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by ruhiginoue

カテゴリ:雑感( 243 )

 このあいだ、仕事がらみの人の葬式があった。葬式などで死者に手向けるものを扱うさいは仕草を反対にする風習がある。これは北海道アイヌにもあって、死後の世界では昼夜などすべてがあの世とこの世とで反対になっているから、ということだ。

 そのため、例えばヤカンは注ぎ口から水を入れる。このため中身が沸騰していて蓋を取ると火傷の恐れがある場合は注ぎ口から水をつぎ足すということに対して、風習から忌む人がいる一方でそれは不合理であると否定する人がいる。

 この風習は、ヤカンに関しては、いわゆる笛吹ケトルといわれるヤカンの普及により、広い注ぎ口から注水することが当たり前になったこともあり、火傷や落として熱湯が飛散する事故を防止するほうが優先ということになって久しい。
 それでも最初は、笛吹ケトルがテレビで宣伝されると、注ぎ口から反対に注水する場面に、とんでもないことだという年配者からの猛反発があって、八十年代の前半に新聞の投書欄をにぎわせたこともある。

 そうして風習がとうに廃れたあと、まだこだわる人もいて、例えばヤーサンは修羅場を生きているという意識からシキタリにはうるさい。
 それで、前に話題にとりあげたことがあるオカマ系の知人が、バイト先で大変なことになってしまった。彼は、お冷を注ぐさい並べたタンブラーに端から注いでいたけれど、反対側の端に手を移動させず逆手にして注いだ。他意はなく、ただ彼のオカマ仕草だったが、これを見ていた客のヤーサンは、そうして注いだお冷を出されたので激怒したのだった。死ねという皮肉の意味になるということだからだ。

 この話をのちに共通の知人に聞いたときは笑いそうになったけど、巻き込まれた同僚は、謝ってもらうために上役を呼びに行く羽目になるなど大迷惑だったと怒っていたので、笑うわけにはいかなかった。
 それにしても、そうした風習が合理化で廃れる一方まだ生きている社会があるということに、色々と考えさせられた話であった。


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by ruhiginoue | 2016-04-09 17:27 | 雑感 | Comments(0)
 大量の本を持っているため住んでいるアパートがいっぱいになってしまったという知り合いがいる。
 それでどうしたかというと、もう一部屋借りたそうだ。そのくらいの家賃は余裕で払えるそうだが、それにしてももったいない。仕事で地方を行き来するから部屋を二つ借りているという人ならいるけれど、倉庫のような使い方をするなら住宅用の部屋でなくても貸押入れでよいのではないか。

 これは、いわゆる普請道楽で書庫をこしらえたり書斎自慢していたりというような人とは違う。
 そんな人は本をたくさん並べて悦に入っているものだ。かさばる百科事典に満足している人も昔はいたものだ。
 これと同じように、今ではパソコンなどに音楽を入れておけるのにCDを棚に並べて喜んでいる人もいる。そうして明るい部屋に置いてあるとジャケットが紫外線で褪色してしまう。電話帳と同じでグラモフォンの黄色い部分がことごとく消えてしまったりする。
 そうではなく、倉庫にしまっておくような感覚で、アパートの部屋が本だらけということだ。

 それなら、貸し押入れにしておけば安価だし、生活に必要な設備も無駄にならない。そういうのが近くに無いのだろうか。
 うちの近所には、そういうのが豊富で、建物の地下にあって防犯対策をしているところもあるし、本や季節のものを放り込んでおくだけなら鉄道から払い下げられたようなコンテナを空き地に並べているものがある。それを借りていれば、なにも広い自宅に高い家賃ということをしなくてもいい。

 それくらいわかっていそうなものだから、もしかすると近くに貸押入れがないのかもしれない。しかし、たまにしか使わないものは、遠くても別の場にしまっておいたほうがよいはずだ。

 この他にも、例えば来客用の布団が押入れの一部を占領しているうちがあるけれど、たまにしか来ないなら貸布団でよいという指摘もあるなど、場所の無駄をしている人が少なくない。
 それとは違い、地価の安い田舎に住んでいる人は場所など気にしないでいいが、そういう人はしばしば自分の持っているものを忘れてしまい、しまい込んだまま持っているものを買っていることがよくあるそうだ。

