「ほっ」と。キャンペーン

コメントの他に、表示されている著書をクリックしてその感想をアマゾンのレビューに投稿してくださることも歓迎です。おたよりはこちらへruhiginoue@excite.co.jp


by ruhiginoue

カテゴリ:芸能( 189 )

芸能人と新興宗教

 テレビドラマ出演で活躍していた清水富美加が幸福の科学と名乗る新興宗教に専念するという声明を発表し、これは親が信者だから影響されたのであって本人の意思なのか疑わしいとも言われている。

 こうした宗教と親の影響から揉め事の芸能人というのは、オウム真理教に入り芸能活動から引退した鹿島トモ子のことが知られていた。彼女は引退の背景に健康上の事情があったので、娘を後継ぎのように芸能人にしようと希望した。
 けれど当の娘が芸能にまったく興味がなく、それで相談された教祖は娘に母親の意思を伝え説得しようとした。しかし娘の意思は変わらなかった。そこから揉め事に発展したと伝えられている。

 この点、薬師丸ひろ子のお父さんは偉かった。彼女の父親は霊友会の信者であるうえ職員だった。霊友会は、すっかり落ち目の石原慎太郎と昔から癒着していたことで有名な新興宗教だ。
 この「インナートリップの霊友会」の信者で職員でもあることをマスコミに問われると、薬師丸ひろ子のお父さんは、家族の中で信者は自分だけで娘は関係ないと言い毅然とした対応であった。おそらく教団内部には広告塔に利用したがった人だっていたはずであるが。

 また、幸福の科学と芸能人といえば他にも色々あり、特にロックバンド・ブルーハーツの件はひどかった。熱心な信者となったベーシストがファンに入信勧誘をする公私混同をし、これで社会的信頼を失ってしまったから解散することにしたのは周知のとおり。
 ただ、清水富美加は、仕事で不本意なことをさせられたり給与や労働条件などが劣悪であったことが影響していると言われていて、これについて他の芸能人たちが、この世界はもともとそういうことが珍しくないと証言している。

 このところ芸能人の引退騒動が相次いでいるが、売れない人が諦めたのではなく有名な俳優が姿を消していて、その背景に芸能人であるため独特の苦労や不愉快があり、これで傷つくことがあるけれど、それを我慢してまで芸能人を続けたいとは思わなくなっているのではないかという指摘がマスコミに出ている。
 つまり、みんな芸能というものに意義とか甲斐とかいうものを感じなくなる傾向があり、そもそも芸能それ自体の存在意義が失われてきているということではないか。
 だから、これからもどんどん辞める人が増え、なり手もますますいなくなるだろう。


f0133526_04520361.jpg



[PR]
by ruhiginoue | 2017-02-17 12:11 | 芸能 | Comments(0)

また税金の季節に

 もう何年も前になるが、たまたまお邪魔したお宅の人がお笑い好きのためテレビで演芸番組を観ていた。その出演者の一人が哀愁のある歌を流しながら「ヒロシです」と名乗り、うつむき加減で「この間、ホームレスのおじさんに『君は俺の若いころにソックだ』と言われました」などと嘆かわしい様子で言い爆笑されていた。
 こういうのは、いわゆるボヤキ漫談の一種で、変わった語り口が面白く、だからウケていた。

 このヒロシという人は、そのお邪魔したお宅の人が言うにはアナウンサーの生島ヒロシから取って付けた芸名らしく、本名は斎藤健一で、クラブに勤務していたが客がつかない売れないホストだったそうだ。

 このヒロシさんが先日インタビューで語っており、久しぶりに思い出したが、その話も興味深かった。彼は東京に来たとき月収が七万円ほどで、お笑いで売れたら最盛期には年収が四千万円くらいになり、手取りで月収六十万円くらいだから大企業で役に付いた人くらいの収入に若くしてなったということだった。
 このように収入が増えて何が良かったかというと、自宅内に風呂のある所に住めるようになったことであり、月収七万円では風呂無しの部屋でないと住めないから、時間を気にせずに入浴できることがありがたかったそうだ。
 
