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by ruhiginoue

嫌な思い出が甦る

 秋田県の市立中学校で、東日本大震災の募金をしていない生徒約20人の名前を掲示したことが問題になった。1人200円以上の募金をしようと生徒総会で決まったのだが、締め切りの日になっても募金していない生徒の名前を、2つのクラス担任らが教室内の黒板に張り出しており、翌日に保護者からの指摘を受け、同日中に外したそうだ。
 寄付だから、みんなで決めたことではあるけど、その後は任意でよいはず。そんなあたりまえのことを、教師が理解できなかったのか。そうではないだろう。義務なら督促や徴収をするものだ。ところが強制ではないから、吊し上げのような手段をとったのだ。
 これと同様のことが、小学5年生の時に自分のクラスであった。
 登校安全ボランティア「みどりのおばさん」が、病気により急死したので、香典を出すためお金を出し合おうということになったのだが、お金を持ってこない児童もいた。わけは様々で、単純に忘れていた、経済的事情があった、義理の有無などについて親の考え方、などなど。
 なんであれ、強制ではない。そこで担任の女性教諭は、教室で、持ってこなかった児童たちを黒板の前に立たせ、そのわけを話させたうえ「許してくれますか」と訊けと指示した。そして教室の全員が「いいです」と言えば許す。そうでなけれは、さらに反省の言葉を言い、これを、皆に許されるまで繰り返せさせた。
 もちろん、「うっかりしてました。反省してます」で済んだ子もいるが、うまく説明できない子もいたし、話したくないことがある子もいた。だから泣き出す子もいた。
 なんでこんな残酷なことをさせるのか、と咎めた教諭がいたし、産休教師や研修生も驚いていた。しかし、この普段は人当たりの良い人が、その一方で、しばしば、これと同じ事を教室で行った。後から考えると、左翼集団がやる「自己批判」の下手な真似だった。
 他にも、この教諭は教室での集団吊し上げを好んだ。気に入らないことをする児童がいても、明白な違反でないなら懲罰的な指導はできない。そこで他の児童を焚きつけて、ちょうど昔の中国の紅衛兵みたいに、取り囲むように罵しらせた。そうして綱紀粛正しているから民主主義なんだと、何度も言っていた。東洋大学で民主主義論を専攻したとも言っていた。
 そんななかで、自分も派手にやられたことがある。みんなに迷惑をかけたと吊し上げられた。たしかに落ち度はあったが、原因は家庭で悲しいことがあったためだと涙ぐんで説明した。しかし、この教師は執拗に責め続けた。扇動されやすい一部の児童が、これに同調したけれど、ほとんどの児童は黙っていた。中には、机に顔を伏せたままにしていた者もいた。そして、後から密かに慰めに来た人もいた。そのさい、同調して叫いた者を「ひどいね」と言ったけれど、これは間接的に担任教諭を批判しているのが判った。
 後に、高校生の時、大島渚監督の映画『日本の夜と霧』を観て、そこに描かれる学生運動の醜い内部対立における左翼の陰険さが、あの小学校の担任とソックリだと感じて納得したものだ。
 この女性教諭は、夫とともに、旧社会党の最左派「社会主義教会」に属していたと聞いた。共産党よりも遥かに左寄りで、こんなのがいるから社会党は政権と無縁なのだと言われていた団体だ。そういう人なので、社会科の授業では教科書を使わず独自に作製したプリントを配っていた。これはあの佐高信が高校教師時代にやっていたそうだが。
 そんな担任教師も、卒業式の『君が代』では素直に起立していた。児童は厳しく責めても、自分が睨まれるのは嫌だったらしい。
 しょせんこの程度の人が少なくなかったから、石原や橋下なんかが勝手なことを出来たのではないかと思っている。
 震災寄付の話から、嫌な思い出が甦ってしまった。しかし、文章に書いて認識することは、セラピーのような効果があって心身の健康に貢献するものだ。

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Commented by デカ at 2011-05-20 19:36 x
共産党系の先生は
ときどき頑なに
生徒の味方だったなあ
こういう先生の下では
子供は赤く染まるよ

