コメントの他に、表示されている著書をクリックしてその感想をアマゾンのレビューに投稿してくださることも歓迎です。おたよりはこちらへruhiginoue@excite.co.jp


by ruhiginoue

カテゴリ:文学( 45 )

 人間の細胞を含むブタの胎児作製に成功し、いずれは移植用の臓器作りへと向かうとの報道だが、これにHGウェルズの『ドクターモローの島』を連想した人もいるんじゃないか。
 これで思い出したが、今もまだ売っているか確認していないけど翻訳のブルーバックスに『SFはどこまで実現するか』があり、かつて読んだものだった。

 ところで、あの「リカちゃん」が50周年を迎えるという。リカちゃんは誕生した時11歳という設定だったから61歳になるはずだが歳はとらない。
 このリカちゃんはアメリカのバービーちゃんの影響を受けて作られたものだが、バービー人形のヒットに基づくPKディックのSF小説『パーキーパットの日』では、核戦争後のシェルターで生き残った人たちにとって唯一の楽しみになっている。そして最後は妊娠までする。

 さらにPKデックといえば、『火星のタイムスリップ』が特に傑作だが、ここでは火星で水を独占する権力者が描かれている。
 そして現実では「貧乏人は水を飲むな」といわんばかりの水道民営化を推進するIMFが、次のターゲットを日本に絞っていると警鐘が鳴っている。そうなると『火星のタイムスリップ』みたいになるだろう。

 しかし笑えるSFふうの発言もある。こんなものを『産経』は受け売りするより根拠を提示すべきだ。
 それは地方の金融機関が主催する櫻井よしこ講演会が改憲の訴えをし、なぜなら「中国は自国だけの宇宙ステーションを建設し、月にも基地を作る計画が現実化している」「中国には核搭載ミサイル隠す“地下の万里の長城”がある」からというもの。

 「美少女だったら熱狂の度は高まるでしょうな。大衆は王子様お姫様が大好きだ。童話でも、王子様お姫は善良で、悪いのは大臣なのが相場だ」
 というセリフが『銀河英雄伝説』(小説とアニメなどでは若干言い回しが異なる)に出てくるが、たしかに大臣は今の現実でも悪いし、「佳子さま外でのご公務『一段とお美しくなられた』と歓喜の声」という報道もある。
 また、極右宗教と軍事産業と癒着する政治家というのも、ついに現実かSFに追いついたようだ。そんな稲田朋美防衛相は、ダテメガネをかけていることは周知だか、さらに奥を見るとマスカラが凄い。これは、顔がのっぺりしているのを気にしている人が、よくやるらしい。

 さらに、レイア姫役キャリーフィッシャー急死により『スター・ウォーズ/エピソード9』にレイアはCGIで登場かと言われたが、これは遺族との交渉が進んでいるという噂が浮上したからだ。
 これは後に製作会社は否定したそうだが、『ローグ・ワン』でも亡くなったピーターカッシングをVFXで登場させていたからだ。
 この調子では、RAハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』に登場するコンピュータが作った革命指導者が現れるのも時間の問題か。『宇宙戦艦ヤマト』の石黒昇らが作ったSFアニメ『メガゾーン23』ではコンピューターの作った人気アイドル歌手がスタジオアルタの大画面から日の丸を背景に軍隊に志願を呼びかけて若者たちが釣られるけれど、そんなことしなくても現実のアイドルたちがもうやってる。

 もっと前、ガメラと戦う悪役怪獣の名前を一般公募し、選ばれたものを考えた子供に賞金と賞品が贈られたとマスコミは報じたけれど、それは宣伝のためのヤラセで、それらしい子を連れて来て演じさせただけだったと後から監督が告白した。昔の怪獣映画ですらこれだから、戦争プロパガンダではやって当たり前。
 そして「イラク兵の暴虐」を訴えたクウエート人少女という捏造を根拠にアメリカは戦争を仕掛けた。だから「アレッポのバナちゃん」も、その背景を色々と指摘されているのだ。

 もう一つ、『スターウォーズ』とは違い現実になりそうなのは、銀河帝国を打倒しようと「話し合った」者たちは共謀罪により全員が逮捕、という事態だ。
 これには世論調査で賛成意見が多いとマスコミは報じている。「悪いことをするために話し合うのを取り締まる法律を作ることに賛成ですか」というような質問の仕方をされたら、無関心な人のほとんどは「賛成」と答える。マスコミの世論調査なんて、そんなもんである。

f0133526_14022348.jpg




[PR]
by ruhiginoue | 2017-01-29 14:48 | 文学 | Comments(7)

