井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:雑感( 257 )

 「〆切を守る書き手は、他人にアタマを下げることが大嫌いなプライドの高い人たちで、〆切を延ばしがちな書き手は、他人にアタマを下げるかどうかよりも、作品の質にプライドを置いている人間なのではなかろうか」

 これは、ある、コラムやコメントを仕事にしている人の発言である。

 これに対して、仕事が遅くて他人に迷惑をかけても謝るのが嫌なだけなのに開き直っているという批判があった。
 また同業者からは、締め切りは守るべきで、これは仕事に対する責任だと指摘されていた。

 まず一般論として、完成度に拘り丁寧であるため時間がかかってしまうこともあるが、ただモタモタしている人や、それで編集や印刷にしわ寄せがいくことなど気にもしない人もいるし、そんなジコチューな人は当然ながら他人に頭を下げるのも嫌いである。

 かつて漫画雑誌の編集者たちの間で、原稿の完成が遅い漫画家の双璧として「オソムシ・オソジ」と言われていて、これは手塚治虫と松本零士のことだった。手塚治虫は原稿が完成したあとも手を入れたがり、これが遅くなる一因だったらしいが、頭を下げるのではなく逆に巨匠だからできたことだろうし、松本零士は描き始めるまでが遅くて始めたら早かったそうだ。

 過日、小林よしのりは、漫画の中で歴史の話をしているさい天皇の名を取り違えて書いてしまい、読者に指摘されて訂正していたが、文字を写植するさい出版社のほうで何故気づかなかったのかとも言われ、小林よしのりは締め切りに追われて慌てていたと釈明した。
 あのとき選挙演説していて遅れたからではないだろうが、このように、ギリギリになると校正や校閲の時間も少なくなりウッカリミスを世に出してしまうことにつながるから、早く仕上げて締め切りを守るのは自分のためでもある。

 これは音楽も同じことで、楽譜の誤植訂正はもちろんだが、演奏の質にも影響する。
 あの武満徹は作曲を委託されると務めて納期より早めに仕上げ楽譜を演奏家に渡していたそうで、これは演奏家にとってとても助かることだとピアノの高橋アキが言っていた。練習する時間はなるべく多いほうが良いに決まっているからだ。
 そして発表するさい演奏の質が高ければ曲の評価にもつながる。だから早く仕上げることは作曲家にとっても有益なのだ。

 こういうことだから、遅くなるのは質に拘っているから、なんて言うのは、ただの言い訳と開き直りでしかないこと明らかである。



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by ruhiginoue | 2017-10-15 17:31 | 雑感 | Comments(0)

iMacをappleに回収依頼した

 今日はapple社に電話をかけた。古いiMacがインストールできないことばかりになり動作もおかしくなってきたから処分するためにだ。
 ところが、金券屋で安く買ったテレカを使い近所の公衆電話でかけたら、何度かけても通話中で、そのあとしばらくしてから携帯電話でかけたら使われていない番号だという自動音声であった。このような違いは、どうした構造によるものなのだろうか。

 それはともかく、もう古い説明書にあった番号だったので、ホームページで調べたらやはり変わっていた。そしてフリーダイヤルになっていたのは結構なことである。それに問い合わせたところ、ホームページの中に申し込みのフォームがあるとのことで、その場所がここだと言われたところをクリックしたら出てきた。
 そして、シリアル番号とリサイクル番号を入力して申し込んだ。リサイクル番号があると無料で回収となる。これを忘れていて、たまたま説明書を見ていて気付いた。それまでは他へ有料の粗大ゴミとして出そうかと考えていた。気づいてよかった。

