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by ruhiginoue

カテゴリ:学術( 97 )

文系の顔と理系の顔

 大学で文系の人は丸顔で理系の人は面長だと言っている人たちがいる。そんな印象があるれど統計をとったわけではなく、おそらく理系の人は頬がこけているからで、顔の形が違うのではないだろうとか、頬がこけているように感じるのも錯覚で、太っている人もよくいるから、神経質そうな顔つきによる印象だろうとか、いろいろな指摘がある。

 また、女性が男性に対して、イケメンは文系の方に多く、理系はオタクっぽい、という偏見をもっている人もいるが、これは文系に比べて理系にはオシャレしない人が多く、なぜなら実験などで服が汚れるからだと言う指摘がある。ちょうど芸術系で、音楽学部はオシャレする人が多いけど美術学部は汚れてもいい恰好をしているというのと同じことのようだ。
 
 このように、他の事情による印象が大きく影響していると言える。

 かつて83年だったと思うが、NHKのトーク番組『YOU』で、文系と理系というテーマだったことがある。その当時は不明だが、この直後は司会が糸井重里になっていた。
 この番組の中で「文系の顔と理系の顔」ということで大学生たちの顔を比較していたが、文系は良く言えば優しそう悪く言えばオットリという人相で、理系は良く言えばキリッと利発そう悪く言えば冷たそうという人相だということだった。
 これもサンプルが少なすぎて比較にならなかったが、ことさら極端な例を挙げていて笑い話にしており、つまり真面目なものではなかったのだろう。

 ここでSF作家の小松左京がゲストに出ていた。外国語を専攻した立場から科学を題材にした小説を書いているということで話をしていた。
 また、このとき彼が原作と製作をしていたSF映画『さよならジュピター』の話をして、その場面も一部紹介されていた。走りだったCGを本格的に使用したりと凝っていたが大赤字を出してしまったという映画だ。『日本沈没』のようなヒットを期待して引き受けて災難となった東宝は、続けて久しぶりにゴジラの新作を同じ監督で作り、これで取り戻したということだった。だからおそらく製作年度から83年の放送だったと推測している。

 しかし番組が面白くなかったのでテレビを消してしまったのだが、なのに同級生が興味深々で観たと言っていたから不可解だった。おそらく、学部と人相とか言っていて真面目な番組ではないと思った否かの違いだろう。
 やはり顔なんて関係ないはずだ。



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by ruhiginoue | 2017-02-26 16:11 | 学術 | Comments(2)

「医学部に行くな」

 ネット上で話題の、ヘボなレイアウトの広告。
 予備校の宣伝で受験生らしき女性の写真の右側に「医者になるんだ、私。」という文字だが、下には大きな文字で「医学部に行くな」とある。
 やめておけという意味みたいだが、よく見ると「医学部に行くなら」で、最後の「ら」が白い文字なのにシャツの白い襟と重なっているため見えにくくなっている。

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 これをデザイナーの失敗ということで笑っているだけではなく本気にしてしまいそうなのは、このような広告が始まったのが、かつて医者になりたがる人が多く医学部は狭き門という時代からで、しかし、もう医療は斜陽産業だから、古い発想で医学部に行くのはやめておけ、という意味になっても通用してしまうからだ。

 実際に、医師や薬剤師で転職を真面目に考えていると言う人たちがいる。これには色々な意味があって、忙しさと収入の両方の観点から手間暇費用をかけた見返りがないとか、仕事自体がつまらないとか、やり甲斐がないとか、意義がないとか、そうした実態についての指摘がされている。

 それを言ったら、他にも色々な分野の業務について同様に言えるのだが、ついに医歯薬系まで、その兆候がかなりはっきり見え始めたと医師や歯科医や薬剤師たちが言っている。

 それでも、楽しいから大学に行きたいということもある。芸術系の大学に、食えなくてもいいから行く人たちと同じだ。医学部は楽しいだろうか。看護師をやっている女性は「つまんないよ」と言っていたが。

