井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:雑感( 264 )

文系は猿回しで理系は猿

 70年代に大好評で何度も映画化されて今も人気がある漫画『エコエコアザラク』に「逆転猿回し」という話がある。
 主人公の黒井ミサが大ウケしている猿回し芸に出会うが、その直後、猿回し芸人が失踪してしまい、猿だけが残されていた。黒井ミサは代わりに猿回し役をやるよう猿が懇願するような態度なので、やってみたがうまくできない。それで猿が不機嫌そうにする。
 そして彼女は猿回しの男を偶然発見するのだが、彼は途方にくれた様子だった。なぜ猿を残し出て行ったのかと訊ねると、猿回しの男は家出したのではなく追い出されたのだと言う。猿回し芸がウケてたくさん稼いだと喜んでいたら、猿が怒りだした。ご機嫌で晩酌していた彼から猿が酒を取り上げて、芸をしているのはこっちなのに、お前はやらせて儲けを独り占めにしていると言いだし、それで猿に自宅から追放されてしまったそうだ。
 まさかと信じられない思いの黒井ミサだったが、その猿が電柱に貼り紙をして回っている姿を目撃し、その貼り紙を見たら「猿回し芸人を募集。真面目な人を求む」と書いてあり、彼女は唖然とする。という話だった。


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 前に、青色発光ダイオードの開発に尽力した人が、その開発をするときにいた会社から支払われた報酬が安すぎると裁判に訴え、その主張はいちおう認められたが大幅に値切られてしまった、という報道に、この『エコエコアザラク』の「逆転猿回し」を連想した。
 この人は「日本は文系国家」と不満を言っていたが、この場合、文系は猿回し芸人であり、理系は猿である。つまり猿が人間に向かって文句を言っているわけだ。
 もちろん、反乱を起こして『猿の惑星』にするとか、あるいはチャペックの『ロッスムのユニバーサルロボット』や『山椒魚戦争』のようにするなら、それも結構である。
 しかし、文系だって文学部を出て作家になれば猿である。これは芸人と同じである。場合によっては、法学部や経済学部や商学部も、猿回しのつもりが猿となるのだから、どこの学部かなんて関係ない。
 それが青色発光ダイオードの人にはわかっていなかったということだろう。



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by ruhiginoue | 2017-12-14 15:50 | 雑感 | Comments(0)
 東北地方に住んでいる従妹がいる。この従妹が、当地出身の芸能人について、高校の先輩だと言っていた。その人が芸能活動を始めた当時、同級生たちの間で「最近、芸能活動を始めた先輩がいる」と話題になったそうだ。

 この従妹が結婚したとき、その高校の同級生の一人が来たのだが、なんと山口県からなので、ずいぶんと遠いところから来てくれたものだと、みんな感心していた。
 その人は、大学に進学するために東京に行き、卒業してから東京で就職していたが、そこで知り合い結婚した相手がもともと山口に住んでいた人で、後に一緒に山口へ行ったということだった。
 その芸能人になった先輩も、結婚してから山口に住んでいる人も、同じ高校の多くは進学とか就職とか夢を求める活躍の場とかで、卒業後に東京に行ったということだが、対して従妹は地元で就職し、結婚してからも転居しないで住み続けているという次第である。
 そして従妹は、進学して東京にいる同級生が寂しい思いをしていると言うので、よく写真や手紙を送って地元について知らせていて、これがその同級生にとっては嬉しかったそうだ。何もないときはダイレクトメールが来ただけでも気がまぎれるほどだったと言うくらいだから、さぞありがたかったのだろう。
 こういうことがあったので、結婚式となったら、はるばる来たというわけだ。この話に、みんな感心や感動をしていた。

 ところで、これとは違って質の悪い同級生が自分にはいて、そいつが任意で同窓会のようなものを開催するというとき、自分だけの都合で時間も場所も決めてしまい、それでは無理だという同級生にむかって「そんなこと関係ない。お前が来ればいいんだ」と言い放った。
 それでも「しょうがねえなあ」と合わせていた同級生がいたけど、こっちは頭にきて「ふざけるな」と電話で言って、それからは無視である。考えてみると、なんでそんなのから電話がかかってきたのか不可解である。
 これは、自分が従妹と違って、良い同級生と良い付き合いをしなかったことが原因だ。あとから考えると、ほかにもっと良い同級生がいくらでもいたのに、なんであんなのと付き合ってしまったのかと後悔している。



