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by ruhiginoue

高度成長と公害の時代から変わらない

 「公害」実は「企業害」が問題になった六十年代から七十年代にかけて、住民が独自に汚染を調査して明らかにしたものだった。これはもちろん、企業は誤魔化してばかりいるし、公的機関も天下りなどで懐柔されてしまい真実を調べようとしなかったからだ。
 そして今年は原発爆発事故である。茨城県の小学校で、プールや側溝を掃除した際に出た泥から放射性セシウムが検出された。1キロ当たり約1万7千ベクレルで、国の汚泥の埋め立て基準値(8千ベクレル以下)の約2倍だという。これが判ったのは、保護者が清掃で集まった泥を検査機関に持ち込み、独自に検査したからだ。
 つまり、昔も今も、真実が明らかとなるのは、市民の自主性によるわけだ。
 可笑しいのは、一部の右翼が、これまで関心が無かった原発を今になって騒ぎ始め、存続を叫んでいることだ。経済などまるで知らないのに「日本経済のため」と言っていたり、脱原発を主張する人たちの中に左翼がいるからというだけで「反対の反対は賛成なのだ」と『天才バカボン』のギャグになっているから、滑稽である。

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Commented by デカ at 2011-07-13 01:05 x
公害とは便利な言い逃れである。あれの大半は企業犯罪でしかない。
福島はしかし、企業犯罪だけでなく、国歌犯罪である。
国を誤る方向には必ず右翼と称するやつらがいる。
腐った肉にウジがわくようなものだ。
Commented by ruhiginoue at 2011-07-13 13:12
 国家とは企業である日本を会社主義国といい、実に適正な表現です。
by ruhiginoue | 2011-07-06 21:42 | 社会 | Comments(2)