井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:音楽( 81 )

YOUTUBEよりCDは音が良いか

 避暑のため北海道のキャンプ場でテント生活していたというだけでなく、最近は意欲も時間もなかったので、自宅のちょっとしたオーディオ機器でCDを聴くこともなくなっていて、それが久ぶりに暇もできたからとかけてみたところ、このところ時々聴いていたYOUTUBEにある音楽とは音質が大違いだと感じた。

 そんなに違わないと思っていたが、やはり臨場感が異なる。これまで、同じオーディオ機器を使ってYOUTUBEの音楽を聴いてはいた。それなりの音質だった。
 それで、もうCDを買うことないかと思っていたが、これは、やはりまだ買う人がいると思いなおした。

 よく、オーディオマニアの人が、その仕組みを説明しながら、YOUTUBEは画質のように目立たないだけで実は音質も悪いと指摘し、これでよいと言っている人たちはパソコンのスピーカーで聴いているから違いが判らないのだと言っていて、これに反発する人もいた。
 その違いをとやかく言う人は、よほどのオーディオ機器を持っているのかと思っていたが、うちにあるそこそこの機器でも、違いがすぐに判る。

 かつては、iPodなどが浸透してこれまでのオーディオ機器は駆逐されるかのように言われていたが、そうとばかりも言えないという指摘があり、また、没落したかのように言われていた、アイワ、ナガオカ、ケンウッド、など、かつての有名なオーディオメーカーが復活しているという話にも、うなづけるというものだ。

 ちなみに、うちにあるフルサイズのCDプレイヤーはケンウッドである。


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by ruhiginoue | 2017-10-08 18:58 | 音楽 | Comments(3)
 今、FMでタン・ドゥンの曲を先週に引き続き放送しているが、これで思い出すのが昔、日本でほとんど知られていなかったタン・ドゥンが来日したとき横浜で聴いたことだ。
 当時の日本では、中国系の新進作曲家がいるという程度の認識しかなかった。
 そして横浜の関内で「新しい耳シリーズ」という前衛音楽のコンサートが毎年開催されていて、よく高橋アキらが出演していたが、そこにタン・ドゥンが出演するということだった。

 このシリーズには毎年のように行っていたが、ついでに関内だから近くの中華街で食事というのが恒例だった。埼玉県のかなり田舎に住んでいたことがあるけれど、その当時は行き来が「旅」のようで帰りが遅くなって大変だった。横浜のほうではこういう文化事業が普通にあるのに対して埼玉は違った。やはり「ダサイタマ」と皮肉られるように、そもそも意識が低い土地柄だった。それで退屈することより、日常生活の中での意識の低さに苛立ちや嫌悪を感じることが多かった。

 ところで、タン・ドゥンが公演したとき、あの武満徹が聴きに来ていて「あ、武満徹だ」と客たちが言っていた。
 そして終わってから、タン・ドゥンが武満徹のところに飛んできて大喜びで挨拶していた。タン・ドゥンは日本語ができないので英語を使っていた。それで、近くで聞き耳を立てていたら、平易な英語だから意味が解り、要するに武満徹が聴きに来てくれて光栄だということだった。
 たしかに、新進前衛作曲家が日本で演奏会したところ武満徹が聴きに来てくれたら、そりゃ嬉しいだろう。

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by ruhiginoue | 2017-05-14 09:28 | 音楽 | Comments(0)
 先日、作曲家の曽根幸明が亡くなったとの報道があった。病気治療などのため一線を退いたものの、晩年まで創作活動を続けていたという。彼は芸名で歌手と俳優をしていたが、後に本名で歌の作曲家に転じ、1960ー70年代に活躍し、勝新太郎の「座頭市子守唄」や森進一の「銀座の女」、藤圭子などの「夢は夜ひらく」などがヒットして代表作といわれる。
 また1980年代にかけて歌番組の審査員などでテレビ番組にも登場し、明るく親しみやすいキャラクターで人気だった。