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by ruhiginoue | 2017-12-13 16:03 | 雑感 | Comments(0)
 誰とは言わないが、政府を批判しない、または政府ベッタリ、という態度の大手マスコミを批判している人でも、自分が出ている、または自分が出たい、というマスコミのことは批判しない。
 例えばNHKのことは批判しない芸能人がいる。自分が出演しているからできないという人もいるけれど、将来の商売を考えて自粛しているとしか思えない態度の人もいる。また週刊文春などの雑誌に対しても同じことである。
 こういうことは、Twitterを見ているとよくわかる。政府とその手先の大手メディアに対して手厳しいことを書いていても、そこからNHKにでも文春にでも、必然的に話が及ぶが無視してやりすごし、決してリツイートや「いいね」はしない。すでに関わりがある場合はもちろんだが、そうでなくてもいずれは親座敷に上がれることを期待しているのだろう。

 そして勝手に気をまわしたり、今年の流行語大賞である「忖度」をしているのが見え見えである。みんなTwitterで観察してみるといい。よくわかる。
 そうなってしまうのも生業にしているからであり、つまり手綱につながれた自由業というわけだ。
 そういうことをこちらは気にしないので、その調子で話していると迷惑がられてしまう。NHKにも文春にも朝日にも、言うべきことは言うし、これは必要だからであって、商売だからではない。昔は商売だったが、次第に、他にもっとしたいことや、しなければならないことができて、そちらが将来の希望や生業になり今に至っている。

 ただ、先月『紙の爆弾』には久しぶりに書いたが、これは読んで下さった方はわかるとおり、同誌に読者からの訴えがあり、その内容から話がこちらへ振られたものだった。
 こうなったのは同誌の編集長の是々非々と寛容によるもので、前に同誌の記事についてどうしても看過できない問題があったので公然と批判したのだが、それはそれ、ということである。
 このことには感謝しなければならないが、常にこうなるとは限らない。だからみんな気にするのだろうが、みんなとは違うということだ。




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by ruhiginoue | 2017-12-08 17:39 | 雑感 | Comments(0)
 過日、中傷記事を「転載しただけ」でも名誉毀損になると東京高裁が初認定したことで、安易な「転載・まとめ」をすべきではないと報じられた。
 これは法政大学の左巻健男という教授がよくやっていたことだ。ネット上で自分の気に入らない意見を発信する人たちについて反論するのではなく事実と違うことを書いたり差別用語を浴びせるなどで侮辱していたが、こうなってしまうのはネット上の匿名や成済ましによる悪意を受け売りしてしまうのが原因だ。そして問題になると、他人のした話を紹介したのだから自分ではないと弁解していた。
 しかし、高裁の判示は法的に影響力があるので、今後はより注意すべきだろう。

 ところで、その転載ということで気になるのはTwitterでのことだ。よく、リツイートして「こんな意見もあると紹介する意味だ」と言う人がいる。なら、そう付記して引用リツイートにしないのはなぜかと不可解である。そういう仕組みになっていることは、利用すれば簡単にわかることだ。
 また、リツイートは賛意とは限らないと先にエックスキューズをつけているアカウントがあるけれど、賛否を明記して引用リツイートするべきなのに曖昧にするのはアンフェアであるし、実際は、観察していると賛同と身内の意見しか絶対にリツイートしていない。

 また、気に入らないアカウントをブロックするほかにミュートといって相手に気づかれず無視する機能もあるが、これはブロックされると逆恨みする者がいるので、有効な場合がある。ただし無視されたことですら怒る者がいるから要注意である。
 かつて、ストーカーで警察に相談したらTwitterをブロックしろと言われ、それで従ったら襲われ瀕死の重傷の女性がいた。対策として間違いどころか最悪の対応だと専門家から指摘され、警察は批判されていた。
 あの座間の事件でも、Twitterで自殺の話を禁止しようとかいうが、死にたいと救いを求める声を封じてはかえって危ないこともある。

