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by ruhiginoue

カテゴリ:政治( 642 )

稲田防衛大臣がついに辞任することになったそうだけど、少し前まで「なんでやめないのか」と言われていた。そして皮肉のつもりで「これでも辞めなくていいの北朝鮮くらいじゃないか」と言ってる人がいたけれど、北朝鮮は軍事を重く見てるんだから、職務について無能で不正と不祥事を連発した稲田防衛大臣は北朝鮮だったら死刑だろう。

そのうえ、職務自体の他でも稲田防衛相は週刊誌の餌食だった。アメリカ軍の要人と面談するのを断ったのは化粧が間に合わなかったからと週刊誌に書かれているが、前からあの人はダテメガネをかけたりマスカラばっちりにしたり、のっぺり顔の人がなんとか補おうとすることをやっていたからおかしくて、それでいて「グッドルッキング」と自画自賛をしたから吹き出してしまったのだった。

その前にも、女性週刊誌に「おしゃれが好きなダサイ人」とネタにされていた。「ものはいいんでしょうけどね」と、着ている服は値段の高いものみたいだけどセンスが悪いと指摘されていた。
例えば自衛隊の観閲式で、小池百合子東京都知事が防衛相だった時、大変おしゃれなスーツを着ていたけれど色は黒だから硬い印象で、しかし自衛隊の儀礼用の制服は白だからそこに混じると目立つというように、うまく着こなしていたのに対し、稲田防衛相の着ていたスーツはなんとピンク色だった。

だから稲田防衛大臣はギャグメーカーだったとしか思えない。



余談.昨夜の黄昏時,

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by ruhiginoue | 2017-07-28 14:28 | 政治 | Comments(4)
昨日は、国民年金制度の破綻と、その問題について「逃げ切り組の老人たち」は他人事で意識が低いという話について述べたが、今の老人世代に、自分さえよければと後世のことを考えない傾向があると指摘されている。

ところが、その損をする世代の人たちに、問題の意味をわかっていない人がいるので、困ったものである。
例えば知人にこの問題を話したら、自分がもらえなくても今の老人を養うためにお金を払い続けるのは美徳なのだから全然構わないと言った人がいる。
そう言って気取っているけれども、年金とは掛け金の正当な対価として貰う権利があるもので、老人を養うのであれば税金を充て政策を立てなければならないから、全然違うのに、こんな簡単なことも理解できない社会人がいるのである。

そして、現役世代もこの調子なんだから「逃げ切り組の老人」たちはもっとひどい。自分たちが若い頃は病院に行かないのに保険料を払い続けたから今だってそうして当然だ、と言う。老人の数が増えすぎ、非正規雇用も増え、職場の保険に入れない人が多くなってしまったから国民健康保険が破綻している現実をわかっていない。

こういう人に出くわすと「この程度の国民だから、この程度の政府」という昔からの格言の通りだと感じてしまう。


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by ruhiginoue | 2017-07-26 17:38 | 政治 | Comments(0)
また橋下徹が、今度は蓮舫に便乗してデタラメ発言をしている。
これは二重国籍の件で、蓮舫のように自分も出自を報じられたとか、蓮舫を庇ってる人が自分を庇わなかったとか、そう文句を言っている。

とんでもない。橋下徹が出自そのものを問題にされたなら蓮舫の同趣旨の差別だという話になるが、そうではない。

まず橋下徹の場合、その人間性に否定的評価があった。そして、その原因は出自が原因であると週刊誌が報じたから、差別だと問題になった。
なぜなら、誰だって出自から人格形成にある程度の影響を受けるが、橋下徹の場合は出身地が差別を受けていたことを週刊誌によって殊更強調されたからだ。

つまり、橋下徹が出自で差別されたから問題になったのではなく、橋下徹のような人になってしまうのは出自が原因だと言うのでは同じ出自の人たちに対する偏見を生むという意味だった。橋下徹と一緒にするな、なのだ。

ところが蓮舫の場合、人格と無関係に、ただ出自そのものをとやかく言われたので差別だと問題になっている。
だから全然違うので、橋下徹が蓮舫を引き合いに出して自らを語ることは出来ないのだ。

