井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:雑感( 257 )

 高校の担任教師の話が、その当時の同級生との間に出たのだが、この教師は実質の伴っていない言葉だけが虚しく踊っている人だった。

 例えば、学校で教材として購入させられた副読本のうち多くが授業で使用されないため、無意味な支出になってしまったことが生徒の間で問題になると、その担任教師は「そのように考えてはいけない。生かすも自分、生かさないも自分」と、まるで「幸せは自分の心がきめる みつを」のような調子で説き、すっかり自分の言葉に酔いしれていた。

 これでは、もしもセールスマンに騙されて購入ささせられた高額な商品についても、「生かすも自分、生かさないも自分」ということになり、その他でも色々と大変なことになってしまう。

 もちろん、学校の不適切や不合理を問題にされた場合、教師の立場があって難しいこともあるだろう。しかし、空々しい言葉を得意になって述べることはないし、そんなことをしたらかえって反感を買うだけだろう。

 それが解らないのだから困ったものだという同級生もいたが、別の同級生は別の見解で、あの先生は良い人だと言う。それに異存はない。実際にそうだった。
 ただ、人は良いけれど頭が悪いので、それは責められない。だから、責められないだけに、人が良くて頭が悪いのは、頭が良くて人が悪いより厄介だということだ。

 たしかに、それは言えている。

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by ruhiginoue | 2016-05-06 14:51 | 雑感 | Comments(5)
 昔うちの母親が勘違いしていた。
 テレビに安田成美という女の子が出ていて、『風の谷のナウシカ』のイメージガールということで映画を模した衣装を着て宣伝していた。これに「なんて可愛い」と言っていた。その後、映画が放送されたのを観て面白かったと言うのだが、ナウシカの声は安田成美だと思い込んでいた。
 安田成美は映画の宣伝をしていただけで、映画でナウシカ役の声を演じていたのは島本須美という女優で、テレビドラマに出る一方でよくアニメや外国映画の吹き替えの声優をしている人だ。
 そうしたら「言われてみれば、新人のタレントの女の子がやっているにしては上手すぎて、どうも変だと思っていた」

 ところで、このところ気候が暖かくなってきたから、そろそろ食品など気を付けないといけないのだが、それとともにムシに煩わされる。『となりのトトロ』では温暖なのに害虫が出てこないことが現実と違うと宮崎駿監督が言っていたけれど、うちは暖かくなるとワラジムシがよく侵入してきて、これはゴキブリなどに比べると愛嬌があるけれど、しかしけっこうウザい。
 そうしたら、ワラジムシ退治の殺虫剤があると教えられた。その缶には、ワラジムシをスプレーの一吹きで撃退と謳っている。しかし、あのワラジムシの形状と動きに対し上から毒を放出して皆殺しというのは、なんか自分が巨神兵になったようで気分が良くない。

 そうしたら、クモも侵入するようになった。巣を貼らないクモでは、殺さないようにしていても地獄に堕ちたとき糸で助けてくれないが、俊敏な動きで害虫どもを捕らえてくれる。これにまた期待することにする。

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by ruhiginoue | 2016-04-24 17:28 | 雑感 | Comments(4)
「いい加減、目覚めなさい。日本という国は、そういう特権階級の人たちが楽しく幸せに暮らせるように、あなたたち凡人が安い給料で働き、高い税金を払うことで成り立っているんです。そういう特権階級の人たちが、あなたたちに何を望んでいるかしっている?今のままずーっと愚かでいてくれればいいの。世の中の仕組みや不公平なんかに気づかず、テレビやマンガでもボーッと見て何も考えず、会社に入ったら上司の言うことをおとなしく聞いて、戦争が始まったら真っ先に危険なところへ行って戦ってくれればいいの」

 十年前に異色の学校ドラマとして人気があった『女王の教室』で、主人公の女性教師が児童たに説く有名なセリフだ。
 これは今の社会の現実だと言う人をネット上で時々みかけるが、これは逆にというか児童・生徒のほうが昔から言ってきたことだった。これには昔はテレビや漫画が今よりずーっと社会派だったことも影響している。
 そしてこれを言えば教師に叱られるという構図だった。中には「そんなふうに世の中を斜めから見てはいけません。いいですか、人という字は~~~」と別の学校ドラマで有名なセリフと同じことを言って説教する教師がいるから、憂鬱になって学校に行きたくなくなってくる。

