不動明王と冷笑系
2017年 12月 04日
今年の流行語大賞は「忖度」だが、かつて流行語に「梵天丸も、かくありたい」があった。これは87年に放送されたNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』(平均視聴率は過去最高の39.7%、最高視聴率も47.8%で第3位)のセリフで、第二回の放送に出てきたあと何度か回想されるだけなのだが非常にウケたので、脚本のジェームズ三木はその後の大河ドラマで受けそうなセリフを繰り返し言わせるようにしたが、視聴率は高かったのに流行語にならなかった。
つまり意識して流行させることは無理ということだろう。
ところで、このセリフはドラマだと幼少の伊達政宗(幼名・梵天丸)が世話役の喜多(伊達政宗の参謀・片倉小十郎の姉)と会話する場面となっているが、史実では乳母のお蔦らしい。
梵天丸は寺で不動明王の像を見たさい、仏様なのに怖い顔をしているのは何故かと言う。すると居合わせた名僧・虎哉禅師から、不動明王は世の不正を監視し悪い者を懲らしめるため恐ろしい顔をしているのであって、心は慈悲深く優しいのだと説明される。
「梵天丸も、かくありたい」
こう言う梵天丸に感心し、虎哉禅師は梵天丸の教育係を引き受ける。梵天丸としては、病気で片目を失明しているうえ自分の顔が他の子どもと違い可愛げがないと気にしていたので、それなら不動明王のような存在となりたいと思うのだった。
これで思うことは、最近は世の中の不正に怒ったり批判したりすることに対して、その内容にではなく、毅然とした態度や厳しさにケチや難癖をつけてのすり替え否定をし、こうすることにより結果として不正を擁護し権力や権勢に媚びる「冷笑系」が流行しているが、そんないやらしい連中が幅を利かせているのは、不正に怒る側の顔に怖さが足りないということだろう。
ということで、来年は不動明王の顔を見て「かくありたい」と思わねばならない。
by ruhiginoue
| 2017-12-04 19:21
| 学術