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by ruhiginoue

カテゴリ:雑感( 240 )

床屋は11月に空いている

 先日、髪を切りに行った店が、やけに空いていた。
 この店では「タイムサービス」で割引料金をやっていて、その率が良いから、割引の時間にはいつも混雑する。一時間以上も待たされることがある。
 ところが、その時間なのに空いていたのだ。客は何人か来ていたが、数分しか待たなかった。
 
 これについて店の人が言うには、十一月は空く傾向があるそうだ。多くの人が、年末年始を意識し、その時まで持つようにしようとし、また、十二月の後半になってしまっても駆け込み客で混雑するから、それで十一月には少し遅らせて来店しようと考えるということのようだ。

 ということなので、年末年始を意識しないで良い人は、十一月に髪を切るなどすれば店が空いて待たされずに丁寧にやってもらえるだろう。

 ところが、昔うちの父は、年末年始まで持つタイミングで床屋に行っていたから必要がない時に、また床屋へ行けと言うことがあった。身だしなみとは無関係で、いかにも散髪したばかりにしろということだった。
 そんな必要はないと言っても絶対に聞き入れず、どうしても床屋に行って散髪したばかりに見えるような頭にしろと怒気をこめて言うのだった。

 そう言うのは親戚を訪ねることがある時だったが、しかし礼儀のためとか無精な印象がしないようにとか言うのならともかく、小ざっぱりしていてもダメで、散髪したばかりに見えることが肝要なのだ。
 これは見栄を張っていたのだった。頻繁に散髪していることこそ、まともな生活をしている証拠になると思っているのだ。

 これは育ちの貧しさが原因だった。うちの父は子供の頃に親戚や親戚付き合いしている人のところへ行くと、よく、よそ様の家に行くさいはもっと身だしなみに気を使いなさい、みたいなことを言われて散髪代を渡されて近所の床屋に行かされ、つり銭は小遣いにしなさいと言われたとのことだ。
 これは、親には床屋代を浮かせて、子供には小遣いを与えるという意味だった。貧乏だったから、周囲で配慮してくれたのだ。
 
 この時の体験から、親戚らに対して散髪したばかりというのを見せ、うちでは子供にいつもキチンとさせているという演出をしていた。そうすることで見栄を張っているつもりだったのだ。効果がほとんど無い自己満足で、誰も評価してくれない。家族としては実に迷惑なことだったが、それ以上に情けない気持ちだった。可哀想という気がせず、愚かしさに嫌悪感がした。
 しかし、やはり可哀想なことだ。貧しかったから愚かな言動を大真面目に行うようになってしまったのだから。

 そして、散髪なんかで見栄を張ったつもりでいながら、収入の乏しさに加えて酒や風俗で散財したため子供が進学するなんて無理だということになり、学校の教師からも近所の人たちからも呆れられ、または嘲笑され、見かねた親戚が息子を引き取って高校さらに大学と進学させた、なんてことになってしまったけれど、それについては何も恥ずかしいと思っておらず、義務教育は中学までだから何が悪いのだと本気で言っていた。小学校に行ったことがあるというだけだったから、当然といえば当然だった。貧困なうえ不真面目だったわけだが、貧困だったから真面目にやる気も起きなかったらしい。

 これもやはり貧乏が原因で常識が備わらなくなったということだが、同じような話を色々と聞くから、いまどき貧困なんてという人もいるけれど、それはいくら過去の話であっても、二十世紀とか昭和のことであっても、その悪影響は二十一世紀とか平成になっても及ぶということだ。
 つまり、昔のことだから今は違うということにはならず、昔から今までは連結しているのだ。それはさらにこの先へと続いていくだろう。
 


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by ruhiginoue | 2016-11-06 17:27 | 雑感 | Comments(0)
 よく言われることだが、体育会系の指導者が「やる気がない奴は帰れ」は本気ではなく、その証拠に、本当に帰ると指導者はブチきれるものだ。
 いっぽう文化系などの指導者が「やる気のない人は帰ってほしい」と言うのは、まず本気であり、その証拠に「こちらも迷惑だし、そっちも無駄でしょう」という意味のことを続けて言うものだ。
 ではなぜ、よく体育会系の人にみられるように、本気でないことを言う人がいるのか。これは相手から謝罪を引き出そうとしているからで、このため、しばしばそこから鬱陶しいやりとりに発展してしまう。