 ちょうど年度替わりで引っ越しも多いから、そのさい見直して発想を転換してみたらと提案したい。



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by ruhiginoue | 2016-03-23 17:35 | 雑感 | Comments(3)
 俳優の渡部篤郎が親密であった中谷美紀と別れてその後にどうしたかという芸能報道があった。

 この二人が共演していた人気ドラマ『ケイゾク』に関する出版で、テレビ局が出版社に抗議してきた「事件」がある。事件ということは裁判沙汰というわけだ。
 これは和解になったから抗議の事実は内密にということだったので、その本に自分も関与していたが何も説明しなかった。しかし、内密にと言っていた出版社のほうからSNSで話題にし公然化したことと、そのさい出版社側に誤解があることも判ったので、こちらからも説明すべきであろう。

 その出版社で同書の担当であった社員と、他の社員とで対立と齟齬があるため誤解が生じたらしいが、この本は企画の段階で社内に反対があり、それを担当の者が押し切る結果だったようだ。
 そうして発行したところ結構な売れ方だったのだが、テレビ局から抗議の文書が内容証明で送られてきた。著作権侵害だということだった。

 その書面を読むと、ドラマのあらすじを「梗概」の題目で説明している部分が小説の形となっているので、単に説明しているのではなく小説化(ノベライズ)であり、著作権法上の「翻案」に当たるから、これを無断で行ったのは著作権侵害であるということだった。

 これを書いた人が言うには、出版社のほうから依頼があってその通りに書いたもので、それがどんな形で本に載るのか知らなかったから、問題が生じて抗議が来ても出版社の責任だ、とのこと。事実関係はそのとおりだった。
 そして、裁判官も著作権侵害になりうると指摘したので、出版社は利益の一部をテレビ局に支払うことで和解した、という次第だった。

 この本と自分はどう関係があるのかと言うと、一部で使われていた文を書いていて、原稿料も受け取っていた。
 しかし、問題になった部分は別人が書いたものであり、その人さえも出版社に依頼されたとおりに書いただけだと言うのだから、あくまで出版社の責任であり、実際に出版社だけで解決した。

 ところが、その出版社内で担当者とは対立関係にある人から公然と非難されてしまった。外注なのに、それに関与しただけでも悪いというのは非常識だ。おそらく、同僚の仕事の実態を知らなかったのだろう。当時、労使紛争により社内が険悪だったそうだから。

 ということで、いちおう説明しておくべきだということになったのだが、同様の誤解は他の人からもされたことがある。

 同出版社は、前に『センチメンタルグラフティー』(略して『チングラ』)や『新世紀エヴァンゲリヲン』の本も無断で出していて、ヒット作に便乗した商売だという批判を受けていた。批評や解説を複数人に依頼し、それらを集めて本にまとめるという手法だ。
 そして、『チングラ』の関係者が、同出版社を批判することをSNSに書き、そのさい『ケイゾク』のことがあったので、こちらまで混同されていた。それで申し入れしたところ、誤解がないように説明を付け加えてくれた。
 そのさい同氏は『チングラ』は関係者の一人として、『エヴァ』はファンの一人として、その内容に憤っていると述べていた。苦労して製作した甲斐あってヒットしたら、そこに便乗されてしまう。そういうことは良くあるが、それにしてもひどすぎるということだった。

 それぞれの言い分はあるだろうが、こちらとしてはまず事実は正しく踏まえてもらいたい、ということに尽きる。

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by ruhiginoue | 2016-03-03 17:30 | 雑感 | Comments(0)
 これは自分が十代のころのことで、昔は、朝日新聞の投書欄「声」に採用されて掲載されると、色々な景品が送られてくるが、その一つがこのバスタオルであった。
 かなり厚手で大きく、素材はバスタオルと同じだが、ひざ掛けや肩掛けかもしれない。タオルケットにしては小さくて、寝具として単独には使用できない。自分では肩掛けにしていた。
 
 Asahi Simbumの文字が入っている。この社名のロゴはSimbunと英式なのが玉に疵だと本多勝一記者が書いていたことがある。それでも変に英訳していないことが良いということも指摘していた。これはNHKもそうだ。他のマスコミは、よく、固有名詞なのに訳しているからだ。

