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by ruhiginoue

司法の限界

 世の中が嫌になったとか人生に絶望した人が、「刑務所に入りたかった」「自殺する手間を省くため死刑に」などと言い犯行に及んだ事件の裁判で、「身勝手な犯行である」からその身勝手な人の思い通りにしてやるという判決になってしまう滑稽さと、法の限界について前に述べた
が、茨城県土浦市のJR荒川沖駅通り魔事件と別の殺人事件で、2人を殺害、7人に重軽傷を負わせたとして殺人、殺人未遂罪などに問われた被告(26)の論告求刑公判で検察側は死刑を求刑し、弁護側は心神耗弱の疑いありと情状酌量を求めるとともに、「死刑を求める被告に死刑を与えるなら死刑が刑として機能しない。強盗に金をやるようなものだ」と指摘した。
 この被告は6月の公判で、動機を問われると「自殺は痛い。人にギロチンのボタンを押してもらう方が楽だから死刑を利用する」と陳述。遺族や被害者に対する謝罪の思いは「感じない」と言い、「おれを殺さなければ、死刑になるまで(人を)殺し続けます」と早期の死刑執行を望んだ。
 また新聞記者との面会では、「死刑は怖くない。やり残したこともないし、早く判決が出てほしい」と笑みを浮かべて話したそうだ。
 被告の父親は被害者遺族9人のうち面会に応じた6人に直接謝罪し、負傷者4人に計1000万円の被害弁償を支払った。遺族には、面会を拒否したり、謝罪は受けたものの「他の人の治療費に回してほしい」と弁償を固辞したりと、対応はさまざま。
 ところが父親のそうした行動について問われた被告は、「余計なこと。払う必要なんかないんですけどね」と冷ややかに答えたそうだ。
 前に述べたときに挙げた例も悲惨だったが、「上には上」というべきか「下」があるというべきかで、暴力団でもここまで荒んでいる人は希だろうし、これよりひどいのはおそらく一部の医師だけだろう。
 それはともかく、このため被害者の思いは複雑で、重傷を負わされた人が「被告の思う通りの死刑にはなってほしくない。一生、牢獄で苦しみを味わうことが罪を償うということ。人の痛みを感じてほしい」と話したそうだ。
 それがもしも認められ、では死刑ではなく無期懲役とか終身刑に、ということになったら、死刑ほぼ確実な被告がダメモトで「死刑になりたかった」と嘘を言う可能性も出てくるだろう。もちろん、咄嗟にそんなこと言ってもすぐバレるから無駄だろうけど。
 つまり、前に述べたことの繰り返しとなるが、何か起きてしまってから司法で解決しようとしても限界があり、別の分野も併せないとほんとうの解決は出来ないということだ。 


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Commented by Piichan at 2009-11-13 16:14 x
東京新聞(「金川被告に死刑求刑 土浦無差別殺傷 『矯正可能性なし』」)lによると、検察は矯正不可能として死刑を求刑していますが、この言葉ほど「国家による殺人」という死刑の性格をあらわした言葉はないような気がします。反省させるよう努力するのが国家の使命であるのに、反省させられないから死刑にするというのが不思議でなりません。

政権交代で死刑執行が当分ないのではないかという見方がひろまっていますが、犯罪報道のあり方をかえることによって死刑廃止にむけた環境を整備するべきではないかとおもいます。
Commented by ruhiginoue at 2009-11-14 13:04
 ご指摘のとおり、権力が強制するのに不可能とは無責任です。どうしても不可能なら二度と犯行に及ばないよう閉じこめておき、自らが生活する分だけの強制労働させても良いので、抹殺しかないことにはなりません。
 おそらく、罪を重くしようとして、更正の余地があるという弁護に反論することにのみ夢中になり、他との整合性まで考えが及んでないのでしょう。

 報道については、よく言われるとおり「上から目線」をまずは改めることです。
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by ruhiginoue | 2009-11-13 12:59 | 司法 | Comments(2)