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by ruhiginoue

大学ランキングについて

 世界の大学ランキングで、日本の頂点である東京大学でも北京大学より下になっているなど、日本の大学の品質が問われることは多いが、今月の日本の華字紙『日本新華僑報』の編集長は自身のブログで、世界大学ランキングは日本人にとってあまり重要ではないと紹介したそうだ。
 同編集長は、日本への留学体験や、そのさい知り合った日本の大学関係者の証言などから、以下のように指摘と分析ができると言う。
 日本人にとっての一流大学とは主に「旧帝国大学」および早稲田慶応などごく一部の有名私立大学を差し、これらが常に定位置にいる。
 学歴社会の日本ではこうした一流大学への入学は一生の半分が決まったも同然で、卒業生はたとえ在学中どんなに遊び呆けても、就職先に困るようなことはない。
 日本人にとって大事なのは、世界ランキングより大学の就職率。一流と呼ばれる大学の就職率は不況下にあっても非常に高い。
 だから、日本では大学の世界ランキングに関心が薄くて当然だ。
 ということだが、これは日本でもすでに言われている。中国人の新聞編集長にちなんで、日本のジャーナリズムについて言うと、ここにも大学の問題が影響している。
 最近、日本の大手メディアの衰退について、原因としてインターネットの普及が真っ先に挙げられるのは当然としても、これにより比率の低下があるのは解るが、内容まで信頼を失いはじめたことは説明できない。
 ではなにが問題かというと、報道が「上から目線」になっているとの指摘がある。だから人々のためになっていない。これはニュースサイト上にあったばかりで、読んだ人も多いだろうが、そこでも、高学歴を鼻にかけエリート意識むき出しの実態が告発されていた。
 これは色々な形でテレビ画面や新聞紙面に表れているが、その一つに新聞の投書欄がある。かなり前になるがビートたけしが新聞で一番面白くて熱心に読むのは投書欄で、最も生き生きしているからだと言っていた。これには賛成だったが、それがだんだんつまらなくて腹だたしいことになってきた。
 それは九十年代に入ってからで、兆候はもっと前すでにあったが九十年くらいからハッキリと表れた。
 今でこそ「格差社会」が一つの流行語だが、そのずっと前から、今は亡き筑紫哲也氏が、朝日新聞を退社して契約出演しはじめたテレビで、「一億層中流意識」が崩壊して「ニューリッチ」と「ニュープア」に別れはじめたと指摘し、学歴にしても、偏差値の高い大学の学生ほど親の所得が高く、偏差値1あたり四十四万円と、高学歴は金で買える時代になったと指摘していた。
 そして政界と財界は世襲が幅を効かせ、そのうえ官僚や学者やジャーナリストなど「知識人」を養成する学問までが、親から譲り受けたものがないと地位を得られなくなりはじめていて、由々しき事態だと警鐘を鳴らしていた。
 ところが、その後も筑紫氏の古巣であった朝日新聞は、そうした問題について読者から投書があると、反感丸出しだった。それは間違っていると強引に否定する反論の投書を締めくくりとして掲載する連続だった。「一流大学を卒業した者でも就職に苦労している」とか「親が貧乏なら夜間の学校へ行けばいい」という内容で、では「苦労といっても、一流大学を出た自分に相応しい、そんな自分が希望する就職先に行く、そのためのではないのか」「苦学して夜間の学校を出た人を朝日新聞社では採用しているのか」という疑問が当然に湧くが、それらには応えることが無かった。
 真に意義ある報道をしている人は辞めた記者というのは皮肉だが、中にいて頑張っている人もいて、しかし左遷されてしまった。他でもない朝日名物の本田記者(本多ではない方)だが、彼も、朝日新聞は東大出ばかりだから駄目なんだとフリージャーナリストの斉藤貴男氏が言っていたことについてどう思うかと尋ねたところ、「入社したとき横浜国大卒は俺一人で、同期はみんな東大だった。そこへ強引に割り込んだんだ。東大出なんて駄目だ」と言っていた。
 おそらく、駄目な東大出が朝日新聞を駄目にしているのだろう。そして他の大手も同様だ。

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by ruhiginoue | 2009-10-17 13:39 | 社会 | Comments(0)