井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue
 山口敬之元TBS記者準強姦事件の「逮捕状執行停止問題」に取り組む超党派の国会議員の会合で、元TBSの杉尾議員は、逮捕を中止させた刑事部長について「キャリアの刑事部長で偉くなる事しか考えてない人が実際に捜査の現場で証拠なんか見るわけがない」と指摘し、自分で会ったことのある何人もの刑事部長たちはみんなそうだったと証言した。
 また、その事件の記録があるのは高輪署だが「それ見ないで刑事部長が判断出来るのか」と、弁護士だった福島議員が質問すると、警察庁から来た担当者は「専門性が高い警察本部が専門性の劣る警察署に指導するのは通常の事」と返答した。
 この様子の録画に、キャリア官僚の見当違いなエリート意識を感じた人は多い。
 
 ところが、高い地位に就いた者は相当に高い能力があり見識を持っている可能性があるから信じるべきだ、という論法で常に権力の不正を擁護したのが、先日自殺した西部邁という元東京大学教授の「評論家」であった。そして「大衆」はバカで無責任であるとコケにし続けた。そんな彼が死んだら美化して保守の論客と持ち上げている人たちもいるけど、もともとこんなことばかり言っていたのだ。

 この西部邁と同じなのが、首都大学東京の木村草太というタレント学者である。権力を縛るためにある憲法が専門でありながら、とにかく専門家は間違い無いので学校の教師はマジメだから信頼していて医師は正しいから娘に例の予防注射をさせたと発言している。
 まるで自己矛盾しているようだが、おそらく彼は、政治家は人気取りなどで地位を得ているからダメだが、専門家は学校の勉強で地位を得ているからダイジョーブだ、という発想なのだろう。他の解釈は無理だ。
 そして政治に介在するポピュリズムを批判するのではなく、予防注射の効果と安全性の問題で自覚した市民に対して耳を貸さず、それを否定しているのが専門家だから無条件で正しいという例の発言になる。まるで「井の中の蛙大海を知らず」のように「研究室の中の学者実社会を知らず」で専門バカ丸出しであるが、そこで西部邁と同様に大衆蔑視を露呈させている。

 こんな人をマスメディアは重用している。三浦瑠麗と同じである。マスメディアで「気鋭の」と売り出された人は批判と否定の対象でしかないものだ。騙されてはいけない。


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# by ruhiginoue | 2018-02-19 16:19 | 学術 | Comments(0)
 公立学校がアルマーニの高額な標準服という話題で、そこの校長は、銀座にある小学校だからと言うけど、それに賛同してもらいオマケとか勉強とかしてくれて超格安ということなら、こんなに問題とはならなかっただろうが、そうではなく、引き受けてもらうので言い値だったから高額ということらしく、これだとしたらその校長は非難されても仕方ないだろう。

 この件でタレントのビートたけしが激怒し、彼は小学生の時に富裕な家庭ではなく着る物でつらい思いをしたとテレビで言ったそうだが、そもそも公立学校で制服とか標準服とかを使用するのは貧富の差が外見に表れないようにするのが目的である。例えば英国なんかそうである。それでも着こなしなどに家庭が反映してしまうことは英国映画『小さな恋のメロディ』でも描かれている。なのに銀座の小学校長は何を考えているのか。

 ところで、自分が小学6年生の時、学芸会のような行事でお芝居をすることになり、そのとき貧乏な人の役があって、その衣装に自分が着ているコートを貸せと学級委員に言われて頭にきたことがある。
 これが、貧乏で着古したものを着ていたなら誰だって傷つくが、そうではなく、そのコートの褐色が作業服みたいだから貧乏人ふうだと言うので、この学級委員は労働者に対して差別と偏見を持っているということだ。

 それに、ではその役の人に貸して着せたら、それを見てどう思ったかというと、全然それしく見えないとみんな言う。そのコートはデザインが凝っていて微妙な色をしている洒落たものだった。気に入ったので親に言ったら、やや値は張るが高すぎるというほどではないので買ってくれたものだ。しかしその学級委員のガキには、作業着みたいで貧乏臭く見えたのだろう。
 その学級委員は、いつもミキハウスとかファミリアで買ったものばかり着ていて、そうでない服は下層の庶民や労働者の着るものだという固定観念を持っていたというわけだ。しょせんプチブルのガキのセンスということだろう。

