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by ruhiginoue

特洲会と徳田虎雄著『命だけは平等だ』

 政治家への金のばら撒きなどにより、今やまるで悪の権化のように語られる徳洲会は、病院経営に乗り出した当時は「24時間年中無休」「患者からミカン1個も貰わない」という画期的な医療機関だった。
 かつては、救急車が患者を搬入しようにも、夜だったり日曜祝日だったりするというだけで、受け入れ先が見つからないことが多かった。このため、同じ患者でも、平日だったら適切な治療を受けられて助かったはずなのに、たまたま負傷したとか発作が起きたとかの日が休日だったというだけで助からない、ということが実際にあった。
 また、入院患者が担当医師などに対し、正当な診療報酬のほかに高額の謝礼をしないと、ちゃんとした対応をしてもらえないという風潮もあった。
そんな中で、徳洲会の医療機関では、年中無休とか、正当な報酬以外には患者からミカン一個も受け取らない、と標榜して実践してきた。
 この会を作った徳田虎雄氏の著書『命だけは平等だ』は、彼が離島の出身であるために医療で苦労し、そこから医学を志した話が詳しく記されている。彼が子供の頃、家族が真夜中に急病というとき、医師を呼ぶために街灯もない真っ暗な中を、長い距離を必死で走った思い出。高校生の時、大阪に行ったさい大阪大学を見て、ここの医学部に入りたいと思ったが、地元の高校では田舎すぎて、とうてい受験に向かないということで、その思いを理解した彼の父親が、たいへんな出費と苦労をして、都会の高校に編入させたこと。それでも現役では試験に受かれず、浪人して頑張ったこと、など。
 また、医学生となってからは学生運動に参加し、「博士号は学閥を維持するための餌だ」との批判から起きた「博士号ボイコット運動」にも共鳴し、その思いを医師になってからも忘れずにいて、アカデミズムの腐敗を告発していた。
 そして、医師になってから普通に就職するのではなく、病院の用地から建設費用などまで、それぞれ提供してくれる人がいないかと訪ね歩き、年中無休の病院を作りたいという自分の思いを訴え、ついに自己資金が無いのに病院を建て経営に乗り出すというところは圧巻であった。
 それが、いつのまにか膨張主義となって質より量を重視し、政治に入れ込み権力を志向し、勢力と資金力の拡大に血眼という状態に堕してしまった。そういう評判を、医療関係者からも聞くようになった。
 なにが彼を、そうさせたのだろうか。


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Commented by 白田川 一 at 2013-12-20 09:34 x
  若い頃は高い志を持って医療に従事していたのですね、徳田氏というのも。それがいつしか初志から遺脱して、「質より量」という西洋的発想(?)のようなものへと走って行ったのも、ワンマン経営ゆえの末路であるところが大きいのでは?


  質的レベルへのこだわりと言うのは日本特有のものだけど、量的レベルの重視というのは西洋、それも米国ならではと言えるようで…。
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by ruhiginoue | 2013-12-17 23:26 | 社会 | Comments(1)