コメントの他に、表示されている著書をクリックしてその感想をアマゾンのレビューに投稿してくださることも歓迎です。おたよりはこちらへruhiginoue@excite.co.jp


by ruhiginoue

カテゴリ:音楽( 77 )

 「題名のない音楽会」の新しい司会が決まったそうだが、不可解なのは、なぜこの番組の名司会者だった黛敏郎が死んだら司会すぎやまこういち、とはならなかったのかということだ。
 あの番組は右翼だから愉快だったのだ。
 もともと、解りもしない者が無理して政治談議したがると今でいうネトウヨのようになるものだったが、その一つが音楽家で、All music and no work makes Toshirou dull boyという状態で時事問題と音楽作品の牽強付会を得意になって開陳する愚かしさ滑稽さが笑えたのだ。
 そして世の親たちは、「音楽なんて夢中になっているとバカになってしまうから勉強しなさい」と子供に言うネタにしていたものだった。

 また、作曲家の三枝成章が「民放はスポンサーの圧力で政治や経済の話が全然できないからNHKの受信料ちゃんと払おう」とバカなことを言ったことがある。
 今はもちろん昔からむしろNHKの方がひどいのは常識なのに。これは、クラッシック系の音楽で商売するのならNHKに媚びないとやっていけないから言ったのがミエミエだった。
 かつて音楽の教師に、音楽とくにクラシック系でやっていきたかったら、NHKと創価学会を批判してはいけないと言われたことがある。創価とは「民音」のことだ。
 あの西崎義展は音楽の仕事で民音と縁があり、『宇宙戦艦ヤマト』の監督は『人間革命』と同じであることは拙書『宇宙戦艦ヤマトの時代』で述べたが、そもそも音楽なんて信念を曲げてまでやることじゃないし、もう斜陽産業である。

 だからJASRACの件は虚しいと前に述べたが、これと酷似していると感じたのが各弁護士会および日弁連だ。ただし加入している人たちが率直に批判してるだけJASRACのほうがマシだが。
 このJASRACと裁判沙汰となっている音楽家もいるが、知り合いの「前衛」作曲家は、自分の作品を演奏するさい著作使用料を支払い、他で演奏された時に徴収してもらうためだからと言い、しかし自作自演の発表会以外では演奏されず払うばかりで、それでもいつか売れると信じているらしい。
 希望を持つのは自由だが…

f0133526_05082749.jpg


[PR]
by ruhiginoue | 2017-02-14 17:45 | 音楽 | Comments(0)
 JASRACの勝手な著作権料取り立て方針が顰蹙を買っていて、これはまるでNHKの受信料取り立ての勝手なやり方と酷似してるが、テレビ特に公共放送なるもの自体がそもそも必要なくなってきてるのになぜか、ということと同じように、プロが作ったものというだけでなく音楽それ自体が人間にとって必要がなくなってきているのになぜか、ということだ。

 これはCDの売上などが低下したからだそうだけど、そもそも音楽自体が斜陽産業であり、AI(人工知能)による作詞・作曲・編曲が可能になって、音楽は誰でも自分で勝手に作って楽しめる時代になってきたから、♪Video kill the raio starーどころではなく、音楽教室から著作権料徴収すると言い出したJASRAC方針に反発というけど、いずれ音楽家も音楽教室も著作権もみな近いうちに消滅する運命なのだ。

 この現実を認めたがらない人たちがいて、例えば苦労して音楽大学を出て音楽教室を開いている知り合いが「機械に頼らずに自分ですることに意味がある」と強弁していたが、まるで後期高齢者の世代が「最近の子供は鉛筆削り器やシャープペンシルを使うからナイフで削れない」と昔は言っていたのと同じで滑稽であったが、さらに進歩してパソコンや携帯電話などで簡便になり、かつてより頻繁に作文するようになってきてむしろ表現力が豊かになった部分もあり、こうしたカメラと同じ傾向は音楽になるとさらに強まるだろう。

