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by ruhiginoue

カテゴリ:雑感( 242 )

 道徳の教科書で愛国心の高揚にパン屋の話は不適切とか検定で文句を言われたが、なんでこんなケチをつけるのか。
 戦前、黒澤明は内務省の検閲で、誕生日の場面にケーキが出てくることを「外国の習慣だ」とケチをつけられ、怒ってわざとケーキではなく「誕生日を祝ったらいけないんですか」と言ったら、その誘導に引っかかった役人が「ああ、誕生祝いなんてくだらん」と言ったから、すかさず「天長節(天皇誕生日)はくだらんのですね」と言い返し、役人が慌てたそうだ。
 そして、権力の頂点にいるより下っ端のほうが異常なことをすると、黒澤明は指摘していた。これは、木っ端役人が自分の持つ権限を最大に振り回すから無茶苦茶なことになるということだろう。

 だいたい、アメリカが余った小麦を買えと日本に言ってきたことからできた会社のトラックが走り回り、そのコンテナには金髪の白人の子がパンをほおばってる絵が付いていて、また給食をパンにして米を余らせたりしてきた、そんな日本政府が今さらパンしかも街のパン屋を侮辱するというのが醜い。

 そして、愛国主義を標榜しているからというだけで国有地を「もってけドロボウ」式のバーゲンセールしながら、アメリカからはもっとすごい金額で欠陥機オスプレイを購入してやる日本政府。
 そんなもの自衛隊が要らないと言っているのだから、予算はもっと有効に使うべきなのに、アメリカも要らなくなったから日本にバーゲンセールではなく、開発費用を回収するため日本に割高どころかバカにしているという値段で売りつけ、これに従う日本政府。

 つまり、悔しいけどアメリカ政府に何も言えないので、教科書につまらない文句を言ったりアナクロ幼稚園を応援したりして、自己満足それも自慰行為を子供たちに押し付ける、というだけのことなのだろう。
 だから、アメリカと北朝鮮が対立して今にもミサイル攻撃されそうだと大騒ぎしながら、原発は再稼動することにして、その次の日は総理が芸能人たちを招いて楽しそうにお花見しているという平和ボケぶり。

 それに、パンに文句があるなら、和食をアピールする広報に出演したときの安倍総理の破滅的な食し方とくに箸の持ち方の成って無さが問題だ。箸をとってボールペンでやるように回して持ち替えるなど、無精とかズボラ持ちとか言われ叱られたものだ。
 こんなことを、総理大臣が日の丸の横で和食を紹介しながらやらかしたのだ。

 こうなったら道徳の教科書に「箸の持ち方」を始めとした作法も載せて厳しく躾け、安倍総理のようにならないようにしないといけない。

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by ruhiginoue | 2017-04-16 07:43 | 雑感 | Comments(19)
 Twitterで『中一コース』という雑誌の話をしている人がいて思い出した。これは学研が発行していた中学生むけ雑誌で、ライバルは旺文社の『中一時代』だった。もちろん二年生むけと三年生むけもある。
 どちらもテレビCМを流すなど派手な宣伝していて、必ず人気アイドルが出ていた。『時代』が山口百恵なら『コース』は桜田淳子ということがあったし、大人気だったピンクレディーと松田聖子は両方だったのではないか。
 これを年間予約すると、安物の万年筆などオマケがついてきた。小学六年生のところにはダイレクトメールが両方から必ず来たが、今では個人情報の問題で事情が違うのだろうか。とにかく、昭和の時代は一世風靡したということで、ネットで検索したら色々と思い出を語っている人たちがいた。

 これらの雑誌を配達している書店もあり、年間購読している同級生も多かったが、うちは貧乏だったので中二のとき年に五冊だけ買った。つまり中間テストと期末テストの対策が付いている号を、一学期と二学期にそれぞれ二冊、三学期は期末だけなので一冊、合計に年で五冊というわけだ。

 これをやると確かに成績が上がった。中一のときは試験対策が付いていることを知らなかったので買ったことがなかった。二年生のときに同級生に知らされて買った。不確かな記憶だが『コース』の方だったと思う。この試験対策のため一年に比較して成績がかなり上がったから、教師から「よく頑張ている」と褒められたが、教材のため要領が良くなっただけだ。

