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by ruhiginoue

カテゴリ:運動( 3 )

 拙書『華麗なる美容外科の恐怖』でも触れていることだが、美容外科の被害に遭った人が市民運動とか人権擁護と自称している団体には行かないほうが良い。そんなことを美容のためにするから自業自得だと嘲笑され侮辱されるだけだ。
 
 これは特に美容外科だと酷いが、他の分野でも似たようなものである。例えば、産婦人科で事故があり女性や子供が死亡すると、不妊治療をしていたら「無理して子供を作ろうとしたからだ」とか言われるし、高齢出産であれば「若いうちに子供を作らないからだ」とか言われる。

 つまり、社会に異議申し立てするはずの運動団体でさえこうなのだから、体制側がそうであるのは当然すぎる。
 少子化なのに保育園に子供を入れられないことで政策が悪いと言うと、政治家から「勝手に子供を産んだくせに」という責任転嫁の侮辱をされるわ、テレビで芸能人たちに「死ね」と罵倒と嘲笑をされるわ、その一方では中学の校長が「女性は若いうちに二人以上出産するほうが仕事するより大事」という訓示をする。
 こういうことがあっても、一応ひどいとは思うが、この社会では自然なことなのだと納得させられてしまう。

 しかし、なんで運動団体までがそうのか。
 権力犯罪の被害に遭う可能性は誰にでもあり、加害者は省庁や警察から地元の役所や公立病院まで様々なのだが、それで国家賠償請求訴訟を起こした市民の集会があると、立場は異なっても市民が協力しようという趣旨であったはずなのに、そこへ全共闘世代や団塊左翼の老人たちが乱入して傍若無人な態度をとる、ということが一つ挙げられる原因だ。

 そんな人たちは、自分たちが若いころにことさら違法行為をして権力から取り締まりを受けただけなのに、それをもって自分たちはエライと思い込んでいる。そして普通の人たちが何も悪いことをしていないのに権力から迫害に遭うことには冷淡どころか嘲り笑っている。
 「いいかァ、我々は反体制活動をして公安事件で逮捕さけたんだァ。おまえたちとは違うんだ」
 「何も悪いことしてないのに逮捕されただとォ?ヘッ、『革命的警戒心が足りないな』とミヤケンが言っていたのを思い出したわ」
 という調子で、これが「人権擁護運動」の内部で当たり前のように発せられている。政治的という以前にとうてい分別ある大人とは思えないが、こんなのばっかりが威張っているのである。だから日本の運動とはしょせんこの程度であり、腐敗した権力はやりたい放題できるのだ。