 だからJASRACの著作権管理も曲がり角とか行きどまりというべきであるが、そもそも音楽家の権利を守る活動に熱心だったのは芥川也寸志で、彼は父親の龍之介の死後その著作権収入があったから生活できたと言い、この件で友達の黛敏郎は「詠み人知らずの歌がもてはやされたように芸術の著作権とは本来は神に由来するものだ。ただ現代の芸術家は食っていかねばならない」と言っていた。

 そして、その「現代」も遠い過去となったのである。しかも、人間が音楽を聴いて楽しいと感じることも、どんどんなくなっている。これは音楽だけでなく芸術や芸能について全体的に言えることだが、その問題は別に論じるとして、とにかくプロの音楽家とか著作権とかいうものは、その存在意義が消滅しかかっていて、これは止められないだろう。
 だからJASRACの著作権徴収とこれに対する反発は、虚しい騒ぎなのだ。



[PR]
by ruhiginoue | 2017-02-08 22:43 | 音楽 | Comments(5)
 デビッド ボウイ、プリンス、エマーソンにレイク、今年は有名人の訃報が色々な分野であったけれど、特に音楽家が目立つと思ったら、今度はジョージ マイケルであった。

 ジョージ マイケルはイラク戦争の時に、こう言っていた。
 「私は決してアメリカ嫌いではないが、ブッシュ大統領とその取り巻きたちとなると事情が異なる。ブレアさん、この件について私達とちゃんと話し合いましょうよ」
 こう呼びかけたが無視された。英首相ブレアはアメリカに追従してイラク戦争に協力。
 怒ったジョージ マイケルはプロモーションビデオのアニメで痛烈に皮肉った。

 それにしても、今年はどういうことでしょうか。


[PR]
by ruhiginoue | 2016-12-26 19:08 | 音楽 | Comments(0)
 「プログレッシブ・ロック四天王」=「ELP」のグレッグ レイクが死去したそうだ。69歳で、がん闘病中だったとのこと。
 キース エマーソンが病気を苦にしたらしく自殺したという報道がまだ記憶に新しいのではないか。
 
 このELPの『展覧会の絵』を先に知ったという人もいる。あの紀藤弁護士もそうだと言っていた。



 『展覧会の絵』は、ELPまたは冨田勲で先に知った人もいる。『はげ山の一夜』はリムスキー コルサコフ編曲版の方が、『展覧会の絵』はモーリス ラヴェルの編曲版の方が、というように、ムソルグスキーの作品の中でも特に人気曲は、管弦楽の名手が手を加えることでより有名になっている。 
 けれども、冨田勲のシンセサイザー演奏版も、ホルストの『惑星』とともに『展覧会の絵』が有名で、こちらを先に知ったという人も少なくないようだ。


 
 そして、さらにELPの演奏があり、これで先に知った人もいるということだ。これはジャケットの絵が面白かった。
 
 しかし、マイケル ジャクソン、プリンス、デビッド ボウイなどベテランたちの訃報が相次ぐ中で、ミック ジャガーは七十代で八人目の子供ができたというお元気さだから、なんということでしょうか。



 


[PR]
by ruhiginoue | 2016-12-11 17:23 | 音楽 | Comments(6)
 先週、FMで曲・黛敏郎、原作・三島由紀夫の歌劇『金閣寺』を放送していた。
 この話で原作と違うのは、主人公を吃音ではなく手が不自由な身障者にしていることで、このため親が将来の就職や結婚を悲観して仏門に入れ、そのあと足が不自由な男と出会うという話の流れになっている。

 こうしたのは、歌で表現するときに困るからだろう。原作は「幼時から父は、私によく、金閣のことを語った」と始まり一人称で書かれていて、内心については流暢に語る。そしてセリフでは吃音の影響で言葉がうまく話せないことを直接に書く。それで、「ぼっ、ぼくは、坊主になるんです」と言うと軍人が「そうか。それなら俺はもうじきお前の世話になるんだな」と言って、戦争が始まったことを述べる。
 これは、文書なら、主人公が回想するのを自ら書いたか、他の人が聞き取って書いたと解釈できる。しかし舞台では、そうはいかない。それで設定を変えたのだろう。