 しかし、この学級委員のことを、担任の教師がいつも贔屓していた。学級委員はだいたい男女一組だが、もう一人の女子の方も、どちらも住んでいるのが地元では一番の高級分譲地で、家庭は他に比して富裕であった。この二人とも、担任の女性教諭はいつも依怙贔屓していて、全体的に富裕な家庭の児童を可愛いがり、そうでない児童は白眼視していた。これを学級委員たちは明らかに察して態度に反映させていた。

 この担任の女性教諭は、自らは東洋大学夜間部卒で苦学したと言っていたのに、なんでこうなのかと疑問だった。これについて親たちの間で、あの先生は買収されているに違いないと言われていた。うちの母親も、なにか貰っていたのだと断言し、根拠も無くそんなことを決めつけてはいけないのではないかと注意したところ、でもあの依怙贔屓ぶりは、そうとしか考えられない、と。
 
 ただ、貧困だったから自分の出自を恨むという心理もあるのではないかと、のちに中上建次の小説を読んで思ったし、橋下徹という人を見ても、そんな気がしてならない。

 こんなことを、アルマーニの件で思い出してしまった。

 



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# by ruhiginoue | 2018-02-18 12:53 | 社会 | Comments(0)
 テロリストの工作員が大阪に潜入しているとテレビで三浦瑠麗が断言したことは色々と問題になったり呆れられたりしているが、これを落合信彦が言って『週刊プレイボーイ』か『サピオ』に載ったというなら、もともとそういう受け狙いが商売で、また彼の発言がホラだと批判したところでプロレスを八百長試合と批判しても仕方ないというのと同じだといわれているから、騒ぎにもならなかったはずだ。

 しかし三浦瑠麗は東京大学の研究所に勤務する学者ということだから、落合信彦と同じではいけないという話になるのだろう。
 ただ、三浦瑠麗は青山学院大学にも勤務という経歴があり、東大だとダメだが青学大なら良いということでもないが、もともとこの私立大学に勤務する国際政治学者というのはタブロイド紙や週刊誌のような話をしていることが目立つ。
 
 例えば、ロシアの原潜クルスクが事故で遭難した時のことだ。プーチン大統領は休暇中で、救助作業が順調と報告されていたから現場に出てこなかったが、この対応に批判もあった。
 そして、心配する乗組員の家族が軍の会見につめかけたさい、息子が乗組員で安否不明だという女性が怒りをぶちまけていたら、そこへ薬を持った女性が来て鎮静剤を注射した。この様子がテレビで中継されると、口封じだとかKGBの手口だとか騒いだ外国メディアがあった。

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 しかし実はその女性には持病があって、息子を心配するあまり興奮しすぎて危険ということで、いつもの医師が注射しただけだった。これを本人も海外メディアのインタビューなどで詳しく証言した。
 だから、日本のテレビ番組でも、スパイ小説ふうの解釈をして面白おかしく騒ぐべきではないと結論していた。

 なのに、ロシア情勢に詳しいと自称する青山学院大学の国際政治学者(注 袴田氏ではない)が、「注射をしたのは海軍病院の女医だ」と根拠も無く断定したうえで軍が批判を封じるためにやったのだ、という談話をして週刊誌が掲載した。
 この人はタレント教授としてよくマスメディアに出るから、受け狙いで面白おかしい話をしてばかりだった。漫画にも詳しいと自称し、八十年代半ばには「コミケ」を取材したテレビ番組に出て論評のようなことをしてもいた。

 こういう国際政治学者を、青山学院大学は重宝がるので、三浦瑠麗も同様ということではないか。




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# by ruhiginoue | 2018-02-17 12:33 | 学術 | Comments(0)
 なにか気に食わない意見などに対して、普通、その意見などに反論や批判をするものだろう。これは常識であるはずだ。ところが、それをできないものだから、無関係のことに難癖をつけて反論や批判の代わりにする人がいるものだ。
 そういう行為をした人の滑稽さについて、出版社の担当者と一緒に笑ってしまった。

 その出版社の担当者は、ある人と拙書『防衛医大の場合は』について話しているとき、出版社の編集で作成する帯と表紙の折り込みに書かれている見出しというか簡単な説明というかの部分が巻末の解説と同じ内容であるから、この解説は出版社で書いたものかと指摘され、そのとおりだと答えたそうだ。
 この部分は、読者に内容の要約を示す意味で作ったから編集部が書いたのは当然である。しかし、それで内容的に大丈夫かという確認を著者がしないといけないので、書かれた解説の原稿がこちらに先ず送付され、これを読んで内容に問題がないかチェックし、内容的に修正すべき部分は手を入れて校正し、それと同時に文体の乱れを整える作業をした。
 