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 このような、ロゴ入りオリジナルグッズというようなものが何種類もあり、他に自分でもらった景品としては鞄などがあった。入っていた箱からわかったが、松屋に発注しているようで、だから小ぶりな商品ではあるが、けっこう上質である。

 この鞄を学校に持っていくと、よく、同級生から「お前のお父さん、朝日新聞に勤めてるのか」と言われた。そこそこの規模の会社では、そこのロゴが入った鞄を作っていることが珍しくないからだろう。そして実際に親の勤務先の鞄を使っている人がいたものだ。

 その後、朝日新聞の鞄を学校用に使うことはやめてしまった。使い勝手は良かったので残念だが、いくら投書しても載らないで悔しがっている教師に妬まれ虐められるようになってしまったからだ。


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by ruhiginoue | 2016-02-15 17:14 | 雑感 | Comments(5)

わがままも計算のうちか

 過日、悪気のないわがままは不治の病だということを述べた。
 自分にだけ都合よくするため、家族の健康が心配だという嘘をついたり、ホームページを印刷すれば少しだけ値引きするというどこの店にでもある話を、その店だけの特別な割引券があるから安いと言って欺いたりするが、そうしておいて相手を騙しとおすことはせず、平然と嘘であったことを言ってしまう同級生のことだ。

 こういう人は、その場だけやり過ごしてしまえばあとはいいというような、悪気のないわがままであり、そうなると不治の病で、付き合うのをやめておく以外に対応策はないという指摘をする人がいた、ということだ。

 ところが、他の指摘もあり、そういう人はちゃんと計算しているというのだ。そういうわがままで困る人がよくいて呆れさせられるということだった。
 そういうわがままな人は、仕事に関わる人が相手だったら不利益を被る可能性があるので、わがままをせずに自分を控えるはずだ。
 また、そういう利益とは無関係な同級生などでは、ずるいとかひどいことをして、それを相手が知って怒ったとしても経済的損失や社会的な打撃を受けることはない。また、怒らせてしまったとしても殴ったりまではしないだろうと思っているから、平気でそういうことをするうえ騙したことを口にして恥じないのだ。

 なるほど、そうでもないと、あのようなことは出来ないだろう。
 それなら、なおさらそういう人とは付き合わないほうが良いということになる。また、そういう人でもかまわないといって付き合っている人とも、付き合わないほうが良いだろう。

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by ruhiginoue | 2016-02-12 17:30 | 雑感 | Comments(3)
 過日、他人の痛みは我慢できるという人の話をした。
 健康保険の対象外となっている高額な治療を連続して受けなければならない家族のために医療費の負担で苦労している人が、確定申告で医療費控除によりかなりの還付があり、また医療費がかかるので助かると思っていたら、そこの親父がふんだくって自分の飲み代にしてしまった。
 家族の健康に関わることなのに、子供と孫が可愛くないのか、なんてひどいと嘆いたら、同級生から「いや!俺だったら、どんなに医療費で苦労しても親父に金を渡すよ!飲み代にされてもいいんだ!」などと言われ、自分が苦労していないからわからないにしても、そんなことを平然とよく言えるものだと呆れてしまうが、この同級生は他人の痛みは我慢できるという人なのだろうと思った。
 そういう話だった。

 しかし、これは違うのではないかと思い直した。
 そうではなく、その人はただ話の趣旨を理解できないので見当外れのことを言っているのではないか。なぜなら、その人には他にも話の趣旨を理解できないと思われることが、非常によくあるからだ。
 例えば、逆にいっぱい金をもっている人が、自分は金持ち優遇の政策で得をしているけれど、だからといってそれを肯定してはいけない、と言っていたら、これについてその同級生は「あの人はあんな商売で儲かっているから、そんな変なことを言えるんだよ」と言った。
 まるで噛み合っていないというか、意味不明である。問題は金持ち優遇の政策であって、それによって得をしているかどうかは金があるか無いかで、商売の中身とは関係がないし、自分が得をしているからといって政策の不公正を指摘しないのは不道徳だということの、どこが変なのか。

 ようするに、自分が得をしていることを批判するのは「変」だと思うだけで、なぜ批判するのかを考えられないのだろう。そして、「あんな商売」と自分が感じることで儲かっているから「変」で、だから言うことも「変」だと結び付けるのだろう。
 これ以外のことでも、この人はよく同じような反応をしていて、具体例を挙げていたらきりがないほどだから、たぶん間違いない。それに、試験で趣旨を何文字以内で説明せよという問題も、苦手というよりサッパリだったらしい。
 