 この典型で、そこから深刻な事態になったことが、防衛大で体育の授業中にあった。これは何年も前のことだが、報道もされたので記憶している人もいるだろう。それはプールで水泳の授業をしている時のことだった。
 
 「やる気がないなら帰っていいぞ」と教官が言ったので、ある学生が「じゃ帰ります」と更衣室に向かった。これを教官が追いかけた。
 「本当に帰るな」
 「嫌み言うことないでしょう」
 という喧嘩になり、感情的になった教官が学生を殴ってしまい、これにブチ切れた学生がやり返してしまった。
 これで教官は顔の骨にひびが入るか陥没するかの大けがをしてしまった。屈強な防衛大の学生の力が強かったのか、打ちどころが悪かったのか、両方かもしれないが、このあと学生は自主退学したそうだ。
 そして新聞の記事になり、見出しは「防衛大で教官に学生が反撃」
 これは防衛大でのことだから「反撃」という見出しになったが、先生が先制攻撃してしまったし、生徒が正当防衛ということではなく過剰な報復をしてしまったのだから、どちらにとっても恥ずかしいことだ。

 これについて、上意下達で服従するのが当然だという者が必ずいる。これはどこに問題があるかをわかっていないからだ。
 そんなこと言うまでもなく、もともと、ある枠組みの中では指導者に従って当たり前だ。法的には「特別権力関係」というが、指導する立場の者であれば、その権限があるのだから厳しく評価したり命令したりしてもいいし、それに納得できるかどうかとは別に、まずは指導される者が甘んじなければならないものだ。
 ただ、人の上に立って指導する者に嫌味や皮肉は相応しくない。軽い気持ちで使用する常套句としても、本気ではない分いやらしくなる。だから「もっと気合を入れてやれ」と言うべきところで「やる気がないなら帰ってもいい」なんて言うべきではないということだ。

 これは、指導を上手にやらないといけない、指導者には威厳と品位が必要だ、というだけの問題でない。よく、わざと人に不快な思いをさせて、それを我慢させることで自分の立場の優位さに酔う自己満足をする人がいる。これは指導的立場にありながら不真面目なのだ。
 だから、逆に、嫌味や皮肉を上から下に向かって言う人こそ、やる気がないなら去るべきではないか、ということになるのだ。




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by ruhiginoue | 2016-10-18 21:45 | 雑感 | Comments(4)
 この、マンガの一ページを画像として転写して、あちこちに送り付けている人がいる。それを、さらに受け売りする人たちがいて、一部に拡散されている。

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 このマンガには、ツルピカ頭の陰険おじさんが主人公の若い人に、無報酬で働くなんてのは必ず無責任になると言って善意の申し出を拒絶する場面があり、この画像を得意になってTwitterなどに持ち出す人たちがいるわけだ。
 それはいかに馬鹿げた話かと複数の人たちがすでに指摘している。

 例えば、舛添都知事が公私混同を批判された時、反省して無報酬で働くから任期を全うしたいと言ったところ、このマンガを持ち出す阿呆がいた。公人がその責任や使命感について社会的名声や政治的生命をかけて決意を述べるのと、バイトの若造がいきがって言うのを一緒にしているわけで、そんな愚はTwitterでもすでに呆れられている。

 こちらにも、このマンガの画像が送られてきたことはある。金だけ取って無責任な仕事をする弁護士がいる一方で、冤罪事件などで使命感や義憤から手弁当で駆けずり回り闘っている弁護士もいるという事実に対し、フィクションのマンガを反論としてぶつけてきた馬鹿がいたのだ。

 そもそも、現実の中の具体的な事実に対して、作り話のマンガを反論としてぶつけることからして滑稽だが、このマンガだって、あくまで登場人物の中の一人が持論を述べたにすぎず、しかも、ある条件の下に限定した話である。そんなことすら読んで理解出来ない人たちがいるわけだ。

