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by ruhiginoue

フジサンケイ 昨日の続き

 フジサンケイのクーデターにより、鹿内一族の支配体制が崩壊した。そして、鹿内信隆による正式名称「鹿内信隆正論大賞」から「鹿内信隆」が外され、単に「正論大賞」となった。
 これはもともと鹿内信隆が、自分の気に入った論説をする人を表彰する賞として創設し、右派の論客と呼ばれる人ばかり対象となっていた。右派が対象については変わらないし、しかも、そもそも人名を冠した賞はその人を記念して称える意味があるのだから、その人の死後になって創設されることがむしろ多く、生前に作られた賞も死後に名を残すのが普通であろう。
 ところが、創設者が故人となった途端に、その名を取ってしまうというのは、かなり異例というか、奇異なことである。
 そして、そこで発行されている月刊誌『正論』で、長年にわたり鹿内信隆の下働いてきた産経新聞の記者が、鹿内信隆をこき下ろした。
 あの、ライブドアによるニッポン放送株買収の騒動で、本当に狙われているのはグループ最大の存在であるフジテレビだと言う問題になったさい、その記者は、昔に逆戻りは御免だと書いた。昔とは鹿内信隆が支配していた時代であり、買収をしかけたライブドアのホリエモンこと堀江社長は鹿内信隆と同じような人柄で、目つきの悪さまでソックリだとまで言う徹底的な嫌悪感の発露であった。
 もちろんクーデターがあった後は、前のトップが徹底的に否定されるものではあるが、それにしては凄すぎる。軍事による流血の政変ならともかく、企業でここまでやるのは珍しいだろう。あの松下電器がパナソニックになったさいも、もう同族経営ではないという意思表示はしても創業者の功績は尊重するし、松下幸之助とその一族を『PHP』でこき下ろしたりはしないだろう。
 ただ、鹿内は息子にやらせていた当時から、もう新聞ではなくテレビの時代だと言って、フジテレビに熱心な一方で産経新聞は隅に追いやられ、産経新聞はフジサンケイグループのお荷物と呼ばれるようになっていたから、記者としては不満だったのだろう。
 この80年代当時、今のように新聞がインターネットで記事を流すことはまだなく、一部でファクシミリが使われた程度だった。だから紙に印刷された新聞はもっと影響力があった。
 たしかに、テレビの影響力は増大していて、今のように、テレビなんて老人と中年主婦がポカンと口あけて見るメディアだとバカにされてはいなかった。
 しかし当時、例えば立花隆が、情報量と情報選択のしやすさでテレビは新聞に圧倒的に負けると指摘していたし、松本清張は、能動的に文字を読むのと違うテレビは受動的になり、情報の受け手は押し込まれる一方となり立ち止って考えることができない危険があると指摘をしていた。
 にもかかわらず、鹿内は新聞を見限ってテレビが主役との方針をとった。そして、当時はまだ今のように落ちぶれてはいなかった局が「報道のTBS」と呼ばれ番組を充実させていたし、テレビ朝日がアメリカ式ニュースショーという型に近い『ニュースステーション』で成功していたが、フジテレビは「面白くなければテレビじゃない」なので娯楽一辺倒となり、他局が報道している裏で軽い街のトピックを放送して政治や経済に関心がない年少者や主婦を対象にして視聴率を稼いでいたから、この部分では旧キャッチフレーズ「母と子のフジテレビ」の復活であった。
 あとは調査や取材したうえ報道するというのではなく、自分と同じ意見の人たちに主張をさせるという番組を、所々で地味に放送させる。これは『正論』と同じである。
 対して堀江は、『産経』とは「産業経済」の略なのだから、その原点に帰るべきで、イデオロギーを叫ぶばかりでは世の中に影響力が無いと批判し、産業や経済を重視する新聞にしていこうと提言していた。これは鹿内とは大違いである。
 しかし、堀江が産業だの経済だのと言っても、それはマネーゲームであるから実業ではなく虚業であるとの指摘もあり、その点では鹿内のほうがまだ本来の経営者と言えた。
 これは結局、鹿内と堀江が真逆のようではあるが、大企業を個人で勝手にしたがることで一致しおり、それを感じて拒絶反応が出たということではないだろうか。

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Commented by 小野哲 at 2012-05-22 23:36 x
 インターネット世代にとってはフジテレビにそれほどの魅力はないと思いますよ。
 レディ・ガガだってPVをインターネットで流しているんですから。自分にとって必要な資料をそろえられるのがインターネットなんです。それで今までのメディアのインチキに気がついたのでしょう。そして、日刊ゲンダイやしんぶん赤旗などの本物志向の新聞との競争でさらに敗れたのだと思います。過去のコンテンツについて言うなら違法投稿が横行するほどで、情報の発し手が変わった現代のビジネスモデルに昔のモデルのメディア産業が追いついていないのが現状ではないでしょうか。
 いっそのこと、堀江氏にはニューヨークタイムズと合弁でインターネット新聞でも立ち上げてもらったらどうでしょう(笑)。
Commented by ruhiginoue at 2012-05-23 20:13
 音楽番組ではヒット曲の上位10位とか言っていた時代もありましたが、とうに過去のことです。
 フジの「ヒットスタジオ」では、出演者から駐車場の料金を取ったり、新人歌手には担当者が「また出してやるよ」と威張って言ったりしていたそうです。
 初期は同局にとって貴重な、視聴率をとれる番組だったので、前に死去した前田武彦が司会のさいに選挙で応援していた共産党の候補が当選したと聞いて万歳の格好をしたら、反共主義者の鹿内信隆が怒ったけど番組をやめるわけにいかず、前田の降板で決着ということもありました。
 これも今は昔です。
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by ruhiginoue | 2012-05-22 19:38 | 経済 | Comments(2)