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by ruhiginoue

「毎日」のひどい記事

 この「毎日」の記事。
 >司法制度に詳しい米在住のセキュリティー会社役員は「日本と異なり、状況証拠の積み重ねだけで陪審員が有罪と判断するケースも多い」と解説する。
「多い」のはどの種の裁判なのか。刑事か民事その他か、裁判全体か。それぞれ判断の基準は違う。
 それに解説してるのは誰なんだ。そもそもこういうことは、アメリカの刑事裁判に詳しい法学者とか弁護士にきくべきことだろう。実際、その後で「米国の刑事司法に詳しい藤本哲也・中央大教授」のコメントを取っている。この教授は、実名を出せないセキュリティー会社役員よりも解説に向いてないということか。
 また、妻殺しの芸能ワイドショー的な騒動というだけで法的には三浦氏の事件とは無関係なO・J・シンプソン事件を持ち出し「陪審員の判断は大きく揺れることもある」として、刑事陪審が無罪の評決で民事陪審は正反対の評決だったという。
 これでは同じ立証でも陪審員だと逆に判断することがあるとの意味になってしまうが、そもそも民事と刑事では立証責任と判断の基準が異なるし、シンプソン事件の刑事裁判のほうは警察の捜査がズサンだったため検察がデタラメな証拠品を出すなどして立証に失敗してしまったのだ。それに、同じ立証で逆の判断となるのは裁判官にもあるし、裁判官のほうも、合議しないで独断してしまい問題を起こすことが多い。
 この記事を書いた記者ド素人以下である。基礎知識がなさ過ぎるうえ論述の構成もなっていない。この記事失格。悔しかったらまともな記事を書け。
 それに、今日本のマスコミでは、この件を利用して、日本では状況証拠だけでは有罪に出来ないから甘いというインチキキャンペーンが張られている。とんでもない大ウソだ。
 映画「それでもボクはやってない」に描かれるとおり、日本の裁判は法の大原則を無視どころか逆に有罪推定となってしまっている。ほんとうは、陪審員制度の理想を描いたアメリカ映画「12人の怒れる男」でヘンリー・フォンダが言うように「必要なのは有罪の証拠であって、無罪の証拠は要らない」のだが、日本では被告自身で無罪の証明をしないと有罪なのだ。
 そして「ロス疑惑」では、当ブログでも既に指摘したとおり、一審では状況証拠だけで有罪となったが、それは証処を精査したら誤りだとして二審で逆転無罪となったのだ。しかも、アメリカ人の目撃者がいて、銃撃した犯人はアメリカ人らしき白人男性だったと証言した。三浦氏の知人の日本人男性という検察の主張を否定する証拠まで出てきた。
 いまマスコミは、特に放送は、意見の相違ではなく事実と違う情報を垂れ流すデマ宣伝をしている。これも後にBPOで問題とされるだろう。
 

 
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by ruhiginoue | 2008-02-26 04:01 | 司法 | Comments(0)