若いうちから色々と経験したが、後から、あの時もっと知っていたらという思いもたくさんあっただろう。

 ところで、キューバ革命の直後、カストロはアメリカでも英雄とたたえられていて友好的だったが、改革の中で外国人の土地所有を禁止し米企業の利益を損ねたため対立した。これはNHKなども報じた世界の常識だが、米の報道だけ違った。CBSのいつも「リベラルな」マイク ウォーレス記者は、カストロが反対派を処刑したことをアメリカが非難したからだと述べた。


 こういう報道に触れているうちに、アメリカの「リベラル」は全部まやかしだと気づいたし、アメリカの大手報道も、その受け売り拡散をする日本の大手マスコミのことも信じてはいけないと確信した。




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# by ruhiginoue | 2016-11-30 18:28 | 国際 | Trackback | Comments(5)
 和田アキ子が紅白歌合戦に落選したという話題は、もっと関心の強い人たちによって色々と言われていることなので、ここではこれをきっかけに個人的に思い出した話をする。

 そもそもアイドル歌手という分野が日本の芸能で確立した七十年代から全盛期の八十年代にかけて、歌の下手な歌手が大勢いたと同時に歌の上手いアイドルもいて、それが女性には特に珍しくないほど存在してきた。

 その中で、松田聖子のように特異な天才は別にして、八十年代前半の中森明菜とか、後半の田村英里子とか、いくらでも名を挙げられる中で、誰が最高の歌の上手いアイドルの女性かというと、おそらく山瀬まみだろう。彼女はいかにもアイドルという歌からアニメの主題歌やコミックソングや舞台のミュージカルまで、歌の特色に合わせて歌声を自在に変化させるから、歌手としてたいへんな技巧派だ。

 それで、歌に自信があるから安心して、テレビの司会やCМでひょうきんな言動をしているのかもしれない。そう思えるくらい歌が上手い。もちろん例の「すぐ泣く」などによってアイドルとしてのキャラクターが本当に崩壊したのかもしれないが。

 そして、山瀬まみと井森美幸のコメディアン化によって、ホリプロではアイドル歌手の路線を保っているのは和田アキ子だけになってしまったと笑い話にされていた。これは後に深田恭子などが出現するまで言われていた。ちなみに深田恭子も歌はかなり上手いと評判である。

 この和田アキ子は、その言動が色々と話題になっていて、それで嫌う人もいるけれど、そういうのとは違って完全に笑い話になっていた人が井森美幸であった。彼女はよくボケ発言をしているが、天然ボケの発言をするアイドル歌手なら浅田美代子や西村知美などが良く知られているけれど、井森美幸のボケ発言は「群馬県は盆地」などトンデモ発言でもあった。

 あの時、オウム真理教事件の話を取り上げていたので、その題名は忘れた番組を見ていたのだが、何かの話のはずみで夏の暑さの話になり、そこでアシスタントのように出ていた井森美幸は、自分の出身地について「群馬県は盆地だから暑いんですよ」と言った。
 これは、内陸で高原ではなく山に囲まれている土地は風通しがよくないので暑いということと、京都や甲府など盆地も同様であることとを、まぜこぜにしてしまったようだ。

 この人は何を言っているのかと思っていたら、やはりテレビ局も電話が鳴りっぱなしで、特に群馬県の人からは、出身者が故郷を語っているときに間違うなんて恥ずかしいと言われたらしい。

 そんなことを、和田アキ子の紅白歌合戦落選から間接的に思い出したのだった。また、もともと歌の上手いアイドルがいたから、最近の、アルファベット三文字と二桁数字のアイドル集団の学芸会には辟易している。
 


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# by ruhiginoue | 2016-11-29 17:41 | 芸能 | Trackback | Comments(1)
 キューバのカストロもと議長が亡くなった。90歳だったそうで、彼はアメリカが滅びるまでは死なんぞと頑張っていたがトランプが大統領になって夢が叶うと思い逝った、という冗談が言われている。