 このblogを始めたとき、Macを買ったのかと言った人がいた。最初に表示されるホームページがMacはエキサイトになっているからだ。たしかにそれがきっかけであった。このblogはシンプルなデザインが良いという評判の一方で、最初はサーバーに問題がよく起きていたし、改善したころから広告入りになり、広告なしは有料の方に、ということで、これをきっかけにエキサイトをやめてアメーバーとか他に乗り換える人たちもいた。
 それでもblogはエキサイトで続けていたが、iMacは使えなくなった。あと使えないのはwindowsXPである。これはワープロとスキャナーだけの使用になった。
 これらは十万円を超える値段だった。今はもっと性能が良くて二万円台もある。そして、これまでに買ったのはCOMPAQ、COMPAQが買収されて上からロゴが被せられているHewlettPackard、apple、Lenovo、など日本の会社のものが一つもない。意識したわけではないのだが日本の会社のものは気に入らなかったということだ。

 とにかく、パソコンと畳は新しいほうが良い。



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by ruhiginoue | 2017-09-28 20:31 | 雑感 | Comments(0)
 動画サイトに昔のテレビドラマがあって、たまに観ることがあるけれど、それで思うことは小学生のころに感じていたことは今も同じだということだ。
 それは、時代劇でNHKの大河ドラマというのが嫌いだということだ。みんな封建時代の独裁権力者たちを美化しているから不愉快になる。小学生のころから変わらない。だから時代劇が嫌いということではない。小学生のころテレビで時代劇はよく観ていたが、好きだったのは『子連れ狼』や『座頭市』などで、これと同様に西部劇よりマカロニウエスタンのほうが好感を持てた。

 ただ、NHK大河ドラマの音楽は面白かったので、よくテーマ曲だけ聴いてテレビを消してしまっていた。それも一時はふるわず、かつての芥川也寸志『赤穂浪士』、武満徹『源義経』、入野義郎『太閤記』などの名曲が無くなってしまたと言われていたけれど、池辺晋一郎が頭角を現し『黄金の日々』や『独眼竜政宗』など音楽が俄然面白くなった。
 しかし大河ドラマがくだらないと思うことは相変わらずであった。

 これで中学生の時に困ったことがあった。幼稚園から同じだった同級生の一人が、勉強が苦手なのでせめて丸暗記の社会科くらいいい点を取ろうとしても馴染めず、だから少しでも歴史に親しむようにとNHKの大河ドラマを欠かさず観るようにしたと言うのを聴いたうちのバカ母が「あの子は偉いね。それに比べてお前は音楽しか聴かない」と叱った。
 そう言われても、その同級生と比べると社会科も含め全教科でこっちのほうが成績が良かったのだ。ドラマを観たから日本史の試験で点が取れるわけではない。こんなのは常識のはずだが、それもわからない親をもって情けなかった。

 そんなことを動画サイトがきっかけで思い出してしまった。



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by ruhiginoue | 2017-09-25 18:47 | 雑感 | Comments(12)
 高齢者が住む家の階段に本を置いているのを見て危険だと指摘した知り合いが、言うことをきいてもらえなかったという。他に置き場がなく、それは本棚が満杯だからで、それらの本は読み終わったものなのに必要だと言い張り、なのに読み返すわけでもない。
 
 このように、高齢者は家の中にある物を整理しようとせず、ためこんでまう。ただ、そうでなくても階段を物置にしている人は良く見かけ、そして本であることが多い。

 これで思い出したが、プロレスラーのジャイアント馬場は絵を描くことと読書が好きだったので、格闘家としては異色の趣味と言われ、これについてテレビで久米宏からに訊かれたさい、読み終わった本は捨ててしまうと言っていた。
 なぜなら、マンションに住んでいて、集合住宅は収納場が少ないためだと言う。ジャイアント馬場を主人公にしたアニメ映画では一戸建ての邸宅に住んでいたが、隣にラッシャー木村の家があるなど現実ではなかった。

 ただ、ジャイアント馬場は前に一戸建ての自宅に住んでいたが、何度も泥棒に入られたので防犯のためマンションに転居したと言っていた。一戸建てよりは侵入しにくく、特にオートロックなら安全性が高い。

 また、ジャイアント馬場が何度も空き巣に入られた時は、出場している試合がテレビで生中継されている時だったそうだ。これでは今自宅に居ないとテレビで全国に宣伝しているようなものだ。この話に久米宏は、自分もよく生放送をやっているから心配になってきたと言った。

