井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

「平和」を政治色があるからダメは今始まったことではない

 このところ、戦争と平和の式典を自治体が後援しなくったり、公営施設を会場に貸さないなどの「迫害」ともいえるような対応が相次いでいる。
 これについて、今の内閣だからだという批判がある。安倍総理は、総理になる前から、NHKの報道に圧力をかけて改変させるなど、自分の意に沿わないものや意見の異なることに対して一切認めない偏狭さを発揮している。そのためだろう、と。

 この影響もあるだろう。そして役人の中には、上の目線を気にする人が多いから、自分が睨まれないようにすることしか考えない。それで、冷静に見ているとバカげているほどの神経質になる。

 しかし、これとは別に、昔から同じことがあった。例えば原爆忌でのこと。
 最初は、「世界平和は広島から」のスローガンで、被爆後初の市民集会(昭和21年8月5日)だったが、朝鮮戦争が勃発すると、「平和に名を借りた不穏行動は禁止」(昭和25年8月5日)ということになり、さらに「政治的色彩は好ましくない」として『原爆ゆるすまじ』の歌が消える(昭和35年8月6日)という次第だった。
 そして、現職総理と衆参両院の議長は出席せず、メッセージの代読だけ。
 
 このように、日本側の戦争被害を訴えるだけなのに、その加害者はアメリカであるから、またアメリカが戦争をするという事情もあり、すると日本は、自国の立場を政府が主張することすらできなくなる。
 つまり、総理大臣の偏狭さが原因で下っ端の役人たちが萎縮しているだけはなく、上にいる日本政府がもともと逃げ腰だったのだ。それがまだ続いているわけだ。情けない話である。




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Commented by Neutralizer at 2015-10-17 20:45 x
 恐らく第二次大戦でアメリカに完膚なきまで叩かれた為に、その事が政府自体へのトラウマ状態となってしまった上に、戦後は東西冷戦でもし下手に抵抗すれば、ソ連側と断定されて最悪植民地同然になることを恐れたのでしょう。勿論、その時点でも巧みな外交等でどうにでもなったはずですけど、当時は復興第一に考えていた故に後回しになってしまったと言えます。
 しかし冷戦が終わった今はアメリカも陰りが見えているので脱却するチャンスなのですけど未だにアメリカ恐怖症が根づいているのでしょうね。
Commented by ruhiginoue at 2015-10-18 18:12
 チェコでも、ソ連の戦車に踏みにじられた後、ビクビクしている人たちが、毅然としている人たちを迫害していたと聞きます。
 国だけでなく学校でも職場でも、同じことがありますから、時代が変わっても人の心は同じということだと思います。
 
 
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by ruhiginoue | 2015-10-17 16:42 | 政治 | Comments(2)