 ところが、三年生になって、同級生から『進研ゼミ』をやらないかと持ち掛けられた。誰かを紹介するとオマケが付くからだった。このとき親戚からもらったお年玉をためていて、この金額が「オビに短しタスキに長し」だったところ購読料と同じくらいなので、やることにした。 
 そうしたら、こちらの試験対策がもっとよくできていて、同じくらいの時間と手間の勉強をしただけでもっと成績が上がった。
 それで思い知った。学校の成績なんで金次第だと。

 そして成績が上位に食い込んでいくと、やはり面白くなってきた。しかし両親が怒り始めた。「勉強しろと口やかましく言いはしたが、進学しろとは言ってない」「勉強しろというのは『中一コース』のレベルにしろということだ。『進研ゼミ』だと受験校に入りさらに大学というレベルになってしまいそうだからダメだ」というわけだ。

 その三学期に、『進研ゼミ』発行元の福武書店(当時。現ベネッセ)から電話がかかってきて、どこの高校に入ったかという結果報告の葉書か封書が送られてこないので、どうなったのかという問い合わせだった。
 このとき、見るに見かねた親戚に引き取られていたので、親元に居なかった。親は電話の問い合わせに対して高校名を言い、また報告は用紙が同封されているのに気づかなかったのだろうと答えたらしい。『進研ゼミ』の冊子が送られてくると開封する前に親が捨てたという真実は言うわけなかった。

 こうして、高校さらに大学と進学はしたが、その間は親戚のもとにいて、姓も合わせて名乗っていた。だから、戸籍名を知らない人とか、親戚を親だと思っていた人とか、勘違いしている人たちが結構いる。




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by ruhiginoue | 2017-03-27 18:23 | 雑感 | Comments(7)

読書は必要なことなのか

 朝日新聞に掲載された大学生の投書に、読書はしなければならないことなのかという疑問を呈するものがあった。大学生の一日の読書時間がゼロという人も多いことを受けてのことだ。

 ここでいう「読書」とは、趣味ですることの意味らしい。なぜなら、この投書は、読書は楽しいとか教養になるとか良いこともあるが、大学での勉強やアルバイトなどから得られることの方が有意義だと思われるとしたうえで、読書とはあくまで趣味の範疇ではないかという疑問を提示しているので、そうなると必然的に、勉強とか知識を得るのために必要性があって本を読むのとは別に楽しみで行う読書という意味になるからだ。

 これで思い出したのが、評論家の立花隆がその著書で述べていたことだ。彼は、「本を読む」のと「本に当たる」のは違うと説き、じっくり最初から最後まで読むのに対し、調べもので必要なことだけ探してその部分に当たる、という作業があるとしている。

 そういう点では、学校の勉強とか学校以外の試験などのためにすることは「本を読む」というより「本に当たる」というほうが近いはずだ。教科書でも参考書でも全部の内容を得ようとするものではあるが、だからといって最初から最後まで丹念に読んでいては効率が悪すぎる。試験前に「ヤマをかける」ように効率よくするようでいて実は怠けているということではなく、完璧に中身をものにするためには、端から端までやるよりむしろ要点を探し出してそこから繋いでいったり拡大していったりしたほうが良いという意味だ。
 もちろん、ここで欠落が無いようにすべてのページを細かくチェックはするが、順序どおり読むのではないから、栞を挟むことはせず、付箋を貼りまくる。
 こうした勉強とか調べものとは別に違った意味で楽しく読書することは、やはり趣味だろう。そして、これは不必要と考える人もいて当然だ。

 あと、本の内容にもよるだろう。かつてリクルートを創業した江副という人が「小説なんて読まない」と言っていたそうで、趣味で非実用的な読書などしないということだろう。
 そんな彼について作家の小田実は、「江副という人は東大生だったときに新聞部にいて広告取りしていた中で事業のヒントを得たそうだが、あの当時の東大で新聞部に入る奴は左翼だ。そう相場が決まっていた。ワシは今でこそ左翼だと言われるが、東大生のときはノンポリに近かった。少なくとも江副よりは左翼ではなかったはずだ」と言っていた。
 これについての話となると色々と語れるから、それは別の機会にするとして、読書にも「趣味と実益」というものがあるということを、まず確認してから議論しないといけないだろう。