 その後、世の中の現実にまだ気づかない児童に、教師が叱って教えるという異色の学校ドラマも作られて人気が出たというわけだ。
 それにしても、自分の過去の学校でのことを思い出すと、そうした非現実的な建前とか綺麗事を説く教師たちは権力の手先になった確信犯ではなく本気で信奉する蒙昧であった。だから、より救いがない。
 これについて色々な人に訊いてみると、同じだったという人と全く違ったという人とがいて、時代も地域もさまざまだった。これは人と出くわす運の良し悪しなのだろうか。

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by ruhiginoue | 2016-04-17 17:34 | 雑感 | Comments(3)

田舎爪と田舎難聴

 よく、猫の耳の中は臭いというけれど、これは猫の耳の中は掃除をしないからしい。猫の耳の中を覗くとたいへん複雑な形状だから、これでは掃除などできない。しかしこの複雑さのために微小な音と方向を聴き分けることができて、その能力は聴覚の優れた良い犬をも上回るといわれる。

 ところで、かなり前のことだが仕事先で、かかってきた電話の声が小さいので「お電話が遠い」と言ったら、それを同じ職場の人が不可解に思って代わって、「ぜんぜん、そんなことないじゃないか」と言われてしまった。他にも呼ばれてすぐ反応しないことの原因は声がよく聞こえないからなので、おまえは難聴だと言われた。
 それで耳鼻咽喉科に行ったら、難聴ではなく耳に栓をしたようになっていると指摘された。吸引したら取れたその栓とは埃が固まったものだった。よく考えたら埃っぽいところで作業していた。取れたら電話などで苦労しなくなった。しかし耳掃除に耳鼻咽喉科というのも変だし、しかし耳の中を自分では覗けない。
 こういうことがあるから「耳かき屋」なんてのがあるのだろうか。しかし、大昔の人はどうだったのだろうか。猫は掃除なんてしないのによく聞こえるが、石器人はどうしていたのか。

 やはり職場で電話の声が聞こえず苦労した人が同級生にいるが、この人の場合は事情が違い、田舎で暮らしていたから周囲でほとんど音がしないほど静かなところで電話をするのが当たり前だったから、周りに雑音が多い職場で声を聴き分けるのに難儀したということだ。
 あと、この人の手は指先だけ丸く肉厚で幅広いから、まるで足の指みたいな形だと思っていたが、こういうのは「田舎爪」というのだそうだ。先祖代々農作業をしてきたため、最初から形状がそうなったのだという説もあるそうだ。
 これは確かめようがないことだが、なんとなく当たっているようにも思える。 


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by ruhiginoue | 2016-04-12 18:00 | 雑感 | Comments(0)
 このあいだ、仕事がらみの人の葬式があった。葬式などで死者に手向けるものを扱うさいは仕草を反対にする風習がある。これは北海道アイヌにもあって、死後の世界では昼夜などすべてがあの世とこの世とで反対になっているから、ということだ。

 そのため、例えばヤカンは注ぎ口から水を入れる。このため中身が沸騰していて蓋を取ると火傷の恐れがある場合は注ぎ口から水をつぎ足すということに対して、風習から忌む人がいる一方でそれは不合理であると否定する人がいる。

 この風習は、ヤカンに関しては、いわゆる笛吹ケトルといわれるヤカンの普及により、広い注ぎ口から注水することが当たり前になったこともあり、火傷や落として熱湯が飛散する事故を防止するほうが優先ということになって久しい。
 それでも最初は、笛吹ケトルがテレビで宣伝されると、注ぎ口から反対に注水する場面に、とんでもないことだという年配者からの猛反発があって、八十年代の前半に新聞の投書欄をにぎわせたこともある。