 この問題で結論を言うと、法律的には、やると約束した以上は責任があり、報酬の有無とは関係ない。これは判決も既にあるが、社会通念上も常識だと言える。

 このマンガに出てくるのは金で人を従わせることでしか信用できない人であり、そんな悪役が極論を吐いたことを金科玉条のようにする人の感覚は滑稽なのだが、そんな人たちはもしかして底辺低賃金労働者ではないかという指摘もある。
 つまり、底辺で低賃金の労働をしている人たちが、自分たちも責任をもって働いていることに変わりはないのだから正当に報酬を寄こせと主張しようとして、そこへ政治家の無責任が問題になっていることも加わり、使命感とか義憤から報酬とは無関係で頑張っている人たちまでも綺麗事に思えてしまっている、ということだ。

 そうなると、個人的な怨恨の感情いわゆるルサンチマンでしかなく、社会の現実を直視しているつもりで実は社会を良くしようという思いに対して冷笑するだけの嫌な奴になってしまうのだ。これは誰もが気を付けないといけないことだ。
 




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by ruhiginoue | 2016-10-16 20:02 | 雑感 | Comments(0)

青森の夜

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 青森でも新幹線の新青森でも弘前でも、SuicaとPASMOが使えない。駅員に聞いたらダメだと言い、弘前ではその貼り紙がしてある。
 東京ではちっぽけな駅でも使えるけど。
 それで撮影していたら、駅員が撮ってどうするんですかと訊くのでtwitterに載せて田舎は不便だと呟くと言った。
 それなりの大都市でないと使えないらしくて、東北地方だと仙台くらいらしい。

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 あちこち歩いた後は甘いものとコーヒーをドーナツの店で。
 学校帰りの女子高生たちが来ていて、自分が高校生の時のことを思い出した。
 あのとき少し離れた席から同じ学校の女子が聞えよがしに言いやがった。
 「男のくせに甘いものが好きな人っているよね」
 「うるせーな、いいじゃねえか」と食いながら呟いた。という思い出。


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 青森駅前の「ねぶたの家 ワ・ラッセ」のある建物の「多目的室」で地元の高校生たちが熱心に勉強している。
 北海道と同じだ。
 やはり北のほうに行くほど勉強熱心なんだろうか。


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 駅前の展示館「ねぶたの家 ワ・ラッセ」の常設。


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 青森の埠頭。ここでもライトアップしていた。時々、色が変わる。

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 青森で最も高い建物・青森県観光物産館アスパムもライトアップしている。三角形の建物が街の中心にあるのは平壌が有名だが、あれはホテルだ。

 青森は良い所だけども、残念なのは、飲食店が他の地方と同じものでも細かいところで配慮がないということだ。
 唯一まともだったのはホテルのビュッフェだった位だから。

 眠くなったので、東京駅行き夜行バスに乗り、寝ながら帰ってしまおう。


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by ruhiginoue | 2016-10-13 12:29 | 雑感 | Comments(0)

弘前の城と蕎麦など

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 青森といえば、ねぶた祭りだが、小さい頃に読んだ漫画で「寝豚」と書いて豚が寝ているハリボテのギャグがあった。異民族の大騒ぎを見て「なんだ あれは」のアイヌ語「ネプ タア」だという説を聞いたことがある。伊福部昭のピアノ曲『日本組曲』では「佞武多」と書いている。

 伊福部昭 のピアノ曲『日本組曲』に「佞武多」(ねぶた )があり、祭りの太鼓と笛と掛け声を表す音形が重なるから演奏に難儀する。手にかなりの負担がある。前に、伊福部昭が学長をしていた音大を出てレッスンプロしてる女性が弾くのを聴いたら、何度かしくじっていたので、つい安堵してしまった。


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 弘前市内にある掲示板のポスターだが、こんなのに入場料払うのかよ、と疑問符の催しも。田舎の人にはまだ威光あり?