 なので、他人の痛みは我慢できるという嫌な奴ではなく、話の趣旨を理解できない困った人だと認識を変えるべきではないかと思う。こういう人は社会の中に少なくないので、厄介である。また、当人も冷たい人であると誤解を受けることが他にもあるのではないか。


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by ruhiginoue | 2016-02-11 13:13 | 雑感 | Comments(5)

ワープロと漢字

 ワープロで文字を書いたり、Eメールでやりとりしたり、便利な道具ができて普及したおかげで、昔より作文をする機会は多くなったという人が増えたはずだ。
 ただ、手書きしなくなったので、書き方を忘れてしまった漢字が増えたという人も多い。
 
 あと、これは本多勝一氏も言っていたが、ワープロで手軽になったためか文中に漢字が増える風潮となり、これは読みやすさ解りやすさなどから歓迎できないという指摘がある。
 しかし、自分としては漢字のほうが解りやすいと思っていた。漢字だと意味が明確になるから、強調するため、例えば「いうこと」は「言う事」と書いていた。誰かの認識や意見によって「言う」、物ではなく「事」なのだ、と。
 
 ところが、それを読んだ人はワープロが片っ端から漢字に変換したものをそのまま受け入れていると受けとる。前にある出版社の人から言われて、手書きの時にも漢字で書いていたことなのに、ワープロの影響だと思われたのだった。
 これは、当時のワープロが片っ端から漢字に変換してしまうものだったことも影響している。初期のワープロでは、例えば「そうですね」という相づちのつもりが「総出脛」になってしまい、裾を膝まで捲るのかというような滑稽なことになった。
 そんな調子だったので、間違ってはいない「言う事」など、ワープロのためだと思われてしまう。

 このため、習慣として漢字ではなく平仮名にするものは、それに倣い、意味については文の内容によって強調するように努めることにした。だから、過去に書いた文書と今の文書とでは文体が変化しているけれど、特に漢字と平仮名に違いが表れている。


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by ruhiginoue | 2016-02-10 17:30 | 雑感 | Comments(0)

ワープロでの作文

 本多勝一著でもっとも売れている『日本語の作文技術』について、ワープロについて加筆した版を出すつもりはあるかという質問に、あくまで作文の技術について述べているから、道具について補筆することは考えていないというのが著者の回答だった。

 この『日本の作文技術』では、筆記具について余談として言及している部分ならある。万年筆で書くと大量の文字でも疲れにくいということ、金をペン先に使い滑らかにしているならいいが、キャップなど無意味なところに使い豪華にしている無駄に高額なものはやめたほうがいいということ、今まで使ったなかではモンブランよりもペリカンがよく、パーカーは幅を利かせているが「パーカー買うのはバーカー」といわれるように、かつては劣悪で、次第に良くなったという評価もあること、などだ。

 これと同じようにワープロについて語るとしても、パソコンの機種と使用する文書作成ソフトと、日進月歩の技術については、本に書いて語る意味がないだろうし、せいぜい、よくネット上でも言われているように、いろいろな意見はあるが、その違いにも関わらずだいたいの人たちが「ソニーのはダメだ」と言っていることが、「パーカー買うのはバーカー」と同じようなことくらいだろう。

 あと、機能とは無関係の部分で高額ではないかと思うのが、松本零士がデザインした万年筆で、SFの小道具みたいで楽しい外見だが、よい材質を使っているから品質は良いとしても、五万円というのが相応かということだ。
 そして、今では五万円も出せば新型のノートパソコンを買っておつりがくる。もちろんノートパソコンは買っても買ってもどんどん古くなるが、万年筆はほとんど一生ものだ。
 しかし疲れないことが利点の万年筆なのに、手書きするのは署名の他は手紙と葉書と署名くらいになってしまった。おそらくもっとも有益なのは、黒板をノートに書き写すことだろう。

 あと、書くこと自体とは関係がないが、立花隆著『知のソフトウエア』で、ワープロについて、便利なものが出来たとし、読み返すときは画面だと誤りなどに気づかないから必ず印刷してから読み返すようにするべきだと指摘していた。
 これは、そのとおりな気がする。これくらいではないか、ワープロでの作文について述べるとしたら。  