 ところで、上記の「1対1完全個人指導」というのは、料金が高いのではないか。実は数学で受けたことがある。といっても受験ではなく大学に入ってからで、一般教養の分野ごと科目選択で理数系も何教科か履修するさい「数学」があって、これが物理や天文学や生物学と違って実験が無いから人気が無く、履修する人がいつも数人しかいない。だから欠席する人がいるとマンツーマンになることがしょっちゅうだった。
 おかげで丁寧に教わったのだか、受験のときにこれだったらよかったのに、と思った。そうなるとやはり親に金のある人が有利だ。
 
 あと、高校までは基礎知識ということでΣとか∫とか漠然と教えるから無味乾燥になるけど、大学ではコンピューターのプログラムのとき使えるというと面白かったし、経済の問題で金もうけのために利用したら意義があるから血眼になる。
 だから、よく言われるように、この利用法を先に教えるほうが良いと思う。高校の数学の教師は、「とにかく試験で赤点を取らなければいいんだ」だったから、つまらなかった。


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by ruhiginoue | 2017-01-11 09:07 | 学術 | Comments(2)

8½は八っか二分の一

 フェリーニ監督の映画『「8 1/2』は、「ハチ(ッ)カニブンノイチ」と読み、これは当時「と」より「か(箇)」が主流だったからで、明治時代から両方の読み方で良いとされ、戦後の教育では1970年位までは「か」、それ以降は「と」と教えるようになったらしい。
 
 ところが、小学五年生のときのこと、「か」と言っている教師がいたし、この映画の題もあって算数の時に「か」と読んだら、女性の担任教師に叱られてしまった。
 
 これが、「昔は二種類の読み方をしたけど今は[と]で統一することになっている」というのではなく「そんな言い方は無い」と決めつけた。

 その後も、何かにつけては授業中に「三と四分の一、井上に言わせると三か四分の一、ね」と嫌味を言った。
 しかし、この小学校の他の教師にも「か」と言う人がいるので、その教諭の嫌味に同調して笑う児童は少なかった。担任に睨まれたくないから黙っている人が多かった。

 この教師は他の分野でも変なことばかり言っている人で困ったし、嫌な思い出がいっぱいある。のちに専業主婦になるからと教師を辞めたそうで、それなら俺の担任になる前に辞めといてくれと言いたかったが、さらにのち離婚したという噂をきいて、教職に戻るんじゃねえよと思ったものだった。

 こんなことを『ゴッドファーザー』の放送で思い出してしまった。音楽が同じイタリアの巨匠ニーノ ロータだからだ。
 この幻想的な(人によっては訳の分からないという)映画は、かなり人気がある。そしてこの音楽も。





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by ruhiginoue | 2017-01-04 17:25 | 学術 | Comments(2)
 「時間がたつと影のむきが変わるのはなぜですか」
 「地球が回るから」
 これはバツ。
 「太陽が動くから」
 が正解。
 「学習したことを使って書きましょう」
 と、教師が注意書きした。
 なぜなら、これは小3のテストなので「地球の自転」はまだ習っていないから、「太陽が動くから」と答えろということだ。
 これに、その小3の息子の父親は、かつて自分も同じことをやられた記憶があり、まだこんなことをしているのかと嘆いた。習った範囲で回答するにしても「太陽が動く」なんて間違っているということだ。
 
 この父親の嘆きに賛同する人もいるが、習ったことをテストされているのだから当然だということで教師を擁護する人もいる。

 これは大学の試験ではよくあることで、例えば法学部の試験だから法的に答えるべきなのに「なぜ逮捕されたのか」に「マスコミが騒いだから」では本当でも不正解だし、「石炭を石油に変えるには」という問いに、化学なら抽出する方法を説明するべきだし、商業だと売ってその金で買う話になる。これは単純化していて、ほんとうはもっと複雑だ。

 また、一般教養でも、「〇肉〇食」の〇を埋めるとして、自然淘汰ということなら「弱肉強食」と書かないといけないし、そうでなければ「焼肉定食」でも良く、「~きた猫」は「喩え」なら「借りてきた猫」だけど、猫を主人公にした話で「例え」ば「百万回生きた猫」である。

 ただ、その小3のテストは、学習したことに基づいて回答するとしても、担当の先生が不適切なことを書いた。影の向きが変わるのは「太陽が動くから」ではなく「太陽の位置が変わるから」で、次になぜ変わるのかというと「地球が回るから」だ。
 


