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by ruhiginoue

最高裁が珍しく常識的な判決

 最高裁としては珍しく常識的な判決だった。
 それは裁判員参加の刑事事件で、一審は無罪となったものを二審が逆転有罪としたが、それについて最高裁は、事実認定から一審判決を見直すなら、経験則や論理則の観点から問題があることを具体的に指摘するべきと指摘し、それがない二審は駄目だという初判断をして、再逆転で一審のとおり無罪とした。
 もともと、こうした高裁の逆転有罪には批判があった。新しい証拠が出てきて新しい事実がわかったというならともかく、同じ証拠で別の判断をしてしまうのでは一審の意味がない。
 しかも、この問題をおこす裁判官は、検察と馴れ合うなど権力にすりよってとにかく有罪という体質の者ばかりと断じても過言ではなく、そんな非道をしても、自分の方が官僚組織の中で優位に居るから許される、という劣情を抱いての特権意識を法廷で露わにしていたりする。
 これを最高裁は否定したのだから、珍しく良い仕事をしたというべきで、しかしそもそもこんなことは常識で考えても当然のことだから、これが初判断となってしまうことがむしろ裁判の体質として問題というべきなのだろう。
 それに、外国での裁判では、陪審員が無罪と判断したものを裁判官が有罪にしてはならず、なぜなら市民の良識による結論を官僚が否定することは許されないからで、しかし逆に陪審員が有罪としたものを裁判官が無罪とすることは許され、それは基本的人権の観点から被告人の利益をまもるためだからで、人権を守るプロの一職種である裁判官の義務なのだ。少なくとも「先進国」では、そうだ。日本は違うが。

 
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by ruhiginoue | 2012-02-14 22:26 | 司法 | Comments(0)