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by ruhiginoue

読書の秋に新刊のお知らせ

 知人のジャーナリスト寺澤有氏から新刊のお知らせがありましたので紹介させていただきます。
 
 各新聞の本日朝刊で取り上げられましたが、寺澤氏が起ちあげた出版社「インシデンツ」から2冊目の単行本が発売されます。
『福田君を殺して何になる―光市母子殺害事件の陥穽(かんせい)―』というタイトルで、著者は大学職員の増田美智子さんです。
 以下、概要をお知らせしますので、興味がありましたら、書店や彼のホームページ(http://www.incidents.jp/)で、ご購入ください。

 1審、2審の無期懲役判決が最高裁で破棄され、2008年4月22日、差し戻し控訴審(広島高裁)で死刑判決を受けた福田孝行被告(28歳)。現在、再び最高裁の判断を待つ福田被告は、どのような心境で過ごしているのか。福田被告と同い年の著者が1年以上も面会と文通を続け、彼の心の深層に迫る。福田被告の両親や兄弟、友人、恩師、弁護士ら総勢100人以上を取材。内気で不良でもなかった福田被告が、どうして凄惨な事件を起こしてしまったのか。「福田君が死刑になることで、何か1つでも、社会にとって得るものがあってほしい」と願い、取材を続けた著者がたどり着いた結論とは――。ノンフィクション復活をかけた渾身の1冊!

 とのことです。
 よろしくお願いします。

 追記 宣伝成功のようです。

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Commented by Neutralizer at 2009-09-29 17:28 x
 もし、死刑を叫びつつけた本村氏がこれを読んだとしたら激怒して更に死刑を声高に叫ぶことになるかもしれませんね。あの人は妻子の死しかこの事件の視点を合わせていないのですから。
Commented by そらこ at 2009-09-29 20:01 x
そうですね、被害関係者が感情的になってしまうのは仕方のないことだと思います。
それを攻めるのは思いやりに欠ける気がしてできません。
ですが死刑が長期的な視点に立ったときに社会が良くなるための有効な制度になりうるのかわかりません。
被告が例え死刑になっても、彼らの人生は続いていくのですから。
一時的に敵をとったと思うことができたとしても、死ぬまでその精神を保ったまま人生を終えることができるのか。

村上春樹のアフターダークという小説の中にこんな台詞がありました。
「つまりさ、一度でも孤児になったものは死ぬまで孤児なんだ。よく同じ夢を見る。僕は七歳で、また孤児になっている。ひとりぼっちで、頼れる大人はどこにもいない。時刻は夕刻で、あたりは刻一刻と暗くなっていく。夜がすぐそこまで迫っている。いつも同じ夢だ。夢の中では、僕はいつも七歳に戻っている。そういうソフトウェアってさ、いったん汚染されると交換がきかなくなるんだね。」
もしもこんな状態の心持だった被告が本村さんをこれ以上に悲惨な気持ちにさせてしまったのだったとしたら、とても切ないことです。

>とのことです。
冷静ですね、パソコンに唾が(笑
Commented by ruhiginoue at 2009-09-29 20:04
 そうかもしれないし、冷静に読んだら考え直すかもしれません。
 実際、最初の頃の本村氏は後から訂正や撤回を事実上したことがあります。
 例えば、無期懲役は十年もしないうちに出所できてしまうとかいう風説を信じた発言です。十年くらいしたら仮出所の検討をしてもいいということは、それまでは駄目で、そのあとは考えはじめていいということなのに、十年くらいで出られるという勘違いが流布されてました。
 それを前提にしながら死刑を訴えていましたが、言わなくなりました。
 また、会った人はことごとく、テレビで見る本村氏は別人のようだと言ってます。替え玉ということではなく、本心とは違うことを脅されて言わされているのではないかという感じだったそうです。
 あと、江川紹子氏に言ったそうだけれど、勤務先近くで選挙演説してるのから誰かなと近寄ってみたら安倍総理で、そしたら気付いた安倍総理が勝手に「本村さんが応援に来てくれました。犯罪には厳しくします」と言い出したとか、利用されていて本人の意思がどうか怪しいことがたくさんあります。
 

 
Commented by ruhiginoue at 2009-09-29 20:14
 「ホワイトハウス」というドラマで、死刑制度についてどうするべきかマーチン=シーンの大統領らが話し合っている場面があり、その中で「もしも自分の家族を犯罪で殺されたらどうか」と問われ「絶対に感情的になってしまうだろう。だから幸い冷静でいられる今のうちにどうしたらいいか考えているのだ」と答えます。
 だから、感情的になっているのは仕方ないけれど、それに合わせるのは間違いだし、もっと批判すべきなのは、その感情を他人が利用することで、光市事件など最近の風潮がまさにそれです。
 当事者でないから冷静でいることは、むしろ議論に参加する資格があるということです。
Commented by そらこ at 2009-09-30 12:06 x
>「ホワイトハウス」というドラマ
その回は(というよりほとんど)見ていませんが、私が本村さんだったら被告の死刑を望んで同じ行動に出たでしょうし、反対のことが被告に対しても言えます。同じように愚かな罪を犯していました。ありえませんし、感情的で話が逸れていきそうですが。人の立場に立って考えてみなさいと子供の頃言われましたが、とても大変なことだと思います。それを踏まえたうえで、では今の制度をどうすればよいのかでした。
自身は周囲の感情や情報に流されていないか。事実を手にできてるのか。全く感情を排除することが本当に必要で可能なことなのか、自分は感情ありきで行動しがちな人間であるのに。
憲法も理解していない上に、疑問は尽きることがないのに、こんな状態のまま裁判員に選ばれたら、裁判前日にお腹でも出して風邪ひきます。
いろんな思いがつまった人が2人も殺されてしまった事件を、政治の道具として利用されるなんてことがあったとしたら、あってもおかしくありませんが、許せないです。
Commented by ruhiginoue at 2009-09-30 18:25
 ご指摘のとおりですね。誰だって、家族を殺されて感情的にならない自信はないし、異常な家庭で正常に育つ自信はないはずです。
 また本村さんは、犯人の異常すぎる家庭をよく知らなかったかもしれないけれど、それでも「育った家庭が悪くても犯罪者になるとは限らない」と言っていて、これはそっくり彼に跳ね返って「家族を犯罪で殺された人が皆死刑を望むわけではない」と言うことになります。
 だから、当時者ならではの意見というのは無意味だったり有害だったりするし、特に政治利用されると危険です。
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by ruhiginoue | 2009-09-27 19:30 | 雑感 | Comments(6)