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by ruhiginoue

勉強すると腹が減る

 中学生の時、問題集を解いていたら、問題の末尾にカッコ付きで意味不明の言葉が付いていた。これは学校の名前で、有名校の入試で過去に出たという意味だが「ラサール」とは何かと思って教師に訊ねたら、こういう名前の学校があるとのことで、変わった学校名だと正直思った。
 そして、そこの卒業生のお笑い芸人で、自分の芸名に付けている人のことを、後から知ったのだった。この人が最近、センター入試というものを受験してみたという。この人の世代だと、まだセンター試験どころか、その前の共通一次試験も未だだったのではないだろうか。

 ところで、センター試験のサイトに過去の問題が掲載されているのでやってみたところ、情勢が変化しているのに解っていない自分に気づき、文献を漁った。
 書店員によると、受験の参考書と問題集は、いつも店に並べるのは高校受験までで、大学受験用は注文になり、常備しているのは一部の大書店だけらしい。なぜだろうか。あまり売れないのだろうか。
 それで大書店に行って大学受験用の参考書や問題集を片っ端から買い込んだ。そして、やってみると、最近のは良く出来ている。おもちゃの進歩と同じくらい昔と違うのではないか。

 それにしても「大人買い」で参考書や問題集を楽々と入手して、中学高校でこんなふうに買えたら良かったのにと思った。かつて、高いとか言われて親に買ってもらえなかったことがあったが、「そんなことがあるわけない。子供の勉強のためなら親はお金を惜しまないものだ」と言い放つ教師に腹が立ったことがある。貧乏な人もいればケチな人もいるし、子供の勉強だからこそやらせたくないという親もいて、それは、学問を嫌悪している人とか、自分の子供が嫌いだという人とか、いろいろある。
 もっとも、教師になれる人には、そんなこと理解できないのだろう。特権階級というほどでなくてもそうなのだから、安倍とか麻生の傲慢さは当然だろう。

 しかし、自宅で参考書を読んだり問題集を解いたり、親に邪魔されないで勉強することが、こんなに楽しいとは思わなかった。あと、ノートに、KOKUYOのCAMPUSを買って来た。消しゴムとかシャープペンの替芯なども。昔は貰い物でやっと手に入れていた。そんな惨めな体験を思い出したから、簡単に買えることが、とても嬉しい。

 ただ、勉強するのは結構疲れる。なのに、昔は、これから勉強しようとすると、その前に掃除などの家事をクタクタになるまでやらされていた。これから頑張ろうというところを狙ってのことで、ひどいものだった。
 また、勉強すると腹が減る。東大生が言っていたが、受験勉強していると腹が減り、食べても食べてもまだ食べられ、それでも痩せたそうだ。脳は大量に糖分を消費するからだろう。

 よく、高校時代の話になると、多くの人は、勉強に部活に腹が減るからたくさん食べていたと言う。ところが自分の学校は違った。弁当は持ってこないし、学食の定食は売れ残り、安い素うどんばかり売れる。売店のパンも焼きソバパンなど安いものばかりが売れ、ハンバーガーやカツサンドは売れない。腹が減るから定食やハンバーガーを食べていると、素うどんや焼きソバパンを食べている同級生から「おまえ金持ちだな」と嫌味を言われた。公立高校で、補助金が出て安くなっているのに。

 うちが特別に貧乏だと思っていたが、実はみんなけっこう貧乏だったのだろう。そんなのは60年代までのことかと思っていたが、田舎に行けば70年になっても80年になっても90年になっても、一部では変わらなかったらしい。
 当時、事情あって東京から山奥に行き、しばらく過ごしてから東京に戻ったが、田舎は思ったより貧しかったのだろうと、改めて思う。そう考えないと、高校生であの粗食はおかしい。だから力も出ない。そして受験もスポーツも、もっとできそうな人が振るわない。
 あと、成長期には栄養を摂らないといけないという考えが、田舎では啓蒙されていないということもあったのだろう。定食ではなく素うどんにすれば浮いたお金でボテトチップやコーラが買える、なんてことを子供だけでなく親も平気で言っている人がいるので、驚いたことがある。