そして、橋下徹の人間性を問題にするさい出自に原因を求めては差別になるから問題だが、それが不適切であっても、飽くまで原因のことを言っているのだから、橋下徹の人間性に対する否定的評価は変わらないのだ。

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by ruhiginoue | 2017-07-21 14:50 | 政治 | Comments(0)
 稲田朋美防衛相は内閣改造で交代する可能性が高いと言われているが、週刊誌の報道によると彼女は周囲に「もう一期やりたいわ。外務大臣でもええねんけど」(『週刊文春』7月13日号)と言ったそうだ。
 しかし、防衛大臣をしっかり務めあげたうえで「防衛以前に重要なのは外交だから次は外相をやりたい」と言うならいいが、そうではなく、防衛相がちゃんと勤まらないのに外相「でもいい」というのだから、仕事も政治も解っていないわけだ。
 どうせまた、出かけるときにどんな服を着ていこうかということばかり考えているのだろう。

 そして、九州の死者も出ている大水害に消防と警察とともに自衛隊も出動して救援活動しているとき、防衛省に大臣をはじめ三役が誰もいない時があり、そのとき稲田防衛相の外出は公務ではなかったというのだから大顰蹙である。選挙の問題発言があって辞任どころか更迭だろうというのに職務を全うすると居座り、その直後にこれである。

 その前から国会での虚偽答弁などがあり、もうとっくに辞めていてもおかしくなかったのだが、安倍総理が「オトモダチ人事」と皮肉られるように庇っていた。
 そんな大臣を「続投」させてきたのが悪いと、色々な多くの人たちが言ったり書いたりしているが、これが引っかかる。「続投」は野球の投手が振るってなくても続けさせることから転じての表現であり、もともと喩え話だった。

 ほんとうは「留任」だろう。打たれても打たれても投手交代させないので点を取られてばかりいるから、これは投手より監督の責任であるというように、失態ばかりで仕事がお粗末の稲田防衛相を更迭せず留任させてきた安倍総理の責任という話の流れで「なのに続投させて」と表現するなら喩えとして意味があるけれど、そうではなく他の人についても一般的に、ただ辞めないというだけで「留任」でいいところでも「続投」と表現していることがよくあり、気になってしまう。
 つまり「続投」が無条件に相応しいのは稲田防衛相に限ってのことだ。

 これは前にも触れた、選挙に「立候補」するのを「出馬」と表現しているのと同じだ。競争するとか昔の戦いに赴くこととか、喩えることに具体的な意味があって候補者があえて言うならともかく、そうでなければ候補者が馬になったみたいで変な感じがする。Twitterでどうしても一文字はみ出すとでもいうのでなければ、ちゃんと「立候補」と表現すべきだ。
 どうも、喩えだったものが独り歩きして、本来の表現が無視されたうえ、喩える意義まで失われてしまっている、という言葉の問題を感じる。

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by ruhiginoue | 2017-07-08 20:19 | 政治 | Comments(1)
 先の東京都議会議員選挙で、「NHKから国民を守る党」の立花孝志という人が葛飾区(定数4)から立候補し、4463票で候補者8人中最下位の落選だった。最下位当選は2万2120票。それでもまた立候補を予定しているらしい。
 この人は船橋市議会議員の経験があるけれど、その後に団体を作ってさらに多くの支持を獲得しようとしたのだろうが、あの非常識では無理だろう。

 もとNHK職員として、その当時に職場のやり方の汚さを直接知ったので、NHKの強引で詐欺的な受信料徴収に対してボイコットを呼びかけている、という運動には賛同する人が多かった。
 それならいわゆるシングルイシューでNHK問題を訴えるべきだ。もちろんシングルイシューには他の争点が隠れるなど問題がある。そして法的に政党と認定されていなくても「党」を名乗るなら他の政策も標榜しないといけない。
 そのためにたくさん調べたり勉強したりするべきだし、そこまでできなくても他の政党の政策を調べて、自分なりに賛同できるものに倣えばよい。

