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by ruhiginoue

「天安門事件」の報道のずさんさ

 中国の「天安門事件」の日が来るたびに、ずさんな報道ばかりだと感じる。
 まず「天安門事件」といえば本来は周恩来総理の死去にさいして天安門広場で追悼の集会が任意で行われていたところ、それが「周総理は立派だったが、四人組の連中はひどすぎる」という糾弾に発展し、それでその四人組の指示で警官が出動するなどして強引に解散させようとしたため負傷者が出た事件のことだ。
 だからその後に起きたのは「第二次天安門事件」と言われていた。それがいつのまにか「天安門事件」と言われるようになってしまった。

 また、集会を蹴散らすには放水や催涙弾を用いるのが普通で、それで充分だったはずなのになぜか軍隊が出動したため流血の事態となったことについて言及されない。
 これは、政治改革を求める穏健な集会に趙総書記が不適切な対応をしたため暴動に発展したという嘘を李鵬首相が流布し、鄧小平も騙されて軍隊が出動し、総書記は失脚した。総書記を邪魔にしていた首相の陰謀による中国政府の内紛だった。ところが日本の報道からは欠落しているので本質が見えず、訳が分からなくなっている。

 また、若者の青臭い理想論では社会が混乱するだけで発展しないことは文化大革命で証明済みだから、経済を優先して暮らしをよくすることが本当の民主主義だと多くの中国人が言っており、しかもそれを日本の戦後の発展を見て確信したと言う。鄧小平も日本に来たら中国の政治闘争がムダだったと気づいたと言う。

 一方で日本からすると、企業にとっては貿易の都合があり、一般的には学生運動世代の老人の非常識な言動から学生運動に対する悪印象があり、中国の天安門事件に寛容になってきた。
 そして自民党が逆に昔の中国共産党のようになって、経済と暮らしより不毛な政治闘争ばかりを志向し改憲を唱えるなどして嫌われているとの現実がある。

 なのに日本の報道は「民主化を求める集会が軍隊に弾圧された」というだけで掘り下げることがなく、それが言葉づかいに表れている。中国の天安門事件でもシリアでもミャンマーでも「民主化」という言葉の使い方があまりに軽々しい。それぞれ内容は異なることなのに。
 もちろん「東欧の民主化」以来の、敵対する政権に反対する運動だけ「民主化」と呼ぶプロパガンダが報道に名を借りて行われているからであるが、それ以前の問題として、全体的にマスコミ報道がステロタイプになっている。これは記者の能力か劣化したということもあるし、それ以上に、型にはまったことしかできない仕組みになってしまっているからなのだろう。

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by ruhiginoue | 2016-06-10 17:33 | 国際 | Comments(0)