 ところで、キューバは貧しいというのは派手な商品が出回っていないだけで、医療や教育などの充実まで含めて比較すると、特にアメリカがそうだが、貧富の差が大きくて一部の人だけ贅沢している国のほうが生活の点でダメだという指摘がある。
 そうなると日本もかなり拙いのだが、自分が恵まれていて努力しないでいい生活している人としては、よい国ということになる。

 その最悪の例として、中学のときの学年主任がいた。親から継いだ事業のため働かなくても良い身分だから趣味で教師をしていると公言し、担当の社会科では反共ぶりを発揮して、「ソ連では行列して買い物をする」など、当時の水準としても陳腐な話をしていた。
 だから「作りすぎて余らないようにするのが悪いのか」と質問されても答えられず、「庶民が貧しいのは宇宙開発や軍事の予算が多すぎるからではないのか」と、よく言われることを質問されても、「防衛費は多ければ多いほどいいんだ。日本も徴兵制度を復活させるべきなんだ」と頓珍漢な反応だったが、特に呆れるのが「医療や教育が無料であることは良いのではないか」という質問には、「私はうちが金持ちだから関係ない」と。

 この程度の教師はよくいるから、今でいう学校リスクの一種なのだろうし、当時はモスクワの行列についてマスコミが政治的意図から宣伝していたので、鵜呑みにしていたり洗脳されている人も少なくなかった。

 後に、例えば宮崎駿は「肉なんて本来は行列して買うくらいが健全でしょう。そのほうが地球は綺麗ですよ」と言って、不自然な大量生産が汚染を引き起こしていることの象徴として引き合いにだしていたけど、そういうことが言われるより前の時代ではあった。
 もちろん、それよりもっと前から指摘はあった。それが『ノストラダムスの大予言』の映画化にも出てきて、人口の増えすぎで食糧難になるという問題を話し合う国際会議でアフリカの代表が「人口増加というが、世界中の農業で生産されている穀物があれば全人類が飢えることはない。ところが、その穀物を家畜の餌にして食肉に変えるからロスが生じて、鶏だと二割、豚だと五割、牛だと七割が、ロスになる。こうした欧米を中心とした一部の国の贅沢が食糧難の原因である」と発言する。
 
 すると、こういう話をしていると今度は国語の女性の教師が出て来て叱る。「SFなんてくだらない」「古典や名作を」「不安を煽るものではなく、心が豊かになるものを」と言って、「はるはあけぼのようようしろくやりゆく・・・・・」を丸暗記しなさいなどと強要するのだった。これも学校リスクではないか。

 しかし、昔から不可解と言われていたのは、モスクワの行列で、そもそも金が無いとか店に商品が無いというなら買い物に行く人がいないはずなのに、なんで行列するのかということだった。
 それで、直接見た人たちの証言によると、特売品のようなものが来た時は、みんなが買いに来て混雑し、それが無くなると店の棚がほとんど空になり、それをわざと西側のテレビなどが撮影して悪宣伝に使っていたということと、あの行列は買い物ではなくその会計であったということだ。料金計算してその場で支払をするのではなく会計が別窓口で、そこに一気に客が来るから行列になっていた。
 これは日本だとよく病院がそうであるが、このほうが計算しやすくていいのだけど客は二度手間になる。しかしモスクワのスーパーは日本の大学病院と同じで、客の手間を省いてやろうという発想がなかったということだった。

 どうであれ、当時から違和感はあったけれど、主観的願望で語る社会科教師のような人と、社会性のない国語教師のような人(理科などにもいるが)がいて、そんな人たちのほうが、洗脳されやすい人を作るには好都合だから権力が重宝がる、という図式なのだろう。

 


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# by ruhiginoue | 2016-11-28 17:37 | 国際 | Trackback | Comments(1)