 


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by ruhiginoue | 2017-03-12 20:15 | 雑感 | Comments(4)

 役員に昇りつめる人たちを観察すると、みんな食事で米粒一つ残さず箸の先だけを使って上品に食べていたそうだ。これは求人案内企業の社員による証言である。

 もともと、米に限らず食べたあとの食器に食べカスが汚らしいのは下品とされていて、これは見た目の印象だけで多くの人が感じることだろう。ただし、そういう感覚を持ち合わせていない人もいる。


 また、米は主食であるため、米粒を残さず大事に食べるということが、食事作法として広く認知されているはずだ米粒については禅宗が云云している。

 この云云を「伝伝」と間違えた人は食事作法についても評価が良くないが、何を食べるにしても箸の使い方が下手なのは下品とされていて、これは『美味しんぼ』でも海原先生が息子を叱っていた。

 

 さらに、米粒を箸でかき集めるのはケチ臭いとか貧乏ったらしいとか卑しいとかの感じだと言う人がいて、しかし食べてる過程で米粒がはぐれているのがそもそもダメで、だから最後の一口の時点で茶碗に米粒が残っていてはいけないとされる。


 あと、残さないことに囚われてかき集めると音がして耳障りであるから、小さいころから箸を使う練習をし、だんだん上手になっていけば音が立たないし汚らしい残し方にもならない。きれいに食べれば片付けのときも不快ではないし、食器洗いも楽になる。だからといって猫のように皿を舐めてはいけないが。

 

 この他、作ってる人に失礼だから米粒を残すなと教わったという人、米粒一つでも残したら目を抉られると戒められたという人も少なくないだろう。

 もちろん外国では作法も異なるし、お招きにあずかった場合もまた異なる。例えば、ごちそうさまのさい、たくさん頂いたことに感謝する意思表示としてわざと食べ残す作法が中国などにある。


 これらの食事作法を「教育型」「宗教型」「機能型」「文化型」と名付けて分類する方法もあるけれど、どれであれ上品な食べ方をする人は、家庭での躾がしっかりしているので他のことでもちゃんと教育されているとか、下品な人よりは確実に好感をもたれるとか、そういうことで出世などに影響もするということなのだろう。


 ところで、うちは「宗教型」だった。

 うちの母親は生家が水田地帯で稲荷神社があったから、一粒でも食べ残すと神様からの御恵を冒涜した罰として目が潰れると食事のたびに戒めら(脅さ)れた。

 しかも、小さいころ丼物を食べきれなければ載せたものを全く食べずに飯だけは残すなと母親に厳命され、そうしないと「オメメがつぶれますよ!」と凄まじい形相で言われた。

 だから、まだ食が細いときは鰻も天婦羅もトンカツも全く食べられなかった。汁が染みた飯を食いながら具を見て悲しい思いをしていた。なぜ最初から小分けしないのか不可解に思われるが、そうやって極端なことにより米を残すなと強調する一種の狂信性だった。


 これは、うちの母親が『キャリー』のママ型だったことによっていて、だから他のことでも同様だったから辛かったのだが、そうでなくても日本では収穫された米は神なのだ。だから御神体として祭る神社が各地にあるし、天皇は毎年必ず田植えをして見せる。『七人の侍』だって米ために戦った。

 そして昔から、米所の生産地から消費地に行くと、米も金で買ったものだから所有者に権利があり食べ残したり捨てたりするのも勝手だという発想に直面し、これに仰天する人が大勢いたのだった。


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 北海道の稲荷神社。狩猟民族のアイヌに稲作を強要した歴史があるけれど、この問題は別の機会に。