 ところが立花孝志という人は一部に奇をてらったことを言うことで独自性を発揮していると錯覚しているようだ。
 そしてNHK問題の他に挙げた唯一の政策とは福祉だが、なんと生活保護受給者を強制収容所に入れて強制労働させるというものだった。福祉の施設を作り能力に応じて働いてもらうとは言うが、ナチスの収容所だって能力に応じた労働であるし、生活困窮者を働かせるための場を作るというのでは前々世紀の「貧乏農場」である。
 また、施設を作るのでは医療など様々な施設が必要だから余計に費用がかかるし、利権の温床にもなる。あのハンセン病隔離施設のような人権侵害にも発展することは必至で、その過去の失政が問題になり国も反省と謝罪をしている。
 だから到底現実的ではないし、そもそも生活保護の根拠である生存権をまるで理解していない。

 しかも、すでに非難轟々だが、立花孝志という人は、例の山口敬之「総理ベッタリ記者」を実名告発した詩織さんの件で、裁判所が証拠と法律について外部からチェックしたうえで発行された逮捕状を刑事部長が横やりで執行させなかった問題について、そうすることが正当であり、なぜなら準強姦は立証が困難だからで、それはいつもしていることと区別しにくいからで、自分だって酔いつぶれた女性を介抱したあとにセックスしたことが二回ある、と公言する非常識である。

 これでは、最下位落選も当たり前であるし、今後も無理だろう。
 こんな人がNHKの職員だったということは、TBSだけでなくNHKでも同じことをしている男がいるのだろうと思われるだろう。それで受信料ボイコットがさらに増えたら結構なことではあるが。



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by ruhiginoue | 2017-07-07 19:50 | 政治 | Comments(0)

宗教がいっぱい

 稲田朋美という政治家は元々は弁護士で、ヘボ弁護士だから政治家に転じたような経緯だが、それにしてもいちおう弁護士であるはずなのにそうとは思えない法的無知ということを色々と指摘してきた。その一つが出世の足掛かりとなった朝日新聞への嫌がらせ訴訟であった。この件は拙書『朝日新聞の…』でも述べたとおりである。

 ただし、このところの問題発言のため、稲田防衛相はあれでも弁護士かと言う人が増えたけれど、橋下徹だって弁護士だし、金に困ってヘイト本を書いて(あるいはただの名義貸しか?)いるケントギルバートも弁護士だ。ほかにも、知識は怪しく人権意識も無い弁護士はウジャウジャいる。これは医師とか他の分野でも言えることだ。

 ところで、「法律相談も受けたことがない」と国会で否定したものの裁判所に出廷の記録があったため、「夫の代わりに出たことを忘れていた」と訂正して謝っていたが、この稲田朋美と稲田龍二の弁護士事務所の名前は「光明会」という。
 これだけではピンと来ない人が大多数だろうが、すぐわかってしまう者もいる。その最たるのは宗教活動が盛んな大学に入ってしまった者だろう。あのときのことを今でもハッキリと憶えている。「光明思想研究会」というサークルがあって、正門の前で新入生に機関誌を「入学祝」だと言いながら配布していて、これを読むと「天皇陛下ありがとうございます」「日本人に生まれて幸せです」「共産主義を倒そう」などの文字が躍っていたのだった。

 その前に、高校のころ仲良くしてた歯学部の学生は親が金持ちで自民党支持で、生長の家から勝手に分派みたいにしてあちこちに「世界人類が平和でありますように」の札を貼ったりしている団体に入っていた。「守護神様ありがとうございます。守護霊様ありがとうございます」と唱えるのだとも言っていた。
 これについて、幸福の科学の大川隆法が霊媒というかイタコ芸というかで生長の家の教祖・谷口雅春を呼び出して語らせたところによると、生長の家を出て行って勝手に白光というエピゴーネン団体を作った五井昌久は地獄に墜ちているらしい。
 そして幸福の科学の熱心な信者だった影山民夫は自宅で事故死し、生長の家の信者が経営し始業のさいはお祈りするヤオハンは潰れた。