地震と猫と雪

 11月としては半世紀以上ぶりに雪となったが、まだ「♪雪ダルマ作ろー」というほど積もってはいない。積もったら人参を買ってくることにしよう。

 このところ暖かかったので、夜に布団をかけて寝ていたら大汗かいて目が覚めたことがあったけど、今日は予報のとおり急に気温低下した。屋外ではけっこう寒いようだが、なぜか軒下に鳩たちが寄って来る。雪のために食べ物が見つからず、それで、前にこぼした穀物を軒下に、鳥が食べればいいと思って置いておいたから、それを見つけたのだろうか。

 このような気候だと、寒いのが苦手な猫たちは色々な対応をしているらしいが、『夏への扉』を探す猫もいるけれど、手っ取り早くどこかに潜り込む方が多いようだ。昨日はブラッドベリの話題だったが、日本ではSF小説の人気投票をすると、『夏への扉』『火星年代記』『アルジャーノンに花束を』が必ず上位になる。そして、これらはSFなのだろうかと疑問に思う。

 ところで、雪の描写といえば『闇の左手』の踏破の描写がすごかったが、北海道に住んでいる人によると、北海道の冬は猫が凍死しているのを見ることが珍しくないそうだ。暑いときに猫のいるところが涼しいと昔から言われているが、寒さには弱い。
 今年は暖かすぎるので「冬への扉」を探して北海道に行ったが、函館でまず「あ、涼しい」と思った。そして帰りには青森でジメジメした感じがして、東京でもっとジメジメしていて体調が悪くなった。だからまた本当に北海道に行こうかと考えたが、冬は観光客が少なくて空いていて、特に高い山のない北部はスキーやスノボの客がおらず流氷見物の客ばかりだから空いているけれど、寒さは覚悟したほうがいいと宗谷に住んでいる人に言われた。

 そして地震があったけれど、猫を飼っている人たちによると、地震の前も最中も寝ていたそうだ。動物の中には地震を予知するものがいるけど、猫は海の時化は気づくことがあると漁村の人が言っていたが、地震には無関心のようだ。 
 
 そもそも猫には災害の予知が無用で、なぜなら逃げ方が上手だからだ。したがって自然災害のとき猫の後に付いていくとまず助かると昔から言われているが、狭いところをすり抜けたり高い所に飛び上がったりできる猫の後に人間が付いていくことはほぼ不可能だとも昔から言われている。

 余談だが、22日、名古屋市の路上で下半身を露出したとして、愛知県警は県警外事課の30代の男性警部補を公然わいせつの疑いで書類送検したと発表した。その警部補は「(下半身を)しまい忘れた」と話しているという。猫の舌じゃあるまいし。



[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-24 17:52 | 文学 | Comments(2)
 あることをきっかけに中学の同級生のことを思い出した。彼がブラッドベリの小説『華氏451度』を読んだという話をしていた時、その筋を追っているだけで物語についてほとんどわかっていないのではないかと思ったものだった。
 そして、彼はどんな小説を読んでも理解できないでいて、ただ暇をつぶしているだけであることが、その話から判った。それでも楽しいのなら良いかもしれないが。

 それはともかく、後に自分でも『華氏451度』を読んだのだが、その前にトリフォー監督の映画化を観ていて、少々違った印象だった。
 この物語は、読書が禁止されている世界が舞台で、主人公は焚書の仕事をしていたが、たまたま本の面白さを知って密かに読書するようになる。これについて、原作だと言論弾圧という印象であったが、映画化では読書が他人の考えに惑わされて自分を見失うものだという禁止の理由に説得力を持たせているような印象だった。

 この読書に否定的な印象は原作からの他律的なもので、映画化で強まったけれど監督がとくに意図したというほどではないような感じもする。つまりもともと原作にあったことだ。
 それに、ブラッドベリの小説でもう一つ有名なのが『火星年代記』だが、ここでは最後に主人公が自ら書物を燃やしてしまう。「わたしは、いま、生き方を燃やしているのだ」と。
 これは核戦争で破滅した地球から火星に逃れ、地球と決別する決意をしたから、地球から持ち込んだ本を燃やしてしまい、続いて地球の地図も火に投げ込む。