 そういうことが収入が増えることの良さであるから、かつてのような売れっ子にまたなりたいかというと、そうは思わないので「再ブレイク」は望んでいないとヒロシさんは言う。
 また、収入が多くなると税金に保険に年金と国からかなり取られて、収入が少なくて困っているときには国は何もしてくれなかったのに、とのこと。

 ほんとうに、ヒロシさんの言うとおりだ。そして今年もまた税金の通知が役所からやってきた。そのうえ質の悪い医療に博打でスルも同然の年金ということは周知のとおりで、こんなことのためにガッポリもっていかれるのだから、たまったものではない。
 
f0133526_18223243.gif



[PR]
by ruhiginoue | 2017-02-02 18:22 | 芸能 | Comments(2)
 うかつにも気付かなかったのだが、名優・米倉斉加年(よねくら・まさかね)さんが亡くなったとき、「モランボンのジャン」のCMに出演していたことが報道では軽く触れる程度だったけれど、この背景について辛淑玉さんが次のように書いていた。

 「焼肉のタレといえば『モランボンのジャン』がすぐ思い浮かぶ。スーパーの肉コーナーには欠かせない一品だろう」
 「そのジャンのコマーシャルには、今では想像もできないほどの産みの苦しみがあった」
 「なにしろ『チョーセン』という言葉を口にすることさえはばかれた時代だ。まして放送の中ではタブーを超えていたと言ってもいい」
 「そんな中、『朝鮮の味、ジャン!!』というナレーションと共に、美しい映像がテレビ画面いっぱいに流されたのだ」
 「私は、その映像に釘付けになった」
 「モランボンのコマーシャルは、何度となく放送局から拒否された」
 「また、『朝鮮』を掲げた企業のコマーシャルに出演してくれる俳優を探すのも困難を極めた」
 「俳優生命の終りを意味するほどの差別感情が社会に蔓延していたからだ」
 「抜擢されたのは、CMには決して出ることのなかった名優、米倉斉加年さんだった」
 「その彼が、30年前、全鎮植氏(注:モランボン創業者)の求めに応じて、朝鮮風のパジチョゴリを着てコマーシャルに出演したのだ」 
 「そのせいで米倉さんが受けた仕打ちは凄まじいものだった。まず、すべての役から下ろされ、メディアへの出演も断られた。仕事がまったくなくなったのだ」
 「もちろん米倉さんの子どもも無事ではいられなかった。学校で『チョーセンジン』といじめられて帰ってきて、『ねぇ、お父さん、私の家は朝鮮人なの?』と尋ねたそうだ」
 「その時、米倉さんは微動だにせず『そうだ、朝鮮人だ。朝鮮人で何が悪い?』という趣旨の言葉を子どもたちにかけた」
 「米倉さんは、1934年に福岡で生まれた日本人である。しかし彼は、自分は日本人だとは決して口にしなかった。それは、このコマーシャルを引き受けるときの彼の覚悟でもあったのだろう。当時を振り返って、『あのとき、このコマーシャルはただ焼肉のタレの宣伝ではない、社会意識への挑戦であり、文化を伝える作業だと認識していたのは、全さんと私と、あなた(私のこと)だけだったかもしれませんね。わっはっは』と愉快そうに語ってくれた」