 このため、あえてブロックしないであしらっていることもある。特に精神病とか精神障害の場合は、そうであることを自ら表明していたり公言したりしているものだ。そう直接言ってなくても、無自覚で「頭の中に電波が」などと普通の調子で大真面目に言う。
 だから対応を分けていて、それでブロックされている者はまだマシということである。

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by ruhiginoue | 2017-11-26 18:16 | 雑感 | Comments(1)

祝ビッグトゥモロー休刊

 青春出版社(東京都新宿区)が、月刊誌『BIG tomorrow(ビッグ・トゥモロウ)』を来月発売号を最後に休刊すると公式ホームページで告知した。休刊の理由は「諸般の事情により、としか言えません」とのことだが、広告収入の減少や雑誌全体の不景気もあるらしい。
 同誌は1980年に男性誌として創刊され、金稼ぎと出世や処世術などの記事で構成されていた。日本雑誌協会の「印刷部数公表」によると2008年4~6月の約13万7700部に対し、2017年4~6月は約8万2300部まで落ち込んでいる。

 この出版社は自己啓発本が売りで、その代表格が『ビッグ・トゥモロー』だった。看板雑誌というべきだろう。こうした書物は、自己啓発により成功して世俗の成功をしようということで、あくまで時流に乗ろうということだから、社会に目を向けることではなく、世の中のことでも自分のことでも問題を解決することにはならないし、ほんとうに知りたい情報を提供してはくれない。
 だから、現状への服従と刹那的快楽へと洗脳することがまず必要なので、渡部昇一や鈴木健二ら保守系マスコミ人が毎回出てきて自慢話と説教をする、というのが創刊当時の誌面だった。
 そして、人生とは金と女をどう手に入れるか、であり、では金と女とではどちらを優先するかといえば絶対に金だ、という露骨な俗物雑誌であった。

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 この雑誌を最初に知ったのは、知り合いの大学生のお兄さんが買うのを見たからだ。そして読んで驚いた。こんなものを読んでいるのか、と。彼の家は富裕で自民党を支持して信心深い人だから保守的であるのは当然だが、信心深い人が何でこう自分の俗な成功ばかり考える雑誌を読むのかと疑問だった。
 その後、彼とは転居などで音信不通になったが、あの幸福の科学を見て、あの感覚じゃないかと思い、おそらく『ビッグトゥモロー』の読者を続けていたら今頃は幸福の科学の信者で、読者をやめていたら日本会議ではないかと、推測している。

 どうであれ、俗物雑誌が売れなくなったことは祝すべきことである。



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by ruhiginoue | 2017-11-22 19:02 | 雑感 | Comments(0)
 国民的とも言われる人気アニメで主人公の父「ひろし」が二人いて、もちろん『ちびまる子ちゃん』のさくらひろしと『クレヨンしんちゃん』の野原ひろしだが、両者はお人よしであることだけは共通していて、他は大違いだと言われている。
 前者はぐうたらふうで、出勤して帰宅するような場面がたまにあるが仕事をしている場面がなく、自宅ではもっぱら酒に酔っていたりタバコふかしていたりだし、見識ある言動は皆無と言っていいから、ダメな夫・父と受け取られることが多い。
 後者は仕事に熱心な場面がよく出てくる働き者で、新聞の他に読書もするし見識ある言動がしばしば見受けられ理想の夫・父とも言われる。

 この二人の「ひろし」は、バザーで極端に違う行動をしている。
 さくらひろしは、引き出物の食器があるけどいっこうに使わないのでバザーに妻が出品したら、そうとは知らずにそれを買ってきてしまい、あればいつか使えるだろうし安かったから得したと満足げに言って妻を唖然とさせる大間抜けであった。
 野原ひろしは、妻がマフラーを編んでバザーに出品したのを見ていたが、なかなか売れないので密かに自分で買い、そうとは知らない妻が売れたと喜んでいるのを見て嬉しがり、仕事に行くさい家を出てから隠し持っていたマフラーを取り出して自分の首に巻いていた。

 ところで、このバザーに迷惑することが今もあるらしい。
 たとえば、ある小学校でクラブ活動用の備品を購入する5万円のためバザーを開催することになったが、ここで保護者約50人を動員し、商品の供出だけでなく一週間前から打ち合わせに何回か集まって当日は準備のために早朝集合したということで、これでは手間暇など色々と考えたら赤字に決まっていて、なら各家庭から1000円出したほうが効率がよくて楽なはずだ。