 あの、ショーペンハウエルの警告「読書とは他人に考えてもらうこと」を連想するが、それとも少し違い、『華氏451度』では「大事なのは人間の考えたことで、それを忘れないように書いておくのだ。本はただの紙だ」という趣旨の言葉が出てくる。
 それで、考えたことについてどうなのか、ということになり、権力が読ませないように燃やすこともあれば、自分で読まないように燃やすこともある。

 そんな感じがした。しかし、あの同級生のように暇つぶしで充分楽しいという人もいる。




[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-23 16:11 | 文学 | Comments(2)
 今年の二月は二十九日がある。この日に生まれた人は誕生日が四年に一度しかない。
 今また映画化の『セーラー服と機関銃』などで知られるベストセラー作家の赤川次郎も、そうだ。このことはところどころで話題にされていて、当人も四十歳のとき「やっと十歳になった」と書いていたりと、自ら話題にすることがあった。

 赤川次郎の作品は数が多く、そのうちごく少数を読んだだけだが、その内容には好感や共感をもっている。
 これに対して、くだらないと言う仕事がらみの人がいて、これはもう昔のことなのに今でも時々思い出しては腹が立ってくることがある。
 と言っても赤川次郎の小説をこき下ろしたことではない。赤川次郎の小説なんてくだらないというので、そんなにたくさん読んではいないが読んだ作品はどれも良かったけど、いったいどこが駄目なのかと問うた。
 しかし、具体的な指摘はなかった。それで、自分は赤川次郎の小説を面白いと思うし、込められている作者の主張にも共感できると言ったうえで、それがない作品がたくさんあるのだから、そんな作品のほうが深みがなくて、自分に言わせればよほどくだらいと思うと言った。

 すると、そいつはこう言った。
 「お前の言う事は批判じゃねえか。いいか、俺が趣味のオートバイで運転がうまいかどうかなんて他人に言われる筋合いがないのと同じなんだよ」
 どうも言葉遣いが変なのだが、口から出まかせで罵倒するならよくて、具体的に褒めたうえでそうでないものは褒められないというのは「批判」だからダメだという奇妙な意味にしかない。
 もっとも、その人はただ場当たり的に貶したりしているだけという感じだった。それで不快感を覚えた人から反論されると、面倒くさいと感じるのだろう。これ以外の話題でも同様で、頭にくることばかりだったから、そのとき受けた感じは正しいと思う。

 ただ、その当時はいろいろと大変で、仕事も対人関係も選んでいるゆとりがなかった。後から少しだけ精神的にも経済的にも余裕ができると、この程度のささやかな余裕があの時にあれば、あんな嫌な奴とは関わらなくても良かったはずだと思い、悔しい気持ちにもなる。

 それで、少しだけどゆとりはあるから、思い出して不愉快になったら赤川次郎の小説を読むことにしていた。
 そして思うことは、あの時は、ただ、「そんなこと言わないで読んでみてくださいよ、面白いから」と言えばよかったということだ。これだとおっとりした感じだが、そう見られても良いのだ。それで良いと思えるのは、気持ちに余裕があるからだ。

 


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-02-29 16:00 | 文学 | Comments(2)
 高校でやる漢文に出てくる「此木以不材得終其天年」は、書き下し文にすると「この木不材なるを以て其の天年を終ふるを得たり」で、現代語訳すると「この木は材木にならないので寿命を全うすることができる」となる。

 続いて、鳴く鳥と鳴かない鳥とでは、どちらかを殺すとしたら鳴かない鳥の方だと説くが、これを聞いた人は、役に立つものと役立たずと、いったいどっちを生かすべきなんだという疑問を呈する。そういう話だ。

 これについてはいろいろな解釈とか説があるけれど、高校の授業に出てきた時、「真っ直ぐでない木は材木にならないけれど、そのおかげで伐られずにすむ。だから人間も、素直であることは良いことのように言われているけれど、実は命とりになるぞ」という戒めだろうと思った。従順でないため就職できなくても過労死しないし、軍隊でも戦死しない。
 なるほどなあと感心していた。

 ところが、教師から怒られてしまった。そんな斜めから見るような発想をしてはいけないと言う。しかし、そうでなければ哲学として語る意味がないし、読んで解釈する面白さがなくなってしまう。
 これは一例で、そんな面白くないどころか面白さを抑圧される授業だから、退屈を通り越して苦痛だった。それなら、とにかく返り点と置き字と再読文字というように受験に特化してくれたほうがまだいいのだが、それはしないで薄く表面の字面をなぞる話を、訓話めいた調子で説かれてしまう。

