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by ruhiginoue

養鶏所

 先日、教師の連続的体罰に子供が抗議の自殺をしたとして、両親が訴えたという報道があった。すると、自分だって体罰を受けたと言いながら、体罰で自殺した子供とその悲しむ親を非難する人たちが現れた。
 まず、体罰は法律で禁じられており、また、指導力の乏しい教師が体罰に頼るという指摘をする現役教師と教師経験者もいる。この一方で、自殺と体罰の因果関係も、これから裁判で争われるであろうことだ。
 こうした問題をひとまず置くとしても、自分が体験した体罰と、他で起きた体罰事件を、簡単な初期の報道だけに頼り、単純に比較したり同一視しながら何か意味のあることを論じた気になっているのは、とんでもない錯覚である。
 しかし、早トチリの錯覚やフライングなら、まだ可愛いところがある。深刻なのは、自分も大変な体罰を受けたと言う人ほど、その話をする様子や文の行間が実に辛そうで、それでいて、深刻な体罰の被害者を誹謗していることだ。
 ブロイラーにきいたことがある。
 養鶏所では、鶏同士の喧嘩で怪我をした鶏の傷の血を見て他の鶏も興奮し、傷を集団で突ついて死なせてしまうことがあるという。
 これは、狭い所にたくさん押し込められ、ストレスが凄いからなのだそうだ。だから放し飼いでは、こういうことは無い。
 抑圧を感じていながらどうすることも出来ないから、同じ被抑圧者を叩く。ようするに養鶏所の鶏と同じ人たちがいる。このような人たちを、抑圧を甘受してしまった人として批判したのでは、自殺に追い込まれた人を体罰や虐めに負けたから仕方ないと突き放すのと同じになってしまう。
 文科省の提言とおり、とりあえずは自殺予防しなければならないが、その原因である抑圧の構造に、もっと関心を持たなければならないだろう。でないと、養鶏所でやっている、鶏の目に赤いセロハンを貼付けて血の色を見えなくするというのと一緒である。

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by ruhiginoue | 2007-03-17 11:26 | 社会 | Comments(0)