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by ruhiginoue

警察と裁判所、鶏と卵、どちらが先か

 足利事件の再DNA鑑定不一致の問題で、警察の捜査担当者は、鑑定技術の水準など、当時としては出来るだけのことをしたし、結論をだすのは裁判所だと述べたそうだ。
 たしかに、最初から間違いだと知っていたとか、知らなかったけれど、それは知ろうとしなかっただけで、知ろうとすれば知れた、というのではなく、後で結果として間違いだと判ったのなら、遺憾ではあるが責任問題にはならない。そして実際に、仕方がないことだ。しかし、そう言う場合が必ずあるのだから、疑わしきは罰せずの原則を徹底しなければならないわけで、そこの大切な部分が忘れられている。
 また、ここまで来るのに時間がかかりすぎていて、それには裁判所の対応に問題があったと指摘されているが、警察と検察の側から出されたものなら怪しくてもいかがわしくても採用してしまう偏向した裁判官が多いことが、そもそもの原因だ。
 そして、間違いがあろうと結論を出すのは裁判だと警官は言うが、その間違いとは無実を有罪にしてしまうから問題で、それは警察の捜査に基づいていて、裁判所のほうで勝手に間違えるのではないし、とはいえ間違いを採用してしまう裁判に合わせて警察は仕事しているのだから、つまり冤罪が生じるのは警察と裁判所のどちらが原因を作っているかというと、「鶏と卵とどちらが先か」の問題になる。
 このような問題は、誰かを悪者にするのではなく、法曹関係者が協力して改善の努力をしなければ解決できず、それを実現するためには支える一般市民の意識の向上が不可欠である。ところが、何度も指摘するとおり(下記の例など)、日本では良識ある市民の活動が不十分すぎて、幅を効かせているのは、左ががった連中の御為ごかしと自己満足なのだ。

例 日の丸君が代裁判
例 土日P事件
 
 
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by ruhiginoue | 2009-05-09 06:41 | 司法 | Comments(0)