プロレスと国会とAV

 成人向けの録画「アダルトビデオ」(AV)に描かれる痴漢や強姦は、それが悪いことにされてない内容なので、影響されて模倣犯になる人がでるのではないかという危惧をする人がいる。
 しかし、これは映画『それでもボクはやってない』にも出て来たように、陥れるために何か持っていたらこじ付けることのほうが多いのではないか。コロンバイン高校の乱射事件から銃社会アメリカを告発した記録映画『ボーリングフォーコロンバイン』の題名は、銃社会の問題から目を逸らして犯人がファンだったロックの歌詞に影響されたとこじつける人たちがいたので、ではボウリングもやっていたから何か関係があるのかという皮肉だった。

 ただ、これは歌手の大槻ケンヂが指摘していたことだが、AVはプロレスと共通していて、見世物にするための演出があるのに真剣勝負であるように見せかるものだから、その暴力性の嘘臭さに気づいていれば娯楽だが、そうでなければ真に受けてしまう人がいる可能性ならある。
 もちろん、これはいつも面白可笑しく話す大槻ケンヂのことだから、その大袈裟さに疑いが生じるということについて「馬場さんの脳天チョップは本当に効いているのかな」と言うなど、真面目一辺倒の話ではなかった。

 ところで、国会の与野党のやり取りをプロレスに喩えたため批判を受けて撤回と謝罪した自民党議員がいた。
 もともと、大袈裟で派手という意味でプロレスを引き合いに出すことはアメリカのテレビなどでもやっていることだ。しかし、その自民党議員は「田舎のプロレス」と表現したため、田舎にもプロレスにも失礼だと指摘された。プロレスの地方興行を観戦したことのある人なら知っていることだが、その試合を盛り上げるための迫力は、普段からの大変な鍛え方がなければ成り立たない。

 それに、田舎ではなく中央の中央である国会で、自民党は大仁田厚とか松波健四郎とかレスラー崩れたちを議員にして野党の議員たちに対して乱暴させてきた。松波など女性の議員に対して暴力をふるっていたことは、被害者の一人である辻本清美議員や周辺にいた目撃者などが証言している。

 そもそも、国会をプロレスと言うなら、もっと面白くやっているべきだろう。何か言うにしてもラッシャー木村のよう聞いていて楽しい話をしたらどうか。それすらできないで、下手な喩はやめるべきだ。
 


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# by ruhiginoue | 2016-11-27 12:54 | 体操 | Trackback | Comments(2)

運転免許自主返納の特典

 過日、高齢者の起こす交通事故について話題にしたが、こうした高齢者の交通事故が相次ぎ死者が出ている事態について政府が対応を協議し、運転免許の自主返納した人の生活の足を確保すべきという指摘があったと報道された。

 これは、かつて国鉄分割民営化など公共交通手段を虐待しながら、同時に、高齢化社会が来るからと消費税を導入しておいて、交通のことは考えてなかったということだ。
 そもそも、国鉄に代表されていた全国規模の組織化された労働者の存在は権力にとって邪魔だったから潰したというだけのことだ。これは言うまでもない常識だが、無関心の人たちが多く、そんな人たちには問題の構造が見えてこない。あの当時は井上ひさしや野坂昭如が熱心に訴えていたが、理解不能人なほうが多かった。そして二人ともすでに故人である。

 今、運転免許の自主返納をしたら、自治体が特典を与えることにしていて、その多くは次のようなものだ。
 
「タクシー代補助」
「廃車費用無料」
「買い物代行サービス」

 この他、「ヤクルト400プレゼント」もある。直接的ではない景品という感じだ。
 すごいのが大阪府であった。
 
「生前遺影写真撮影料・10%割引」
「遺言・相続・成年後見等の相談料無料」
「葬儀・基本コースから5%割引」

 それなら、なかなか引退しない政治家にも適応すべきだったろう。国鉄分割民営化で労働運動つぶしに成功したと自慢する中曾根もと総理とか石原もと都知事とか。





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# by ruhiginoue | 2016-11-26 14:19 | 社会 | Trackback | Comments(3)

パセリの悪循環

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# by ruhiginoue | 2016-11-25 18:44 | 雑感 | Trackback | Comments(3)