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 弘前昇天教会のアンティークな建築は由緒ある趣。


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 杉大橋の朱色が緑の中に映える。これを渡り弘前城の本丸へ。


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 弘前城の本丸に辿り着く。また遊歩道を戻り弘前駅に。


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 堀は緑に囲まれていて落ち着いた美しさ。
 鴨と一緒に白鳥までいる。


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 弘前の紀伊國屋書店。
 かなり大きいが、新宿や梅田に比すると小さい。梅田の紀伊國屋書店の売り上げは、全国の出版社が売り上げの目安にしている。そのような規模ではない。駅から遠く、役所など市の機能との中間に位置している。


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 弘前駅の「幻の津軽かけ蕎麦」。
 昔、材料が不足していたのねで豆を混ぜるなど水増ししていたと言うものの再現らしい。
 たしかにすぐ切れる。底の方には短く切れた麺が沈んでいる。




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by ruhiginoue | 2016-10-12 19:43 | 雑感 | Comments(0)

北海道のまとめ







 (一部の写真を画質などから差し替えた)



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by ruhiginoue | 2016-10-11 00:32 | 雑感 | Comments(0)

左側にあるTwitterを

今Twitterを中心にしておりますので、それを見ておいてください。
左側に表示されています。



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by ruhiginoue | 2016-09-19 09:27 | 雑感 | Comments(8)

あいだもも&いいだもも

 元俳優の高知東生が薬物使用で逮捕され、人気女優の高島礼子と離婚したことが話題になったところ、その余波で高知東生が前に結婚していたAV女優「あいだもも」についても、そのころから高知は浮気していたなどと語られている。

 よくAV女優の芸名は、ありそうでないような名前と言われる。しかし例えば芸能人なら山口百恵とか菊池桃子とか「もも」の後に「子」などが付く名前があり、芸名でも一般的にも付いたり付かなかったりで、ただ「もも」にはおそらく語呂の関係で付くことが多いのだろう。
 また、ソネットなどの宣伝出てくるマスコット「ももちゃん」のように「ちゃん付け」なら言いやすいので、「あいだもも」も「ももちゃん」と呼ぶことを念頭にしていたのかもしれない。

 ところが、前にある出版社の事務所に行った時、そこの人が来た郵便物の差出人を見て「いいださんからだ」と言っていて、それは「いいだもも」と書いてあった。もちろん当時存命だった作家・評論家の「いいだもも」のことである。彼は東大法学部で同期の三島由紀夫より成績がよく、主席で卒業して日銀に就職したが、病気で退職したあと文筆活動をはじめ、左翼で共産主義者を自称していた。日本共産党員だったが喧嘩して除名されると新左翼の仲間入りして、共産党に恨みつらみもよく言っていた。

 この「いいだもも」という直筆署名を見て、その出版社の人に、「前から雑誌などで見かけては、本当はなんという名前なのかと思っていた」と言ったところ、本名はひらがなではなく漢字だという。「いいだ」はよくある「飯田」だが、「もも」は何かと訊いたら「ピーチ」だそうだ。
 では、「桃太郎」など、桃に何か付かないのかと訊いたら、付かないで「飯田桃」という戸籍名だそうだ。

 例えば「桃太郎」なら童話だけでなく実際にいる。俳優の川津祐介の息子は川津桃太郎で、子供の頃に家族でCМに出ていて、成人してからは父親が経営するレストランの料理長をしていることがテレビで紹介されていた。川津祐介は、「太郎」ではなく上に何か付けて「・・太郎」という何にしたかったからだと言っていた

 しかし「いいだもも」は「飯田桃」で、「桃」だけだという。出版社の人も笑っていて、いったい彼の親はどういうつもりで息子に「桃」と名付けたのだろうかと言っていた。

 そんなことを、高知東生のことから思い出したのだった。


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by ruhiginoue | 2016-09-14 13:04 | 雑感 | Comments(0)
 自分が雑誌に出たうち、多くは月刊誌で、週刊誌は少数だ。月刊誌の記事はじっくりと読んでもらえ、そうではない週刊誌だが瞬発力では勝っているし、また発行部数が多く、その点では影響力がある。

