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by ruhiginoue

音楽に政治を持ち込むのか政治に音楽を持ち込むのか

 フジロックで「音楽に政治を持ち込むなよ」言った人たちは、単に自分が共感できないことを「中立」と偽装しているだけだと指摘されているが、それは全くその通りだろう。気に入らないという主観に過ぎないことを「偏り」と言うことで反論できない自分を誤魔化す人がいて、これは音楽に限らない。

 ただし、音楽家が相当の意味がある程度に政治的な影響を持つことがあるのは、よほどの才能を持った人がなんらかの事情や情勢により身を置いた場と社会が関係を持った時であり、これは非常に稀なことだ。

 また、弾き語りのように簡易な表現をする者でさえ商業化するにつれて中身が失われて行くのが実態だから、オーケストラなど大規模になってパトロンやスポンサーや補助金がないと成り立たないとなると、自分の信念どころか意に沿わないことをさせられる傾向がある。

 ある知り合いで、音楽大学を卒業して交響楽団のオーディションにことごとく落ち、仕方ないから自衛隊の音楽隊に入って、だから新聞を『朝日』から『産経』に変えたという愉快な人がいる。
 この人は、よく「とうほう」と言っても「きりとも」ではないからと言っていたが、その類の謙遜というか自虐というかが出るような音楽大学だと所によってはパンフレットに、卒業後の就職先として自衛隊と警察の音楽隊があるのだとし、制服着て楽器持っている先輩の写真を載せているが、これは政治的ではないのだろうか。

 もちろん、ジョン ウイリアムズが軍楽隊にいたことがあって、おかげで戦争映画『ミッドウェイ』の音楽を作るのに役立ったという話もあるから、のちに成功できる人もいるだろうが、これも極稀な例外である。

 また、指揮者と監督になりたがる人は権力志向だと昔から言われているが、「作曲家」にも「すぎやまこういち」と名乗る愉快な老人がいて、今話題の日本会議に関与して2ちゃんねるのネトウヨカキコを読むのが趣味だと公言までしている。
 彼はもともと見様見真似(独学とは違う)で音楽をやり、あとは政治力で来た人だ。あのグループサウンズとかゲ-ムの音楽を「作った」とし、名門交響楽団に演奏させたり、実力で勝る作曲家を弟子にしたり、ということから音楽家ではなく政治家である。しかも非常に優れた。

 こうしてみると、音楽に政治を持ち込むのか政治に音楽を持ち込むのか、どっちなのだろうかという疑問も出てくる。


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by ruhiginoue | 2016-06-25 10:55 | 音楽 | Comments(0)