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by ruhiginoue | 2016-12-19 16:48 | 学術 | Comments(2)
 欧州の50歳の建設作業員の男性が、「エナジードリンク」を一日に4から5本を飲み続けて3週間したところで急性肝炎を発症したという話をきいた。
 この男性の症状は、エナジードリンクに含まれるナイアシンとして知られるビタミンB3の大量摂取によって引き起こされたと考えられている。

 この建設作業員の男は、いつもの食生活をしながら、毎日の仕事への活力を補うべくエナジードリンクを飲み始めたが、その後まもなく、彼は異常な疲れと腹痛を覚えるようになり、吐き気や嘔吐の症状が出はじめたという。

 このとき彼はインフルエンザかと思ったが、黄疸が出た時に別の異常であると気づき、病院で検査を受けたところ、慢性C型肝炎を示す高いレベルの量のトランスアミナーゼ肝臓酵素が認められ、重症肝炎が明らかになった。


 このような症例は過去にもあり、このため過剰摂取の危険がまた指摘された。しかし、以前同様のケースが報告された時は1日300mgのナイアシンを摂取していたのに対し、今回の彼の1日のナイアシン摂取量は約160~200mgで、これは毒性を引き起こすと予想されるレベルを下回っていたから、毒性が蓄積されたと医師はみているとのこと。


 かつては、薬と違って栄養剤だと余分でも排泄されるので安心だと言われていたが、そうではなく過剰摂取は悪影響があると言われるようになってきた。

 これについて、もう10年くらい前に知り合いの医師から、診断ではなく私生活上で指摘をされていた。このとき、通販で色々と買って持っていたので、それを注意されたのだった。


 そして最近のことだが、ドラッグストアで働いている薬剤師が言っていた。
 「薬店に勤務している立場からは言いにくい事実だが、そもそも栄養を人工的な工業品であるサプリとかドリンク剤で摂るのは不自然なことで、内臓への負担も指摘されている。もともと病気中や手術後など健康上の具体的な事情がある場合に、緊急的とか一時的とかいう使い方をするものだ。それ以外ではなるべく避けるべきで、少なくとも、これを飲んでいれば安心だとか、より健康になれるとか、そんな勝手な思い込みや宣伝に載せられたりで日常的に取り入れることは絶対にやめるべきだ」

 というわけで、サプリメントなどに依存しないよう、普段からの食生活に配慮することにしている。それはそれでけっこう大変なのだが、そのほうが楽しい。



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by ruhiginoue | 2016-11-21 17:55 | 学術 | Comments(3)

ノーベル賞と嫉妬

 ノーベル賞は世界でもっとも有名な賞(ショー)だから、注目されるのは当然だし、賞金もなかなかの額なので、もらえれるなら結構なことだと思ってる人もいる。サルトルのように、それでも要らないと言ったカッコイイ人もいたが。
 
 それで、ノーベル賞のたびに、授賞者を出せる国や社会の環境が話題になる。
 前にノーベル賞を受けた人が、大学などの研究室ではなく民間企業に勤務していたことで話題になったことに加え、その受賞した開発で会社からもらった報奨金が少なく、受賞してからボーナスが出たことでも騒がれた。ノーベル賞に選ばれたら文化勲章というように、日本が自ら評価しないことが原因といわれる。

 そのことで、田中という受賞者の方が勤務している会社を気遣って「ちゃんと給料をくれて自由に研究をさせてくれた」と記者会見で言ったところ、その部分だけ取り上げ「それに比べ中村という人はもっと金をよこせと会社を裁判に訴えてケシカラン」と非難した人たちがいた。
 そして、彼がアメリカの大学で教鞭をとるため米国籍になり、蓮舫代表で話題の二重国籍が日本は認められないので日本国籍を失い日本人ではなくなったのに、その開発によりノーベル賞を受けたら「日本の誇り」と騒いだ。
 こんなところが日本人の情けなさというか醜さというかだ。

