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by ruhiginoue

長谷川和彦監督の新作

 何か政府に批判的だと「在日」という罵声を浴びせる人がいて、兄弟に対してまで言う者がいたから、まるで兄弟漫才で「バーカお前の母ちゃんデベソ」「一緒や」というボケとツッコミだが、権力にすりよって何も考えなくていいから楽でいい。それで「半島へ帰れ」という手軽な悪口となるのだろう。
 これを最近の風潮のように言う人をネット上で見かけるけれど、何十年も前からあった。東西冷戦時代も「ソ連に帰れ」というのが紋切り型だった。そして、うだつのあがらない鬱憤で政治青年になる人にとっては便利だった。

 これが八十年代後半には、今では知事の舛添要一も、当時不遇な政治学者で、いちおう東大助教授だったが、面白くないことがあって辞めてしまったという時期に、似たようなものだった。ただ、それなりに勉強した人なので、もう少し気の利いた言い回しをしようとしてはいた。

 この人が出ているスタジオの一般視聴者席に右翼学生が数人いて、見るからにという感じだったが、在野の活動家なので御用学者の舛添とは微妙に違った。そのためだろう。気に入らない発言にヤジを飛ばし「ソ連に帰れ」と言っていたら、共演していた映画監督の長谷川和彦が、「お前らが言っていることは、三里塚の農民に機動隊が言っているのと同じだ。恥を知れ」と一喝した。公務員である警官ともあろうものが右翼学生と同じだから恥を知れではなく、逆に在野の活動家なのに農民をしいたげる権力の側と同じとは恥を知れということだ。これで右翼学生たちは黙ってしまった。

 ただ、内容に反論できなかったというより、「ゴジ」こと長谷川和彦の風貌や巨体の威圧感によるものだったようでもある。その翌年、長谷川和彦がビートたけしの番組に出たが、たけしは「おっかない」と言っていた。「映画監督が出るというから、大島渚じゃなきゃいいと言ってしまって、しまったことをした」と。

 ところで、前に冤罪事件の会合で、周防正行監督が来ていた。『それでもボクはやってない』は前作から十一年経過している。裁判の傍聴をしたりと脚本のため取材していたからだが、そうとは知らない人たちが、『太陽を盗んだ男』から新作がない監督みたいになりはしないかと噂していたという話をした。このことに、周防監督は「いくらなんでも長谷川和彦と一緒にしないでほしいな」と言っていた。撮ると言いながらいっこうに撮らない監督とは違うということだった。

 このところ浅間山荘事件の映画が何本も公開されているが、これらの監督らは「長谷川和彦が撮ると言いながら撮らないから自分が撮った」と言っている。それで、長谷川和彦監督は永山事件を題材に新作の企画を立てているという噂も聞く。こんどこそ実現してほしいものだ。

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by ruhiginoue | 2015-10-27 20:43 | 映画 | Comments(0)