 この79年の宣伝を、はっきり覚えている。米倉斉加年が「朝鮮の味」と言いながら食べる様子がほんとうに美味しそうで、これがきっかけで初めて買った。気に入ったので他人に奨めると、みんな賛同した。
 そのあと、学校の行事でキャンプをしたさい、飯盒炊飯のオカズで焼肉にジャンを使用した。校長先生が味見をして回っていたが、うちの班の焼肉だけは「これは美味しい」と絶賛し、全部食べそうな勢いを理性で止めたような様子だった。これほどだったのだ。
 だから思い出が深い。ところが、その宣伝の陰でこんなことがあったとは…彼は「私の師匠は宇野重吉」と、反骨の俳優の弟子だと誇っていたが…

f0133526_14302631.jpg



[PR]
by ruhiginoue | 2017-01-13 14:27 | 芸能 | Comments(10)
 「『紅白歌合戦』なんてやめちまえ」という人たちがいるけど、そうじゃなくNHKが放送を全部やめちまえばいいのだ。
 例えばもう一つの年末恒例FMのバロイト音楽祭は、かつてはこれで聴くのが貴重な機会だったが、後に録画が発売され、買わなくても上野の資料室で鑑賞できるようになり、今は動画サイトでいつでも色々と鑑賞できる。他の文化でも同様だ。だからNHKなんて無用になったし、そのうえ報道は政府広報だから、いらなくて当然だ。

 これも年末の恒例らしいが、「西野カナさんが初受賞」とは何かと思ったら「レコード大賞」だという。
 「誰?それ」という声はよく聞くが、「えっ!レコード大賞なんてまだあったの?」というのが正直なところだし、「レコードとかCDなんてものがまだあったの?」と驚く人も多いし、そもそも「何か録音したものを受る商売がまだあったの?」と驚くべきかもしれない。

 まだあったのか、というべきものに年賀状もある。
 かつて本多勝一氏は、年賀状を割引料金にすべきと主張してボイコットし寒中見舞い状にしていたが、自分は逆意見で、独立採算制の公共事業を維持するため年賀状の料金は高くて良いとしていた。
 しかし民営化で意味がなくなったから、その時から年賀状は一切やめてしまった。もっとも、これは自分だけでなく、今では新年の挨拶もe‐mailの人が多いはずだ。年賀状は古い人か義理のある人だけのものになっているのだろう。

 ところで民営化といえば、今、かつての民営化路線の綻びの件で、歌手で元国鉄職員の藤井フミヤは、労働運動もしたけど原宿や渋谷の楽しさを知ってしまい辞めて芸能に行ったことを新聞のインタビューで語っていた。
 たしかに、彼が人気を博した80年代に、渋谷や原宿は若者を堕落させて刹那的で保守的にさせる場所だと言われていた。そして若者は消費と恋愛だけで刹那的かつ保守的になるように仕立てられた。その象徴がチェッカーズと松田聖子だった。
 これは日本だけではない。デビッドボウイも80年代に見事に変節したし、ジョン レノンも死ななかったらたぶん同じか、もっと醜いことになっていただろう。

 また、国鉄分割民営化とは、労働運動の脱線に付け込み、政治が原因であることまで末端の労働者が悪いというプロバガンダが大手マスコミによって大々的に行われ、時事通信の屋山太郎と竹中平蔵の先輩の慶応の加藤寛がデタラメを言って煽り、これに対して井上ひさしや野坂昭如などが反対していたが、しかし財界の圧力と当時のレーガン・サッチャー民営化路線が日本にも響いていたから抗しきれなかった。

 そのツケが、今になって回ってきたのだが、ここで生き残るためには、これまでの文化を全否定するところから始めないといけない。今まで楽しいとか価値あると信じていたものは全部嘘で間違いだったと。そうしないと、政治や経済だけでは解決できない。
 こう発想を転換すると、気持ちが楽になる。みんなそうするべきだ。

 

[PR]
by ruhiginoue | 2017-01-03 08:53 | 芸能 | Comments(9)
 今年は芸能人の訃報が目立つ。他にはカストロ氏のように政治家で有名な人が亡くなったけれど、芸能人が次々と死去した印象の年だった。

 そして元俳優の根津甚八氏も亡くなった。彼は病気を複数抱えていたため数年前に引退を発表していた。
 その出演作で年末年始にかかわる話がある。浅田次郎の小説が原作の『ラブレター』で、これは劇場長編映画と単発テレビドラマと韓国で翻案された映画にもなっている。そのうち中井貴一が主演の映画に根津甚八は出演している。