 とにかく、住居を物置にするのはもったいないし、階段など安全を犠牲にするのは論外である。だから前にも述べたが、自分の場合は自宅近くに貸物置があるので、本はそこに入れている。密閉しているから紫外線や湿気の被害もない。

 ところが、孤独な老人の収集癖だけでななく、読み返すことがない本を並べて悦に入る人がいて、そうした人には、たくさん読んだと自己満足しているけど頭に入っていない人が目立つ。
 これについて、老人に注意した知り合いは、こう助言している。

 「書籍=教養とか勘違いはやめて下さい。優れた本を読んだなら、生き方に反映させましょうよ。」




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by ruhiginoue | 2017-09-17 20:03 | 雑感 | Comments(12)

 長く滞在していた北海道で、観光地にあるカフェに何度か寄ったが、そこの献立にあるカレーについてダメだと言う客がいた。


 そのカレーは、家族連れが来るので子供向けに甘い味付けにしていた。その話を店の人から聞いていたので伝えたところ「それで味気ない感じがしたのか。たしかに辛味が全然なかった」と言った。


 自分で最初にそのカレーを食べた時、店の人に味付けを訊ねたところ子供向けで甘いとのことで、しかし一味唐辛子があるということだったから出してもらい、かけて自分で味を調節した。


 そうしないと、本当に子供向けだ。バターを溶かして味に深みをだすのではなく牛乳をたくさん入れて甘くしていたし、野菜も乱切りで歯応え食べ応えではなく溶かし混んでいた。


 それを、その客はどんな味か訊ねることをせず、だされたものをそのまま食べて気に入らず、ではカレーがどうダメなのかとは意識せず、漠然と口に合わないからダメだと言っていて、他人から味付けについて話を聞いて初めて、なぜ口に合わなかったのかわかったのだった。


 そんな人が、ただ「食べてみたらダメだった」と言ったら、それを聞いた人は食べようと思わないし、作っている人の腕前やセンスが悪いと解釈するはずだ。


 このようにして評判が悪くなることがあるので、献立表(メニュー)に但し書きを入れるべきだろう。実際に、多くのカレー屋は辛さに等級をつけて表示しているし、子供向けがあると別にしている所もある。


 また、パン屋でもカレーパンについて中のカレーがどのくらい辛いか表示されている所が多く、自家製を売りにしていたり、市販のルーを使用していると明記したうえその商品名と辛さの程度を併記していたりする。


 そもそも、辛いのが好きな人やスパイシーでないとカレーらしくないと思う人もいる。夏の旅行者で汗かき疲れている人など刺激や塩分を欲していることがよくある。あの「ダメだ」と言った旅行者は自転車で何日もかけて北海道内を巡っていた。それが子供向けの甘いカレーでは気に入らなくて当然だろう。


 それで、店の人に伝えたところ、客に説明しなくて今まで多分かなり損した可能性があると言っていた。客が喜んでくれないうえ他の客に誤解のクチコミが伝わってはマズイから、今のカレーには説明をして、大人向けを別にしようと言ったのだった。


 こうしてみると、飲食店とは味そのもの以上に味の説明と客の同意が重要である。



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 津軽海峡を渡っている。

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by ruhiginoue | 2017-08-31 15:18 | 雑感 | Comments(0)

幸せだからウザイ人

 いわゆるブラック企業が問題になっているけれど、そこでも勤まらない幸せな女性の話がある。
 何がどう幸せなのかというと、その当時22歳の女性は、まともな仕事に一度は就いたけれども辞めて変な仕事に転職した。自分ではそのいかがわしい商売が向いていると本気で信じていた。

 そこでも彼女はうまくいかなない。お客様に対しておだてたりお世辞を言ったりしなければいけない時に、こき下ろすことを平気で言う。
 例えば「あなた歳いくつなんですか」と、小さい子供に向かって言うような言葉づかいで目上の人にまで平気で言う。失礼だと注意されても「なんでですかあ。歳がわからないと話しにくいしー」なんて口のききかたをする。