 そうして風習がとうに廃れたあと、まだこだわる人もいて、例えばヤーサンは修羅場を生きているという意識からシキタリにはうるさい。
 それで、前に話題にとりあげたことがあるオカマ系の知人が、バイト先で大変なことになってしまった。彼は、お冷を注ぐさい並べたタンブラーに端から注いでいたけれど、反対側の端に手を移動させず逆手にして注いだ。他意はなく、ただ彼のオカマ仕草だったが、これを見ていた客のヤーサンは、そうして注いだお冷を出されたので激怒したのだった。死ねという皮肉の意味になるということだからだ。

 この話をのちに共通の知人に聞いたときは笑いそうになったけど、巻き込まれた同僚は、謝ってもらうために上役を呼びに行く羽目になるなど大迷惑だったと怒っていたので、笑うわけにはいかなかった。
 それにしても、そうした風習が合理化で廃れる一方まだ生きている社会があるということに、色々と考えさせられた話であった。


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by ruhiginoue | 2016-04-09 17:27 | 雑感 | Comments(0)
 大量の本を持っているため住んでいるアパートがいっぱいになってしまったという知り合いがいる。
 それでどうしたかというと、もう一部屋借りたそうだ。そのくらいの家賃は余裕で払えるそうだが、それにしてももったいない。仕事で地方を行き来するから部屋を二つ借りているという人ならいるけれど、倉庫のような使い方をするなら住宅用の部屋でなくても貸押入れでよいのではないか。

 これは、いわゆる普請道楽で書庫をこしらえたり書斎自慢していたりというような人とは違う。
 そんな人は本をたくさん並べて悦に入っているものだ。かさばる百科事典に満足している人も昔はいたものだ。
 これと同じように、今ではパソコンなどに音楽を入れておけるのにCDを棚に並べて喜んでいる人もいる。そうして明るい部屋に置いてあるとジャケットが紫外線で褪色してしまう。電話帳と同じでグラモフォンの黄色い部分がことごとく消えてしまったりする。
 そうではなく、倉庫にしまっておくような感覚で、アパートの部屋が本だらけということだ。

 それなら、貸し押入れにしておけば安価だし、生活に必要な設備も無駄にならない。そういうのが近くに無いのだろうか。
 うちの近所には、そういうのが豊富で、建物の地下にあって防犯対策をしているところもあるし、本や季節のものを放り込んでおくだけなら鉄道から払い下げられたようなコンテナを空き地に並べているものがある。それを借りていれば、なにも広い自宅に高い家賃ということをしなくてもいい。

 それくらいわかっていそうなものだから、もしかすると近くに貸押入れがないのかもしれない。しかし、たまにしか使わないものは、遠くても別の場にしまっておいたほうがよいはずだ。

 この他にも、例えば来客用の布団が押入れの一部を占領しているうちがあるけれど、たまにしか来ないなら貸布団でよいという指摘もあるなど、場所の無駄をしている人が少なくない。
 それとは違い、地価の安い田舎に住んでいる人は場所など気にしないでいいが、そういう人はしばしば自分の持っているものを忘れてしまい、しまい込んだまま持っているものを買っていることがよくあるそうだ。

 ちょうど年度替わりで引っ越しも多いから、そのさい見直して発想を転換してみたらと提案したい。



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by ruhiginoue | 2016-03-23 17:35 | 雑感 | Comments(3)
 俳優の渡部篤郎が親密であった中谷美紀と別れてその後にどうしたかという芸能報道があった。

 この二人が共演していた人気ドラマ『ケイゾク』に関する出版で、テレビ局が出版社に抗議してきた「事件」がある。事件ということは裁判沙汰というわけだ。
 これは和解になったから抗議の事実は内密にということだったので、その本に自分も関与していたが何も説明しなかった。しかし、内密にと言っていた出版社のほうからSNSで話題にし公然化したことと、そのさい出版社側に誤解があることも判ったので、こちらからも説明すべきであろう。

 その出版社で同書の担当であった社員と、他の社員とで対立と齟齬があるため誤解が生じたらしいが、この本は企画の段階で社内に反対があり、それを担当の者が押し切る結果だったようだ。
 そうして発行したところ結構な売れ方だったのだが、テレビ局から抗議の文書が内容証明で送られてきた。著作権侵害だということだった。