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by ruhiginoue | 2016-04-13 18:01 | 運動 | Comments(1)
 卒業と入学の季節だが、その風物のようになってしまった日の丸・君が代の問題で、拒否した教師が処分されたことを不当として起こされた裁判が、先月は教師側の敗訴となる判決となった。
 「不当判決」の幕を掲げ、裁判所前に集まった支持者たちは落胆と怒りであった。
 しかし、同じ裁判で、逆に勝訴している場合もある。これは時の情勢や担当した裁判官の違いも影響してはいるが、しかし、既に指摘があるとおり、そうした情勢や裁判官などの条件的にはそう変わらなくて、訴えの内容もほぼ同じであるのに明暗が分かれており、そこには共通した傾向がある。
 勝訴した場合をみると、日の丸・君が代が国旗・国歌に相応しいと支持する人たちも少なからずいるから法制化もされた現実をふまえたうえで、それを支持しない人にまで強要することが許されないことはもちろんのこと、一般的にどんな職種でも、業務だからすべて絶対に従わないといけないはずはなく、では教職員の場合、国旗・国歌について仕事だからやらなければならないのはどこまでかという問題や、それを拒否した場合、処分まですることが許されるのかという問題を挙げて、「裁量権の濫用」などについて細かい法律論を展開している。
 一方、敗訴した場合を見ると、だいたいは大雑把で、いきなり大上段に構えて「憲法違反」「思想信条の自由」を主張し、日の丸・君が代がいかに悪く、戦争や軍国主義の象徴であり、だから拒否することが絶対正義であるとして譲らない。
 なるほど、この勝敗を分ける違いについて考えるべきなのだが、後者の人たちの多くは、どうしても考えたく無い様子だ。ただひたすら自分らの主張を一方的にまくし立て、それが通らないと裁判官を非難する。たしかに裁判官は問題大ありだが、それでも勝訴している人たちがいることについてどう思うかと尋ねると、勝った人たちは単に運が良かっただけだと言い放つ。ずさんな論理展開や論証をしておいて、より緻密な裁判を努力と苦労して遂行した人たちを侮辱するのだ。
 それではいけないと指摘をすると、そういう人たちは、「お前は勉強不足だ」「週刊金曜日を読めばわかる」とか「裁判官が悪いのだ。『日独裁判官物語』という映画知ってる?」などと言う。そのさい「ビデオを持っているから貸してあげようか」と得意げに言った人は、よく裁判所前で、自分がお粗末な裁判をしたことを棚に上げて、敗訴した恨み辛みを十数年も訴え続けている爺さんである。私が映画に詳しいどころか日本映画監督協会から招待状をもらってレセプションに参加して雑誌にレポート書いたりしたことがある者だとは知らなかったようだが、それは問題ではない。
 ほんとうに問題なのは、「日の丸・君が代のすばらしさを子供に教えてやるため左翼の教師が邪魔しないようにしなければいけない」とうそぶいてる人たちと本質が同じであることだ。押しつけ反対と叫びながら、反対側からの押しつけをしている。そのことが、あの種の人たちには理解不能なのだ。
 それでもまだ「右」の人たちは、あのしょうもない石原都知事を3選させているなど、いちおうの勝利を収めたうえでの思い上がりだけど、その種の「左」の人たちは、ただ負け犬の遠吠えでしかない。
 自分としては日の丸・君が代を支持するものではないし、強制なんて絶対に反対だが、他にも、なんとなくファッショ的なものを感じている人は多いはずだ。実際にそういう不安の声は、学齢期の子供の親たちから聞こえてくる。
 ところが、反対している人たちに下手に近寄ると、狂信的な日の丸・君が代支持者から迫害を受けるよりも前に、負け犬どもが敵に勝てない八つ当たりで噛みついてくる。これでは誰も応援できないだろう。応援したくないし、したくても出来ないだろう。
 