 ところで、右翼民族派の人に聞いたのだが、黛敏郎は三島由紀夫と親交があったと自慢していたけど、実は関係が次第に険悪となり、なのに、あの事件の後に黛は、死人に口なしと言わんばかりに三島を利用していやがったということだ。黛としては、友達の芥川也寸志が大江健三郎をネタにするから対抗しただけだったのだろう。
 そんなふうにネタで右翼ぶった発言していた黛が生きていたら、今の政治になんて言うだろうか。特に黛とある意味で同類項の橋下徹が、文楽なんて下らないと言ったことに、『無伴奏チェロのための文楽』を書いた黛はどう思うか。

 また、その『金閣寺』は神奈川県で上演されたさいの録音だったが、伴奏は神奈川フィルであった。かつて映画音楽のコンサートで来日したジェリー ゴールドスミスの指揮で彼の曲を演奏したさい、当時ヒットしていた『エアフォースワン』が演目になっていた。そして、このタカ派というよりオバカ映画の主人公の大統領が理想だと言ったトランプが、主演のハリソンフォードに、あれはあくまで映画だと言われていたけど、大統領に当選したら景気づけに『エアフォースワン』のテーマ曲を流していた。ゴールドスミスが生きていたら何と言うだろうか。




[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-13 15:38 | 音楽 | Comments(0)

ささきいさお思い出

 NHK-FMの「アニソン」で特撮物特集をしていた。作曲家の渡辺宙明がゲストに出るそうだから聴いていたが、かなり後の方だった。今90歳でもうじき誕生日ということで、お元気そうだったが、その話の前に「スーパー戦隊シリーズ」の主題歌でタレントの中川翔子のリクエストは『太陽戦隊サンバルカン』だったけど、これで思うのは自分の仕事のチームがパーパー戦隊でバカレンジャーにアホレンジャーにブチキレンジャーのサンバカンだから困る。

 最後に歌手ささきいさおスタジオライブ放送となり、声が変わらないんでびっくりした。しかも生で歌ってるという。注意していると判るが、そうでないとレコードだと思ってしまうくらいだった。

 ささきいさお最初の思い出は、78年のこと。『スターウォーズ』『未知との遭遇』が大ヒットしたうえ日本では『宇宙戦艦ヤマト』で「SF元年」と呼ばれた年だった。当時ラジオでささきいさおは声優の麻上洋子(現・一龍齋晴美)と一緒にレギュラー番組があったが、それより少し前『さらば宇宙戦艦ヤマト』大ヒットの直前くらいか、ラジオの深夜放送で堀江美都子と共演している時のことだった。

 ここではまず歌の話題で、ささきいさおの声がハマり役と言われたコンドルのジョーが死んだはずなのに復活するというSFアニメのご都合主義で『科学忍者隊ガッチャマン』の続編が作られることになり、その主題歌をささきいさおと堀江美都子がデュエットしたということで流していた。

 こうした歌の話題の他にも色々な話をしていたが、SFアニメにも出てくる恋愛のことから人を好きになるということは何かという議題に及び、ここでささきいさおが「人を好きになることは、その人の良いところを何かしら認めることだ」と言ったが、これに対して堀江は「でも、ただ背が高くてカッコいいな、というようなこともある」と指摘した。
 「それも良い所を認めることでしょう」と、ささきいさおは言うけど、堀江美都子は「かっこいいとか顔がいいとか、そういうのって良いところを認めることかしら」と言った。

 この当時、ガキだったけど、男性と女性の感覚の違いというものを初めて意識した。人間的とか社会的とかいうことで長所を認めることが、尊敬するだけでなく恋愛にも関係するのか、そういうものが無くて感覚的とか生理的とか色欲や性欲とかいうものだけなのか、両方または片方だけであるとしたら成立または長続きがするだろうか。

 そういうことで男女とか年齢で意識に違いがでるのか、ということを、最初に考えさせてくれたのがこの二人の歌手の会話というか議論というかで、すくなくとも西崎義展プロデューサーの説く「ヤマトのテーマは愛だ」という話よりは、よほど意味が深かった。

 そんなことを、FM放送を聴いていて思い出した。

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-08-14 19:15 | 音楽 | Comments(2)

