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by ruhiginoue

瀬戸内寂聴の発言を謝罪した日弁連の腰抜け

 「殺したがるバカどもと闘って」 
 瀬戸内寂聴さんが日弁連シンポで死刑制度を批判したが、殺生を戒める宗教者として当然の発言だ。

 もしも、憎しみに凝り固まっている被害者の家族を問題にした発言だったら、気の毒な人をバカとまで言っては可哀想な気もするけれど、そうではなく、これは「闘って」と弁護士に対して言ったわけだから、権力を乱用する人を問題にしている。そして、権力と闘うのが弁護士の責務のはずなのに腰抜けが多いから、しっかりしろと言ってるわけだ。

 なのに、政治家と癒着した団体が被害者遺族を利用して言葉尻を捉えた攻撃をしたら屈して謝罪してしまった日弁連。やはり弁護士は腰抜けばっかりで闘う気など無いと証明した。

 この攻撃を仕掛けた、被害者の団体と言いながら政治家と癒着している「あすの会」は、前に鳩山邦夫法務大臣が、死刑を大臣の確認なしでやれと主張したうえ執行命令を連発したことで、それを批判した朝日新聞に圧力をかけて謝罪させたが、今度は日弁連に、というわけだ。

 そうした政治家に取り入って死刑を乱発させる団体の中心人物に、冤罪事件に取り組んでいる団体の人が、冤罪の問題について質問したところ、日本では起訴されたら九割が有罪になるから問題ないという凄い答えが返ってきたと、質問をした人から直接聞いている。
 これは冤罪事件にとりくむ団体の集会でのことだったが、いくらなんでも非常識すぎるので信じられない人が多かった。しかし言質をとっていること、他の場でも同じ趣旨の発言があったこと、などから確かであった。
 しかも、これと同じように、裁判の間違いは一部だから死刑をやれという発言は、大谷明宏のように表面では反権力といっているマスコミ人からも出ている。権力による殺人の制度で間違いから殺される人がいても良いというのでは「殺したがるバカ」と言われても仕方ないだろう。

 しかし、こういう話をしても虚しいと某同級生が嘆いていた。彼は死刑廃止論について特に明確な意見を主張する人ではないが、しかし田舎の実家の父親が「死刑廃止なんてとんでもねえ。悪いことした奴はぶっ殺して当たり前だ」と、いくらなんでも単純すぎるので、「でも、ぶっ殺すのも、悪いことしたと決めるのも、どっちも権力なんだから、怖いよ」と言ったら途端に親父はチンプンカンプンになったということだ。 
 これだから世論調査で死刑賛成が圧倒的なのだろう。



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Commented by keitan020211 at 2016-10-11 12:56
なるほど、瀬戸内和尚の主旨は分かりました。
 しかし彼女は自らの発言がどのように受け止められるか、誤解を招く余地はないかを考えることが余りないように思います。
 やや傍若無人というか、言いたいことのためにはそのような熟慮はどうでもよいと、熟慮を煩悩と勘違いしているのではないでしょうか?
 死刑を巡る事柄には加害者と被害者、捜査当局、司法当局、刑務当局、政府、世論などのプレーヤーがいます。
 そこで「殺したがる馬鹿供」と言えば、それがどのプレーヤーを指すのかが不明瞭となって被害者を指すものと受け取られても仕方がありません。
 彼女は只一僧侶であるだけではなく自ら望んで言論と政治主張の場に生きている者です。なのでそのような熟慮を「私は坊さんに過ぎないから、構わないでしょう。」と云う訳にはゆきません。

 但し、被害者にも殺したがる馬鹿はいます。必ずしも被害者を指すものではないと弁解する必要もないように思います。それをも含め、どうも瀬戸内和尚は姑息といわざるを得ません。人権を実現したい人々の足を引っ張って信用を損なわせています。
Commented by ruhiginoue at 2016-10-11 19:52
弁護士の使命を認識していない人がいるのは確かなので、誤解する人はいるでしょう。しかもその数が多い。だからご指摘のとおり注意しておくべきことではあります。
また、ご指摘のとおり人を殺したがる人もいます。被害者であるから感情的になっている人だけでなく、もともと死刑制度は権力者が見せしめとしてやっていることだったのに、庶民とか大衆とかいわれる人たちが野次馬として面白がっているということも歴史的事実で、前者はまだ同情できますが後者は本当にバカです。
これらをどのくらい考えてのことだったのか、という疑問なら瀬戸内寂聴氏と日弁連どちらにもあります。
 
by ruhiginoue | 2016-10-09 15:51 | 司法 | Comments(2)