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by ruhiginoue | 2009-04-01 00:28 | 運動 | Comments(3)
 「土日P事件」と呼ばれている一連の過激派の世代に起きた爆弾事件があった、これに関わったとして逮捕された経験のある井上清志という、大学時代に赤軍派で活動していた爺さんが、「国賠ネットワーク」という団体を作った。これは人権擁護団体と称しているが実質は左翼運動団体である。
 最近では北朝鮮を訪問して同国に共鳴する極左の人たちと交流を深め、拉致事件に関与したとされる人たちへの扱いが不当であるとする国賠訴訟を支援している。そうしながら、かつて自分が逮捕されて辛い経験をしたというのに、後の世代の権力犯罪でもっと過酷な体験をした人に向けて非常識な嘲りを浴びせては悦に入っているのだ。
 彼は頭髪とチョビヒゲとメガネが『サザエさん』の磯野波平と同じなので「土日P波平」とも呼ばれている。いつも、気取って生やしているヒゲが隠れるほど上唇をベローッとまくり上げて前歯むき出しにして笑いながら、権力犯罪の被害者について、その被害のもっとも悲惨な部分に、まるで傷口に塩をすり込むようなことをして、楽しくてたまらないという態度だ。
 自分も執拗にやられた記憶で、今も時々思い出して不快になってしまう。医療過誤の後遺症と訴訟の心労で疲れていた時、見るからにやつれた様子だったと周囲の人たちに言われていたが、それを面と向かって指さして何度も突くような仕草をしながら「そんな姿になってやがってザマーミロー」ドヒャーッいう感じで大口あけて笑いながら言ったり、他の人たちに向かっては、こちらに聞こえよがしに、フルネームを呼び捨てにしながら「あんなになりやがってザマアミヤガレだよなあ」そして顎を前に出して「ゲヘヘヘヘ」。
 また、手術被害の後遺症のことまで揶揄したうえ大声で嘲笑した。これは一度や二度ではない。ほかにも色々と実に執拗だった。それも、人権擁護運動の会合があった際のことである。いくら抗議して謝らなかった。
 この人はもともと日常的に笑いを浮かべているが、その様子はヘラヘラとかニタニタという嫌らしいもので、陽気とか温和とかいう笑みには程遠い。そんな調子で、今度は証拠もなく獄中に入れられた若い女性に面会に行ったが、そのさいに、出所するまでに閉経で女性廃業し子供が産めなくなるという趣旨の話も出たそうだ。しかし、これはただでさえデリケートな問題だから、軽々しく言うとセクハラになってしまう。獄中で閉経した女性は数え切れないほどいるだろう。そして子供が欲しかったけれど、まだこれからのつもりだったという人も多いはずだ。それが当然の報いならともかく、冤罪だったら、その怒りと悲しみは言うまでもない。大変な悲劇だ。なのに、あの調子で歯を剥き出し笑いながら話したようだ。
 その女性は、この直後に急に、もうその人たちのいる団体に支援と称して押しかけて来ないでくれと言い出した。ところがその団体では、その傷つけた女性のことを、「せっかく支援してやっているのに」「だらしがない女だ」などと見下す発言ばかり。
 すると土日P波平は、彼女に励ましの手紙を書いたと言ってみんなに見せるのだが、普段のひどい言動にもかかわらず空々しい言葉が虚しく踊っているから辟易させられた。ところが、お仲間は「いやあ、すばらしい文です。井上清志さんは冤罪の詩人ですねえ」
 これはギャグで言っているのではなく、ほんとうに多くの人たちの前で公然と行われたことだ。メルマガで流れてきたから知ったが、あまりにひどくて不愉快だから、配信を解除した。
 しかし大昔の左翼崩れ老人たちの多くはこんな調子だ。そして自分は公安事件で逮捕されたから一般の冤罪被害者より偉いんだという妙に気取った態度をとる。あるジャーナリスト出身の大学教授で、冤罪事件の問題に取り組んでいる人は、「左翼っぽい人たちのいる集会に顔を出すと、まず確実に嫌な思いをするから、行かないことにした」と言う。
 しかし、若い人はもっと辛辣で、「土日P事件は冤罪じゃなかったんだよ」「その井上清志って奴はほんとうは爆弾魔だったんだよ」と言う。どんなに非常識な人でも、また、相手に反感を持っていたとしても、人権擁護運動の場で権力犯罪の被害をあざ笑うなんて、冤罪で苦しんだ人なら出来ないはずだからだ。
 これには異論もあった。自分が辛い思いをしたため、それの八つ当たりで、より辛い思いをした人を虐めてはけ口にしている「可哀想な愚か者」なのではないか、という意見や、それにしてもあまりにひどいので、おそらく過酷な体験により精神に異常を来したか、全体的に狂ったのではないが、人格の一部が壊れてしまったのではないか、という指摘だ。
 どれも考えられることだ。だから、その場でぶん殴ろうかと思ったのに自制したのは、どんな理由であれ暴力はいけないとか、打ち所が悪くて死なせたらまずいなどと判断したからだけではなかった。
 どうであれ、このような人は人権擁護運動には迷惑な存在である。真犯人だったとしたら告白するか黙っているかにすべきだし、冤罪だったならカウンセリングとセラピーを受けるべきだし、どちらにしても、運動からは引っ込んで欲しいものだ。
 ところが、そんな人たちのことが人権擁護運動を自称する諸団体であまり問題にならないのだから、やはり多くの運動は被害者の立場ではなく、ただ左かがった人たちが、お為ごかしや体制批判のネタとして、やっているだけだとしか考えられない。
 そんなのとはさっさと縁を切って、良識ある人たち、特にかつての世代の汚れを受けていない若い人たちと、新たにまともな運動を始めなければならないと実感した。


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by ruhiginoue | 2009-03-25 22:05 | 運動 | Comments(11)