 その書面を読むと、ドラマのあらすじを「梗概」の題目で説明している部分が小説の形となっているので、単に説明しているのではなく小説化(ノベライズ)であり、著作権法上の「翻案」に当たるから、これを無断で行ったのは著作権侵害であるということだった。

 これを書いた人が言うには、出版社のほうから依頼があってその通りに書いたもので、それがどんな形で本に載るのか知らなかったから、問題が生じて抗議が来ても出版社の責任だ、とのこと。事実関係はそのとおりだった。
 そして、裁判官も著作権侵害になりうると指摘したので、出版社は利益の一部をテレビ局に支払うことで和解した、という次第だった。

 この本と自分はどう関係があるのかと言うと、一部で使われていた文を書いていて、原稿料も受け取っていた。
 しかし、問題になった部分は別人が書いたものであり、その人さえも出版社に依頼されたとおりに書いただけだと言うのだから、あくまで出版社の責任であり、実際に出版社だけで解決した。

 ところが、その出版社内で担当者とは対立関係にある人から公然と非難されてしまった。外注なのに、それに関与しただけでも悪いというのは非常識だ。おそらく、同僚の仕事の実態を知らなかったのだろう。当時、労使紛争により社内が険悪だったそうだから。

 ということで、いちおう説明しておくべきだということになったのだが、同様の誤解は他の人からもされたことがある。

 同出版社は、前に『センチメンタルグラフティー』(略して『チングラ』)や『新世紀エヴァンゲリヲン』の本も無断で出していて、ヒット作に便乗した商売だという批判を受けていた。批評や解説を複数人に依頼し、それらを集めて本にまとめるという手法だ。
 そして、『チングラ』の関係者が、同出版社を批判することをSNSに書き、そのさい『ケイゾク』のことがあったので、こちらまで混同されていた。それで申し入れしたところ、誤解がないように説明を付け加えてくれた。
 そのさい同氏は『チングラ』は関係者の一人として、『エヴァ』はファンの一人として、その内容に憤っていると述べていた。苦労して製作した甲斐あってヒットしたら、そこに便乗されてしまう。そういうことは良くあるが、それにしてもひどすぎるということだった。

 それぞれの言い分はあるだろうが、こちらとしてはまず事実は正しく踏まえてもらいたい、ということに尽きる。

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by ruhiginoue | 2016-03-03 17:30 | 雑感 | Comments(0)
 これは自分が十代のころのことで、昔は、朝日新聞の投書欄「声」に採用されて掲載されると、色々な景品が送られてくるが、その一つがこのバスタオルであった。
 かなり厚手で大きく、素材はバスタオルと同じだが、ひざ掛けや肩掛けかもしれない。タオルケットにしては小さくて、寝具として単独には使用できない。自分では肩掛けにしていた。
 
 Asahi Simbumの文字が入っている。この社名のロゴはSimbunと英式なのが玉に疵だと本多勝一記者が書いていたことがある。それでも変に英訳していないことが良いということも指摘していた。これはNHKもそうだ。他のマスコミは、よく、固有名詞なのに訳しているからだ。

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 このような、ロゴ入りオリジナルグッズというようなものが何種類もあり、他に自分でもらった景品としては鞄などがあった。入っていた箱からわかったが、松屋に発注しているようで、だから小ぶりな商品ではあるが、けっこう上質である。

 この鞄を学校に持っていくと、よく、同級生から「お前のお父さん、朝日新聞に勤めてるのか」と言われた。そこそこの規模の会社では、そこのロゴが入った鞄を作っていることが珍しくないからだろう。そして実際に親の勤務先の鞄を使っている人がいたものだ。

 その後、朝日新聞の鞄を学校用に使うことはやめてしまった。使い勝手は良かったので残念だが、いくら投書しても載らないで悔しがっている教師に妬まれ虐められるようになってしまったからだ。


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by ruhiginoue | 2016-02-15 17:14 | 雑感 | Comments(5)