 その歯大生の友達でスピリチアリズムに傾倒していたのは防衛医大生だった。また防衛医大の医師で医学博士号(日大)を持つ人には創価学会員がいて患者を「折伏」しようと集会に「山本リンダが来るよ」と誘っていたということは拙書『防衛医大の...』で触れている。だから後にオウム真理教事件で「理科系の大学院まで行った人がなぜ」とかマスコミが騒ぐから「なに言ってんだ」と呆れたものだった。



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by ruhiginoue | 2017-07-04 21:38 | 政治 | Comments(3)
 豊田真由子議員のパワハラ問題だが、ハンガーで殴られたというのだから、武田鉄矢が映画で披露していた「ハンガーヌンチャク」を思い出してしまう。また武田鉄矢のテレビドラマで最も有名な役はもちろん金八先生だが、その最初の生徒役の一人で有名になったのが三原じゅん子である。
 この三原じゅん子議員を豊田議員は見習ったと言っていて、ポスターも模倣したそうだが、それなら負傷した秘書の診断書には「顔面打撲傷」とも記載されていたそうだけど、三原じゅん子議員は注意しなかったのだろうか。『金八先生』に出てたとき言ってたように「顔はヤバイよ、ボディやんな」と。

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 そういえば三原じゅん子議員も週刊誌の記者に写真を勝手に撮られ怒って暴力をふるい逮捕されたことがあるから、その意味でも先輩だ。
 ただ、そのとき芸能人だった彼女は、警察での扱いがひどかったと言っていたのだが、それでも司法と人権の問題に関心は持たなかったようだ。自民党に入っていてもできることはあるはずだが、しかし前にも述べたが、自分が権力の被害者になっても社会に覚醒しない人のほうが多い。
 しかも左翼団体で活動していた人にすら、そういう人がゴロゴロいるのだから、芸能人ならなおさらだろう。

 ところで、豊田真由子議員の感情的で攻撃的な暴言の録音を聞いて「お母さんみたい」と言った子供たちがいたそうだが、うちの母はもっと凄かったし、さらに凄まじかったのが小学校の担任をはじめとした女性の教師たち。
 つまり弱い立場の相手が我慢を強いられているとボルテージが急上昇する女性なんだろう。それが学校でも家庭でも困ったことなのだが、あと豊田議員の暴言に「ハゲー!」というのがあり、これについて東国原とか百田とかいう人達はどう思っているのだろうか。

 実は、高校生のとき同級生に、神経性ではなく壮年性の脱毛症だった人が複数いた。早い人は十代の後半から始まる。そのうち一人は一部の人にかわれていて気の毒だったが、もう一人は「やられる前にやれ」という主義だったから、かたっぱしから嫌がらせしていて、それが敵意が無い相手であってもオシャレな髪型をちょっとでもしていると嫌がらせをしまくっていた。これがひどいもので、殴れば良かったとも思うが、おそらく殴られても止めなかったはずで、最も有効なのは最も気にしていることすなわち「ハゲ」と侮辱することだった。これを言われると逆上はするが打撃を受けているのがはっきり判った。

 しかし自分はそいつにどんなに頭に来ても言わなかった。身体的な悩みを言って攻撃すると相手以上に自分を貶めると思ったからだ。
 ただ、そうして耐えているところにそいつは付け込んで嫌がらせをエスカレートさせた。だから執拗に殴れば良かったか、それともハゲ口撃すればよかったか。

 これについて最近思うのだが、どんなに悔しくても身体的な悪口は言わないことを貫いて、周囲からどう見られていただろうか。耐えて立派だと思われたか、我慢して不甲斐ないと思われたか。
 もちろん信念とは他人からの評価ではなく自分自身がわかっていることが大事だが、それでも学校の中でみんなどう思うか気になってしまうのはなぜかと言うと、評価する者たちは必ずいたと確信しているけれど、そうであろう人に限って自分と友達ではなかったからだ。

 つまり交友関係を後悔している。趣味が合うというだけの人たちとばかり付き合ったりしていたことを反省しなければならない。しかし、それに気づくには高校生では未熟すぎたのだ。