 その森崎東監督の映画『ラブレター』では、主人公に偽装結婚を依頼する暴力団組長に根津甚八がふんしていて、覚醒剤にも手を出したため組が警察に目を付けられてしまい、その子分にふんした今は政治家の山本太郎が覚せい剤を隠そうとして逃げ回る。
 そうした様子をコミカルに描いているのだが、主人公は一緒にいたため関係しているのではないかと警察に拘束されて問い詰められてしまう。彼はほんとうに何も知らなかったので釈放されるが、年末年始を留置場で過ごすはめになる。

 この時、留置場の食事に正月だから餅が出て、主人公は他の閉じ込められた人たちと一緒に食べているのだが、そこへ外から「軍艦マーチ」が聞こえて来て、さらに拡声器で男性のがなりたてる声がする。
 「愛国義勇軍の斎藤くん、あけましておめでとう。警察に負けずにがんばろーっ」
 すると、その斎藤らしい人が立ち上がるので、右翼の活動家が逮捕されているのを街宣車で仲間が励ましに来たということがわかる。

 このように警察署の前で街宣車が仲間の逮捕に抗議して「かーえーせー、かーえーせー」と拡声器で連呼している様子は、ときどき見かける。そして、右翼だけでなく政治性があると嫌がらせ目的で年末年始に逮捕するということが行われてきた。あの鈴木邦男氏も右翼活動家だったときにやられたことがあると言って怒っていた。

 こういう実態が、あの映画ではコミカルに描かれていて告発ではないが、現実に即して要素として取り入れられていたのだ。それを年末の訃報によって思い出したというわけだ。
 この他にも、その出演作は色々と面白いものがあるけれど、それは別にまた語りたい。
 
 


[PR]
by ruhiginoue | 2016-12-30 17:50 | 芸能 | Comments(2)
 毎年、年末になると今年の言葉というのを雑誌や寺などが発表するが、そのさい「流行語大賞」に疑問が出る。それは自分と意見が違うという反感ではなく、そんな言葉は流行していないというもので、かつ、そもそも流行語ではないということだ。

 もうずいぶん前のことだが、あるテレビ番組で「流行語大賞」が発表されたという話題のさい、女性お笑い芸人が語尾に付けて言う決まり文句「だっちゅーの」と、人気だったテレビドラマの題名「ショムニ」が選ばれたということに対し、いつも出ているアナウンサーが「だっちゅーの、ならふざけて言っている人がいたけど、ショムニなんて誰も言ってませんよね」と指摘していた。ドラマの題名だとは知っていても、そこから転じて何かの表現に使うということは無かったからだ。
 
 こんな昔から、そもそも流行語ではないものが流行語大賞になってきたのだった。みんなが使うから流行語であり、ただ話題になったものを表す言葉ではないのに。
 だいたい、日常的に使える言葉でないと流行しない。だから昔から「超〇〇」とか「記憶にございません」とか、そんなのが流行語とされた。なのに話題になったものを示す言葉だというだけで「流行語」と言ってしまうことが多い。

 しかし今年の「日本死ね」は、使える点では合格だ。実際にこの匿名ブログの怒りの言葉は模倣もされたし、この言葉の意味は、国の政策を批判し、こんなことでは日本の将来はお先真っ暗ということを、他人事でも一般論でもなく自分の子供のことでまず怒っていて「保育園落ちた日本死ね」と表現したものだったから、政治家が取り上げもして、これまで日の当たりにくかった問題を明るみに出したという意義が認められた。

 また、これにいわゆるネトウヨおよびその体質の人たちが反発し、「日本死ねなんて流行ってない」とか言っているが、そんなことを言っている人たちに限って、そのブログを書いた誰かや、これをきっかけに問題として取り上げた議員らに対し、「日本死ね」は反日だなんだと罵声を浴びせていたのだから、手前で流行させる役割を担っておいて後で否定する滑稽さである。

