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by ruhiginoue

フクシマ差別の糾弾は結局「金目」だろう

 3月29日に読売新聞が掲載した電事連の10段広告は、全国版なら4千万円超の掲載料らしい。その中で橋本五郎は、原発事故を「神が人間に与えた試練、覚悟を決めて取り組むべき」などと偉そうに説教している。だったら、同じ言葉を避難者の前で言えるか。単に安全地帯でご託宣を吐いているだけだ。
 だいたい、こんなプロパガンダにかける金があったら、被災者たちに見舞金でも配るべきだろう。
 
 そうでなくても、石原都知事(当時)の息子の国会議員は、被災者は「金目」と言った。これは批判されたが、しかし「新進気鋭の社会学者」開沼博も「フクシマ学」と称し縷々御託を並べて、要するに原発を批判するより被災者には金が必要だと言っている。
 そこまで言うなら、どこよりもまず業界に対して、マスコミに広告を出すより被災者に金を渡せと言うべきではないか。それを言わずに、脱原発を主張する者たちは金を引っ張って来れないという非難をしてるのだから、被災者と被災地のためと言いながら、実は別の意図があるということになる。

 また、「神が与えた試練」どころか、震災当時に石原都知事は、地震と津波は「天罰」だと言った。これでは、被災地や被災者は、なにか悪いことをしたから苦しんで当然ということになる。
 こんな発言をしても、その記憶もまだ新しいのに、石原都知事は再選された。多くの都民が、被災者は天罰を受けたというのを、それほどひどい侮辱とは考えていないということだ。

 そして、不可解なことに、「福島差別糾弾」を叫ぶ人たちは、チェルノブイリ原発事故の当時あったような、被災者が他の土地へ避難したら冷たくされた、ということではなく、逆に、福島界隈から避難したり、避難を推奨または支持することを、福島に対する差別だと言う。どうしても原発事故の被害が小さいと言いたいのなら、それを言えばいいのであって、奇妙な逆転した差別を言うべきではない。

 そんなに差別を糾弾したければ、石原慎太郎の「天罰」や、その息子伸晃の「金目」や、曽野綾子の「被災者は瓦礫で飯を炊け」などを糾弾すべきではないか。これらこそ、福島差別以外の何者でもないはずだ。
 ところが、汚染を心配することが差別だと言い、原発反対を非難している人たちがいる。そうした連中、菊池誠や池田香代子や松本春野らは、どう考えても感覚が異常としか言いようがない。

 ただ、この人たちこそ「金目」と考えれば、簡単に説明できる。そうすれば、マスコミに莫大な金を払ってプロバガンダできる業界から、おこぼれがちょうだいできる。直接なにかのスポンサーになってもらう以外にも、大手マスコミからインタビューや書評によってタダで宣伝してもらえるのだから。


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Commented by ういろう at 2015-05-11 21:44 x
「俺は、国土を汚したあの事故を許すつもりは毛頭ない。そして、あいつが吐き出した放射能は怖い。しかし、福島産をそのスケープゴートにしてはいけないと思っている」
山本おさむ氏が、矢代凌に託して『そばもん』で語ったこの言葉に、私は強いシンパシーを感じます。

科学者や、一定の見識を備えている(はずの)著名人たちは、デマを交えて恐怖を煽る言説をこそ批判するべきなのに、「安全」とされていたにもかかわらず、実際に事故が起きてしまった事実や、その結果として放射性物質が漏れたという事実を、無視または過小評価することに、その影響力を行使している人が少なくないように見受けられます。
Commented by ruhiginoue at 2015-05-12 13:24
事故の被害を過小評価したり責任を曖昧にしたりのすり替えが行われているけれど、これは、業界からお金をもらおうとしたり、直接お金をもらってなくても、目立って宣伝にして自分の得になるよう、間接的にお金のためなのだと思います。
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by ruhiginoue | 2015-05-10 19:25 | 社会 | Comments(2)