 それでも、授業がつまらないだけなら我慢すればいいが、この教師は担任でもあり、生き方についてまで、言いなりの流されっぱなしであれという考えを押しつけられるから、これだけでもノイローゼになりそうだった。

 しかし、同じ組だった同級生はこう言う。
 「あの先生には感謝しなければいけないんだ。そうしたご指導があったお陰様で、今こうして可もなく不可もなく平凡で幸せな人生を送っているのだから」
 「人生いろいろ」ってことだろう。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2015-12-02 17:52 | 文学 | Comments(10)
 SEALDsの関係者にいやがらせと脅迫があいつぎ、ついに殺害予告まであったそうだ。
 こうなるように煽ってきたマスコミの代表格は週刊新潮だが、この雑誌のゴロツキ同然のやり方は昔からのことで、ベトナム反戦や原発反対でも同じ手口だった。運動に関与している一般人の私生活まで暴露しながらいやがらせをし、権力の迫害を正当化したり無法者の暴力を誘発しようとしたり、という誌面と扇情的な広告の見出しである。

 これを朝日新聞の本多勝一記者が問題にしていた。文芸春秋と大江健三郎の件よりも前からだった。こんな週刊誌を出している出版社と平気でつきあっていられる小説家が、よく戦争反対などと言っていられるものだ。商売が気になって言いたいことも言えないのか、それとも反戦平和なんて口先だけなのか。

 その一人が井上ひさし。彼は新潮社と懇意だった。週刊金曜日を辞めたのは、親しい大江健三郎を批判されたからだという証言があり、これは確認できないことだが、もしもそうなら、井上ひさしは大江健三郎のことで自分もいたたまれなくなったのではないか。

 とにかく、文春と新潮に媚びる反戦作家が多すぎる。
 そして今も、SEALDs脅迫について批判している「リベラル」な物書きのツイートでは、「新潮社は好きだし、週刊新潮にだって知り合いがいて、良い人も」という虚しい言葉が躍っている。商売を気にしていることミエミエだ。

 そんな新潮社と断交したのは、灰谷健次郎くらいだろう。彼は、新潮社の雑誌が少年事件のたびに法を無視して実名報道することに対し、児童文学者として抗議したのだった。これに対し、「灰谷は児童文学者だから子供は純粋で悪いことをしないと思っているのだろう」と中傷する者がいて、灰谷は反論していた。
 「そんなことを言う人は、ぼくの書いたものをまったく読んだことがないのだろう。なぜなら、ぼくの作品では、子供の邪悪さが描かれている。子供は純粋なので、大人から良いものも悪いものも受け入れてしまう。だから、大人は子供に対して大変な責任がある。そういうことが常に主題になっている」
 という趣旨であった。
 
 しかし、ここまで毅然とした対応をできる人は稀だ。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2015-09-29 14:47 | 文学 | Comments(3)

阿川弘之の無様な大往生

 小説家だった阿川弘之が死去という報道に、まだ生きていたのかと驚いた人もいるようだ。90歳代だから、そう思う人もいるだろうが、健在ぶりを示した中曽根もと総理はさらに年上だ。
 報道によると「立派な大往生」と娘の阿川佐和子が追悼の言葉を述べたそうだが、「立派」とは言えまい。
 阿川弘之は、歳をとって小説が書けなくなってから右翼発言を繰り返し、それが、昔は小説家として売れていたから本になったけど、今ならインターネットで「ネトウヨ」と言われコケにされる内容で、すっかり晩節を汚していた。
 だから佐高信から、お手軽な放言の駄本ばかりだが、そんなものを出せるのは昔は売れていたから甘やかされているのだろう、と批判されていた。

 個人的には、阿川弘之というと小学生の時に教科書に『機関車やえもん』が載っていて、その空々しさに辟易させられ、さらに大人になってからは小説が書けなくなって右翼発言を繰り返す醜態を見せつけられたので、作者が「やえもん」になったと感じた。
 そんな阿川の『国を想うてなぜ悪い』という本には、なぜ悪いか教えてやりたかった。ストーカーと同じで、想われた方が迷惑だからだ、と。
 
