大橋巨泉氏の一周忌で専門医が
2017年 07月 29日
昨年、大橋巨泉氏の死去とともに、医師の対応と経歴が問題になった。問題の医師が元防衛医大講師で、その当時の手術のさい不適切があり裁判となって、防衛医大側(国)が敗訴のうえ控訴もしないという異例の結果で、それくらい酷い手術であったわけだが、その後、防衛医大を退任した医師が専門外に手を出して、また問題を起こしたのだから、当方も元患者・元原告として週刊誌の取材を受けたのだけど、それについて専門医が巨泉氏の一周忌ということで記事を書いているから、それを以下に引用する。
巨泉さんの一周忌で 記事
【ドクター和のニッポン臨終図巻】
タレントの大橋巨泉さんが82歳で亡くなってから、はや1年がたちました。命日の7月12日、ワイドショーでは大きく扱うかと思いきや、芸能ネタは女優の松居一代さんのことばかり(心のバランスを崩された人をおもしろおかしく大きく取り上げることには医師として疑問を感じますが…)。ならば私が医師として、哀悼の意を込めてここに書きます。
巨泉さんは2013年にステージ4の中咽頭がんが発覚。リンパ節に転移していましたが、手術で摘出、大本のがんには35回の放射線照射を続けました。
治療の甲斐あって、担当医から「がんはなくなった」と言われましたが、副作用による衰弱が著しく、その後2度の腸閉塞と手術。16年2月には左鼻腔内にがんが見つかり、抗がん剤と再びの放射線治療を受けています。
同年4月より極端な体力低下が見られ、死を意識し始めます。「安楽死したい」と口にするものの、弟から「日本では安楽死は認められていない」と言われ、落胆したとエッセーに書いています。
このころ、自宅のある千葉県で在宅医療を始めたものの、トラブルが続きました。在宅医は会うなり「どう死にたいですか?」と聞いてきたとのこと。これには本人もご家族も呆然としたそうです。
背中の痛みを訴えたところモルヒネの過剰投与をされ、意識朦朧となりました。不審に思った家族がこの在宅医を調べたところ、元は皮膚科の専門医で、緩和ケアについては素人同然のようであった…という記事が週刊誌に大きく載ったのを覚えている人も多いことでしょう。
結局、意識が低下した巨泉さんを見たご家族が救急搬送を依頼。ICUから3カ月間出ることのないまま、帰らぬ人となりました。
その在宅医やモルヒネの過剰投与についてどう思うか? という取材を、私はいくつも受けました。国策として在宅医療推進が続く中、緩和ケアの技術や看取りの経験が未熟な在宅医もいることは事実で、この道のプロとしてはふがいない限りです。と同時に、モルヒネ=怖い薬というイメージが独り歩きしたことは非常に残念です。モルヒネは決して危険な薬ではありません。私も毎日使っています。
そして何よりも、一時は安楽死したいとまで言っていた巨泉さんが、なぜ3カ月もICUに入ったまま最期を迎えたのか…。そもそも、どういう最期を迎えたいのか、ご本人と家族と医師が思いを共有できていなかったように感じました。文書でリビングウイル(生前の意思表明)をしていたのかも気になりました。
いずれにせよ、巨泉さんは在宅医療に多くの問題提起をしてくれました。巨泉さんの死を無駄にすることなく、より信頼される在宅医を育てていこうと思います。
■長尾和宏(ながお・かずひろ) 医学博士。東京医大卒業後、大阪大第二内科入局。1995年、兵庫県尼崎市で長尾クリニックを開業。外来診療から在宅医療まで「人を診る」総合診療を目指す。近著「薬のやめどき」「痛くない死に方」はいずれもベストセラー。関西国際大学客員教授。
by ruhiginoue
| 2017-07-29 18:19
| 社会