 かつて曽根幸明が病に倒れた時、見舞った川内康範が「何でもいいから作曲しろ」と叱咤激励し、それで曽根がやっと動く片手で書いた曲に川内は詩を付けて、森進一に『おふくろさん』の歌詞を引用し「彼の傘になってくれ」と唄うよう依頼したが、森は他人のために働くなんてと笑ったから、これに川内は怒ってしまい後の騒動の一因になったと言われる。 ところで、曽根幸明は『題名のない音楽会』にも出たことがあり、ここで音大入試などの「聴音」をやってみたが、それまでやったことが無いので全然できなかった。彼はプロの作曲家で音符の読み書きは出来るし、売れっ子のヒットメーカーであるが。


 これは、司会の黛敏郎が「先ずアーの音をあげます」とピアノでAを鳴らしたが、その意味からして「ソルフェージュ」をやってないから知らない様子だった。隣で一緒にやった小学生の女の子は習っていたのでスラスラと書いていた。

 これは音感と言っても聴き取りのやり方を憶えないとできないというだけこと。このとき黛敏郎も、音楽の才能とは関係がないと指摘していた。黛敏郎は学校に行ったから必要でやったし、ヨーロッパ留学のとき試験があって一緒に作曲家の矢代昭雄と受けたと言っていた。東京芸大では改築前の奏楽堂で試験をやっていたらしく、三枝成彰はここで受けたと言っていた。

 あくまで学校のためで、歌謡曲を作る人だけでなく交響曲やオペラなど大規模な作曲をしている人でも、まったく「音感教育」などやっていない人はいくらでもいる。


 この音を聴き取って書く作業は、珠算をやっている人が算盤の映像を頭に浮かべて暗算するように、楽器を長くやっていると鍵盤と音を記憶しているから聴けばどの音か判断できるようになるし、学校で習うならコールユーブンゲンという合唱教則本で憶えるのが普通だが、あと便利な道具があって、かつてはカセットテープだったが「ドミソのドとミの間にレがあって」と説明して憶える教材もあった。

 もちろん、今はパソコンやネットのおかげでもっとよい教材があるだろう。


 ただ、曽根幸明は無用だったのでやっていないし、できないと苦笑していればよかったのは彼の人柄とかキャラクターとかいうものだろう。同じでも小室哲哉などは知りもしないで勝手な注文をするとか言われていたのだから。

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by ruhiginoue | 2017-04-25 17:14 | 音楽 | Comments(0)

ピアノの置き場について

 先日、勉強の邪魔になると言って楽器はダメだという親はむしろ子供の成績を悪くしているという話をした。
 これは、お稽古事の調査で東大生の多くがピアノを習ったことがあるという結果だったという件で述べたことだが、そもそも、お稽古事もできない貧乏なうちや、貧乏とまでいわなくても生活に余裕がなくてお稽古事を親が避けたがるうちでは、進学も同じことになるという話だった。

 また、別にプロにならなくても楽しみや教養として身に着けておけばよいことなのに、「それで食っていけるわけではない」とか「うちの子供には才能がない」とか、そう言って反対したりやめさせたりする親がいて、これは余裕がないため心にまで影響していて、まさに「貧困なる精神」ということだ。
 そして、やめさせる口実として受験勉強をしないといけないとか言うけど、これでは先ず「どうせダメに決まっている」と言っておいてから「努力しなさい」と矛盾することを言っているわけで、これに気づかない意識の低い親だと、子供が伸びるわけがないのだ。

 あと、前にここで「ピアノと住宅事情」という話をしたが、かつて埼玉県の西武線沿線に「音大生向け」をウリにしたマンションが出来たけど入居者で埋まらず、それでただ防音設備のマンションと路線転向したという話にも及んだ。
 これは、立地が田舎だったので、その近くにある音楽大学では必要が無かったからではないかと言われている。「めだかの学校」の替え歌で「♪武蔵野音大は~山の中~」とからかわれているが、ほんとうにそうである。

 それに、楽器は音が問題だが、そのうえピアノはかさばるし重たい。
 ところが、これは音楽教室の講師をして教則本を書いてもいる人が言っていたのだが、音楽大学の学生時代に木造モルタルしかもオンボロなうちに住んでいて、グランドピアノとアップライトピアノの両方を置いていたそうで、そんなことをしたら普通は床が抜けるが、和室だったので一階の部屋の畳をはがしてコンクリートブロックを敷き詰めていたそうだ。これなら確かに重量に耐えられるし、安価である。