 これをパクったのではないかと思われるのが百田尚樹だ。彼は小説だけじゃなく右翼発言もパクリだと指摘されてるけど、そのネタの一つが阿川弘之だったのではないか。右翼じゃない愛国者だーなんて、同じだから。また、朝日新聞と毎日新聞に早く潰れて欲しいと喚いているのも、阿川弘之と百田尚樹は全く同じだ。
 しかし、もともと駄目な百田とは違い、阿川は歳をとって駄目になった。早めに引退していれば良かったのだ。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2015-08-08 18:28 | 文学 | Comments(2)
 手塚治虫のシリアス路線で代表的な一つ『人間昆虫記』は、主人公の女性が他人の作品を盗むことで成功していく話だけど、そこで受賞した小説の原稿がパクリではないかと疑惑を持たれると、小説を書くために集めた資料を見せて信用させる場面がある。

 私小説は別にして、フィクションでもノンフィクションでも、書くには調査が必要である。特に戦争など歴史に関わる小説や映画の脚本を書くには、膨大な調査が必要で、例えば名脚本家の笠原和夫が、日露戦争を扱った『二百三高地』の脚本を書くにあたり綿密な年表を作って、それを見ながら物語を構成して執筆したことは語り草である。

 一方、百田尚樹の『永遠の0』は、他の作品からのパクリだと批判されていて、これについて百田はオマージュだと弁解している。放送作家だった彼は、小説家に転じてからというもの、既に存在する似た作品を指摘される。
 これは、『人間昆虫記』のように未発表の原稿を盗むのとは違っていて、創作に必要な資料を収集することで偽装することもない、ということだ。
 
 そして今、百田尚樹は、読んでもいない新聞について、書いてある内容が気に入らないから潰せと言ったり、調べもしないで、沖縄の基地周辺は元は田んぼだったという事実に反する発言をして、強い批判を受けている。

 つまり、百田尚樹がまた暴言を吐いたとして問題になる内容とは、政治的に意見が対立したという水準ではないことはもちろんだが、見識とか品位を疑われるという程度にも達していない。
 なぜそうなってしまうのかというと、そもそも彼の小説からしてそうだからだ。他所から勝手にもらってきたりしていて、そうすることで本当はしなければならない調査をしないで済ませている、実にいい加減なものということだ。
 これを調子良く合わせて成功はしたが、しょせんその程度だから、すぐ綻びるということだ。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2015-06-30 17:15 | 文学 | Comments(7)
 「一七、八歳の美少女だったら、熱狂の度はもっとあがるでしょうな。だいたい民衆は王子様とかお姫様とかが大好きですから」 
f0133526_11174111.jpeg
「昔から童話では、王子や王女が正義で、大臣が悪と相場が決まっているからな。だが、童話と同じレベルで政治を判断されたらこまる」
 『銀河英雄伝説4策謀編』田中芳樹著 創元SF文庫133頁 
f0133526_11162343.jpeg
  しかし、現実でも童話の相場と同じようになっている。

[PR]
by ruhiginoue | 2015-03-08 08:49 | 文学 | Comments(9)
 曽野綾子が、「委員」を「アドバイザー」と表現されたことについて、微妙に意味合いが違うという指摘をするのではなく、1度もやったことがないのに間違った報道に基づいて批判されたとわめいている。このはぐらかしは曽野綾子の常套手段だ。

 例えば86年には、小森義久という右曲がりすぎて毎日新聞から産経新聞に転職した記者が、曽野綾子に怒り右翼誌『正論』で批判した。自分の言ったことに否定的な解釈をされたら「国語力を疑う」と言う手紙を送りつけたそうだ。

 今も、書いた内容を間違って解釈されたと弁解してる。人のせいにする性格らしい。そしてネットでの批判について、ブログやツイッターはまるで縁がないから知らないと言っている。

 昔、小説家は、高級万年筆で原稿書いてると自慢したものだった。次は高価なワープロを自慢し、雑誌の記事や広告に出たりもした。
 これについて曽野綾子も、(どんな機械もそうだけど)出たばかりで機能は単純だが馬鹿でかいワープロを、これ使ってますと言ってひけらかしてた。

 それが今では、ブログやツイッターは知らんとか、電子機器の意味で「エレキ」とか言ってる。下手に歳をとると無様である。
 曽野綾子は、上手に歳をとろうということで、『老いの才覚』という本を書いたが、現実には「老いの錯覚」をしていると指摘された。
 また、同じテーマで、過去に『戒老録』(かいろうろく)という本を書いていたが、今は『耄碌録』(もうろくろく)を書くべきだ。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2015-02-18 12:20 | 文学 | Comments(2)