 これはテレビほどではないが、いきなりで驚く人がいる。かつて「偶然テレビを見ていたらインタビューに知っている人が出てきたからビックリした」と言われたことがある。それほどではないが、「店で飯を食いながら置いてある週刊誌を読んでいたら名前が出て来てビックリした」と言って来た人もいる。こういうことは月刊誌だとまずない。

 なんであれマスメディアに出ると、それに対してしばしば過剰反応がある。あの橋下徹もと弁護士のようにマスメディアで煽りたてたうえ政界入りするような人がいるからだろうが、そういう人ならともかく、そうではない圧倒的多数の者ならマスメディアに出たところで大した影響はない。例外は何か具体的に問題があって批判されたことで身に覚えがある人だけだろう。

 ところで、「医者は大忙しで働いているんだから文句を言うな」という不満なのか愚痴なのか不明なことをネット上で書いている自称医者がいて、忙しいにしてはひっきりなしにSNSで人の悪口というのが滑稽だ。
 「そんなに暇なら勉強のためにネットで調べ物でもしろ、と説教してやりたい」と言って近所の大学病院の医者が呆れ笑っていたが、こうしたネット上の医師にはホンモノとなりすましニセの両方があると言われる。

 このなかで、話好きなだけで暇そうじゃないからホンモノらしくて、その内容からそれなりのキャリアがありそうな人に、マスメディアでコメントしてくれないかと誘ってみても、そうした実績をもつ人ほど、それゆえ拒絶されるものだ。
 なぜなら、見識を示して見せてもマスメディアに出ることだけで軽薄そうだとしてキャリアに傷がつくことがあるし、マスメディアとしてはそれ相当の人から話を聞きたいので人材を求めているけれど、そんな便利な人として紹介されたら週刊誌などに売られたみたいで冗談じゃねえやということだろう。

 やはり、それぞれの置かれている立場というものがあるということだ。

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by ruhiginoue | 2016-08-17 17:47 | 雑感 | Comments(0)
 朝日新聞記者(テヘラン支局長)。1975年生まれ00年入社という人のツイートが呆れられている。

 麻生財務相が「90になって老後が心配とか、訳の分からないことを言っている人がテレビに出ていたけど、『お前いつまで生きているつもりだ』と思いながら見ていました」と発言したことが問題として報じられているけど、ちょっとどうだろう。毒蝮三太夫さん的なユーモアなんじゃないかな。

  これに対して、当然ながら以下のような反応があった。
 
 これは本気ですか?聞いた高齢者は大物政治家の発言をタレントのギャグと同じようにとるでしょうか?このツイートは軽率だと思いました。

 毒蝮三太夫さんは、本人に直接言って、当事者を含め、聞いてる人達が笑う。この点が違う。
 「くたばりぞこない」とか言うけど「長生きしろよ」とも言う。50年ちかく街頭の声を聞いてきた人と、以前に高額高齢者医療費に関して「さっさと死ねるように」って言ってた大臣を「ユーモア」だと並べるのとてもおかしい。

 こんな新聞記者を始めとするマスコミが、今の政府を支え付け上がらせているんだろう。 仮にも新聞記者を名乗るなら、時の政治に対し厳しい批判の目を持ち続ける事が必要だろうに。 その欠片さえも持ち合わせていないとは・・・ 情け無い限り。

 などのコメントが寄せられていた。
 毒蝮三太夫が収録に来たところへ偶然に出会ったことがあるという話は前にした。無邪気な笑みを浮かべて年配の女性に毒舌を吐きながら、子供には「ウルトラマンのアラシ隊員だよ」と言っていた。
 
 これと、権力者が責任ある立場からその地位と権限に関係する話をしているのが同じだと思える感覚が奇妙である。
 もっとも、この記者は他にも体制に媚びる発言を繰り返している。朝日新聞の残念な話として、拙書『朝日新聞の逆襲』にもネタとして利用させてもらった。
 そして、その後も書いたことに自信を持たせてくれる裏付けの発言をしてくれているというわけだ。

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by ruhiginoue | 2016-06-22 12:27 | 雑感 | Comments(2)