 あと、文学賞のボブ ディランのことをかつてジョン レノンとデビッド ボウイは歌詞の中で本名で呼んでいたことを思い出したが、これで候補だった村上春樹はまた逃したわけだ。
 ある松本清張の小説に、大手出版社が主催する文学賞に選ばれた人を同人誌の仲間たちが「おめでとう」「我々も誇りに思うよ」と口々に言うけど実はみんな心の中では妬んでいて邪魔しようとする話があったけれど、これはノーベル賞でも、文学賞以外でも、同じだろう。

 だから、ノーベル賞のたびに研究環境の充実などが課題であるといわれ続けてはいるが、授賞者が日本からでても、表向きでは喜んではいても内心では僻みと妬みばっかりだから、研究環境が良くなることは、おそらく無いだろう。



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by ruhiginoue | 2016-10-15 19:38 | 学術 | Comments(4)

青森の三大丸山遺跡

 北海道からの帰りに青森に寄る。今にも雨が降りそうな空模様だ。空気も湿っぽい。

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 青森の三内丸山遺跡に来たら、雨が降りだした。傘をさして遺跡の見学。

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 再現された縄文時代の大規模建築物。集会や冬季の防寒に使用されたと考えられている。

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 雨が強くなり、博物館の中に入る。

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 「盛土」(もりど)。
 大量の土器や土偶からヒスイの玉などが、建設残土とともに廃棄されていた。ゴミではなく土に返す発想だったのかも。

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 盛土(もりど)の底。土器などの破片が埋もれていた。

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並べるとなかなか壮観な土器群。

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この木柱はレプリカではなく出土した実物。周囲を展示館の照明が取り囲んでいる。

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 一万年も続いた縄文時代はそれなりの文明社会で、京都や奈良の渡来人による移植ではなく、これこそオリジナルの日本であったというべきだろう。





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by ruhiginoue | 2016-10-11 12:41 | 学術 | Comments(0)
 日本医療安全学会が今年3月に東京都内で開いた学術集会の講演で、登壇した男性が「遺賊が求めているのは金と、医師・看護師への処罰であって、原因究明や再発防止は関係ない」などと話し、スライドにも同様の表現があったという。また、これを見て会場内から笑いが起きたそうだ。

 「賊」は犯罪者を思わせる表現だとして、複数の参加者が発言内容の問題を指摘し、これを受けた会員有志が今月、対応を求める文書を同学会の理事長に提出したところ、学会は理事会で協議し、発言に対し、「社会へ貢献する民主的な良識の学術団体としては不適切であり、容認しない」とする声明文を26日、サイトに掲載した。

 これに対し発言したとされる男性は取材に対し、「いわゆるモンスターペイシェント(理不尽な要求を繰り返す患者)を指したもので、現実にそういう人はいる。不適切な発言とは思っていない」と話したそうだ。つまり開き直ったということだ。

 同学会のサイトによると、男性は代議員として名を連ねている。弁護士であるという情報もある。医師お抱え弁護士ということらしいが、霞ヶ関の裁判所前に黒塗りの車が横付けされて立派なスーツを着た威張り腐った感じの弁護士集団がどやどやと降りてくるけど、医者の訴訟代理人の弁護士たちであることがよくあり、その弁護士たちはだいたい弁論でもこんな調子である。

 ただ、医師とか弁護士とかだけではなく、例えば政権与党所属の石原伸晃議員が原発事故について「福島サティアン」とか「金目」なんて言ってたりと、深刻な問題を真面目に話すべきところで悪ふざけをしたうえ、悲惨な想いをした人たちを侮辱するなどしていて、日本の社会全体がそういう発想をする嫌な雰囲気になってるのだ。

 ところが、そういうのが嫌なものだとは感じない人たちが多数いて、逆に安倍総理の言葉を借りると「美しい国」ということになるのだ。もともと、日本人のものの考え方は世界的に見ても特殊で、「秘境」と表現した文化人類学者もいる。これを前提にして、常に念頭に置いておかなければ、日本では物事の本質が見えてこない。

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by ruhiginoue | 2016-08-28 19:33 | 学術 | Comments(1)
 戦争の話の時季であるから『きけ わだつみのこえ』などを読む。