 他にも、あの手この手をきいた。だから、親が「置き場所が」とかいうのも「勉強の妨げになる」というのと同じで、多くは単なる口実であろう。


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by ruhiginoue | 2017-03-31 20:12 | 音楽 | Comments(7)
 「題名のない音楽会」の新しい司会が決まったそうだが、不可解なのは、なぜこの番組の名司会者だった黛敏郎が死んだら司会すぎやまこういち、とはならなかったのかということだ。
 あの番組は右翼だから愉快だったのだ。
 もともと、解りもしない者が無理して政治談議したがると今でいうネトウヨのようになるものだったが、その一つが音楽家で、All music and no work makes Toshirou dull boyという状態で時事問題と音楽作品の牽強付会を得意になって開陳する愚かしさ滑稽さが笑えたのだ。
 そして世の親たちは、「音楽なんて夢中になっているとバカになってしまうから勉強しなさい」と子供に言うネタにしていたものだった。

 また、作曲家の三枝成章が「民放はスポンサーの圧力で政治や経済の話が全然できないからNHKの受信料ちゃんと払おう」とバカなことを言ったことがある。
 今はもちろん昔からむしろNHKの方がひどいのは常識なのに。これは、クラッシック系の音楽で商売するのならNHKに媚びないとやっていけないから言ったのがミエミエだった。
 かつて音楽の教師に、音楽とくにクラシック系でやっていきたかったら、NHKと創価学会を批判してはいけないと言われたことがある。創価とは「民音」のことだ。
 あの西崎義展は音楽の仕事で民音と縁があり、『宇宙戦艦ヤマト』の監督は『人間革命』と同じであることは拙書『宇宙戦艦ヤマトの時代』で述べたが、そもそも音楽なんて信念を曲げてまでやることじゃないし、もう斜陽産業である。

 だからJASRACの件は虚しいと前に述べたが、これと酷似していると感じたのが各弁護士会および日弁連だ。ただし加入している人たちが率直に批判してるだけJASRACのほうがマシだが。
 このJASRACと裁判沙汰となっている音楽家もいるが、知り合いの「前衛」作曲家は、自分の作品を演奏するさい著作使用料を支払い、他で演奏された時に徴収してもらうためだからと言い、しかし自作自演の発表会以外では演奏されず払うばかりで、それでもいつか売れると信じているらしい。
 希望を持つのは自由だが…

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by ruhiginoue | 2017-02-14 17:45 | 音楽 | Comments(0)
 JASRACの勝手な著作権料取り立て方針が顰蹙を買っていて、これはまるでNHKの受信料取り立ての勝手なやり方と酷似してるが、テレビ特に公共放送なるもの自体がそもそも必要なくなってきてるのになぜか、ということと同じように、プロが作ったものというだけでなく音楽それ自体が人間にとって必要がなくなってきているのになぜか、ということだ。

 これはCDの売上などが低下したからだそうだけど、そもそも音楽自体が斜陽産業であり、AI(人工知能)による作詞・作曲・編曲が可能になって、音楽は誰でも自分で勝手に作って楽しめる時代になってきたから、♪Video kill the raio starーどころではなく、音楽教室から著作権料徴収すると言い出したJASRAC方針に反発というけど、いずれ音楽家も音楽教室も著作権もみな近いうちに消滅する運命なのだ。

 この現実を認めたがらない人たちがいて、例えば苦労して音楽大学を出て音楽教室を開いている知り合いが「機械に頼らずに自分ですることに意味がある」と強弁していたが、まるで後期高齢者の世代が「最近の子供は鉛筆削り器やシャープペンシルを使うからナイフで削れない」と昔は言っていたのと同じで滑稽であったが、さらに進歩してパソコンや携帯電話などで簡便になり、かつてより頻繁に作文するようになってきてむしろ表現力が豊かになった部分もあり、こうしたカメラと同じ傾向は音楽になるとさらに強まるだろう。

