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by ruhiginoue

感情を持ち出す誤り

 秋田の児童殺害事件の裁判で、検察側証人として遺族が出されて、感情を問われ、死刑を望むと言わされた。
 検察は自分の方に有利にするため利用しているだけで、裁判が終われば冷淡なもの。経済的にも精神的にも、ろくなケアがない。そうなってから気づく遺族たちは怒っている。
 そもそも、感情とは人によって異なり、同じ人でも時によって変化する。だから裁判は感情を排するのが常識だった。ところが、という訳だ。
 この調子では、証拠がなくても冤罪でも、遺族が引っ張りだされて感情に訴え、これに裁判員たちがほだされるという裁判が横行するだろう。
 そうなれば、誰もが、カフカの小説の主人公のようになり、その官権の共犯者とさせられる可能性がある。

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Commented by 感情論 at 2007-12-12 21:02 x
人間から感情は切り離せない。
こういう論を書く時点ですでに検察に対する不信感、感情論に対する警戒感、自分は冷静にもの事を観察し論じることができるという自負感、自分は感情に流される烏合の衆とはちがうという優越感、そして偏見に満ちている。
もし本当に感情を完全に排して事例と法律のみで罪を裁くのなら、法律書と判例と証拠や証言全てスパコンにでもぶち込んで裁けば良い。
それが出来ない現在でもないのに、そうしないのは何故か分るか?
Commented by ruhiginoue at 2007-12-12 22:51
 もしそういうことなら、なにも難しい勉強をして資格を取った者が裁判することはなく、アメリカの西部開拓時代のようなリンチや、中国の文化大革命時代にやって大失敗だった人民裁判にすればいい。
 あと、こういうことを言う人を、検察をはじめ権力は常に利用しながら見下して笑っているものだ。自分をバカにしている人を必死で擁護しているから無理もない。
 コンピューターで判断できないのは、機械には人間のもつ理性や良識を発揮できないからであって、あやふやな感情はもともと要らない。
 そんな簡単なことがわからない人は、自分が平均以下であることに気づかないから、平均的な発言がお高く止まったように感じられてしまうのだ。
 
 
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by ruhiginoue | 2007-12-12 14:55 | 司法 | Comments(2)