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by ruhiginoue

長距離走の今と昔

 新年恒例の行事に長距離走があり、これをテレビで観て面白がる人の中には、悪趣味な人がいる。
 自分がやらずに、他人が頑張ったり苦しんだりしている姿を、こたつに入るなど暖をとりながら、ただテレビを見ているだけなのに、声援を送っているつもりになって、誰が優勝しようと自分が応援したお陰だと思い込む。
 この程度なら、スポーツ観戦にはよくあることだ。他にも、学校対抗なら愛校心を、国際試合なら愛国心を、勝手に高揚させている人とか、いろいろいる。だいたいは無邪気である。
 ただ、無邪気ではあっても有害な人がいて、フーリガンよりたちが悪かったりする。自分の中学のころだが、学年主任の社会科の教師は、マラソン大会で健康上の理由から走れないという人たちに、「そんな根性の無い奴は、何をやっても駄目だ。受験でも落ちる」などと罵声を浴びせていた。こんなことをして、無理に走らせ健康を害したり、場合によっては命にかかわったりすることにもなるが、どう責任をとるのか。風邪でも場合によっては危ないのに、実はこのとき走れないという生徒の中には、心臓に持病を抱えているためどうして無理という男子がいた。この生徒はハンデを学問で補おうとしていて、いつも成績優秀だったし、特に外国語に力を入れていて、英語弁論大会に出場までしていた。そんな生徒まで罵倒したのだった。
 もちろん、責任をとる気がなく、あれだけ言っておいて何かあっても強制まではしていないと言って逃げるつもりであることが見え見えだったけれど、それだけではなく、自分では一切やらないから、実行する大変さを知らないということも原因だったのだろうと考えられる。
 それとは違い、自分の高校のころの担任だった数学教師は、マラソン大会で、男性だが年配なので女子と一緒に、毎年必ず走って完走していた。このため時々ジョギングをしては、保健室で血圧や心電図を記録してもいた。そのうえで、このくらいなら自分でもできるという目安をつけて、実践していた。そして、持病でどうしても無理な人には強制しないが、距離など無理せず可能な程度までは参加させたり、風邪など一時的な事情であるなら、後日再挑戦の機会を設けて完走させるようにしていた。
 つまり、教師が自ら実践することにより、お手本を見せたり、合理的な対処をしたり、ということになって生徒に対し説得力を持ったわけだ。
 もっもと、昔と違って今は洗練されているから、中学の学年主任のようなことをする者は、もういないのではないか。あんなことを言えば、自分の逃げ道を作りながら他人を見下して悦に入る卑怯者と罵られるだろうし、まったく善意であったとしても、無責任な精神主義という誹りを受けるだろう。
 
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Commented by ケーキイーター at 2012-01-03 17:54 x
教師じゃなくて、恐師。又は凶師。今でもそういう人は学校にいるみたいだね。
Commented by ruhiginoue at 2012-01-03 22:55
 昔よりは減っていると思いますが、まだ居なくなってないでしょうか。
by ruhiginoue | 2012-01-02 22:53 | 雑感 | Comments(2)