 だからJASRACの著作権管理も曲がり角とか行きどまりというべきであるが、そもそも音楽家の権利を守る活動に熱心だったのは芥川也寸志で、彼は父親の龍之介の死後その著作権収入があったから生活できたと言い、この件で友達の黛敏郎は「詠み人知らずの歌がもてはやされたように芸術の著作権とは本来は神に由来するものだ。ただ現代の芸術家は食っていかねばならない」と言っていた。

 そして、その「現代」も遠い過去となったのである。しかも、人間が音楽を聴いて楽しいと感じることも、どんどんなくなっている。これは音楽だけでなく芸術や芸能について全体的に言えることだが、その問題は別に論じるとして、とにかくプロの音楽家とか著作権とかいうものは、その存在意義が消滅しかかっていて、これは止められないだろう。
 だからJASRACの著作権徴収とこれに対する反発は、虚しい騒ぎなのだ。



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by ruhiginoue | 2017-02-08 22:43 | 音楽 | Comments(5)
 デビッド ボウイ、プリンス、エマーソンにレイク、今年は有名人の訃報が色々な分野であったけれど、特に音楽家が目立つと思ったら、今度はジョージ マイケルであった。

 ジョージ マイケルはイラク戦争の時に、こう言っていた。
 「私は決してアメリカ嫌いではないが、ブッシュ大統領とその取り巻きたちとなると事情が異なる。ブレアさん、この件について私達とちゃんと話し合いましょうよ」
 こう呼びかけたが無視された。英首相ブレアはアメリカに追従してイラク戦争に協力。
 怒ったジョージ マイケルはプロモーションビデオのアニメで痛烈に皮肉った。

 それにしても、今年はどういうことでしょうか。


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by ruhiginoue | 2016-12-26 19:08 | 音楽 | Comments(0)
 「プログレッシブ・ロック四天王」=「ELP」のグレッグ レイクが死去したそうだ。69歳で、がん闘病中だったとのこと。
 キース エマーソンが病気を苦にしたらしく自殺したという報道がまだ記憶に新しいのではないか。
 
 このELPの『展覧会の絵』を先に知ったという人もいる。あの紀藤弁護士もそうだと言っていた。



 『展覧会の絵』は、ELPまたは冨田勲で先に知った人もいる。『はげ山の一夜』はリムスキー コルサコフ編曲版の方が、『展覧会の絵』はモーリス ラヴェルの編曲版の方が、というように、ムソルグスキーの作品の中でも特に人気曲は、管弦楽の名手が手を加えることでより有名になっている。 
 けれども、冨田勲のシンセサイザー演奏版も、ホルストの『惑星』とともに『展覧会の絵』が有名で、こちらを先に知ったという人も少なくないようだ。


 
 そして、さらにELPの演奏があり、これで先に知った人もいるということだ。これはジャケットの絵が面白かった。
 
 しかし、マイケル ジャクソン、プリンス、デビッド ボウイなどベテランたちの訃報が相次ぐ中で、ミック ジャガーは七十代で八人目の子供ができたというお元気さだから、なんということでしょうか。



 


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by ruhiginoue | 2016-12-11 17:23 | 音楽 | Comments(6)
 先週、FMで曲・黛敏郎、原作・三島由紀夫の歌劇『金閣寺』を放送していた。
 この話で原作と違うのは、主人公を吃音ではなく手が不自由な身障者にしていることで、このため親が将来の就職や結婚を悲観して仏門に入れ、そのあと足が不自由な男と出会うという話の流れになっている。

 こうしたのは、歌で表現するときに困るからだろう。原作は「幼時から父は、私によく、金閣のことを語った」と始まり一人称で書かれていて、内心については流暢に語る。そしてセリフでは吃音の影響で言葉がうまく話せないことを直接に書く。それで、「ぼっ、ぼくは、坊主になるんです」と言うと軍人が「そうか。それなら俺はもうじきお前の世話になるんだな」と言って、戦争が始まったことを述べる。
 これは、文書なら、主人公が回想するのを自ら書いたか、他の人が聞き取って書いたと解釈できる。しかし舞台では、そうはいかない。それで設定を変えたのだろう。

