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by ruhiginoue

失敗者としての大島渚の死

 故人の悪口は言わない習慣により、大島渚とは『愛コリ』『戦メリ』の監督というばかりだけど、実のところ彼は新左翼を自称し、自分より遥かに演出手腕の長けた山本薩夫を共産党員というだけで否定したり、反権力姿勢で作品を作る一方で「猥褻なぜ悪い」「バカロー」と過激発言したりと、自分が目立つために他者との差異をひたすら求めていた人だった。
 そうしておいて、TVタレントと化し、自分で批判していたはずの商業主義に積極的な迎合をし、政治を語るふりした討論番組で「天皇ちゃん」と言って右翼に脅迫されると、途端に「陛下」と言い、また昭和天皇の戦争責任についても、それまで厳しく追及していたのが突然「陛下もご苦労なさったのだ」と言い出す気弱さで、他人に厳しく自分に甘い男だと呆れられていたのが実態だった。
 これらの発言は、『原子力戦争』を書いた後TVのバカ司会者に成り下がったと言われた田原総一郎と「朝生漫才」をしている時のことだった。この世代の同類項の人たちには石原慎太郎も含まれており、反権力を気取り、カッコつけ終わったらサッサと変節することが共通している。
 そして、大島は「松竹ヌーベルバーグ」で、石原の「太陽族」と同様、敗戦によって教えられてきた価値観が崩壊したため、何も信じられないから勝手なことをしようと若者を煽動して受けたが、それはすぐに行き詰まった。
 そのころ西崎義展は、自分もまったく同様の体験をした世代だと言いながら、しかし敗戦により見下された日本も、努力の甲斐あって今では外国からお手本にされたり、指導性を発揮して欲しいと求められるようになったと説いた。彼が製作した『宇宙戦艦ヤマト』の劇場公開版第3作のプログラムでのことだ。
 これは西崎が、受け狙いでナショナリズムを込めたためで、だから松本零士と激しく対立することになったのだが、受け狙いは的中した。この点では、大島は失敗者だが西崎は成功者だ。
 ただ、この当時は日本が上り調子だったからで、しかし今では下降線をたどっており、その鬱憤によるナショナリズムが流行り出している。
 そんな中で、過去の世代が次々と鬼籍に入っているというわけだ。その醜さを後世に語り伝えなければならない。


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by ruhiginoue | 2013-01-18 16:16 | 映画 | Comments(0)