 このようなことは昔からだった。自分が小学校のとき、バザーをするので「不要なものを出してください」ではなく、引き出物とか似たようなものばかりでは売れないからと「これを出してください」と学年や組ごとに指定され、「うちに無かったら買って出してください」と言われてしまい、「それならお金を直接寄付すればいいのに」と親たち皆が言うのだが、教師とPTA役員たちの中にどうしてもバザーを行事としてやりたがる人がいて、誰もが迷惑したのだが強要されてしまったのだった。

 これは、親睦のための行事なら他にやることがいくらでもあるのに、役立つことをしようとバザーにしてしまい、みんなで力を合わせて資金を集めるということに拘るあまり、手段が目的と化してしまった、ということだろう。
 こういうことは他にもありそうだが、特にバザーは、金を作ることが目的であるけど、使途が教育とかチャリティーとかであるため資金は「浄財」でありたいということから、滑稽なことになりやすいのだろう。

 どうバザーがあろうと、自分の夫または父は、どちらの「ひろし」が良いかでは、みんな同じではないだろうか。
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by ruhiginoue | 2017-11-18 17:06 | 雑感 | Comments(3)
 今日、掲載誌が送られてきて思い出した。
 久しぶりに月刊紙の爆弾に書いたのが、この表紙の一番右側の見出しの記事。きっかけは、ある医療事故の被害者が当誌に訴えてきたこと。
  
 そこから、マスコミがどうして医療事故を報道しないのか、病院やスポンサーへの「忖度」、弁護士が儲かる仕事へと「変節」する実態、あの議員の議会質問で話題の「イエス○○クリニック」について、精神医療の「業界」と政治の癒着、医療最悪といわれる千葉と群馬の実態、など。
 
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 あと、隣の前川氏の話も興味深いので、関心がある方はぜひご購読をお願いいたします。



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by ruhiginoue | 2017-11-06 19:22 | 雑感 | Comments(8)
 「〆切を守る書き手は、他人にアタマを下げることが大嫌いなプライドの高い人たちで、〆切を延ばしがちな書き手は、他人にアタマを下げるかどうかよりも、作品の質にプライドを置いている人間なのではなかろうか」

 これは、ある、コラムやコメントを仕事にしている人の発言である。

 これに対して、仕事が遅くて他人に迷惑をかけても謝るのが嫌なだけなのに開き直っているという批判があった。
 また同業者からは、締め切りは守るべきで、これは仕事に対する責任だと指摘されていた。

 まず一般論として、完成度に拘り丁寧であるため時間がかかってしまうこともあるが、ただモタモタしている人や、それで編集や印刷にしわ寄せがいくことなど気にもしない人もいるし、そんなジコチューな人は当然ながら他人に頭を下げるのも嫌いである。

 かつて漫画雑誌の編集者たちの間で、原稿の完成が遅い漫画家の双璧として「オソムシ・オソジ」と言われていて、これは手塚治虫と松本零士のことだった。手塚治虫は原稿が完成したあとも手を入れたがり、これが遅くなる一因だったらしいが、頭を下げるのではなく逆に巨匠だからできたことだろうし、松本零士は描き始めるまでが遅くて始めたら早かったそうだ。

 過日、小林よしのりは、漫画の中で歴史の話をしているさい天皇の名を取り違えて書いてしまい、読者に指摘されて訂正していたが、文字を写植するさい出版社のほうで何故気づかなかったのかとも言われ、小林よしのりは締め切りに追われて慌てていたと釈明した。
 あのとき選挙演説していて遅れたからではないだろうが、このように、ギリギリになると校正や校閲の時間も少なくなりウッカリミスを世に出してしまうことにつながるから、早く仕上げて締め切りを守るのは自分のためでもある。

 これは音楽も同じことで、楽譜の誤植訂正はもちろんだが、演奏の質にも影響する。
 あの武満徹は作曲を委託されると務めて納期より早めに仕上げ楽譜を演奏家に渡していたそうで、これは演奏家にとってとても助かることだとピアノの高橋アキが言っていた。練習する時間はなるべく多いほうが良いに決まっているからだ。
 そして発表するさい演奏の質が高ければ曲の評価にもつながる。だから早く仕上げることは作曲家にとっても有益なのだ。

