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by ruhiginoue

共産党を批判する視点の違い

 共産党について厳しいことを書くと、「もっと」というメールがいっぱい来る。それは共産党にしっかりして欲しいという人が多いからで、それだけ、自民にウンザリ民主にガッカリという人が多いのだ。
 つまり、今の政治情勢により要請があるのだから、そこで共産党が期待に応え支持を広げるためにはどうすればいいのかという話になるわけだ。
 そんな話はしたくない人たちもいて、その一部に滑稽な人たちがいる。これは古い左翼のことで、勝手に共産党を祭り上げて権威を捏造し、それをこき下ろすことで自分が偉くなったと錯覚するのである。
 これについては、色々な人たちが指摘している。例えば映画評論家の佐藤忠男は、贔屓にする映画監督の大島渚が、その作品『日本の夜と霧』の劇中で、共産党が悪いから安保闘争が上手くいかないと非難していることにからみ、自分は訳あって大学に進学せずブルーカラー労働者として就職したけれど、その職場で共産党員は、政治に特に関心があるだろうからと労働組合の役員に祭り上げられたりしていただけだったが、後に映画雑誌の仕事をするようになり、出版とかジャーナリズムとかマスコミなどという大学卒の人たちばかりの業界に入ったら、そこでは共産党がなぜか権威であり、そのため様々な愛憎が渦巻いていたので、驚いてしまったと語っていた。
 このことは佐藤忠男著『大島渚の世界』(三一書房のち朝日文庫)などを参照。
 そうだとしたら、共産党に対し、批判のためにする批判をする人たちもいるだろうと思っていたら、実際あまりにそのものの人たちがいて、笑ってしまう連続だった。
 その好例が自称経済評論家の佐高信であった。佐高の共産党批判は間接的で具体性が乏しく、「宮本顕治があー」と譫言のように繰り返し、まるでネトウヨの「朝日新聞がァ」とソックリだし、だいたいいつの時代の話だと突っ込みたくなる。
 また佐高は自著書で、堤清二(辻井喬)の言うことを受け売りしていたことがあるけれど、堤清二は、共産党員だったが上層部批判が原因で追放された体験について、不愉快な思いもしたけれど得たものもあるし、安易に悪口を言って反共屋になるのはやめようと誓い、反共メディアから共産党批判をして欲しいと依頼されても断って、その後『赤旗』の誌面に登場してエールを送ったこともある。
 そんな堤の発言の中から、共産党について批判的な部分だけ取り出した佐高は、その受け売りを得意になってすることで、自分が共産党を批判しているような錯覚をしていた。
 この一方で佐高は、自分が大学生のとき“何処何処大学とか何処何処大学とかで、誰々先生とか誰々先生の講義を聴いて”熱心に勉強していたと、よく語っている。なるほど佐藤忠男が述べていたことは、こういうことかと思ったものだ。これについては他にも色々と実証例があるが、長くなるので次の機会に説明したい。  

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Commented by 石畳 at 2012-01-03 18:00 x
>自分が大学生のとき“何処何処大学とか何処何処大学とかで、誰々先生とか誰々先生の講義を聴いて”

共産党の「権威主義」を批判しながら、「大学」「先生」といった「権威」をひけらかすことに何の矛盾も
感じていない以上、「ピラミッド社会」を拡大再生産するだけではないのか。まさに彼のなかでは「反権威」を標榜すること自体、自らの「反骨性」を権威づけるための「ドグマ」に堕してしまっているのではないだろうか。
Commented by ruhiginoue at 2012-01-03 22:56
 佐高信は高校教師崩れですからね。
 
by ruhiginoue | 2011-12-29 18:40 | 政治 | Comments(2)