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by ruhiginoue

本人に確認が要るなら金正日の記事は無理

 輿石東民主党参議院議員会長は記者会見で、マスコミの報道に対し、報道の正確さについて不満を言い、伝聞には本人に最低でも確認するよう要請したそうだ。
 これについて「報道のいろはのいを指摘されるところに、現在のマスコミ報道の問題点がある」と言い、七二年に佐藤栄作総理がテレビだけに話した傲慢を引き合いに出す「エコノミックスニュース」(編集担当:福角忠夫)こそ、報道のイロハのイも知らないというべきだ。
 まず、本人に確認ができないことはいくらでもある。なのに、それが最低条件では金正日など取材がほとんどできない人については報道できない。実際に、彼も含めて取材に応じたがらない人たちは、ありもしないことを面白おかしく言われたり誹謗されたりしている。逆に、そう言う人は、仮に本人に聞けても、なかなか信用できない。
 つまり、伝聞では情報として弱いが、本人だって自己利益のため嘘を言うから、他人から聞く方が正確である場合は多く、しかし本人なら正確であるとも言えるし、つまり「どっちもどっち」である。
 だから問題になるのは、伝聞であるか本人であるかではなく、その内容自体と、他の事実関係との整合性である。伝聞なら、利害関係者か、客観的証言ができる立場か、あるいは客観を装いながら自ら漏洩させた「リーク」か、という問題がある。そして、内容それ自体に矛盾はないか、また、その内容は他の事実関係と辻褄が合っているか、によって信用できるかどうか判断されるものだ。これは本人が自ら語った場合も同様だ。
 そして、佐藤栄作総理引退会見は、「私は国民に直接話したい。新聞記事になると真意が伝わらない」と冒頭に言い放ち、新聞記者を退席させ、テレビカメラに向って一方的に話したが、これは報道されることを拒否し、広報したわけである。
 テレビだって編集でいくらでも手を加えられるのだから、放送する内容は飽くまで取材する側の受け止め方であり、それを明示するためカメラ目線はせずに記者と話しているように少し横を向いて撮影するものだ。
 だから佐藤会見は報道の正確さとは意味がまるで異なる。
 そもそも報道の正確さとは変な表現だ。報道の基になる情報なら正確さという意味があるけれど、報道は物事の本質をどこまで明らかにしているかに意味がある。だから、報道される側が文句を言うなら、基となっている情報について、その正確さについてなのか、その解釈の正当性についてなのか、区別しなければならない。
 それが、輿石東と福角忠夫の両氏とも、わかっていない。民主党政権は、報道にケチをつけるなら「機密費で買収された政治評論家を起用するな」と言うべぎたろう。

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by ruhiginoue | 2010-05-22 11:59 | 政治 | Comments(0)