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by ruhiginoue

日の丸・君が代の裁判で明暗を分けるもの

 卒業と入学の季節だが、その風物のようになってしまった日の丸・君が代の問題で、拒否した教師が処分されたことを不当として起こされた裁判が、先月は教師側の敗訴となる判決となった。
 「不当判決」の幕を掲げ、裁判所前に集まった支持者たちは落胆と怒りであった。
 しかし、同じ裁判で、逆に勝訴している場合もある。これは時の情勢や担当した裁判官の違いも影響してはいるが、しかし、既に指摘があるとおり、そうした情勢や裁判官などの条件的にはそう変わらなくて、訴えの内容もほぼ同じであるのに明暗が分かれており、そこには共通した傾向がある。
 勝訴した場合をみると、日の丸・君が代が国旗・国歌に相応しいと支持する人たちも少なからずいるから法制化もされた現実をふまえたうえで、それを支持しない人にまで強要することが許されないことはもちろんのこと、一般的にどんな職種でも、業務だからすべて絶対に従わないといけないはずはなく、では教職員の場合、国旗・国歌について仕事だからやらなければならないのはどこまでかという問題や、それを拒否した場合、処分まですることが許されるのかという問題を挙げて、「裁量権の濫用」などについて細かい法律論を展開している。
 一方、敗訴した場合を見ると、だいたいは大雑把で、いきなり大上段に構えて「憲法違反」「思想信条の自由」を主張し、日の丸・君が代がいかに悪く、戦争や軍国主義の象徴であり、だから拒否することが絶対正義であるとして譲らない。
 なるほど、この勝敗を分ける違いについて考えるべきなのだが、後者の人たちの多くは、どうしても考えたく無い様子だ。ただひたすら自分らの主張を一方的にまくし立て、それが通らないと裁判官を非難する。たしかに裁判官は問題大ありだが、それでも勝訴している人たちがいることについてどう思うかと尋ねると、勝った人たちは単に運が良かっただけだと言い放つ。ずさんな論理展開や論証をしておいて、より緻密な裁判を努力と苦労して遂行した人たちを侮辱するのだ。
 それではいけないと指摘をすると、そういう人たちは、「お前は勉強不足だ」「週刊金曜日を読めばわかる」とか「裁判官が悪いのだ。『日独裁判官物語』という映画知ってる?」などと言う。そのさい「ビデオを持っているから貸してあげようか」と得意げに言った人は、よく裁判所前で、自分がお粗末な裁判をしたことを棚に上げて、敗訴した恨み辛みを十数年も訴え続けている爺さんである。私が映画に詳しいどころか日本映画監督協会から招待状をもらってレセプションに参加して雑誌にレポート書いたりしたことがある者だとは知らなかったようだが、それは問題ではない。
 ほんとうに問題なのは、「日の丸・君が代のすばらしさを子供に教えてやるため左翼の教師が邪魔しないようにしなければいけない」とうそぶいてる人たちと本質が同じであることだ。押しつけ反対と叫びながら、反対側からの押しつけをしている。そのことが、あの種の人たちには理解不能なのだ。
 それでもまだ「右」の人たちは、あのしょうもない石原都知事を3選させているなど、いちおうの勝利を収めたうえでの思い上がりだけど、その種の「左」の人たちは、ただ負け犬の遠吠えでしかない。
 自分としては日の丸・君が代を支持するものではないし、強制なんて絶対に反対だが、他にも、なんとなくファッショ的なものを感じている人は多いはずだ。実際にそういう不安の声は、学齢期の子供の親たちから聞こえてくる。
 ところが、反対している人たちに下手に近寄ると、狂信的な日の丸・君が代支持者から迫害を受けるよりも前に、負け犬どもが敵に勝てない八つ当たりで噛みついてくる。これでは誰も応援できないだろう。応援したくないし、したくても出来ないだろう。
 
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Commented by えまのん at 2009-04-02 17:29 x
「日の丸・君が代のすばらしさ」と「公けの場での国旗、国歌に対する国際的な慣習(マナー)」は切り離して論じるべきでしょうな。
Commented by ruhiginoue at 2009-04-02 19:02
 そのとおりです。
 前者について反対するのは思想信条の自由として憲法問題になりうるし、後者なら、それを教えるためにやったところ、たまたま今の国旗と国歌が日の丸と君が代だということだから業務命令に従えと言っても思想信条の問題にはならない。しかし、ではピアノ伴奏をしたくないという教師がいたとき録音でなぜ悪いのかという問題になったりします。
 それなのに、意見が分かれる歴史認識などの問題を持ち出すのはいいが、まるで問題の中心であるかのような訴えをしているから、行政裁判をしているはずなのにイデオロギー論争になってしまっていて、その筋違いに気づかず、自分たちがイデオロギー的に優越しているから勝訴すべきと錯覚して、敗訴したら不当判決だと負け犬の遠吠えをしているから、見苦しいのです。
Commented by マイノリティ at 2009-04-04 07:17 x
>負け犬どもが敵に勝てない八つ当たりで噛みついてくる。
これが本質だから。つまり負け犬=勝つ気は無いが吠えたい犬だ。平和など口ほどに望むわけがない!(笑
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by ruhiginoue | 2009-04-01 00:28 | 運動 | Comments(3)