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by ruhiginoue

殺した数が神聖化する

 茨城県土浦市で昨年3月起きた9人連続殺傷事件の初公判、検察側は冒頭陳述で、「被告は仕事をするのが嫌で、死刑になって死ぬため事件を起こした」と犯行動機を主張したそうだが、だから希望のとおり死刑を求刑するのだろうか。
 また、求刑のとおりの判決など刑が重い場合は「身勝手な犯行」というのが決まり文句だが、「自分が死刑になるためという身勝手な犯行であり情状酌量の余地はない。よって主文のとおり(死刑)」と書くのだろうか。滑稽である。
 ところで、"One murder makes a villain; millions a hero. Numbers sanctify"「一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む。数が神聖化する」という有名な言葉がある。チヤップリンの映画『殺人狂時代』のセリフとして有名だが、もとは英国国教会牧師で奴隷制度廃止論者のベイルビー=ポーテューズの言葉で、『墨子』非攻編にも「一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む。数が神聖化する」とほぼ同じことが書かれている。
 1995年4月19日に発生し、168名の人命が失われ負傷者も800人におよぶオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件を起こした白人右翼青年ティモシー=マクベイは、もと米軍の優秀な兵士で湾岸戦争の活躍により勲章を受けた英雄だったから全米に衝撃が走ったが、射撃の名手だった彼が戦場で殺したイラク兵の百何十倍の自国民を殺害したので死刑となった。
 では、この件では数が神聖化しなかったかというと、そうではなかった。事件後各種メディアが事件とマクベイについて取り上げ、『タイム』『ニューズウィーク』は彼の顔写真で表紙を飾り、何週間も連続して彼について特集を組んだ。イラク兵をやっつけて勲章を受けたときも、ここまでは注目されなかった。
 やはり数が決め手であるが、その対する尺度によるのだろう。何が罰で、何が賞なのか。そして刑罰を気にせず、あるいは期待して、わざと犯行に及ぶ者もおり、しかも、そのような者ほど大きな犯行を志向する。
 つまり善悪を問うことは、そもそも虚しいのだ。だからするべきことは、どれくらいの悪だからどれくらいの罰、という発想を捨てて、起きてしまったことへの対処と今後の防止、を合理的に割り切って考えることだ。


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by ruhiginoue | 2009-05-01 13:59 | 司法 | Comments(0)