Commented by ケーキイーター at 2011-05-20 19:59 x
香典ならぬ子汚伝
Commented by 石畳 at 2011-05-20 21:51 x
まるで戦時中の「軍国教師」そのものではないか。山中恒氏が『子どもたちの太平洋戦争』(岩波新書)で、軍国教育に熱を上げていた教師たちが、敗戦後、「自分達も国に騙されていたのだ」と言って「被害者」づらをしたことを批判していたが、まさにこれが、欺瞞に満ちた「戦後民主主義教育」のオリジンとなったのではないだろうか。
Commented by いつもはrom専 at 2011-05-20 23:05 x
社会主義「協会」ですね。

世田谷区長に当選・就任した保坂展人氏が麹町中の中学生の頃、「麹町中全共闘」を名乗って活動していましたが、それを弾圧したのが日教組組合員の教師だったと言ってますから、自己保身と教義の使い分けはしていたのでしょう。

私の身近にも中間管理職ですが、社会主義協会の男が居て、所属している組合(連合系)の主義主張とお前の思想は合わないんじゃないか、と指摘したら、「組合は組合」「思想は思想」というので、それは「ごはんとデザートは別腹っていうのと同じだな」と言ってやったら、ムッとしてましたが。
Commented by paradeisapfel at 2011-05-20 23:21
「『教えてやるのだ』と少しでも思ったなら、相手と自分との間に信頼関係はけして築き得ない、よって相手の成長はあり得ないと考えなければならない」という言葉を聞いたことがあります。
「教えてやるのだ」の考えがびんびん見える「教える人」は多かったと思います。特にこちらが子どもであった頃に。
その言葉を口にしたのは、まだかなり早い時期に立ち上げたパソコンスクールの創業者でした。成人が成人を相手にする場でもそう考えなければならない、と、その創業者は考えたわけですね。小学校の教師となると、成人が、短い人生しか歩いていないちいさな人間を相手にするために、「教えてやるのだ」になってしまいやすいし、相手の人格も否定しやすいのだ、と、自分自身も様々に抑圧され不当に扱われた小学校時代を振り返って思います。
私自身は、どういう思想的団体がどうこう云々は殆ど興味がないので(「私は○○に所属しているから」という言い訳で自分のやることを正当化するヒトも性に合わない)、ただ単に人としての考え方という点でのことを。

Commented by 菅原美智 at 2011-05-21 06:38 x
東洋大学というのが言っちゃ悪いがあああそこかと。
白山で東京大学と東洋大学が大違いと言われたもんだ。
学生運動が盛んな時代は白山通りを学生デモ隊が埋め尽くした。
アカデミズムの腐敗を糾弾する東大生と、付け焼き刃の洋大生といわれたもんだよ。
Commented by ruhiginoue at 2011-05-22 09:46
 宗教団体ではないので「協会」です。ご指摘があったとおり訂正します。

 旧社会党左派系の教師は、自分の思想信条の自由により違憲だと主張し、我を張っているだけだとして敗訴が多いけど、共産党系の教師は、校長と喧嘩しても生徒のためだと信じた教師の職業的な使命感によっていたから、その否定は裁量権濫用だと主張して認められた例もあります。
 これは方便だけでなく、愚直に信じている共産党シンパの教師は目に付きます。近所に共産系「年金者組合」の引退教師の知人がいますが、そうです。
 あと有名なのは、日教組や連合を批判して組合活動していたため共産党から選挙に担がれた三上満という人など「みかまんさん」と呼ばれ生徒に人気があっ下町の中学の名物教師で、あの「金八先生」のモデルでした。

 なんであれ、上から目線で押しつけて、自分は何か有りそうだと逃げるというのが、もっとも信頼されません。

 
Commented by 尊王の志士 at 2011-10-16 14:17 x
 アカに染まる輩は{不良分子}でしかない。
特に女ほどに染まりやすいものがあるが、精神性の低さが原因なり。「アカ信号、みんなで渡ると、国沈む」そうならないように、特に女子に対して軍事教育・反共教育を施すべきである。
by ruhiginoue | 2011-05-20 18:38 | 社会 | Comments(8)