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by ruhiginoue

『笑っていいとも』と、友達とは何かという問題の続き

 『笑っていいとも』に、さとう宗之が出た時は、テレビで彼が主演していた『仙八先生』で生徒役だった三田寛子に電話し、しばらくドラマで共演した人を続けてみたいと言った。
 それで次の日に出た三田寛子は、同じく生徒役で出演していた本田恭章に電話をした。
 本田恭章は、やはり生徒役で共演したなかで絡みが多かった薬丸裕英に電話するかと思われていたが、なぎら健一に電話した。なぎら健一もレギュラー出演していた。

 だが本田恭章としては、自分は歌手であるという矜持だったのではなかったか。
 彼は現在までフリーランスの歌手をやっているが、聴いた人によると歌は上手だという。もともとは歌もギターもヘタクソと言われていた。だから、美少年だったのでアイドルになればいいのに、無理してロック歌手になると言い、苦労や損をしていると嘲笑されてきた。
 しかしアイドルなんて十代だけだが、ロックならデビッド=ボウイのように結婚しても子供が生まれても歳をとってもカッコつけていられると彼は言っていた。そして、長年やってきたので上達したということらしい。だから、アイドルになった薬丸裕英などではなく、ギター弾きながら歌っているなぎら健一に電話をかけたということではないか。

 こういうことを考えると、交友関係というのも面白いし、少々大げさだが生き方というものを考える参考にもなる。

 ところが山本リンダが出たときは、続いて岸本加代子、さらに杉田かおる、というこになって、これは友達というより信者じゃないか。芸能人だから広告塔ということだろうが、こういうことは友達というのだろうかと疑問だ。

 逆に、友達だけど思想信条が違うのも、それが友達なのかというと、また疑問だ。思想信条は違っても人間として付き合えるというのは、嘘ではないかという指摘もある。もしそんな人がいたら、その人の思想信条は付け焼刃とか偽物とかいうことではないか。
 
 そんなことを考えたのだった。友達とは何だろうか。



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by ruhiginoue | 2015-12-05 17:30 | 芸能 | Comments(0)