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by ruhiginoue | 2016-02-09 17:36 | 雑感 | Comments(2)
 バレンタインデーにチョコレートを贈るさい、翌月のホワイトデーでのお返しを期待し、損しないように見込みがありそうな複数の人に贈るというのは、分散投資「ポートフォリオ」のようなものであるが、チョコレートを貰ったので翌月にお返しをし、これで相思相愛になったと思ったら大間違いで、「私を落としたければお菓子では足りない」と高級レストランでの食事や高級ブランド品をせがまれることがあり、これは先物取引の「追証」のようなものである。
 
 今は市場が荒れているので、投資で損した人が大勢いるはずだ。もともと、ギャングで有名なアルカポネが、「密造酒には手を出しても株には手を出さないよ。あれは仕組まれたトリックだからな」と言っていたように、風説の流布など株価操作は法律で厳しく取り締まられて厳罰だが、戦争など大規模なものほど堂々とした陰謀があるものだ。

 ところで、実話に基づいたアメリカ映画『ミスターグッドバーを探して』では、クリスマスプレゼントについて「クリスマスなんてデパートの陰謀だ」と言う場面があったが、それを言ったら成人式なんて呉服屋の陰謀だし、恵方巻なんてコンビニ店の陰謀だし、バレンタインデーなんて菓子屋の陰謀というべきだろう。

 陰謀というほどのことではないかもしれないが、中学生の時、特に仲が良かった同じ組の男子が、リボンのついた化粧箱に入ったチョコレートをバレンタインデーにもらったのだが、これは同じ組の女子が、ある女子から匿名で貴方に渡してくれと頼まれたと言って渡したものだった。訳があって名乗れないから気持ちだけということだった。
 しかし、それは同じ組の男子数人が仕組んだことで、誰がくれたのだろうと嬉しそうにしている彼の様子を見て笑っていたのだった。特に彼は女の子にモテないから非常に嬉しそうにしていて、それを見て笑うという悪趣味であった。

 ただ、あまりにも嬉しそうにしていたから、そのあとで実はヤラセであったと知らせて落胆させてやり、さらに笑ってやろうと思っていたのに、この歓びようでは真実を知ったらショックでどうなるかと不安になってしまい、それでほんとうのことは教えなかったということだった。

 で、彼とは自宅が近かったこともあって卒業してからも付き合いがあったが、毎年二月になると「あれをくれたのは誰だったのかな」と必ず言い、二十歳になっても「十代のころの美しい思い出だ」と真顔で言っていたから、こっちも合わせて「そうだね」と言うしかなかったのだった。


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by ruhiginoue | 2016-02-07 14:32 | 雑感 | Comments(11)

清風堂書店 ‏@seifudosyoten 1月30日
新刊色々。イスラム過激派に入った若者が書いた『僕がイスラム戦士になってシリアで戦ったわけ』(金曜日)、イスラームの第一人者と精神科医が世界を語る『非道とグローバリズム』(ブックマン社)、『朝日新聞の逆襲』(第三書館)も売れています!
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 なぜ、マスコミ論、メディア論、朝日新聞論、なのに中東イスラム情勢のコーナーに置かれているのかというと、欧米メディアの戦争プロパガンダ報道を受け売り垂れ流ししている日本のマスコミの状況への批判に相当の紙面を費やしているからで、日本では報道されていない記事をインターネットで海外から取り寄せて翻訳したりもした。

 これについて、知り合いのいるいくつかの出版社に発行を頼んでみたが、もっともよく理解してくれたのは第三書館の北川明社長であった、という次第。
 もともと第三書館は中東イスラム情勢に力を入れていて、カダフィ著『緑の書』の邦訳を出したり、フランスで銃撃事件があった「風刺かヘイトか」のイラストを問題にしたりで物議にもなっていた。
 
 もちろん、一昨年の社長辞任や、直接話した有名記者で、本多勝一、筑紫哲也、伊藤千尋、本田雅和の各氏のことなど、ほかの話題もいろいろと取りあげている。
 
 
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by ruhiginoue | 2016-02-05 16:54 | 雑感 | Comments(1)