コメントの他に、表示されている著書をクリックしてその感想をアマゾンのレビューに投稿してくださることも歓迎です。おたよりはこちらへruhiginoue@excite.co.jp


by ruhiginoue

政治家が悪いとばかり言ってもしょうがない

 君が代に起立しなかった教師が処分されても違憲でないと判断した都人事委という共同通信の報道だが、なぜなのか理由が書かれていない。
 ただ、書かれてなくても責任回避に決まっていると判るはずだ、ということだろう。都人事委としては判断したくないから、文句があるなら裁判にして石原再選のほとぼりが冷めた頃に勝手にそっちでやってくれということではないか。
 ところで連想したのが、先日死去した有名なチェロ奏者ロストロポービッチ氏のこと。
 プーチン大統領が、愛国心高揚のためソ連国歌を復活させると言ったことに「私はあの国歌を起立して歌う気にはなれません」と反対した。お上にもの申したため当局に迫害された経験からだ。
 しかし国民の圧倒的賛成でプーチン案は支持された。モスクワ名物行列しないと食品が買えず、「宇宙開発費と防衛費を減らすべきだ」とでも言おうものならプーチン大統領の元勤め先のKGBにしょっぴいて行かれてシベリア流刑という部分は忘れて、オリンピックでアメリカ国歌とどちらがたくさん鳴らせるかを競っていた部分だけ憶えていたということだ。
 
Excite %u30A8%u30AD%u30B5%u30A4%u30C8 : %u793E%u4F1A%u30CB%u30E5%u30FC%u30B9
[PR]
Commented by トンチャン at 2007-05-01 22:53 x
 常識問題ではないか!教師たる者が自国の国歌の敬意を払う事が出来ず、故意に起立をしないとは許されるべき問題ではない。
 其の事を裁判所の判断を求めなかねば解らないとは良識も地に落ちたとしか言いようは無い。
 そんな教師は即刻辞任すべきではないか?
 菊の紋章の付いてパスポートは使わないのか。
可哀想な人達です、此の人達に子供の教育を任せるのは問題である。
Commented by とおりすがり at 2007-05-02 00:05 x
はてな。トンチャンは自分の勝手な思い込みを常識だと言うのかね。もうちょっと勉強したほうがいいよ。
Commented by 遠里寿賀梨 at 2007-05-02 09:41 x
通りすがりで失礼します。
さてさて、「イデオロギーの問題」として扱おうとするからオカシな話になるんであって、会社の方針に合わないというだけの話ですよ。
会社の方針に自分の考えが合わないから、従わない。
それじゃぁ、処分されて当たり前。
日本中の学校が国旗掲揚国家斉唱をする訳でも無いので、自分の考えに合った就職先に転職すれば良いだけのこと。
もちろん、受け入れる学校に見合う能力は要求されるでしょうが。
自分の考えを押し付けるばかりの「教師」に、生徒は何を学ぶんでしょうかね。
デパートの店員が「私はクリスチャンだから日曜日は働かない」と言い出せば、デパートはそれを受け入れなければならないの?
Commented by sato at 2007-05-02 11:38 x
たとえ話が不適切だな。
クリスチャンだから日曜日は働かないなんて言うバカいるわけないだろう。聖書に記述がある。安息日だが腹が減ったからと畑で収穫して食べた信者がいた。これを戒律破りだとバリサイ人に咎められたが、イエスは「人間のために安息日があるのであって、安息日のために人間がいるのではない」と退けた。どうだ。ニワカは黙っていな。
たとえ話をするならこうだろう。
デパートの中に商売繁盛の神棚があり、店員はみんな拝めと言われたけれどクリスチャンの店員が拒否し、これを業務指示に従わなかったとして減給とか解雇にされた場合、接客など店員としての仕事はちゃんとこなしており、神棚を拝むことは営業上必要不可欠とはいえないから正当な業務指示に従わなかったと言えるかどうか。
どうだ。
わかったふうなことを書いているが、しょせんは通りすがりの権力媚び諂いバカだ。
Commented by ruhiginoue at 2007-05-02 23:23
 手っ取り早く権力に睨まれた人を叩いて優越感に浸る人たちには不快感と同時に同情もします。
 騒動の原因・石原慎太郎と霊友会は「銀英伝」トリューニヒトと地球教みたいだと言ったことがありますが、トリューニヒトが「国歌斉唱だ」という場面と、同じ国歌でもイゼルローン要塞に立て篭った人たちがみんなで歌い出す場面の違いみたいなものを感じもします。
 
Commented by cowboy at 2007-05-02 23:41 x
例え話の優劣はこの際どちらでもいいですよ。
先の大戦の敗戦による余波でしょうね。
おかげで様で日本は世界でも稀に見る特異な国民を育ててしまいました。
自国の国旗・国家を敬う心を持たない国民の存在は、余程の圧政で無い限り考えにくいんですけどねぇ。
ユルユルの日本社会では本来起こり得ない筈の現象です。
つまるところ、日本社会以外の勢力による波紋であろうと思うわけです。
この関連の一連の件に関しては、十中八九特定アジアの嫌がらせだろうと思ってます。事実をしらず、それを擁護しようとする不思議な日本人が多いのにもゲンナリしますね。

はっきり言って、日本国民の人権は「日本国憲法」によって保障されたものでしかありません。根底がそこに有るのですから、そもそもその裁判に意義があるのか
すら考えるに足りない事だと思いますが。
Commented by ruhiginoue at 2007-05-03 00:41
 譬え話は「優劣」ではなく適切かどうかでしょう。
 また、時の政治に合わせない国民を外国の差し金によるものだと根拠無く決めつけることは許されません。世界中いつの時代でも弾圧の常套手段ですから。まあ、今の日本の場合はそんな深刻なものではなくマンガの影響など軽薄なものですが。
 国旗と国歌なんて要らないという主張は世界中にありますよ。ヨーロッパでは「新興国ならともかく国旗や国歌なんてなくてもドイツはドイツだし、旗は目印だからあくまで便宜であって儀式と崇拝の対象ではない」などと言われています。
 ロシアでの議論は紹介しましたが、フランスでも革命否定や好戦的かつ差別的歌詞などにより三色旗とラ・マルセイユーズに反対と拒否があり、オーストラリアでは、英連邦帰属派と独立派で意見が分れ、選挙でどちらが優位になるかにより国歌が変わるからオリンピック委員会が「今回はゴッド・セーブ・ザ・クイーンですか、それともワルツイング・マチルダですか?」とお伺いを立てていたほどです。
 人権を憲法が保障し、具体化するために行政法などが存在するのだから、それを巡って裁判となるのは当然のことです。
 以上、意見ではなく事実です。
by ruhiginoue | 2007-05-01 22:31 | 社会 | Comments(7)