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by ruhiginoue | 2017-02-16 12:56 | 雑感 | Comments(3)
 かつて朝日新聞編集委員本多勝一記者が、書いてもいないことを書いたかのようにして非難されたうえ訂正を求めても拒絶されたため、その記事を掲載した月刊誌を発行する出版社を名誉毀損で訴えたという裁判があり、これについて拙書『朝日新聞の逆襲』(第三書館)の中で言及している。
 この裁判の判決は、曲解に基づいた批判であっても元の文が引用されているので読者には判るということで名誉毀損が成立しないということだった。
 それでいいのかという問題は別にして、この非難を雑誌で書いた人は裁判で勝ったとはしゃぐ本を出版しているのだが、これが弱小の出版社から出ていて、原因となった月刊誌を発行しているのは老舗の大手なのに、なんでこれほど落差の激しいところから出すしかなかったのだろうかということを、すこし皮肉もこめて書いたのだった。

 その後『朝日新聞の逆襲』に対する書評の形で、その問題の本を宣伝するかのようなことをネット上で書く人がいて、その本を発行した某出版社の関係者ではないかという疑いを指摘されたのだが、書評は自由にしてくれればよいので、これについては詮索するつもりはない。
 ただ、その宣伝臭い話は「この本を井上靜は読んでいないのではないか。読めば考えが変わる」というような、これではたしかに宣伝臭いと言われても仕方ない内容なのだが、しかしその本については、かつて裁判を本多勝一側から応援して毎回のように傍聴していた人と一緒に、その出版社の人に対して糾弾したことがあるので、もしも忘れているならまた思い出させてやっても良いと考えている。

 ところが、そもそも宣伝臭い話が実際にどうかは別にして、その某出版社の人からは全く別の件で一方的に「顔も見たくない」と宣言されている。
 なぜかというと、当方が原告である例の裁判のことが原因である。前に「脅迫メール」の話などを既にここで報告した。それは、くりかえしになるが以下のような話である。
 とんでもない男がいて、彼はネットで嘘を言触らしたり、暴力事件を立て続けに起こして何度も逮捕や裁判沙汰となったり、そのうえ、複数の女性に対してストーカーや脅迫や嫌がらせを執拗に行ったことで警察の監視対象となっている。
 その男から当方もネットで事実無根の中傷誹謗をされたため、数多い被害者の一人として何件もの訴訟を起こし、その結果は賠償金を取るなどして完勝だった。

 この裁判の中で、その男は預かっていた金を着服とか横領とか言われることをしたという話が出てきたのだが、この金とは、上記の某出版社へ渡すようにある人から託されたもので、これをその出版社の側では受け取っていないということから、その男が横領(着服)したという疑いがもたれたのだった。
 あの当時、この男は生活に困窮していて、電気代を滞納しつづけて止められたりするほどだった。そんな中で彼は、懇意の人が働いている某出版社が資金難に陥っているという話をして、それなら援助しようと言ってくれた人がいたということだった。

 この件について、その男は最初だけ「井上靜による捏造だ」と被告席から喚いていたが、後になったら、そうした疑いをもたれたことは事実であると裁判に提出した書面で認めたのだった。
 また某出版社の人も、受け取ってもいない金を受け取ったように言う人がいて迷惑したため、なんでこんなことを言う人がいるのかと思ったら、原因は問題のその男に預けたと言っている人の話があったからで、しかも具体的に五十万円という金額が出ており、この話をしていた人たちには嘘をつく動機が無いから、これではあの男が疑われて当然だと思ったそうだ。

 しかし、この話が裁判に出て来たことは必然的であるのに、裁判の中に会社名が出てしまったことが同社員としては嫌だそうで、では会社名が出て具体的に何が困るのか、会社名が出たのは誰のせいでどういう形と経緯だったのか、などが本来は問題になるはずだが、とにかく嫌な感じになってしまったから、もうこの件に関わった人たちとは縁を切りたいし、思い出したくないから顔も見たくないということらしい。

