井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

滝に打たれるなんて宗道臣が批判してた

 ボクサーの小松則幸選手が、亀田大毅選手との試合を控え、精神修行として滝に打たれていたところ死亡したそうだ。
 これで思い出したのが、少林寺拳法の開祖・宗道臣の「信者のてまえ修行と称して滝に打たれ後で熱を出す大和尚」という言葉だ。
 不合理な精神主義への批判をこめた皮肉だが、今もやっているプロ選手がいたとは驚きだ。
 亡くなった選手は気の毒だが、もしかすると話題作りとしてやらされたのではないかと疑ってみたほうがいいかもしれない。

 Excite エキサイト : 社会ニュース
[PR]
Commented by ZED at 2009-04-15 00:48 x
言われてみれば宗道臣という人は意外とリアリストな武術家でしたね。確か著作で「長年苦しい修行をして仙術を収めた二人の人が川を渡る時、一人は誇らしげに術を使って水上を歩いて渡った。もう一人は渡し守の船に乗った。しかもその渡し賃は今の貨幣価値で言って数十円程度に過ぎなかった。さて、どちらが優れているか」という例え話を披露した事もありました。すべからく武道やスポーツは旧日本軍的精神論第一主義では勝てないどころか悲惨な結末しかもたらさないという好例でしょうか。
Commented by ruhiginoue at 2009-04-15 02:01
 また、空手使いが手のタコを誇らしげに見せて「私は瓦十枚重ねを割れます。あなたの手はきゃしゃですが何枚なら割れますか」と尋ねられ、「割ったことも割ろうと思ったこともありません。瓦は屋根に葺くもので、割るものではありません。なにかわけあって割るとしてもトンカチか何かを使います」と答えたそうです。
 そして空手のパンチが来たらその手を掴みその勢いを利用して投げ飛ばしてしまったとか。
 威力があっても当たらなければ無意味だし、当たっても戦艦大和の46センチ主砲のように威力が有りすぎては無意味ということですね。
 また対人であるから急所のツボを突けばいい。そう言って、中学のとき少林寺拳法の有段者の教師が、クラブで教えているとき、私を相手に見本だと彼は軽くやったと言うが見ていた他の生徒はポンという音が確かに聞こえたと言い、とにかく私は水月撃ち食らって「あべし」とか「ひでぶ」という声すら出ないでしばらく辛かった思い出があります。まあ、こうすれば良いんだなと身体で覚えましたが。
Commented by ruhiginoue at 2009-04-15 02:24
 私はトンデモ医者のため修復不能な筋肉の損傷を受けてますが、最近、格闘家の指導で力の入れ方で補う方法を練習してます。こういう知識はだいたいの医師は知りません。でも、なるべく楽しくやろうと「♬火を吹く赤心少林拳」とか唄いながら。イケメンライダーになる前の、活劇俳優が主役やっていた時代の主題歌ですが。
 宗道臣は笹川良一と親しく当人も右翼でファッショ的したが、それゆえ逆にというか力の限界も知っていて、武術の達人が束になってかかっても一人の相手が自動小銃を持っていては敵わないと言ってました。
 それは極真空手のマス大山も、核兵器が現れ敵味方無く吹っ飛ぶようになって、力の追求も限界に達した部分があるという意味のことを言ってました。
 武術が堕落したのは軍隊が集団でマスプロ教育したから、という武術家もいます。たしかに、もともとは子弟が一対一でポイントだけ指導し、後は独学のはずでした。『燃えよドラゴン』最初の場面のように。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
by ruhiginoue | 2009-04-14 15:21 | 体操 | Comments(3)