井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

スポーツと国を愛す心を持たない体育会系の森喜朗もと総理

 2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(もと総理)が、東京都内で開かれたリオデジャネイロ五輪日本選手団の壮行会であいさつしたさい、直前の国歌斉唱の様子に触れ「どうしてみんなそろって国歌を歌わないんでしょうか。国歌も歌えないような選手は日本の選手ではない」と苦言を呈し、昨年のラグビーのワールドカップでは日本代表が「涙を流しながら君が代を歌っていた」とし、「選手の皆さんにお願いしたいのは、口をもごもごするだけではなく、大きな声で国歌を歌うこと」と述べたそうだ。

 ところが、揃って国歌を唄わないのは当たり前で、これは「斉唱」ではなく「独唱」だったため、聴いていただけの人や合わせて口ずさんでいた人がいたというだけだから、森会長は勘違いでケチをつけたと批判されている。

 もちろん、そうでなくても森会長の発言には色々と問題がある。パラリンピックだから障害のためできない人だっているだろうし、今もめている英国で独立論が再燃しているスコットランドの選手は英国歌を嫌がり歌わないが、それを森会長のように非難する政治家が英国にいるだろうか。
 おそらく森会長としては、日本は単一民族国家であり、少数民族など居ないことになり、かつての発言のように「天皇中心の神の国」だから、諸外国とは違うと信じているのだろう。

 しかし、そういう自民党によくある話だけではなく、森喜朗という人に独特な感覚がもともとあったうえでのことだ。
 かつて中曽根元総理が言っていたように、森という人はブッシュ二代目と同じで勉強はあまりしないがスポーツには熱心だった。しかし大学にスポーツ推薦で入ると運動部に短期間所属しただけで辞めてしまった。彼にとってスポーツは処世術でしかなかった。だから競技で頑張れではなく国歌で声が小さいと難癖をつけるのだ。

 しかも森喜朗という人は、選手たちが自分のために努力していることに加えて国の名誉にもなるということで努力しているのに対し、常に上から目線でとやかく言い、難癖をつけたりすることまである。スケート選手の女性が失敗したことをあげつらい「あの子は肝心なところで転ぶ」と心無い発言をしたことは記憶に新しい。

 なぜこうなるのか。森喜朗という人は下品な言動が目立つが親の七光りで政治家になり、息子もとんだ出来損ないで酔っ払い運転でコンビニ店に突っ込む事故を起こし議員辞職しているが、それでも地位を得られる特権階級だ。こういう人たちに特徴的なこととして、政治家としての自分を代表者や為政者ではなく支配者だと信じている。
 実際に森喜朗人という人は、昔からテレビなどで公然と「私はエスタブリッシュ」とか「体制側」とか言い、国民を縛ったり監視したりして服従させるのが当たり前であるとし、支配者だという意識を剥き出しにしてきた。

 だから、森喜朗という人は国もスポーツも愛しておらず、真に努力している人たちに対して上から目線で勝手なことばかり言うのだ。
 こんなふうに舐められて平気でいる多くの国民も相当にマヌケだが、いいかげんに気づいたほうがいい。

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Commented by ケーキイーター at 2016-07-04 21:35 x
 『君が代』の代わりに、『金太の大冒険』を歌おう。歌詞カード見ずにフルコーラスで歌えたら、凄い~。
 ほんの思い付きですが。

Commented by ケーキイーター at 2016-07-04 22:22 x
 こっちの方が効果的かな。『帰ってきたヨッパライ』はどうだ! 待てよ。『ギンギラギンにさりげなく』もいいかも。段々無茶苦茶になってきた。
Commented by 石畳 at 2016-07-04 23:42 x
彼の内面で卑しい自己愛が肥大化していくうちに、自分そのものが「日本」であるという不遜な概念を弄ぶようになったのであろう。愚鈍なサディズムと傲慢かつ滑稽なナルシズムは、ショーヴィ二ストの基本的心性であることがよくわかる。

>大きな声で国歌を歌うこと

昔の和寇が丁度昭和十五六年代の新しい形だ。
国内においては神風連的な右翼思想が流行する。外国に行くのはそういう連中に限られる(中略)。彼等は無知でありながら、恐ろしく自信がある。そこで大東亜諸国に行って、それ錬成だ、それ儀式だという。こんな国民に彼等が推服する
ものではない。
(清沢洌『暗黒日記』昭和18年12月16日)

「無知でありながら、恐ろしく自信がある」というのは、まさに森自身だけではなく、彼のような連中の支配を甘受している多くの日本国民にも言えることではないだろうか。
Commented by ケーキイーター at 2016-07-05 01:17 x
 思い切って、『春先小紅』はどうだろう。もっとハチャメチャになっちゃう。
Commented by ケーキイーター at 2016-07-05 10:19 x
 昨夜はまた寝ぼけていたかもしれない。
 で、一番おもしろいのが、これ。もし、森さんが『君が代』の歌詞を度忘れしたり、間違えたりしたら、どうなる?
Commented by ruhiginoue at 2016-07-05 14:18
自己愛が肥大化して自らを国そのものだと思い込むのが専制君主ではなく田舎のちょっとした名士たちというのがみっともないけど、そんなのに舐められている国民も恥ずかしいものですね。
森喜朗という人は「独唱」が聞き取れないし読めないということだったのだから、きっと「君が代」の歌詞を漢字を含めて書いてみろと言われたら満足に書けないのではないかと言われていて、ほんとうに書けなそうですね。
Commented by 二胡 at 2016-07-05 14:33 x
それだけ自信のある森元総理には、ぜひ衆目の前で国歌を「独唱」してほしいものです。あれは音を取るのも息を継ぐのもけっこう難しいですよ。

ブログ主さま>
出身地はともかく、何の能力も努力もなく生まれだけで高い地位に就けるような人間が愛国やら自己責任やらを説くのが悔しくて恥ずかしくて仕方ないのですが、選挙のたびに絶望するばかりです。来週ももう絶望する用意ができています。どうすれば良いのでしょう。
Commented by ruhiginoue at 2016-07-05 16:38
森喜朗という人は困ったことに、自分でできないことを他人にやらせて難癖をつけて平気でいます。育ちのせいでしょう。

『銀河英雄伝説』の戦死者追悼式でトリューニヒトが「国歌斉唱」と命令するとみんな仕方なく歌うけど、イゼルローン要塞の決起集会では自発的に大合唱となり、そのころトリューニヒトは敵に寝返り命乞い。森喜朗ら自民党の政治家なんてトリューニヒトと同じで、カルト宗教と癒着している図式などソックリです。

 そして銀河英雄伝説では、こんなセリフ
「国家なんてものは単なる道具にすぎないんだ。そのことさえ忘れなければ、たぶん正気を保てるだろう」(ヤン・ウェンリー)
Commented at 2016-07-08 12:54 x
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by ruhiginoue | 2016-07-04 15:54 | 体操 | Comments(9)