 こういうのは感情的水準としか思えず、無責任ではないかとも思うが、それくらい問題の男に困らせられ気分を悪くさせられたということだ。
 その男について、精神病ということで生活保護を受けさせるよう手続きを世話してやったと言う人がいて、また、それ以外では生きられない状態であるから、今では実際にそうなのだろうと周囲で言われている。
 ただ、それでおとなしくしていてくれればいいが、これまで病状が悪化するたびに狂暴化してきたうえ現在進行形のようだから、あの男を知る人たちは「死んでくれたら…」と大真面目に言っていた。


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by ruhiginoue | 2017-02-07 20:17 | 雑感 | Comments(0)

脅迫メール問題と対応

 先日、「脅迫メールが来た」および「脅迫メールが来た 続」という話題をとりあげたが、そのメール送り主の名義人は他にも脅迫メールを送っており、その中には女性に対するストーカー行為も含まれている、ということを説明した。

 このところ、ストーカーのあげく暴力をふるったという事件が報道され、そこには殺人まで含まれているのだから深刻であるが、ここで誤った対応が指摘され、とくに刺激してしまったことが決定的に良くなかったという事例が目立つ。
 これはストーカーだから、相手に対する好意の感情が極端に歪んでしまっており、だから刺激しては余計に面倒なことになるということだが、そうした好意の感情だけでなく、甘えの感情が敵意に変化することもあり、その場合、今では執拗に嫌がらせをしているけれど、少し前は世話になっていて恩を受けていたということが珍しくない。

 その中には、冗談かと思うような滑稽な発想によるものがあり、例えばお金に困っているので貸して欲しいと懇願するので貸してやったところ、困っている人に貸してやれる余裕があるのが妬ましいと言って憎み始める、というような具合だ。
 この典型なのが例の問題になっている男で、病気なのに薬代が無いと泣き落としをして金を借りておいて、そのあと、例えばある会社の社長にそう言って拝み倒すようにして借金をし、他のところでは「社長が先払いするからぜひにと仕事を依頼してきたので仕方ないから受けてやった」と言いふらす。

 これでは社長も不愉快になって当然だが、すると「言いふらすのをやめて欲しければ仕事を寄こせ」と言い出すのだ。
 実際に、金を返せなさそうだから仕事してもらうことにして簡単な作業を回してやったことがあるそうだけれど、その仕上がりの質が悪くて修正にかえって手間がかかってしまったのだが、それは大目に見てやり、しかしもう仕事を回すことはしなかったのだ。
 それを、かえって手間がかかってしまった仕事の結果なのに、その男は自分がやったと思い込む。全体が全く違うのだから修正されているのが判るはずなのに、良いほうが自分のやったことだと勝手に思ってしまう。

 そして、この社長の会社に勤めている人にまで暴力をふるい負傷させた。この裁判の記録を読んだが、突然顔が変わり奇声を発すると異様な表情でウオオオオッと叫びながら突進すると執拗な暴行を加えたということだった。
 この現場は飲食店で、このとき他の客たちは驚き、女性の客たちから悲鳴が上がった。店でたまたま出くわしたけれど初対面だったから最初は気づかなかったが、会話の中で社員だと知るといきなり、ということだった。つまりその社員には何の恨みもなく、知りもしなかったのに、だった。

 このあと、その男は被害者にも店にも謝罪せず、ネット上で同社を中傷する。訴えられたら非を認めながら慰謝料や治療費を値切る。この最中に、先に説明したとおり当方に対してもネット上で中傷誹謗の嫌がらせをして訴えられているし、さらに女性に対してのストーカーと嫌がらせというように、罪に罪を重ねている。

 このような現実があるので、うかつに同情や親切心をかけては自分が危険であるし、刺激すれば周囲にとっても迷惑どころでは済まないことになってしまう。無反応であれば発散もできないので病気の悪化が加速するだろうが、それで彼がどうなろうと罪のない人たちに危害を加え続けることが止まってくれるかもしれない方を期待するしかないのだ。
 
 


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by ruhiginoue | 2017-01-31 16:33 | 雑感 | Comments(0)
 先日「脅迫メールが来た」話をしたが、この続きである。

 この脅迫メールの送り主となっている人は、前にもネットでの嫌がらせやデマ流布をした件が裁判になった元被告であり、この裁判で証拠に基づいた判断がなされ、しかも事実の認定も含めて判決を被告が自ら受け入れたものであった。

