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by ruhiginoue

批判のためにする批判の記号としての「朝日」

 前に、文芸春秋社には朝日新聞社の入社試験に落ちた奴がいっぱい居るという、よく言われる事実に近い皮肉について述べたが、そういうことを言われるのも、今週の週刊文春の派手な見出しの記事と、それに対する朝日新聞の否定と抗議という「またかよ」と言うしかない話が相変わらずだからだ。
 かつて、政治評論家でサンデー毎日の編集長だった、気骨の人として知られた今は亡き松岡英夫が、こう指摘していた。
 メディア同士で論争はもちろん対立や喧嘩するのも大いに結構だが、それは世の中の重大事を真剣に考えてのことならば、の話であり、ところが、よく見ると騒ぐことが目的で騒いでおり、そんなことに労力を費やすのは馬鹿げている。 
 なるほどの指摘だ。でもまあ、商売なので騒がれてナンボという現実もあるだろうし、入社試験のルサンチマンもあるだろう。
 しかし、これはよく言われることだが、どの新聞も大して違いはない。これは記者クラブ制度の弊害とか、横並び意識とか、日本的な事情によるものと指摘されている。
 ただ、程度の低い右派雑誌の常連寄稿者たちにとっての客や、その周辺の野次馬となっているネトウヨたちにとって、「朝日」とは批判のためにする批判の記号となっている。
 それで、他の新聞も同じ論調なのに「朝日が」と言ったりする。そのうえ、時には他紙の記事を「朝日が」と言う。
 例えば、昭和天皇の側近をしていた宮内庁長官がつけていた記録の中に、靖国神社に参拝するのをやめてしまったのはA級戦犯合祀で気を悪くしたからだと昭和天皇が語っていたという記述があり、これが明らかとなったのは、ちょうど小泉総理の参拝をめぐって問題になっていた時期であったから、大騒ぎになったものだ。
 これについてネトウヨたちが、「朝日の捏造に決まっている」と言っているのをあちこちで見かける。これはどう検証しても捏造とは言い得なかったが、それとは別に、そもそもこの件は日経新聞が一面トップで報じたスクープ記事であった。
 このような滑稽すぎる話は、他にいくらでも出てくる。それは後にまた紹介するとして、こういうお粗末すぎる事実誤認をしておいて、「われわれはインターネットで情報を得ている。われわれと違う者たちは情報弱者」と威張っているのだから、本来は笑える話なのに、気の毒で笑えなくなってしまう。
 ただ、そうした愚かすぎる匿名ネトウヨたちとは違い、同じことを堂々と名乗って雑誌に書いている恥を知らない人たちがいて、そんなものが特定の層に受けるだろうと商売にしている一部出版社があり、いくら不景気でもそんなことまでしてしまって情けなくないのか、今後の問題にしていこうと考えている。

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Commented by とおりすがり at 2012-05-13 10:33 x
 朝日だろうが読売だろうが、どの商業新聞も購読するに値しないほどに下俗なものがある。民放テレビもそういう商業新聞が親元となっていて、受け売りをしているようなものである。
 戦時体制期では「大日本言論報国会」と言う団体があってそれで戦争美化キャンペーンを展開したりした史実があるが、その尾を引きずっている感が否めない。日本の報道業界もすっかり「言論報国会」化しているようなものであり、暗澹ここに極まる。
Commented by ruhiginoue at 2012-05-14 17:20
 新聞をコントロールするため、国が発行し定期更新が必要な放送免許により生殺与奪を握れるテレビ局を系列化させたわけです。
by ruhiginoue | 2012-05-11 07:54 | 社会 | Comments(2)