 また、大学を出たばかりの人なら同じ位の歳だけども、それに対して「えー、えー、うそでしょう、30歳位の人だと思ったー」とか「落ち着いていらっしゃいますね」と言うべきところで「歳よりずっと老けて見えますねー」と馬鹿にしたように言ってしまう。

 これで相手に不愉快がられたり、周囲から注意されたりすると、「そんなこと気になるんですか。人は見かけじゃないですからね。私なんか、人からキレイだと言われてもフーンそうかなと言って聞き流すんですよ」
 これにみんな呆れかえるけれども、そのうえそんな綺麗な顔ではない。誰かが社交辞令で1回か2回なら言ったことがあるかもしれないという程度の顔である。誰が見てもそういう顔だし、しかも背が低くて太っている。

 こんな調子だからブラック企業も務まらないが、みんな一致している認識は、彼女はあれで幸せなんだ、ということだ。そういう幸せな人がそばにいるとウザイし、だから彼女だって仕事ができない。でも彼女は幸せなのだ。
 その後どういう人生になろうとも、彼女は幸せに一生を送るのだろう。


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 今日も終わりに差し掛かる。


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by ruhiginoue | 2017-08-21 17:32 | 雑感 | Comments(0)
 一昨日、温泉に行った。掛け流しの温泉で、料金が安いから地元では銭湯の代わりに皆が利用している。

 その時やってきたかなり高齢の男性は、シャワーの使い方がわからず、温度調節の方を回してしまい、お湯が出ないので困った顔をして、反対側のレバーを押したら湯が出たけど熱くて驚き、今度は温度調節を反対に回し、しばらく考え込んでから思い出したようにレバーを押したところ水が出て冷たいと驚いていた。

 他にも色々と変な動作をしていたのだけれども、湯船に入るのを忘れて出てしまった。温まらず、ただ体が濡れた状態なので「寒い」と言っていた。
 そして脱衣籠の前で来たが、服を着ずに出入り口のほうに歩き出すと、全裸のままロビーに出て行ってしまった。

 これに、ロビーにいた客が驚いてしまい、従業員のおばさんが飛んできて「裸で出たらいけませんよ」と注意するけど、爺さんは「わかんねぇ」と。
 「何度も来てるでしょう」などと言われても、弱ったような表情をするだけ。

 これはどう見ても認知症である。そして、自分の親が死ぬ直前は同じだったと言ってる人がいて「最初は驚くけれども、慣れればこういうもんだと思うようになるよ」と話していた。

 こういうことを聞いてはいたけど、目の前で見たの初めてである。


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 久しぶりの晴れ。



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by ruhiginoue | 2017-08-20 12:20 | 雑感 | Comments(3)
 大学生の男性について、文系の学生に比べて理系の学生はイケメンが少ないと言っている女性が時々いる。理系の学生はオタクっぽいからで、あともう一つはおしゃれっ気がないから、と言う人もいる
 そのオタクっぽいというのは、研究室に閉じこもっているのは特に理系の学生という印象が強いからだろう。また、おしゃれしていないと言うのは科目によっては実験で服が汚れるからと言う事情もある。

 このおしゃれで言うと、芸術系の大学の美術学部と音楽学部あるいは美術大学と音楽大学に違いが目立つと言われる。音楽の学生はおしゃれなのに美術の学生は汚れた格好してる。だから音楽の学生は、美術の学生が汚い格好してると言うし、美術の学生は、音楽の学生がチャラチャラした格好してると言う。

 そして美術の学生は、絵の具のこびりついたTシャツとジーパンを着ていて、それを誇らしげにしてたりもする。ピカソや岡本太郎のように絵の具が飛び散ってもいいように裸になって絵を描いている人もいるから当然だろう。