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by ruhiginoue | 2017-07-03 22:40 | 政治 | Comments(6)
 前にタレントのキッチュこと松尾貴史氏が選挙の話をネットでしていたから、どうせやるならお得意の田原総一朗の真似でやってくれたら面白いとツイートしたら、あれは面白かったとフォロワーたちと盛り上がり、これに気づいたキッチュ氏からネタを考えているとの回答が寄せられ、そこで次のネタとして「田原総一朗対池上彰」をリクエストしておいた。

 ところで、その池上彰は、平昌五輪を前に朝鮮戦争から現在をテレビで解説していたが、これにある朝日新聞の記者が「あいかわらずのわかりやすさで、ためになる」と評していた。
 しかし池上彰のわかりやすさは、しばしば悪しき単純化をしていて、それが必ず時の権力に迎合しているから曲者である。
 
 そうしたら選挙にあたり、先に問題となった読売新聞の例の記事について池上彰は厳しく批判してはいるが、それはナベツネ会長が学生時代に共産党員であったことが影響していると「解説」していた。「池上彰氏が指摘する読売新聞と共産党の『共通点』」と。
 あの宇都宮徳間議員が読売新聞で論説していた縁で、戦争への反省からマルクスボーイのナベツネを入社させるよう口説いたのに、後で変節したので、宇都宮はナベツネを「忘恩の徒」と批判した。

 このダークサイドに墜ちたような転向については既に周知である。とっくにされているのに、今になってことさら言い出すことで自民党の機関紙に成り下がった読売を批判しつつ共産党も貶めるという手口だ。

 これは、前に朝日新聞の時と同じである。安倍総理に便乗して朝日新聞を叩き、産経新聞を持ち上げ、それでコラム掲載拒否されると付け込んで騒ぎ立て、それを他の新聞や雑誌が取り上げると「罪なき者が石を投げよ」と聖書から引用して他も批判して見せたのだった。

 実に姑息な池上彰の処世術である。しかし騙されている人が多い。




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by ruhiginoue | 2017-07-02 23:18 | 政治 | Comments(0)
 先日、ツイートしたその日はフォロワーら数人がリツイートしただけだったのが、次の日になって有田芳生議員にリツイートされたら途端にリツイートが1000以上に増えたので、やはり政治家はフォロワーが多いのだと認識したが、そのあとネトウヨが湧いて「有田憎けりゃリツイートも憎い」と文句を付けられた。そういう意味で政治家ってのは大変である。

 そのツイートは、稲田朋美防衛相の「グッドルッキング」発言についてだった。だから有田議員も関係するツイートで目についたものをいくつかリツイートのしたのだろう。

 シンガポールでの催しに参加した稲田朋美防衛相が、共に壇上に上がったオーストラリアとフランスの国防大臣に目をやり「私たち3人には共通点がある。みんな女性で、同世代。そして、全員がグッドルッキング!」と言い、これに仏豪の両大臣はこわばったような表情をし、会場で取材していた外国人の記者たちが目を見合わせた。

 この発言は、見てくれ良いのが自分も含めてなので、なんと図々しいと言われたが、冗談だったら一緒にされた人たちにも失礼なことである。
 しかし問題なのは、すでに指摘されているとおり、まず「女性を身体的美の観点から評価する男性目線」を自己内面化すなわち精神的に男性隷従している女性ということであり、「オッサンの見る世界」に同化してしまってる女性ということだ。

 このような女性は一般社会にもいるが、それが政治家であり、大臣の立場で国際的な催しに他国の大臣らと一緒の時に、その認識を開陳してしまったわけだ。容姿の美醜が女性の価値ではないという世界の人権常識がないということであり、そんな人が大臣を務めている日本は、よくて後進国、わるければ未開野蛮国とみなされるだろう。

 だいたい、「美人すぎる議員」なんて日本は言ってるので、欧米から日本は男尊女卑で女性は能力より容姿が評価されると蔑まれるのだし、ロシアはあの美人議員が特に日本ではネット上で騒がれたうえ元総理までファンだと言い出すものだから、彼女の写真を日本向けニュースサイトに積極的に掲載してハートマークをクリックさせ「いいね」がたくさんになり、いかにもロシアが支持されているようにプロバガンダするのだ。

