戦場ジャーナリストは戦争批判のつもりで戦争翼賛
2015年 02月 17日
イギリス人の女性独立記者Lizzie Phelanは、大手メディアが黙殺するなか命懸けでリビアの戦地を取材した。彼女の話をしかけたら、彼女よりずっと年配で中東専門のジャーナリストから、そんなこと言う人は自分の取材した範囲にいなかったと無下に否定された。
この男性は、最近まで朝日新聞の特派員だったそうだ。なるほど、大手メディアが黙殺し、大手の人たちは危険なところには行かなかったから知るわけが無いし、あの当時、日本の大手メディアでは朝日新聞がもっとも熱心にNATO軍を美化する戦争翼賛報道をしてた。
それ以外にも、元朝日新聞新聞のフリージャーナリストは、どうもその発言と現実とで違和感や齟齬があると感じるけれども、その疑問に対しては、とにかく自分は現場に行って取材してきたのだというばかり。こういうのをかつて筑紫哲也が「悪しき現場主義」と言って批判していた。
同じく元朝日新聞記者の筑紫哲也がその言葉を使っていたのは、イラクに行ったと言う記者や政治家を批判する際だったけれど、それ以前から、自分は現場に行ってきたと殊更に強調する人はむしろ信用できないと言われていた。
そして、少なくない戦場ジャーナリストと称する人たちは、その見解や認識に疑問を感じざるをえないことを指摘されても、とにかく自分はそこに行ったんだと言い張ってばかり。
そうした報道はどれもヤラセ臭かったり、偏りや違和感を覚えたりする。
戦争でなくても、自分の取材にした結論に疑問や異議があった場合に、どう対応するかは大事だ。そのさい「現場に行った」を振りかざす人は信用できない。その一発で嘘つきと断定してもよいくらいだ。命懸けと言っているが実は偽善者という人は多い。
このような人たちに共通するのは、その国の政治指導者も悪いと強調することだ。そりゃ、政治家だから聖人君子ではないし、緊張感の強い情勢では綺麗事ではすまないだろう。
しかし、それをあげつらうことにより、何よりまず産油国を侵略するため人々の生活を破壊し生命を奪った欧米こそ批判するべきなのに、「どっちもどっち論」を展開する結果とになる。
そして、戦争を告白するつもりで戦争翼賛となる。さらに、アルカイダやイスラム国など過激派が幅を効かせる流れに竿さす。
だから、イラクやリビアやシリアで悲惨なことになり、捕られた日本人が殺害された責任は、もちろん日本政府にもあるが、翼賛報道をした日本のマスコミおよび戦場ジャーナリストにもある。
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この男性は、最近まで朝日新聞の特派員だったそうだ。なるほど、大手メディアが黙殺し、大手の人たちは危険なところには行かなかったから知るわけが無いし、あの当時、日本の大手メディアでは朝日新聞がもっとも熱心にNATO軍を美化する戦争翼賛報道をしてた。
それ以外にも、元朝日新聞新聞のフリージャーナリストは、どうもその発言と現実とで違和感や齟齬があると感じるけれども、その疑問に対しては、とにかく自分は現場に行って取材してきたのだというばかり。こういうのをかつて筑紫哲也が「悪しき現場主義」と言って批判していた。
同じく元朝日新聞記者の筑紫哲也がその言葉を使っていたのは、イラクに行ったと言う記者や政治家を批判する際だったけれど、それ以前から、自分は現場に行ってきたと殊更に強調する人はむしろ信用できないと言われていた。
そして、少なくない戦場ジャーナリストと称する人たちは、その見解や認識に疑問を感じざるをえないことを指摘されても、とにかく自分はそこに行ったんだと言い張ってばかり。
そうした報道はどれもヤラセ臭かったり、偏りや違和感を覚えたりする。
戦争でなくても、自分の取材にした結論に疑問や異議があった場合に、どう対応するかは大事だ。そのさい「現場に行った」を振りかざす人は信用できない。その一発で嘘つきと断定してもよいくらいだ。命懸けと言っているが実は偽善者という人は多い。
このような人たちに共通するのは、その国の政治指導者も悪いと強調することだ。そりゃ、政治家だから聖人君子ではないし、緊張感の強い情勢では綺麗事ではすまないだろう。
しかし、それをあげつらうことにより、何よりまず産油国を侵略するため人々の生活を破壊し生命を奪った欧米こそ批判するべきなのに、「どっちもどっち論」を展開する結果とになる。
そして、戦争を告白するつもりで戦争翼賛となる。さらに、アルカイダやイスラム国など過激派が幅を効かせる流れに竿さす。
だから、イラクやリビアやシリアで悲惨なことになり、捕られた日本人が殺害された責任は、もちろん日本政府にもあるが、翼賛報道をした日本のマスコミおよび戦場ジャーナリストにもある。
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by ruhiginoue
| 2015-02-17 22:33
| 国際