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by ruhiginoue

すぐ謝る日本人

 足利事件について栃木県警が謝罪したとの報道は正確ではない。「誠に遺憾で申し訳ない。ご本人への謝罪については適時適切に対応したい」と言うのだから、「思い通りにならなくて残念だ。この先、場合によっては謝るかもしれない」との意味だ。語彙からすると、そうなるし、この先、国家賠償請求訴訟にもなりうるのだから、その前に勝手に謝って非を認めるわけない。
 他の種類の事件で、例えば病院で患者が不自然に死んだとき、なにかミスがあったようだ申し訳ないと関係者が記者会見で深々と頭を下げて取材のフラッシュが光る場面は有名だが、そのあと裁判になると、病院も医師も看護師も薬剤師もみんな、手のひら返して非は無いと主張しはじめ、時には死者と遺族を公然と侮辱するものだ。
 そして、あのときは頭を下げたではないかと問われると、それはあくまでその場を収めようとしてのことだから、そのときのことを持ち出すのは卑怯だと反発し、裁判官の多くも、その「日本的な習慣」を考慮してくれるものだ。
 そのつもりで外国へ行って何かトラブルがあったとき、つい日本の癖を出してしまい、あとから色々と言っても通用しないということがある。
 
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Commented by q_xx at 2009-06-12 16:27
私は、法的謝罪(法的責任を認める意味)と、社会的謝罪(責任とは切り離して、残念な結果になった人への哀悼の意の表明)を分別できるのが日本人であると考えています。
 でも、謝罪と責任を切り離すのって、理論的に理解するのが難しいんですよね。私もよくわかりません。
Commented by ruhiginoue at 2009-06-12 16:34
 無関係の第三者ではなく当事者なのに責任は取らないが気の毒だと言っておくけど見舞金を出すのでもなくただ口だけ、なんて無意味なことしてくれてもしょうがないし、むしろ余計に不愉快だというのが現実でしょう。
Commented by morita at 2009-06-12 17:32 x
最初に公的機関を通して謝罪すること自体誠意を感じない。
裁判制度の負の部分なのか。
Commented by q_xx at 2009-06-12 19:02
よけいに不愉快に感じる人もいるかもしれません。エレベータ事件のシンドラー社に対して、事故の当日あるいは翌日から、謝れと息巻いている人がいたじゃないですか。あんなの、たった1日2日で法的謝罪ができるわけないのに、そんな要求をするわけです。あれこそ、被害者や周りの人が社会的謝罪を要求している典型例じゃないでしょうか。
Commented by masagata2004 at 2009-06-13 00:06
アメリカ人でも、すぐ謝る人いますよ。ただ、企業とかは別ですけど。
Commented by ruhiginoue at 2009-06-13 03:02
 よく調べないと解らないことを、とりあえず誠意あるようにしてみせないと空気が悪くなるので仕方ない、しかしそのあとは何やらあやふや、ということが多いから、問題になるのでしょう。
 アメリカでは、大企業だと懲罰的賠償金を科されて「マクドナルドの90度のコーヒー」みたいなことになるから、事情がやや異なるのでしょうけど、大資本は謝らない一方で、シルクウッドの遺族にカーマッギー社が賠償金をいちおうは支払っていたなど、驚くこともあります。
 
Commented by q_xx at 2009-06-16 11:58
そうですよね。後々曖昧になることが多いのが問題なのです。つまり、追及の手が緩むことが問題であって、すぐ謝ることが問題ではないのです。それを、すぐ謝ることが問題であるかのように書いたら、誤解の元だと思いませんか。
Commented by ruhiginoue at 2009-06-16 12:57
 たしかに問題の本質は、ポーズ取れば後は「水に流す」という日本的な性癖の方でしょう。
 そのさいの「すぐ謝る日本人」は常套句なので括弧つけておいた方が良かったと思います。
by ruhiginoue | 2009-06-11 23:07 | 司法 | Comments(8)