 この被告および被告とともに証人として出廷した被告の友人はかなり重篤な精神病患者であり、それゆえ問題があることを裁判所が根拠を伴って判示したものであったが、そのさい被告は精神障害者に対する差別だといって不満を述べていたことも、既に説明したとおりである。

 この件に限らず、同様の問題が他の件でも起きており、人命に直接かかわるなど、もっと深刻な事態に至った例もあるため、その対応について協議や議論することは重要である。
 もちろん人権上の配慮は必要だが、タブー視して避けていては、むしろ差別や偏見を助長することになるから、慎重さはもとめられるが、必要な事実は明らかにしないと危険である。

 実際に本件の場合も、その被告だった男はくりかえし暴力をふるっており、最初は逮捕されて反省したから釈放されたのに、また暴力沙汰を起こし、それもたて続けであり、その度にその被害つまり負傷が重くなる。
 これと同時に、その男は被告でありながら、さらに女性に対するストーカーや脅迫の事件まで起こしており、このため警察の監視リストに掲載された。被害者の女性から相談をされた女性によると、その相談のさい被害者の女性は泣きながら電話をかけてきたそうだ。

 しかも、相談を受けた女性が毅然として抗議したところ、加害者はその女性に対しても嫌がらせをはじめ、ネットで捏造サイトによるデマ攻撃をし、2ちゃんねる掲示板にも執拗な中傷を書き込んだ。
 これについて、その女性が電話をかけて抗議したところ、男は正当化するようなことを言った。しかし、これはもともと誘導尋問であった。やったことを確認できればよいので、今言ったことは録音したと伝えて電話を切った。そして録音を警察など各地に提出した。便利になったもので、音声ファイルにして送信すれば簡単だ。こちらでも受け取って聴いて確認したが、声がすぐに判った。

 この男は、訴えられて被告になったり敗訴したりすると、母親から弁護士費用や賠償金などを出してもらっているそうで、それなら母親が後見人や補佐人などになってくれたらよいのだが、しかし遠隔地に居住しているため、金は出していても責任まで負わせることが不可能であった。これは念のため詳しい弁護士に訊いて確認したところ、法的にその通りであり、近くに住んで常に観たり看たりできる状態ではないから無理だという。

 では、親の良心に訴えかけて法的義務ではなく任意で息子に注意するようにしてもらえないだろうか。これは全くダメであった。なぜなら、その母親は、息子の意を受けてストーキング被害者の女性に電話して、息子と付き合って結婚するよう説得しようとしたのだ。
 これではまさに「親も親」だった。
 
 このように、身内が対処してくれないとなると、役所も口出しできないうえ刑事事件になった部分だけ警察が対応するしかないので、一般人はひたすら避けるしかない。
 その結果、無視されて発散できないとなると病状はさらに悪化するけれど、もともと当人に自覚がなければ治せない。しかも悪口を言うだけでなく暴力まで何度もふるっているので、見捨てたうえで周囲に注意をよびかけるしかないのだ。
  


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by ruhiginoue | 2017-01-27 16:10 | 雑感 | Comments(5)

脅迫メールが来た

 先日、このブログで連絡先として表示してあるe-mailアドレスに「警告」という題のメールが来て、その内容は警告ではなく脅迫だった。

 これはいわゆるフリーメールだったが、差出人の姓名が明記されていた。前に裁判になった件の被告だった男の氏名だった。
 これは先述したとおり、彼からブログなどで虚偽を何度も書かれたので、そのうち二件を裁判に訴え、一件はこちら側の勝訴判決となり、そのあと相手方は控訴しようとしたが諦めて取り下げ賠償金を支払ってきて、もう一件は相手方がまったく抗弁できなかったので、和解金を支払い原因の部分をブログから削除するよう裁判官に言われた被告は従った、という結果だった。

 このときの被告の名で、文法が可笑しく内容的にも意味不明とか支離滅裂とかいうひどい文で、なんとか意味を推察できる部分が、2ちゃんねる掲示板に嫌がらせをたくさん書いてやるからやめて欲しければ金を出せというような感じだった。
 