わがままも計算のうちか

 過日、悪気のないわがままは不治の病だということを述べた。
 自分にだけ都合よくするため、家族の健康が心配だという嘘をついたり、ホームページを印刷すれば少しだけ値引きするというどこの店にでもある話を、その店だけの特別な割引券があるから安いと言って欺いたりするが、そうしておいて相手を騙しとおすことはせず、平然と嘘であったことを言ってしまう同級生のことだ。

 こういう人は、その場だけやり過ごしてしまえばあとはいいというような、悪気のないわがままであり、そうなると不治の病で、付き合うのをやめておく以外に対応策はないという指摘をする人がいた、ということだ。

 ところが、他の指摘もあり、そういう人はちゃんと計算しているというのだ。そういうわがままで困る人がよくいて呆れさせられるということだった。
 そういうわがままな人は、仕事に関わる人が相手だったら不利益を被る可能性があるので、わがままをせずに自分を控えるはずだ。
 また、そういう利益とは無関係な同級生などでは、ずるいとかひどいことをして、それを相手が知って怒ったとしても経済的損失や社会的な打撃を受けることはない。また、怒らせてしまったとしても殴ったりまではしないだろうと思っているから、平気でそういうことをするうえ騙したことを口にして恥じないのだ。

 なるほど、そうでもないと、あのようなことは出来ないだろう。
 それなら、なおさらそういう人とは付き合わないほうが良いということになる。また、そういう人でもかまわないといって付き合っている人とも、付き合わないほうが良いだろう。

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by ruhiginoue | 2016-02-12 17:30 | 雑感 | Comments(3)
 過日、他人の痛みは我慢できるという人の話をした。
 健康保険の対象外となっている高額な治療を連続して受けなければならない家族のために医療費の負担で苦労している人が、確定申告で医療費控除によりかなりの還付があり、また医療費がかかるので助かると思っていたら、そこの親父がふんだくって自分の飲み代にしてしまった。
 家族の健康に関わることなのに、子供と孫が可愛くないのか、なんてひどいと嘆いたら、同級生から「いや!俺だったら、どんなに医療費で苦労しても親父に金を渡すよ!飲み代にされてもいいんだ!」などと言われ、自分が苦労していないからわからないにしても、そんなことを平然とよく言えるものだと呆れてしまうが、この同級生は他人の痛みは我慢できるという人なのだろうと思った。
 そういう話だった。

 しかし、これは違うのではないかと思い直した。
 そうではなく、その人はただ話の趣旨を理解できないので見当外れのことを言っているのではないか。なぜなら、その人には他にも話の趣旨を理解できないと思われることが、非常によくあるからだ。
 例えば、逆にいっぱい金をもっている人が、自分は金持ち優遇の政策で得をしているけれど、だからといってそれを肯定してはいけない、と言っていたら、これについてその同級生は「あの人はあんな商売で儲かっているから、そんな変なことを言えるんだよ」と言った。
 まるで噛み合っていないというか、意味不明である。問題は金持ち優遇の政策であって、それによって得をしているかどうかは金があるか無いかで、商売の中身とは関係がないし、自分が得をしているからといって政策の不公正を指摘しないのは不道徳だということの、どこが変なのか。

 ようするに、自分が得をしていることを批判するのは「変」だと思うだけで、なぜ批判するのかを考えられないのだろう。そして、「あんな商売」と自分が感じることで儲かっているから「変」で、だから言うことも「変」だと結び付けるのだろう。
 これ以外のことでも、この人はよく同じような反応をしていて、具体例を挙げていたらきりがないほどだから、たぶん間違いない。それに、試験で趣旨を何文字以内で説明せよという問題も、苦手というよりサッパリだったらしい。
 
 なので、他人の痛みは我慢できるという嫌な奴ではなく、話の趣旨を理解できない困った人だと認識を変えるべきではないかと思う。こういう人は社会の中に少なくないので、厄介である。また、当人も冷たい人であると誤解を受けることが他にもあるのではないか。


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by ruhiginoue | 2016-02-11 13:13 | 雑感 | Comments(5)