 こういうことだから、遅くなるのは質に拘っているから、なんて言うのは、ただの言い訳と開き直りでしかないこと明らかである。



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by ruhiginoue | 2017-10-15 17:31 | 雑感 | Comments(0)

iMacをappleに回収依頼した

 今日はapple社に電話をかけた。古いiMacがインストールできないことばかりになり動作もおかしくなってきたから処分するためにだ。
 ところが、金券屋で安く買ったテレカを使い近所の公衆電話でかけたら、何度かけても通話中で、そのあとしばらくしてから携帯電話でかけたら使われていない番号だという自動音声であった。このような違いは、どうした構造によるものなのだろうか。

 それはともかく、もう古い説明書にあった番号だったので、ホームページで調べたらやはり変わっていた。そしてフリーダイヤルになっていたのは結構なことである。それに問い合わせたところ、ホームページの中に申し込みのフォームがあるとのことで、その場所がここだと言われたところをクリックしたら出てきた。
 そして、シリアル番号とリサイクル番号を入力して申し込んだ。リサイクル番号があると無料で回収となる。これを忘れていて、たまたま説明書を見ていて気付いた。それまでは他へ有料の粗大ゴミとして出そうかと考えていた。気づいてよかった。

 このblogを始めたとき、Macを買ったのかと言った人がいた。最初に表示されるホームページがMacはエキサイトになっているからだ。たしかにそれがきっかけであった。このblogはシンプルなデザインが良いという評判の一方で、最初はサーバーに問題がよく起きていたし、改善したころから広告入りになり、広告なしは有料の方に、ということで、これをきっかけにエキサイトをやめてアメーバーとか他に乗り換える人たちもいた。
 それでもblogはエキサイトで続けていたが、iMacは使えなくなった。あと使えないのはwindowsXPである。これはワープロとスキャナーだけの使用になった。
 これらは十万円を超える値段だった。今はもっと性能が良くて二万円台もある。そして、これまでに買ったのはCOMPAQ、COMPAQが買収されて上からロゴが被せられているHewlettPackard、apple、Lenovo、など日本の会社のものが一つもない。意識したわけではないのだが日本の会社のものは気に入らなかったということだ。

 とにかく、パソコンと畳は新しいほうが良い。



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by ruhiginoue | 2017-09-28 20:31 | 雑感 | Comments(0)
 動画サイトに昔のテレビドラマがあって、たまに観ることがあるけれど、それで思うことは小学生のころに感じていたことは今も同じだということだ。
 それは、時代劇でNHKの大河ドラマというのが嫌いだということだ。みんな封建時代の独裁権力者たちを美化しているから不愉快になる。小学生のころから変わらない。だから時代劇が嫌いということではない。小学生のころテレビで時代劇はよく観ていたが、好きだったのは『子連れ狼』や『座頭市』などで、これと同様に西部劇よりマカロニウエスタンのほうが好感を持てた。

 ただ、NHK大河ドラマの音楽は面白かったので、よくテーマ曲だけ聴いてテレビを消してしまっていた。それも一時はふるわず、かつての芥川也寸志『赤穂浪士』、武満徹『源義経』、入野義郎『太閤記』などの名曲が無くなってしまたと言われていたけれど、池辺晋一郎が頭角を現し『黄金の日々』や『独眼竜政宗』など音楽が俄然面白くなった。
 しかし大河ドラマがくだらないと思うことは相変わらずであった。

 これで中学生の時に困ったことがあった。幼稚園から同じだった同級生の一人が、勉強が苦手なのでせめて丸暗記の社会科くらいいい点を取ろうとしても馴染めず、だから少しでも歴史に親しむようにとNHKの大河ドラマを欠かさず観るようにしたと言うのを聴いたうちのバカ母が「あの子は偉いね。それに比べてお前は音楽しか聴かない」と叱った。
 そう言われても、その同級生と比べると社会科も含め全教科でこっちのほうが成績が良かったのだ。ドラマを観たから日本史の試験で点が取れるわけではない。こんなのは常識のはずだが、それもわからない親をもって情けなかった。

 そんなことを動画サイトがきっかけで思い出してしまった。



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by ruhiginoue | 2017-09-25 18:47 | 雑感 | Comments(13)