 こういう次第だから、文体が著者とほぼ同じ調子になっている。そして名義人を表むき立てた。この人は、名目上の書き手を他でもやっている。実質が雑誌の編集で書いた記事だけど誰かの名を立てないと不都合なので資料収集など雑務を担っていた人を名目上の書き手にしておく、という手法はよく行われていることだ。ここで報酬は支払うが、楽をして貰えるから安い。これは仕方ないだろう。そのかわり、訴訟リスクが生じないように、当たり障りのない内容にしておく。
 だから、この解説を読んだ某雑誌の編集長は、また違う文体の同一名義だと指摘していた。もちろん、よほど丹念に比較しないと気付かないことだが。

 なのに、こちらに反感を持つ人が、そこでは勝てないので別のことに難癖をつけるつもりだったのだろう、解説のほうは文が上手で、本文は悪文だという中傷をしていた。これには編集の人と一緒に笑ってしまった。そして、お褒め頂き感謝だが、果たして褒められたのは著者と編集部のどちらだろうかと、また笑ったのだった。
 この解説を実際に書いたのは編集部であり、著者が内容をチェックしたさい手を入れて修正もしているということは、別に隠すことではないので、先に述べたとおり編集部の人も普通に話しているし、そのきっかけの質問が出るのだから、読んで気づく人もいる。なのに解らなくて、悪口を言いたいが先行してしまい滑稽なことになった人が約一名いたということだ。




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# by ruhiginoue | 2018-02-16 15:34 | 雑感 | Comments(4)

ネトウヨ本と恵方巻

 金に困った在日外国人が、おそらく名義貸しだろうがネトウヨ本の著者になっていて、これは書店でよく平積みになっている。ほかにも同類の本が同じ扱いをされている。
 こういう本はそこそこ売れるから商売でやる出版社がある。

 しかし、それだけでなく、政治的な意図からスポンサーが付いて大量に発行されて派手に営業をかけていることがある。一時的にまとめ買いをしたうえでアマゾンで上位になったと自作自演の宣伝をしたという関係者もいる。
 だから、売れているように演出するため買ったらしい本が、あちこちに贈呈として無料送付されたこともあるのだ。例えば、表向きは歴史教科書の宣伝のためということにして、歴史修正主義の本を学校関係者に送付する。私立学校で教科書の担当をしている教師に聞いたことがあるけれど、出版社からカタログなどが学校にも教師個人にも大量に送られてくるそうで、そういうのに混ぜて送ることで、売るのではなく処分することができるということだ。

 こうして、世論の多数から支持されているように装うことをしている人たちがいて、この一方で、ベストセラーになっているというにしては実際に読んだ人たちの話題がまるで聞こえてこないのはなぜかと言われている本とか著者とかの存在があるわけだ。

 これとは違い、そこそこ売れるから商売でやっている出版社は、糊口をしのいでいるというのが正確で、そう儲かってはいない。だから去年に倒産した出版社みたいなことがあるのだ。
 なのに、書店で平積みだから本当に多くの読者から支持されてベストセラーだと勘違いする人もいる。自分の経験でも、そう甘くないというのが実感である。

 そして、恵方巻が売れ残って大量廃棄でも、押し付けた本社はフランチャイズオーナーから容赦なく上納金を巻き上げている、という構造があるけれど、それとは違い本は委託販売であるから売れ残ったら返品ではあるが、しかし実際はどうであれ売れていることにしてしまうことが可能という点は同じなのだ。やり方が異なるだけである。
 
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# by ruhiginoue | 2018-02-15 14:57 | 社会 | Comments(0)
 昨年の夏に倒産した東京都港区の出版社『日新報道』は、このところヒットが出ないため経営不振だったと報じられていたが、そのためかネトウヨとかヘイトとかいわれる本ばかりを発行しており、その内容のエキセントリックさとヒステリックさは、これだけでも経営が苦しいということを充分に伺わせた。
 しかし、そのトーンやボルテージばかりが高まっていて、内容はもともとの出版傾向と同じであった。つまり経営難による焦りが反映していたのかもしれない。ちょうど、楽器の演奏で力強さや勢いを出そうとしても出ないと力んでばかりで音が割れてしまうようなものだ。