 もちろん、たかが2ちゃんねる掲示板に書かれただけでは、誰だって困ることはない。 
 それで無視していたら、実際に嫌がらせが始まった。同じことは裁判の途中でもあったが、裁判が終わったあと潜まった。この時、被告はそのブログで敗訴を愚痴っていて、不当判決だから控訴すると息巻いていたのだが、雇った弁護士に辞任されてしまい諦めたのだった。

 このとき弁護士が降りてしまったのも当然であった。被告は確実な証人がいると言っていたのだが、そこで証人を出廷させたところ、その男性は表情を見てわかるほどだったが、精神障害者であり手帳を所持していると言い、しかし証言はちゃんとできると言うのだが、奇声を発したり提示された書証の写しをひったくって破ってしまったり、証言の席での態度が正常ではなかった。そして証言内容も不可解なものばかりだった。女性の書記官は気味悪がり、廷吏は危険を避けるための配慮をした。

 このため、判決でも、証言の内容と態度の両方が正常ではなく信用できないと指摘されていた。また、よく傍聴記をブログにしている人がいるが、そこでも証人が怖い感じで、こんな証人を出しては敗訴して当然だろうと書いていた。

 こうして敗訴した同被告は、ブログで「障害者差別だ」と裁判官を非難し、控訴すると息巻いていたのだが、弁護士が降りてしまったということだ。当然だろう。やる気が無いのに金だけとってテキトーに控訴状を書いてサッサと終わらせてしまう弁護士よりは良心的だ。

 ところが、そうして愚痴ることもできなくなった元被告は、よほど強い逆恨み感情があるのか、また2ちゃんねる嫌がらせのつもり行為を始めたのではないかと感じた。内容が前とまったく同じだからだ。
 
 そして、この元被告は他でも暴力事件を一度や二度ではなく繰り返して逮捕されたり、前にも女性にストーカーを行っていたが、今度は結婚を迫り断られると勝手に「婚約不履行」につき「50万円払え」という脅迫状を送付するという狂気であった。

 こうした数々の被害者から直接話を訊いたところ、加害者の異常な行動は精神病が原因で、前からであったが悪化の一途で、あの不気味な証人も、精神病患者同士で親密にしていたということだった。
 この人たちは現実と妄想の区別ができず、例えば元被告は中卒なのだが「センター試験で東大に受かる点を取れる」「弁護士か司法書士の資格を取る」などと周囲に言ったりブログに書いたりしていることで周りの人たちから呆れられている。
 これは笑い話ですむが、もっと深刻なことに「それはオマエだろ」と言われることを真顔で言ったり書いたりする。「キチガイ」とか「カタワ」とか「ナマポ」とか。
 こうすることで現実逃避したいのかもしれないが、とても醜いものだ。

 その男を「世話してやっている」と言うかなり年配の男性がいて、彼は裁判に意見書を出して援護射撃のつもりだったらしいが内容がわけわからないとして採用されなかったけれど、その人が周囲の人たちに言ったところによると、その人はよく役所に手続きをとってやる世話ずきを自称していて、その一環として精神病だからと生活保護を受けられるようにしてやったとのことだった。

 これなら、あの異常さと狂気が理解できる。こういう問題に詳しい人たちに相談したら、構えば刺激になってしまうから放置すべきで、そうすると何も発散できないので病気はさらに悪化するが、それはどうしようもないということなのだそうだ。
 
 

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by ruhiginoue | 2017-01-25 19:54 | 雑感 | Comments(1)

年末年始のしらけ酉年

 年末年始といえば、まず、前に住んでいたところで、除夜の鐘をつかせくれるという寺があるから行こうと同級生に誘われ、先着108人だろうから早めに行ったら、そうじゃなくて来た人全員に好きなだけつかせてくれるということだった。だからこの寺の除夜の鐘は毎年何千回と鳴り、近所に住む人はうるさくてしょうがないそうだ。
 このような寺は他にもあるそうで、大晦日に来る人の数だけ煩悩があるというわけだ。