 理系の学生は軍事研究のため徴兵を猶予されていた。そこから誤解が生じ、自分らのやっている学問は役に立ち、他は役に立たないという勘違いと思い上がりが理系の連中に生じ、今も続いている。あくまで戦争に一部が役に立っただけで、もともと理系は趣味と遊びであるのに。

 また、文系の学生は語学力と情報収集能力に長けていたので、国内外の情勢を察知し、『日本は敗ける』と早くから予期していた。俳優の天本英世が言っていた。仲良しだった飯干晃一は軍の秘密放送を傍受し敗戦を確信して逃亡を模索してたと。戦後、飯干晃一は新聞記者から『仁義なき戦い』など作家に。天本英世は東大で外国語やってたら軍隊に動員され、戦後は俳優になりマッドサイエンティスト役を得意にしていたというのが皮肉っぽい。理系の学生は研究室に閉じこもり大本営発表を鵜呑みにしていた。

 そもそも大学の理科系は、金はかかるし時間もかかる。金を出してくれる親がいてバイトをたくさんしなくていい身分じゃないと行けない。それで最初からあきらめる人が多いので競争率が実質的に低いから優秀な人のいる割合が少ないのだが、親がかりで長々と遊んでるだけなのにたくさん勉強してると勘違いしてる人が多い。

 かつて青色発光ダイオードのオッさんがもっと金よこせと裁判に訴えたけど値切られてしまい気の毒だったが、そのさい「日本は文系国家だ」と愚痴っていた。それは文系の方が理系より優秀な人間が相対的に多いから仕方ない。教育の機会均等が無い社会だから、全体的に高学歴でも優秀とは限らないうえ、金がかかる分野ほど才能ではなく経済でふるいにかけられている。
 つまり、まず意欲や才能よりも経済力でふるいにかけられてるから実力主義じゃない。そうなると金や時間がかかる分野(学部・学科)ほど優秀な人が相対的に少なくなる。その最たるものは医学部だろう。

 これだから、戦没学生の話からわかるのは、理系に誤解と思い上がりさせたのが軍国主義の大きな害毒ということである。

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by ruhiginoue | 2016-08-11 20:28 | 学術 | Comments(2)
 例えば、「石炭を石油にするには」と言っても、工業の問題なら石炭から石油を抽出する方法になるが、商業の問題なら石炭と石油の等価交換または石炭の売却益で石油を購入する方法になるし、抽出するにしてもそれで採算が合うかどうかという話だ。
 ところが、石炭を売って石油を買うことを前提にして、具体的にはどうするかの話をしているところに、石炭から石油を抽出する話をする人がいて、「今話しているのは、そんな問題ではない」と指摘されたのに「この方法は正しい」と言ったらどうか。そして、いくら強弁しても虚しいと説明しても理解できないとしたら。

 この喩え話と同じ間違いをしでかして無自覚でいるのが、あの左巻健男とか大石雅寿とかいう人たちである。前にも言っていたが、その後もまだSNSなどで続けていたから、どうしたら解かるようになるのかと呆れてしまった。

 この人たちは、自分は科学者だとしたうえで、科学的誤りを言う人を批判していると言うのだが、そこでとんでもないデタラメを述べる。科学的に正しいことを言って裁判に訴えられた人がいるなどと、そんな中世の宗教裁判みたいなことが現代の日本にあるわけない。
 よく調べると、まるで違った。他人が言うことに対して、間違っていると指摘するのではなく、悪意をもって嘘を言いふらしていると根拠もなく言ったから名誉毀損で訴えられたのだ。

 ところが、これを指摘されても、自分の言うことは科学的に正しいと繰り返すばかり。趣旨を読み取れずに外れたことを言ったことについての反省はしない。理科はなんとかなるけど国語は苦手ということだろうか。それにしても、ほんとうに自信があるなら、少しは謙虚になれるはずだ。

 ようするに、左巻健男とか大石雅寿とかいう人たちは根本的かつ本質的に無知ということだ。知識に尺度や基準は無いから、無知とは知識の量ではなく、自分が興味を持っていること以外には無関心でいて構わないとする怠惰や傲慢のことだ。
 こういう人たちが幅を利かせる時代は、もう終わりにしないといけない。

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by ruhiginoue | 2016-07-06 15:46 | 学術 | Comments(2)