 こういう同級生たちが、今では親になって、原発事故と子供の食べ物について「そんなことはね、気にしなければいいんだよ」と真顔で言っている。


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Commented by L at 2015-07-08 01:37 x
 こんばんは。受験レベルで勉強をやり直しているのですね。
 また、科目の切り分け方は変わるだけで内容そのものはあまり変わりませんから、時間が経つほど、教授法というか、参考書の説明も進歩するのでしょう。
 最近は、本屋での大学受験問題集の揃いが悪いのですか。今時の高校生は、年が明けてから入学試験のはしごをするのは随分と減り、年内に指定校推薦やAO入試で合格を決める方が多くなったからかもしれませんね。指定校推薦は1年から3年の1学期までの成績だけで、しかも事実上、高校の中で合格が決まりますから、大学受験問題集は必要ないです。ランクの高い学校でも、私大なら上位校の指定校がたくさんあるので、指定校推薦を選ぶのが多いようですね。併願の受験料もかからないし、大学受験問題集は必要ないし、年内に確実に合格が決まるし、1発入試の恐怖もないし、宿題出して定期試験の範囲の勉強をしているだけでいいからで、合理的といえば合理的です。
Commented by ruhiginoue at 2015-07-08 08:38
なるほど、本屋に問題集が置いてないのはAO入試など早く決まることが影響しているのかもしれませんね。
旺文社が少子化などで経営難になった背景の一つにもなっているかもしれません。
しかし、一発勝負で点数だけなら公平です。
教科の内容は、現代国語なんか完璧にできる自信はあったけど、時間内に正確にこなすのは練習してないとモタつくと気づきました。
英語は、今どき話されない古風な言い回しが減るなど、昔に比べて実用に近くなってます。
もっとも変わらない感じがするのは数字で、理科は結構違います。昔、一番自信があった化石の話など、新説がかなり採用され、恐竜のことで聞いてはいたけど、本当でした。
そういうわけで、暇さえあれば勉強しています。
Commented by 次郎くん at 2015-07-08 13:23 x
日本の国家も社会の各家庭の大半もダメダメ(機能不全)であることの具体的描写と、脱出のための基礎学習の案内投稿をありがとうございます。ただ不満なのが外国語に関することで、イギリス語以外での方法が欠けていることです。また基礎学習の過程をすっ飛ばしても、内部告発の書籍を阿吽の呼吸で理解できる人々が、ほんのごく一部に存在していることも忘れないでいて下さるとありがたいです。またセヴァン症候群の人々に対しては、一部の長所を伸ばし芸術家として昇華出来る段階に達したあとでの基礎学習で充分ですし、いえセヴァン症候群で一芸を極めて、基礎学習の部分は相変わらずダメダメでも、世間のB層や似非インテリから「権威として尊敬を集めている存在」も多いですから。具体的個人名としては、鈴木大拙とか岡倉天心とか初代クリシュナムルティとかがいますね。
Commented by 次郎くん at 2015-07-08 14:13 x
この次郎の場合は確か1986年11月に「西勝造著作集全12巻」を6万円はたいて購入しました。読了したのは1987年中期ですが「数学物理の方程式やバケガクの分子式が、生活のレヴェルに密着した身近な具体例ゆえに丸暗記すべきだ」と痛感しましたが鬱病ゆえに失敗です。が方向性が間違っていなかったと確信したのが、1991年11月に和田秀樹の著作5冊読破しこの中に「数学は暗記だ」も含まれていたからです。しかし当時の方法を2010年代に機械的に当てはめるのもウマシカの一つ覚えですから、かつて自民党橋本龍太郎派や読売新聞社渡邊派とは同志の関係にあったハマミナミ区にある宇治歯科医院に尋ねられて、歯の咬み合わせの傾向と対策や筋肉反射テストや頭蓋(とうがい)仙骨療法や近赤外線療法に関することを尋ねて生活密着部分の分子式と方程式の丸暗記学習をしたほうが「急がば回れ」で却って早いのではないでしょうか。

もちろんこの事を、四国松山の笠陽一郎先生にゆうパックで資料を送付したところ、「次郎ちゃん、インテリやお金に余裕のある者が医療ミスから救済されるのは当たり前じゃないか、貧しき人々や知恵遅れの人々を救済できる仁術を伴ってこその医学じゃあないのかい。俺は中野区から四国松山に移転した自然歯科の林先生に教えを乞っていて、ルンペンプロレタリアート解放革命のために共に戦っている、一緒にやろうよ」という内容の留守電が自宅の固定電話にしつこく、2014年5月くらいから現在に至るまで3回吹き込みがあったので閉口しております。
Commented by L at 2015-07-09 17:29 x
 こんにちは。教授法は、校内暴力全盛の時と今世紀の金巡りが悪くなった上にコネが全ての状況で勉強意欲が落ちている時に、進化したように思います。前者の時はそれでも学校にしがみつきたい卒業したいという思いが非常に強かったのですが、後者ではすぐ投げるようになりました。社会的には、中退者への視線の厳しさは今の方が何桁も上がっているのですけどね。ドロップアウトすると、能力もないし努力も我慢もできない信用度0でバイトもできません。
 という訳で、授業に付き合うのが当たり前という感覚が希薄化したし、今世紀においては家庭の、子供の状況が非常に厳しくなるとともに拡がり、授業、勉強どころじゃなくなってきました。子供のバイト料を当てにせざる得ないとか、兄弟の面倒を見て家事も担うとか。

 教える側は、寄席デビューしたばかりで客に相手をされない芸人のように、キャバレーやストリップ小屋の芸人のように、惹きつけ引っ張り勉強させ理解に導く修行を積むと。
 登山道に例えれば、意欲があるなら最低限の指示で単に登らせればいいし、その方が本人は面白いし理解も深まるでしょう。意欲や元気が出ず登らなくてもいいやなら、鎖をつけたりはしごをかけたり、ステップを刻んだり。ステップが細かくなってスロープになるかもしれません。また、観光ガイドのように、右に見えますのはとか説明したり、歌の一つも歌ってみせたりすると。
 70年代の「僕の好きな先生」のように、タバコを吸いながらユルく授業をするような牧歌性はないわけで。アイドルと同じで?刺激的でわかり易くなくてはもちません。ま、そうすると先生側がもたなくなってくるわけですが。
Commented by ruhiginoue at 2015-07-09 21:39
昔は、「いい学校を出ていい就職をしていい生活」が殺し文句だったけれど、そのモデルは崩壊したし、内申書の脅しも、裁判までした人が出て問題になって、しかも敗訴したけれど原告は国会議員や区長になっています。
予備校も、少子化で経営難になる前に威信が低下してます。もともと、予備校など無用の私立校の生徒を利用して合格実績にするなど詐欺的でしたから。
だから公立を批判してみせたりもして、東進スクールなんか日教組にデタラメな罵声を浴びせることで週刊新潮に取り上げさせタダで宣伝していました。
そんな時代が終わって、昔のように通用しなくなったのでしょう。
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by ruhiginoue | 2015-07-07 19:02 | 雑感 | Comments(6)