 この問題で、十代の時の体験を基にツイートしたのだった。
 かつてアルバイトで、テレビドラマのロケにその他大勢のエキストラをやったことがある。六本木で外人が集まっている店という場面で、日本にいる外国人を集めていたが、人数が少し足りないので混ざって違和感の少ない外見の日本人も出ていたということだ。
 そのとき、北欧の成人女性と会い、ノルウェーから留学していると言っていたが、肌と髪の色が綺麗だと感動して言ったところ、褒めていても失礼になると注意された。人種的特徴だからデリケートなことだし、まず容姿を褒めて能力や人格は褒めないという皮肉に受け取られるからだ。
 
 これは、わかっている人には説明するまでもないことだが、まず「あなたは美しい」ではなく「あなたの肌と髪の色」なら、美容などの話題の中で必然的に出てきたという場合でもなければ、人種の問題に抵触してしまう。東洋人などが黒髪を美しいと言われてもそうだし、アフリカ系の身体的特徴についても、あのカルピスのマドラーが見られなくなったように、悪気がなくて可愛いということだったとしても、人種的身体的特徴をことさら言うものではないとうのが、いまや世界的常識だろう。

 そして、容姿を褒めることは、芸能人に対してすら悪意の場合がある。歌舞伎で、下手な役者だとヒットしないから食あたりしない野菜に喩えて「大根」と呼び、だが美男子なら客を呼べるので主役に次ぐ「二枚目」の看板に載せるから「大根だが二枚目」というけど、逆に容姿端麗でもっているだけで歌や演技など芸がダメだという意味になる場合もある。
 まして、芸人と違い容姿は全く無関係の仕事だと、褒める意味があるのは能力と誠実さだけである。なのに「グッドルッキング」と言った人がいて、それがなんと呆れたことに大臣なのだ。

 だから、いま話題の「日本会議」など復古主義の勢力が自民党を中心に幅を利かせていることも問題になるのであり、服の物は良いけど着こなしが悪いダテメガネの防衛相だけの問題では済まないのだ。

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 どんなに「グッドルッキング」でも、面と向かって仕事の話の時には言うものではないだろう。



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by ruhiginoue | 2017-06-21 16:01 | 政治 | Comments(5)
 あのテレビの人気ドラマ『3年B組金八先生』の第二期、イジメに遭って医師の診療を受けることになってしまった生徒がいて、集団で取り囲まれて逃げられなかったと証言するのだが、これに対してイジメた側の生徒は、無抵抗で言いなりになっていたのが悪いと開き直ったので、卑劣だと言って怒る生徒と、拒否できなかった方も情けないと言う生徒と、どう考えていいかわからないと言う生徒と、反応は割れ、そこで金八先生は、とりあえず「やめろ」とか「やめて」とか言う練習をしようと言い、なぜなら大声で叫べば相手も驚いてやめるかもしれないし、もちろんその保障はないが、少なくとも拒否したのにやったと言って後で問題にできる、ということで、いざというときにすくんで声が出ないことがないように、みんなで教室で叫ぶ、という話があった。

 よく、冷笑系といわれる人が、デモや集会で政治は変えられないと言うが、それですぐに変わると信じている人はほとんどいないはずで、粘り強く根気強く続けることで影響が現れてくることは実証がたくさんあるから、まず、変えられないというのが明らかに間違いであり、それを知らない人が短絡的な見方をして錯覚しているということになり、また、異議や抗議の声をあげて行動もしたことでその影響があるかもしれず、その期待は見込みが薄くても、後でそれらの異議や抗議を無視したり圧殺したりしたことを問題にできて、反対されなかったからやったという弁解ができなくなる。

 そういうことなので、デモでも集会でもどんどん行くべきだし、よく退屈なこともあるけど、それはあくまで盛り上がらないからで、このところの国会前のものは、仕事で疲れているのに駆けつける人たちがいたのであり、もちろん危機感もあるが、それでも盛り上がらないなら参加しないはずで、盛り上がっていて今後の糧になるということが、社会的にも自分個人的にもそうであるとわかっているから、そうしたのだ。




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by ruhiginoue | 2017-06-20 16:14 | 政治 | Comments(0)