中村紘子さん死去

 ピアニストの中村紘子が死去したという訃報である。ガンで治療を受けていると報道されていた。

 中村紘子といえば、昔ついていたピアノの先生が「大して上手じゃないのに、やっぱり美人だからかしら」と言っていて、たしかに綺麗だったからガキのころテレビで見て憧れていた。もっと上手な人がいくらでもいるけど、演奏の間が自分にとって心地よいものだったから好みではあった。

 その一つが、カセットテープと同じ大きさになったウォークマンⅡというCМで流れるグリーグのピアノ協奏曲イ短調であった。買うとそのデモテープも付いていた(ただし一楽章の途中まで)が、その演奏が中村紘子だった。これでガキのころ最初にこの曲を聴いた。ちょうど1980年であった。ウォークマンと松田聖子が出現し、ジョン レノンが死んだ年であった。

 あと、庄司薫は『赤頭巾ちゃん気をつけて』以外にヒット作がないので妻に食わせてもらってるとか悪口をよく言われていたが、女房がいい女だから僻まれていたんだろうと思う。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-07-29 13:37 | 音楽 | Comments(0)
 フジロックで「音楽に政治を持ち込むなよ」言った人たちは、単に自分が共感できないことを「中立」と偽装しているだけだと指摘されているが、それは全くその通りだろう。気に入らないという主観に過ぎないことを「偏り」と言うことで反論できない自分を誤魔化す人がいて、これは音楽に限らない。

 ただし、音楽家が相当の意味がある程度に政治的な影響を持つことがあるのは、よほどの才能を持った人がなんらかの事情や情勢により身を置いた場と社会が関係を持った時であり、これは非常に稀なことだ。

 また、弾き語りのように簡易な表現をする者でさえ商業化するにつれて中身が失われて行くのが実態だから、オーケストラなど大規模になってパトロンやスポンサーや補助金がないと成り立たないとなると、自分の信念どころか意に沿わないことをさせられる傾向がある。

 ある知り合いで、音楽大学を卒業して交響楽団のオーディションにことごとく落ち、仕方ないから自衛隊の音楽隊に入って、だから新聞を『朝日』から『産経』に変えたという愉快な人がいる。
 この人は、よく「とうほう」と言っても「きりとも」ではないからと言っていたが、その類の謙遜というか自虐というかが出るような音楽大学だと所によってはパンフレットに、卒業後の就職先として自衛隊と警察の音楽隊があるのだとし、制服着て楽器持っている先輩の写真を載せているが、これは政治的ではないのだろうか。

 もちろん、ジョン ウイリアムズが軍楽隊にいたことがあって、おかげで戦争映画『ミッドウェイ』の音楽を作るのに役立ったという話もあるから、のちに成功できる人もいるだろうが、これも極稀な例外である。

 また、指揮者と監督になりたがる人は権力志向だと昔から言われているが、「作曲家」にも「すぎやまこういち」と名乗る愉快な老人がいて、今話題の日本会議に関与して2ちゃんねるのネトウヨカキコを読むのが趣味だと公言までしている。
 彼はもともと見様見真似(独学とは違う)で音楽をやり、あとは政治力で来た人だ。あのグループサウンズとかゲ-ムの音楽を「作った」とし、名門交響楽団に演奏させたり、実力で勝る作曲家を弟子にしたり、ということから音楽家ではなく政治家である。しかも非常に優れた。

 こうしてみると、音楽に政治を持ち込むのか政治に音楽を持ち込むのか、どっちなのだろうかという疑問も出てくる。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-06-25 10:55 | 音楽 | Comments(0)
 「フジロック」で、共感できないからと「音楽に政治を持ち込むな」と言った者が笑われている。そして否定する多くの実例が挙げられ、そんなことを言っていたら音楽は成立しないと指摘された。