 これについては過日に述べたとおり、もともとこの出版社はネトウヨとかヘイトとかの言葉が世間で使われる以前から、この種の本を発行する商売をしていて、特に権力の側から創価学会と共産党を罵る本が主な商品だったが、80年代から公明党が自民党にすり寄り始めたので、矛先を朝日新聞などに変え、さらには排外主義や歴史修正主義を叫ぶ活動をしている人達の主張を売りものにし、ヘイト度とネトウヨ度をエスカレートさせていた、という実態だった。

 そして、もともと日新報道の出版物は戦争の被害を否定するものばかりであったが、そうしたいわゆる歴史修正主義だけにとどまらにかった。
 例えば、在日米軍の問題である。先日国会で、米軍機の飛び方が危険なので安全対策が必要だという話が質問中にあったところ「それで何人死んだんだ」と老人のしわがれたダミ声でヤジった松本文明議員が問題になって責任をとるはめになったが、実際に米軍機墜落事故で死傷者が出ていて、あの全身大やけどで死んだ母子の悲劇などがあったから、このような心無い下品なヤジに批判が巻き起こったのだ。
 この悲劇に対し、当時の冷戦下で悪いのはソ連だから米軍を批判するな、などと無茶苦茶なことを主張する本を出していたのが日新報道という出版社であった。あまりの非常識に唖然とした人は多いが、そうではないと思う人もいて、そんな人たちを相手に商売をしていたのだ。

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 この日新報道は、統一教会との癒着が噂され、この噂が存在することは同社の人も自覚し、スタンスが共通しているだけで関係は無いと言っているのを直接聞いたことがある。もちろん関係なくても同じスタンスなら良いわけないが、そうは思わない人たちもいるのだろう。
 そのことに関連するのだが、拙書『朝日新聞の逆襲』(第三書館)のアマゾンレビューで、この日新報道の出版物を引き合いに出し、その内容をうのみにすることで、それに対して拙書は否定的であるからと非難する的外れなことを書いている人がいた。
 もちろん匿名のネトウヨだから程度が低いのは当たり前だが、この内容がどうも昔よくあった統一教会の機関紙誌に載っていたものと酷似していて、関連を疑ってしまうほどだ。
 もちろん、日新報道の社員が言っていたように、日新報道と統一教会とは癒着してなくてもスタンスが共通しているのだから、それと同じ発想をする個人もいて当然だろう。

 また、そのレビューは誤読に基づいていると指摘されて書き換えていたが、それで矛盾が生じているし、指摘した方も勘違いをして後から削除したりといい加減であったし、そのうえ他の出版社の本を宣伝していると批判しているが、日新報道が倒産したのだから宣伝も何もあったものではないということに気づいていない滑稽さであった。

 いちおう読んでレビューを書いてくれるのは結構だが、あまり変なことを書かれては迷惑である。これだからアマゾンのレビューはヤフコメと同様に評判が悪いのだろう。
 ただ、日新報道の社員は商売と言うけれど、他の出版関係で共通の知り合いが評するには、日新報道の社員もエリートでないくせに弱者に冷酷だから品がよくないので人として好きではないと言っていて、当たっているような気もした。


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# by ruhiginoue | 2018-02-14 16:42 | 雑感 | Comments(0)
 三浦瑠麗のテレビで発言した内容がいかに問題かという話は、すでに色々と指摘が出ているし、それにもかかわらず擁護する者に対しても、ことごとく反証や反駁が出ているから、この点はそれ以上の言及など無用だろう。

 それで、この人についてまわる奇妙な現象について、ここでは話題にする。

 先日、一人のプロ野球選手が、ネット上で「嫁がブス」などと悪口を書かれたので、その発信をした人を訴えたということが報道された。
 すると、なぜかこの報道へのリンクや記事のコピペが、その三浦瑠麗を批判している匿名の掲示板などネット上のサイト各地へ執拗に反復して貼られるようになった。
 このため、三浦瑠麗は野球と無関係なのに奇妙だという疑問が当然ながら出ていた。そして、まるで三浦瑠麗が「私をブスと書いたら訴えてやる」と脅してるみたいだという推測がされるようになっていた。

