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by ruhiginoue

蓮舫は嫌いだが差別はいけない

 蓮舫が国籍はどうのと騒がれているけど、すでに色々と指摘があるように法的な問題は存在しない。蓮舫は嫌いだけど、差別はいけない。

 そもそも、日本は「血統主義」をとっていて、母親が日本人で日本で生まれていても、父親が日本人でないと日本人じゃないという性差別が日本の法律にあったのに、なかなか改正しなかったことが原因だ。
 それに、蓮舫は王貞治と同じで父親が台湾人で、台湾を国としたら中国が猛反発してまた問題になるだろう。
 
 こういうことは既に色々と言われているから、さらに言うまでもないが、この蓮舫の騒ぎと同時に、つい先日まで騒がれていた貧困女子高生のことが沈静化したのだから、同じ差別主義の人たちによるものだろう。

 これがアメリカの場合は血統主義ではなく「属地主義」だから、親はどこの国の人だろうとアメリカで生まれているかどうかで大統領になれるかどうかが決まる。
 それで同級生に、両親ともに日本人だが親の仕事の用事でアメリカに行っていた時に生まれた人がいて、大統領になる資格がある。けれど、彼が言うには「アメリカの大統領になる気はない、日本で平凡なサラリーマンになる。アメリカに行くとしたら観光」と言っていた。

 しかし州知事なら外国生まれてもいいらしい。だからシュワルツェネッガーは知事にはなったけど大統領にはなれないということだ。任期を終えてから活劇に「アイルビーバック」だが、あのひどい政策では政治家としては「アスタラビスタベイビー」だ。
 ただ、オーストリア出身のシュワルツェネッガーが問題になったのは、出身地ではなく父親が熱心なナチス党員だったことで、そんな親から思想的影響を受けていないかということだった。

 ところで、民主党の原口一博議員は、蓮舫議員の話から及んで自分は何代前から日本人だと誇る発言をツイートしたために「炎上」したが、ナチのニュルンベルク法やアーリア条項と発想が同じだ。こんなのが自民やお維だけでなく民主党にまでいるのだ。

 ナチズム的言動なら舛添要一前都知事のタレント学者時代に目立ったが、政治家になってからは配慮して口を慎むようになっていた。
 そんな、まだ政治家になる前の舛添要一から、やはり政治家になる前の蓮舫は、付き合って欲しいと申し込まれて断ったらしい。
 これを、当時よく女性が話題にして「舛添さん何を考えてるのかしら」と言われていたが、どちらの意味だろうか。「蓮舫なんてどこがいいのかしら」なのか「舛添なんか断られるに決まってるでしょう」なのか。



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Commented by ケーキイーター at 2016-09-09 20:17 x
 またおかしなこと覚えているんだけど。蓮舫さんと舛添さんて、誕生日が一日違い。当然生年は違うけど。
 蓮舫さんは別に好きでも嫌いでもないけど、やっぱり、ああいう差別くらっているのを見ると、肩入れしたくなっちゃうな。
Commented by temp at 2016-09-11 00:28 x
今回の件で蓮舫批判に反論する人のほとんどが「蓮舫は嫌いだけど」「蓮舫は好きじゃないけど」って枕詞付けるの何でなんですかね(井上さんもですが)。頼まれたわけでもないんだから嫌々擁護してるアピールするくらいなら黙ってても同じじゃないのって思いますが。そういえばナンシー関も蓮舫のこと蛇蝎のごとく嫌ってましたね。
Commented by 次郎くん at 2016-09-11 01:24 x
at様、それは民主主義擁護勢力の「お約束事」って奴ですよ。「日本の陰謀」によれば純ケツ日本人で=資生堂の審査はチビシイそうですよ、ニセ台湾人の村田蓮舫さんに、一度も投票していないことの証明でありますな。

ボクだって大橋巨泉を擁護する際に同じ扱いのコトバ遣います。「所詮はティーヴィータレント。専門の歴史学者で、『古代アメリカ文明の謎』の著者のナイジェル=デーヴィス博士とか、『幻想の古代文明』の著者のロバート=ウォーカップ博士のような、言語学天才と比較すると格下の存在だけれども云々・・・・」とね。
Commented by ruhiginoue at 2016-09-11 05:00
この人は嫌いだけど、悪いことをしてもいないのに悪いと言われてはいけない、というのは大事なことですよ。
反対に、この人は好きだから、悪いことをしても悪くないと言うのもいけないでしょう。
これは差別が問題だから、自分に関係ないから声をあげなくていいとか、頼まれてもいないのに擁護しなくていいということではだめで、だから好き嫌いの問題じゃないとか支持するかしないかの問題じゃないと言うことが必要不可欠なんですよ。

差別は、する人とされる人がたまたまいたのではなく、差別が起きる構造が社会の中にあるからで、誰だって差別を受けたり差別してしまったりする恐れがある。
だから他人事では済まされないので、嫌いな人でも差別されていたら差別反対と言わないといけない。
ということで、みんな言うんですよ。
Commented by ケーキイーター at 2016-09-11 15:00 x
 で、差別の問題とは関係ないけど。「国によって大統領や知事、議員になる資格が違う」というのは、本当におもしろいですね。
 今日は秋篠宮妃紀子さんの誕生日で、明日はスティーヴン・ビコの命日。あらあら。差別の問題に微妙に戻っちゃった。
Commented by temp at 2016-09-11 16:22 x
うーん、だとしたらなぜ「差別はいけない」と「だけ」言わないのでしょうか。人種差別を批判するときに「○○人は嫌いだけど~」なんて前置き見たことないですし、そんな事書く人が差別批判をしても信用されないでしょう。蓮舫が好きだから擁護していると周囲に思われたくない、と多くの話者の意識があり、だから枕詞を付けずにはいられないのだとすれば、それも彼女への差別である、というのは言い過ぎでしょうか(もちろん政治的立場への批判と差別批判は両立しますが)。なお公平を期すために付言すると、橋下徹が出自で攻撃されたことに対して「橋下は嫌いだけど~」と枕詞を付ける人も同様の問題があると考えています。
Commented by ruhiginoue at 2016-09-11 17:19
アメリカのように移民の人ばっかりの国は他にも相続税がないとか親子よりも兄弟姉妹が重要だったりと、事情が違うから法律も違いますね。

蓮舫でも橋下でも、その人柄が嫌われても本人の責任です。
しかし片親が台湾人であったとか差別地域の出身者であったとかは本人に何の責任もないことです。
だから人柄が嫌いだというのは、時と場所をわきまえる必要はありますけど、言ってもいいことですが、親や出身地は、それがどうしても必要でなければ、言ってはいけないことです。
例えば、創価学会が嫌いだから創価学会員も嫌いだというのは当然で、入会したのは本人の責任で、嫌いだと言われても仕方がないから、嫌いだと言ってもいい。
しかし、その人が創価学会員であること自体は憲法で保障された信教の自由です。
また、創価学会が嫌いだと言うのも言論の自由です。
しかし宗教とは何の関係もない就職や入学などで、宗教を原因にして、他には何も問題がないのに、拒否をしたり同じ仕事をしていても給料安くしたりということがあれば信教の自由を侵害する不当な差別です。
蓮舫さんの場合も、あの人が嫌いだから当選して欲しくないと言うのは自由だけど、出生に関わる問題を持ち出して、そのこととは関係がない社会的な活動について否定しようとするのは差別だから、それを区別なきゃいけないのでという意味から、嫌いだけども差別はいけないんだと言う必要があるんです。
by ruhiginoue | 2016-09-09 08:35 | 政治 | Comments(7)