 また、「一家団欒を大切にし、食事のときはテレビを消そう」と言いながら、年に一度の団欒で親戚まで一緒にすごしたりもする貴重な時に「紅白歌合戦」だの「ゆく年くる年」だの「スターかくし芸大会」だのを観ている人たちがいて、うちの親もそうだったから、子供のころから疑問だった。
 ところで、紅白歌合戦に、なんでこんな歌手が出ているのかと毎年の話題で、芸能事務所の「枠」があるからだが、ウイーンのニューイヤーコンサートの指揮も、務めれば栄誉といわれるが、後ろ盾の有無で決まり人気と実力ではない。どんな分野でもみんなそうだ。しらけてしまう。今年は酉年だが、小松政夫の名ギャグ『しらけ鳥音頭』を思い出す。

 ところで暦のことだが、元号は政治的な云々より不便すぎて実用的ではなくて、それよりははるかに西暦が便利ではあるが、これが良いことにもならない。イスラム歴なども同じことだ。
 だからメートル法みたいに世界共通の暦を作ってみんなで使用し、実用ではなく文化として使用するさい、それぞれの暦を利用するようにすべきだと前から思っている。誰か国連に提唱してくれないか。



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by ruhiginoue | 2017-01-02 21:16 | 雑感 | Comments(19)

酒の代用品になるもの

 ロシアの田舎で、アルコールの代わりに色々な工業製品を飲んでしまい死者が出た、という報道で思い出したのだが、日本でも昔から消毒用アルコールを飲んでの悲惨な話があるけど、その他にも例えばビデオやカセットテープのデッキにあるヘッドを掃除する液もアルコールが使われているから、それを嗅いだらつい飲みそうになるという人がいた。
 それくらい、アルコールに魅せられる人がいるということだ。

 そのように、アルコールの匂いに反応して飲料でなくても口に入れたくなる人たちの他に、もっと酔った感じになりたいからと、なんでもいいから麻痺するものを口にする人がいる。例えば咳止め薬を一瓶一気飲みするといい気分になると言う人たちがいて、これを知り合いがやっていたから「よせよ」と注意したことがある。

 この咳止め薬のように、酒があっても麻薬のようなものを欲しがる人がいるけど、そうではなく酒が好きなのに手に入らないからと、飲料ではない製品でアルコールが入っているものに手を出してしまう人たちがいる一方、買えないなら作ろうという人も昔からいる。
 これがロシアでは、昔から酒不足で店が売り切れがちだと自前で作る人たちがいて、砂糖から作れるそうだ。そうするほうが変な物を飲むよりは良いし、上手にできたら買うより美味しい。

 そういえば大学で税法を習った先生はあの「どぶろく裁判」の前田俊彦氏の弁護団に加わっていた。日本で酒造りが規制されて不味いものばかりなのは、課税の見返りに大手以外は製造できないよう規制したからで、もう時代が変わっているのに法律が変わらないのは、自民党の歴代総理には造り酒屋が実家という人が大勢いるからだ。宮尾登美子の『蔵』に描かれるように、大量の良質な米を使い職人を大勢雇う酒づくりは、地主でないとできなかったからだ。

 しかし、酒に課税をしはじめた当時と違い今は産業が発達しているから、酒税が無くても財政に影響しないことはもう言うまでもないことだし、なのに酒造り規制が続いているのは不当だと訴訟まで起こされたけれど、裁判所は頑なに現実を無視してきた。
 この裁判所の不当判決について前田氏は、「この判決は、自分の酒を飲んじゃいかん、店に行って金を払って飲めっちゅうこっちゃ。てめえの女房と寝るな、ソープランドに行けっちゅうこっちゃ」と皮肉った。
 これは受けて大笑いだったが、この後で前田俊彦氏も言ったように、やはり司法権の独立が圧力によって侵害されているのだろう。

 そして、ほんとうにまともな酒が飲みたければ輸入品に頼るしかないのだが、これは料金のほとんどが税金であり、なんかバカバカしくなる。一番良いのは、やはり一切飲まないことだ。



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by ruhiginoue | 2016-12-31 13:46 | 雑感 | Comments(7)