 もちろん、当人であれ別の人の手によるものであれ、もしも「ブス」という悪口に対して牽制や威嚇などする意図であるなら、的外れである。なぜなら、そのプロ野球選手の場合、社会的に活躍していることで注目されるのはあくまでも選手であり、その家族ではないからだ。なのに悪口を書き、芸能人でもないのに容姿を侮辱すれば、訴えられても仕方がない。
 このプロ野球選手の家族とは違い、三浦瑠麗は社会的に活動している本人である。マスメディアに露出しているのも、家族としてではなく、本人としてのことだ。だからケースがまるで異なる。

 また、いきなり三浦瑠麗のことを「ブス」と書いた悪口などネット上に存在しない。この話題を聞いてから実際にどうかと調べてみたけれど見当たらなかった。すべては、先ず三浦瑠麗がテレビに出演した録画を投稿した動画サイトにリンクを貼って「正論を言う綺麗なお姉さん」という執拗な書き込みがあり、これに対し「どこが」という反応である。「正論」でなければ「綺麗」でも「お姉さん」でもない。そのうえで「自分で書くな」「自画自賛が過ぎる」「勘違いナルシスト」「ドラえもんのスネ夫みたい」「自分でイケてると思っている様子がイタイ」という、自作自演の疑惑や推測あるいは断定する書き込みがいっぱいであった。

 そうしたら今度は、プロ野球選手選手の妻が「ブス」と悪口を書かれて訴えたという報道のリンクやコピペとなった次第であり、だから、やはり自作自演という確信をもったという人とか、「綺麗」を否定されたので「ブス」はやめろと威嚇しはじめたとか、そうした憶測が出たということだ。
 
 これは非常に可笑しいことであった。






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# by ruhiginoue | 2018-02-13 15:07 | 社会 | Comments(0)
 「建国記念の日」とは建国の日を記念したのではなく記念した日という意味だから、屁理屈ともいうべき祝日である。戦前、初代天皇が即位した日を「紀元節」として祝日としたが、この初代天皇は実在しないし、即位した日がいつなのかも暦法が何だったのか不明なのだから現代の暦に換算して2月11日という話はありえず要するに捏造であった。
 また、近代国家とは実定法秩序の確立が条件であるから、これが日本の場合だと最初は律令制度を敷いた時である。
 それなのに「紀元節」を強引に戦後も祝日とするため、建国の記念をする日ではなく戦前に記念した日ということで「建国記念日」ではなく「建国記念の日」としたわけだ。

 ところで、その神武天皇は神話の人物であるが、これを勘違いして、イエス=キリストだってあり得ないから同じだと言う人がいる。しかしあり得ないのは死後復活など宗教的な伝説の部分であって、歴史の中の人物としては実在したというのが定説である。これは旧ソ連が唯物史観によって編纂した歴史でも実在の人物と認定されている。対して神武天皇は存在そのものが神話であるから、まったく異なる。

 そういえば、フィリップKディックの短編小説『ペリーセモリがいなかったら』について作者は「カールマルクスもどこか三文作家が創造した実在しない人物かもしれない」という発想から書いたと述べていたが、『資本論』のような大著は集団で調査したり書いたりしたものとしか思えないから、カールマルクスとはその集団のペンネームだったのではないかと言う推測は昔からあった。
 ちょうど、よくテレビで東映の作品は「原作・八手三郎」と出てくるように。これを子供のころ実在の作家か漫画家だと思っていた人は少なくない。

 しかし著作者がどうだったのかということは、歴史上の人物がどうたったのかということとは異なるし、それすら問題ではなく、初代天皇の実在ということより建国が問題なのだ。仮に神武天皇が実在して2月11日に即位したのが史実だとしても、それは建国の意味にならない。あくまで初代天皇即位の日である。建国とは実定法秩序の確立であるからだ。
 要するに、日本では昔から今にいたるまで国とは何かということが理解されていないのだ。とても遅れた社会である。




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# by ruhiginoue | 2018-02-12 18:19 | 政治 | Comments(4)
 新宿区の小学校で、図工の担当教諭が忘れ物に怒って連絡ノートをいちいちチェックするなどシツコクしていたため時間が超過し、児童が給食を食べられなくなってしまう事態となり、帰宅してから空腹を訴える児童がいたことから保護者に発覚し、指導の行き過ぎとして問題になったそうだ。
 