 ところで、右翼民族派の人に聞いたのだが、黛敏郎は三島由紀夫と親交があったと自慢していたけど、実は関係が次第に険悪となり、なのに、あの事件の後に黛は、死人に口なしと言わんばかりに三島を利用していやがったということだ。黛としては、友達の芥川也寸志が大江健三郎をネタにするから対抗しただけだったのだろう。
 そんなふうにネタで右翼ぶった発言していた黛が生きていたら、今の政治になんて言うだろうか。特に黛とある意味で同類項の橋下徹が、文楽なんて下らないと言ったことに、『無伴奏チェロのための文楽』を書いた黛はどう思うか。

 また、その『金閣寺』は神奈川県で上演されたさいの録音だったが、伴奏は神奈川フィルであった。かつて映画音楽のコンサートで来日したジェリー ゴールドスミスの指揮で彼の曲を演奏したさい、当時ヒットしていた『エアフォースワン』が演目になっていた。そして、このタカ派というよりオバカ映画の主人公の大統領が理想だと言ったトランプが、主演のハリソンフォードに、あれはあくまで映画だと言われていたけど、大統領に当選したら景気づけに『エアフォースワン』のテーマ曲を流していた。ゴールドスミスが生きていたら何と言うだろうか。




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by ruhiginoue | 2016-11-13 15:38 | 音楽 | Comments(0)

ささきいさお思い出

 NHK-FMの「アニソン」で特撮物特集をしていた。作曲家の渡辺宙明がゲストに出るそうだから聴いていたが、かなり後の方だった。今90歳でもうじき誕生日ということで、お元気そうだったが、その話の前に「スーパー戦隊シリーズ」の主題歌でタレントの中川翔子のリクエストは『太陽戦隊サンバルカン』だったけど、これで思うのは自分の仕事のチームがパーパー戦隊でバカレンジャーにアホレンジャーにブチキレンジャーのサンバカンだから困る。

 最後に歌手ささきいさおスタジオライブ放送となり、声が変わらないんでびっくりした。しかも生で歌ってるという。注意していると判るが、そうでないとレコードだと思ってしまうくらいだった。

 ささきいさお最初の思い出は、78年のこと。『スターウォーズ』『未知との遭遇』が大ヒットしたうえ日本では『宇宙戦艦ヤマト』で「SF元年」と呼ばれた年だった。当時ラジオでささきいさおは声優の麻上洋子(現・一龍齋晴美)と一緒にレギュラー番組があったが、それより少し前『さらば宇宙戦艦ヤマト』大ヒットの直前くらいか、ラジオの深夜放送で堀江美都子と共演している時のことだった。

 ここではまず歌の話題で、ささきいさおの声がハマり役と言われたコンドルのジョーが死んだはずなのに復活するというSFアニメのご都合主義で『科学忍者隊ガッチャマン』の続編が作られることになり、その主題歌をささきいさおと堀江美都子がデュエットしたということで流していた。

 こうした歌の話題の他にも色々な話をしていたが、SFアニメにも出てくる恋愛のことから人を好きになるということは何かという議題に及び、ここでささきいさおが「人を好きになることは、その人の良いところを何かしら認めることだ」と言ったが、これに対して堀江は「でも、ただ背が高くてカッコいいな、というようなこともある」と指摘した。
 「それも良い所を認めることでしょう」と、ささきいさおは言うけど、堀江美都子は「かっこいいとか顔がいいとか、そういうのって良いところを認めることかしら」と言った。

 この当時、ガキだったけど、男性と女性の感覚の違いというものを初めて意識した。人間的とか社会的とかいうことで長所を認めることが、尊敬するだけでなく恋愛にも関係するのか、そういうものが無くて感覚的とか生理的とか色欲や性欲とかいうものだけなのか、両方または片方だけであるとしたら成立または長続きがするだろうか。

 そういうことで男女とか年齢で意識に違いがでるのか、ということを、最初に考えさせてくれたのがこの二人の歌手の会話というか議論というかで、すくなくとも西崎義展プロデューサーの説く「ヤマトのテーマは愛だ」という話よりは、よほど意味が深かった。

 そんなことを、FM放送を聴いていて思い出した。

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by ruhiginoue | 2016-08-14 19:15 | 音楽 | Comments(2)