 そういう話は前にもしたことがあるけれども、それでもう一つ、体育大学の学生は、よく他の学生から服装のことでいろいろ言われていたものだった。
 「まったく、体育大学の学生は、アディダスやプーマがおしゃれだと思ってやがる」
 というように、サークル活動の交流なんかで他の大学の学生がアイビールックでやってきてるのに体育大学の学生はジャージを着てきたなんて話が、昔はよくあった。

 それも最近ではだいぶ変わってきたようだけども、時々まだ勘違いしてる人がいて、たまに見かける。

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久しぶりに晴れた駒ヶ岳。


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by ruhiginoue | 2017-08-19 13:07 | 雑感 | Comments(0)
 先日は、「Fラン大学」に入った同級生の話をしたけれども、次は、そこまでではなく、受けても受からない人が少しはいる大学に入った同級生の話。

 どこの大学に入ろうと真面目にやればいいが、そうではなかった。
 その同級生は、大学に入ってから学費から生活費まで親が丸抱えのうえ、親の金で車を乗り回したり酒を飲んだりし、大学の勉強を真面目にやらなかった。あまりにもひどいので、怒ったお父さんにぶん殴られてしまったなんてことまであった。

 しかし、その私立大学は、私立大学の中でも特に学費が高く、そのかわり卒業するの簡単で、必修科目の試験の最中に正解を書いた紙が回ってきてみんなそれを写すから全員満点で合格、という凄いところだった。
 そうして卒業すると、名の通った会社に就職した。出た大学がそんなところだろうと親がそれなりに裕福で身元保証人になり後ろ盾となるからだった。

 これはいくらなんでもひどすぎると誰でも思うかもしれないけれども、そういうのが当たり前なのが日本社会の実態である。
 だから、この同級生と全く同じような人が今の総理大臣である。やはり出席もせず単位を取らずに卒業していたと教授が怒っていた。大学のお坊ちゃん度が高く、乗り回していた車が同級生はソアラで、晋三坊ちゃんはアルファロメオだったらしいから少し高かったが。

 そして、こういう人たちを就職させる企業は、国立大学を卒業していても母子家庭だとダメというような差別をする。もちろん露骨に言う事は少ないけれども就職の問い合わせや会社訪問で「ウチは紹介がなければ」というような言い方をして断る。

 そういえば大英帝国がこんな調子で衰退した。いわゆる「英国病」だ。そして今は「日本病」というべき状態だ。

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 日が暮れかかった時の駒ヶ岳が美しい。



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by ruhiginoue | 2017-08-17 11:33 | 雑感 | Comments(4)
 毎年のように繰り返し言っているんだけれども一向に改まらないからしつこく言う。8月15日は終戦の日ではない。終戦の日は9月2日である。8月15日はあくまでも日本が戦争で勝つことを諦めたと正式に政府から国民に対して発表した(天皇に発表させた)だけで、終わってはいない。戦争とは相手があるのだから、相手が止めることに同意してくれなければ終わらない。日本で天皇が戦争終わりだと言っても外国には通用しない。現に8月15日から日本が降伏したと敵国に認められた9月2日までの間に散発的に小規模な戦闘は続いていた。

 しかし夏のすごく暑い日と戦争とが、原爆の惨禍もあって、強く結びついているのだろう。
 それで戦争と平和となどを語るのが8月となっていて、また、お盆で死者を弔うことにもからむのだろう。

 だからテレビでも新聞でも特集が組まれたりする。映画館でもかつて旧文芸坐では8月になると戦争と平和を考える映画と言う特集をしていた。文芸坐の地下のほうで『真空地帯』とか旧作の『野火』などを観た思い出がある。ついでに、上の階で夏休みだからと古い怖い映画をやっていたから、日本製の怖いSF『マタンゴ』などを観た覚えがある。

 しかし言葉を正確にしておかないと色々と厄介なことになるのだから、ちゃんと「8月15日は敗戦の日」「終戦の日は9月2日」と言わなければならない。



 
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by ruhiginoue | 2017-08-15 13:28 | 雑感 | Comments(0)