 このように問題となるだけ、日本の社会も洗練されてきたということだ。自分が小学校のころは、結果として時間がなくなり食べられなかったどころか、故意に給食を食べさせないことが普通にあった。しかも、それが指導の行き過ぎなんて生易しいものではなく、教諭が児童を虐待して悦に入るのが目的だった。
 そして、こうした陰険な雰囲気が日常的になると、これに児童も追従し、どうでもいいような例えばノートの下敷きなどに対してまで、これも忘れ物ということになるのだとあげつらい、担任教諭お墨付き集団虐めの標的にされた児童は給食を食べられないことが何日も続いたという残酷なことがしょっちゅうであった。

 このような険悪な雰囲気を醸造させたがる人は、その育ちが原因で、親から虐待を受けて育ったとかDVばかりの家だったとか、なにかしら残忍な雰囲気に包まれて成長したため、そうした雰囲気でないと落ち着かなくなってしまうのだということを、精神科医や心理カウンセラーらが指摘しているのを後に本で読み、あの担任の教諭はそうだったのだなと納得したものだ。

 こんなひどいこと、昔と違い今では無くなった、というのではなく、まだあるけれど、しかし親が知ると問題になりマスコミに報道もされるようになったわけで、それは親の意識が高まり洗練された対応をするようになったということだろう。
 その問題となった新宿区の小学校でも、報道によれば、親たちが問題にすると担任の教諭は「忘れ物が多いことが原因であり、忘れ物は家庭の問題だから親が悪い」という趣旨の発言をしたらしい(ただし校長は別の意味で言ったことが悪く受け取られたと弁解した)が、ここで昔の親なら黙ってしまう。なんとなく納得できないが反論することができない。それが昔の親の頭の程度だった。

 ところが今の親は違い、報道によれば、そうした教諭の責任転嫁に対して「今問題になっているのは給食を食べられなくしたことであって、忘れものではない」と指摘し、担任の教諭がしていることは問題のすり替えであると批判したそうだ。
 このように、社会が洗練されて、親の良識はどうなのか別だが少なくとも頭の水準は高くなったことで、子供と学校と教師の問題が、それ自体は昔と大して変わらないにも関わらず、少しは良くなっているのだろう。



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# by ruhiginoue | 2018-02-11 15:08 | 社会 | Comments(3)
 かつてバイトをするようになった最初のころ、ある職場でしつこく、こう戒められたことがある。

 「よけいな仕事を増やすな」

 これは、横着すると後始末をしなければいけなくなり、かえって忙しくなるという意味だ。

 これを思い出したのは、朝日新聞社が従軍慰安婦の記事のことで嫌がらせも同然の訴訟を起こされたが勝訴したという報道のためである。

 この裁判は、一審も二審も朝日新聞社の完全な勝訴であるが、このあと最高裁が異常に政治的とならない保証はないし、それ以前に、裁判で勝訴したから名誉が回復されたというわけではなく、もともと訴えを起こした人たちは、その訴えの内容からして、いいかげんでも何となくでもいいから印象を貶めてやればいいという意図であることが明らかだから、法的な救済を司法に求めるのではなく政治的であり、この点では朝日新聞社の完敗だと観る人もいる。

 それ以前に、そもそもこれは朝日新聞社にとってまさに「余計な仕事」である。政治的な圧力に屈して従軍慰安婦の記事のうち「吉田証言」を報じた部分を取り消したことで、従軍慰安婦の記事はすべて捏造であったと騒がれてしまった。そんな意味にはならないと後からいくら反論したところで、もともと「朝日新聞の捏造」と叫ぶ人たちには知ったことではない。
 だいたい、従軍慰安婦でも吉田証言でも、他の新聞だって取り上げていて、取り消したりはしていない。そこには読売や産経も含まれている。それでも「朝日新聞の捏造」と喚くし、これ以外の件でも、朝日新聞ではなく他の新聞やテレビの報道なのに「朝日新聞の捏造」と言う連中である。

 これが一部の変な人やバカな人だけではなく、総理大臣ら政権の中枢までそういう人であり、だからそれに媚びる人や、いつも卑劣な池上彰のように朝日新聞にインチキ非難したかと思えば他のメディアを批判してみせて同時にしっかり政権には媚びるというお調子者の電波芸者がいたりする。

 このあたりは拙書『朝日新聞の逆襲』(第三書館)で詳しく述べたとおりだが、そういう状態で圧力を受けたところ安易にやり過ごすつもりでいた朝日新聞社は付け込まれたのだ。

 おかげで、本来はしなくてよかった余計な仕事が増えてしまったのだ。


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# by ruhiginoue | 2018-02-10 15:34 | 司法 | Comments(0)