コメントの他に、表示されている著書をクリックしてその感想をアマゾンのレビューに投稿してくださることも歓迎です。おたよりはこちらへruhiginoue@excite.co.jp


by ruhiginoue

駄目な朝日新聞と珊瑚写真事件を批判した駄目な他メディア

 政治家と政党、警察や自衛隊あるいは他の役所でも大企業でも、批判されなければ腐敗してしまうというのは常識だ。例の外務省の佐藤という人が指摘していたが、彼は自分が「国権派」で「人権派」とは対立する立場とし、しかし「人権派」が熱心だから「国権派」も熱心になるわけで、例えば刑事裁判でもあの安田弁護士のような人がいるから検察だって批判されないように正しく頑張るということだった。
 これは暗に問題の橋下を批判したうえ、橋下のような者を取り上げるマスコミは佐藤自身としても報道被害者として憎いから出た発言であるのだろう。

 いずれにしても、監査する意義として批判は必要だが、そのためには正しい内容でないといけない。しかし問題だらけだ。それで、社会で権力を監査する機能として存在意義があるのに、そのマスコミには問題があるからと法規制しろと、とんでもないことを言う人がいる。ほんとうは内部で相互監視するべきだが、それがまったく駄目なのは弁護士会の懲戒制度と同じである。意義はあるが実施において駄目ということだ。
 
 報道について、古いけれど時期がちょうど今の季節だったし、わかりやすいから例に挙げる。
 当時「バブル経済」で、成金趣味としてスキューバーダイビングが流行していたが、よく観光客の一部に不道徳な者がいて遺跡や文化財や自然に落書きするけれど、それと同じように海底の珊瑚に落書きしたダイバーがいたと朝日新聞が写真つきで報じた。いかにもありそうな話だったので話題になった。
 ところがその写真とは、カメラマンによる自作自演であった。それによりカメラマンは首にされ、掲載した新聞社としては社長が辞任することで責任をとった。社長は就任したばかりだから不可抗力ではあったが、カメラマンが問題になったあとも嘘をついてごまかそうとしたため社の対応も混乱し、そこに責任を認めたということだ。

 これについて、中野翠と林真理子の仲良しエッセイスト(二人とも政治的には保守に近いノンポリ)が某雑誌で対談したさい話題になり、「『朝日』の不祥事で『文春』は大喜び」と茶化しながら「この程度で不祥事になるのだから新聞は可愛そう」「雑誌はこの程度だと不祥事のうちに入らない」と指摘していた。
 また、とんでも記事ばかりで縮刷版が作れない『産経』が非難してるのも笑われたものだし、あとはやはり陰険なでっち上げ記事で知られる『新潮45』で、俵孝太郎とか曽野綾子といった強者への媚と弱いものいじめばかり陰険にやるのが得意で嫌われている連中が、相変わらずの下品な文章を載せていた。
 そもそもこの問題になった記事は社会問題というより巷の話題という程度のものだった。なのに政治的な問題と牽強付会して、『朝日』の報道姿勢や論調に反感を持つ者たちが非難したわけだ。政治的な問題ならいくらでもネタがあるのに、こじつけは説得力を損なう。報道姿勢や論調への反感があるなら、それに対して堂々と批判や反論をするべきであり、不祥事につけ込むのは虚しいだけでなく卑怯者のそしりをうける。
 もちろん、不祥事は不祥事であるから、擁護はできない。そこにつけ込んで、もともと反感を持つ者がはしゃぐのは当たり前のこと、とまでは言えないが、そういう奴はそうするだろうな、と誰でも思う。
 ただし、そうしてる奴はみんなからどう思われるか。良い印象を持たれないだろう、とだけは言える。これは他の個人でも団体でもなんでも同じだ。自分が悪いと認め土下座して詫びている人の頭を踏んだり蹴ったりしたら、詫びられている本人が怒りが収まらなくてやったとしても「気持ちはわかるが、だからといってもそんなことはしては駄目だ」と、たしなめられるものだ。
 まして、第三者とか野次馬が横から出てきてやったらどうか。言うまでもないだろう。仮に自分としても何か別に反感を持っていたとしても、他人に謝っているところへ便乗するな、謝られている人にも失礼だぞ、と言われるし、直接利害がないただの野次馬だったら、非難されると同時に、そんなことをして悦に入るしか出来ないなんて相当心が病んだ可哀想な人だと言われるはずだ。
 こんな当たり前のこともわからない人が少数だがいたわけだ。
 
 心が病んでいる人たちは、そいつらだけで群れているなら放置するとして、問題なのはこちらである。当時、週刊文春が的外れな非難記事を載せてた。「環境保護が聞いて呆れる」という見出し。
 なに言ってるんだろうか。これでは非難どころか『朝日』をもちあげすぎだ。その近くでは珊瑚礁一帯を全滅させる埋め立て工事が反対を押し切って行われてしまったが、これを当時一部マスコミも批判していたし、日テレの一部番組はとくに熱心に報道していた。
 そういう情勢の中で、『朝日』は一面トップに総天然色の写真つきで、観光のさい落書きする不届き者が約一名いるという記事によるお茶濁し。権力への監査が必要だから報道の自由は大切という原理からは程遠い。その程度の記事だから、カメラマンも手抜きして自作自演で済ましたのだろう。
 なのにどこが「環境保護」と関係あるのだ? 批判するならそうした『朝日』の怠慢な報道姿勢じゃないのか。橋下サンの言葉を借りれば「バカ文春」は、怠け者の『朝日』を持ち上げ、それを批判することで自分も立派になったと錯覚した怠け者じゃないのか。
 こうした怠け癖は、ますますひどくなって、マスコミも政治家も経済界も医学界も法曹界も共通している。 これを覚悟したうえで、社会と向き合わないといけない今の時代である。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2012-04-23 19:52 | 社会 | Comments(0)