 ところで、音楽と政治の関わりということで、ボブ ディランやボブ マーレイやジョーン バエズやジョン レノンの話を例に出す人は多いし、またモーツアルトが『フィガロの結婚』をオペラにして政治問題になったことを引き合いに出す人もいた。
 また、高橋悠治が仲良しだった武満徹と喧嘩になったことも政治と音楽との関わりが原因だったし、そのさいチリの軍事クーデターで殺害されたビクトル ハラの話や、韓国の軍事政権に殺されかかった尹伊桑が話に出て来たし、民主化運動とからめて歌われるキムミンギの作品のことも思い出される。

 しかし、いつも思い出されるのは稀な例外であるし、その模倣がほとんどを占めていて偽物が多いから否定的になる人がいるのだろう。前に小室等が、キムミンギの歌は本物だが、日本の歌の社会派とは「親の脛かじりの無責任な正義感」だと否定的だった。

 そして、テレビ朝日で日曜朝に放送している『題名のない音楽会』では、かつて黛敏郎がことさら右翼ぶってみせ、音楽と政治の「牽強付会」と嘲笑されていた。これは友達の芥川也寸志に対抗しただけで、芥川が大江健三郎をネタにしたので、黛は逆にというか三島由紀夫をネタにしたりという程度のことの延長にすぎなかった。
 これについて、スポンサーの出光が「寛容」だったから出来たことで、当時同じ局で『こちらデクス』をやっていた筑紫哲也は、『題名のない音楽会』が右寄りすぎだから左寄りの番組もないと中立じゃないということで、他の局より自民党を批判できたと言っていた。

 とにかく、音楽家が自ら思想性を生み出すことは基本的に無理ということだ。昔、音大を目指していた時、本多勝一『NHK受信料拒否の論理』を読み共感し集金を追い払った話をしたら付いていた先生に「NHKを批判したら日本のクラシック音楽の世界では生きていけない」と叱られた。音楽なんて信念曲げてまでやることじゃないが。
 そのうえ、知り合いの音大招聘教授は、西洋美学専攻で演奏や創作はせず研究と論評の権威者だが、彼に言わせると音楽家は子供のころから音楽だけの人がなるものだから余計なことは考えないものだとし、要するに「猿回しの猿論」を説いた。
 では、自分の好きな音楽を作っている人に敬意は無いのかと問うたら、こう言った。
 
 「熊が蜂蜜を味わうとき蜂に敬意を持つかな」

人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-06-23 12:52 | 音楽 | Comments(2)
 冨田勲がFM放送に出演して作曲の勉強をしていた当時の話をしていたのが印象的だった。彼は付属から慶応大学に進み、音楽大学ではなかった。
 彼が付いていた先生は、冨田勲の習作の楽譜を見て、このような楽器編成にしたらこんな感じの響きになると言い、似ている曲を的確に判断してレコードをかけて聴かせたそうだ。これが大変に勉強になったと言っていたが、ほんとうによい先生だと思った。そんなふうに指導してくれる人はなかなかいない。

 あと、冨田勲の曲は開始の冒頭が良いが、特に『新日本紀行』やSFの主題歌のイントロが強烈だった。『キャプテンウルトラ』『マイティジャック』『空中都市008』など爽快だ。
 観た記憶がほとんどない『008』は、なぜかレコードが自宅にあった。これは『サンダーバード』を意識した小松左京原作のSF人形劇で、中山千夏とか松島トモ子など声の出演をする人たちが主題歌と挿入歌を唄っていた。
 そこで『アラームロボットの歌』というユーモラスなメロディとノリノリのリズムの歌もあり、小学生のとき気に入って唄っていると、なぜか親や教師から叱られた。こんな歌だ。

 ♪子供は、子供で、子供だから気ままに愉快に暮らすが良い。勉強したくないときは、無理して勉強することない。コンチクショーと思ったときは、先生の言うこときくことない。
 ♪嫌いなオカズの夕ご飯、無理して食べたりすることない。コンチクショーと思ったときは、オヤジやオフクロ知ったこっちゃない。
 ♪子供は、子供で、子供だから気ままに愉快に暮らそうよ。

 昔はNHKもこんな歌を許容していたのだった。


人気ブログランキングへ1日1クリック投票をお願いします
[PR]
by ruhiginoue | 2016-05-14 17:30 | 音楽 | Comments(0)