 ところで、これについて、つるの剛士とかいう芸人が、汚い言葉だと文句をつけたり、大して流行ってもいない「神ってる」が相応しいとかツイートし、そこには生まれたばかり子供を抱く自分の写真が掲載されていて、「日本人としても親としても僕はとても悲しい気持ちになりました」と述べている。
 これでは、国に対する批判が起きる現状を子供を持つ者として残念に思う、というのではなく、他人事なので必死の叫びなど意に介さず、言葉尻を非難して国の無策を免罪しているだけだ。
 まず曽野綾子の二番煎じであり、津川雅彦の「言う奴が死ね」に比して少し綺麗事っぽくして、上品ぶり、いい子ぶり、体制に媚びようとする意図が見え透いている。しょせん芸人にはこの程度の人が少なくない。

 ただ、保育園落ちた日本死ね、は飽くまで怒りの比喩だけど、武器輸出して儲けようとかカジノで儲けようとかいう国は、ほんとに死ねと言いたくなる。少子化といいながら保育園に入れず、無認可とか無資格の人しかいない保育所で乳幼児が死んだりする国は無策だが、戦争や博打で儲けようとする国は悪徳である。



[PR]
by ruhiginoue | 2016-12-03 13:26 | 芸能 | Comments(3)
 和田アキ子が紅白歌合戦に落選したという話題は、もっと関心の強い人たちによって色々と言われていることなので、ここではこれをきっかけに個人的に思い出した話をする。

 そもそもアイドル歌手という分野が日本の芸能で確立した七十年代から全盛期の八十年代にかけて、歌の下手な歌手が大勢いたと同時に歌の上手いアイドルもいて、それが女性には特に珍しくないほど存在してきた。

 その中で、松田聖子のように特異な天才は別にして、八十年代前半の中森明菜とか、後半の田村英里子とか、いくらでも名を挙げられる中で、誰が最高の歌の上手いアイドルの女性かというと、おそらく山瀬まみだろう。彼女はいかにもアイドルという歌からアニメの主題歌やコミックソングや舞台のミュージカルまで、歌の特色に合わせて歌声を自在に変化させるから、歌手としてたいへんな技巧派だ。

 それで、歌に自信があるから安心して、テレビの司会やCМでひょうきんな言動をしているのかもしれない。そう思えるくらい歌が上手い。もちろん例の「すぐ泣く」などによってアイドルとしてのキャラクターが本当に崩壊したのかもしれないが。

 そして、山瀬まみと井森美幸のコメディアン化によって、ホリプロではアイドル歌手の路線を保っているのは和田アキ子だけになってしまったと笑い話にされていた。これは後に深田恭子などが出現するまで言われていた。ちなみに深田恭子も歌はかなり上手いと評判である。

 この和田アキ子は、その言動が色々と話題になっていて、それで嫌う人もいるけれど、そういうのとは違って完全に笑い話になっていた人が井森美幸であった。彼女はよくボケ発言をしているが、天然ボケの発言をするアイドル歌手なら浅田美代子や西村知美などが良く知られているけれど、井森美幸のボケ発言は「群馬県は盆地」などトンデモ発言でもあった。

 あの時、オウム真理教事件の話を取り上げていたので、その題名は忘れた番組を見ていたのだが、何かの話のはずみで夏の暑さの話になり、そこでアシスタントのように出ていた井森美幸は、自分の出身地について「群馬県は盆地だから暑いんですよ」と言った。
 これは、内陸で高原ではなく山に囲まれている土地は風通しがよくないので暑いということと、京都や甲府など盆地も同様であることとを、まぜこぜにしてしまったようだ。

 この人は何を言っているのかと思っていたら、やはりテレビ局も電話が鳴りっぱなしで、特に群馬県の人からは、出身者が故郷を語っているときに間違うなんて恥ずかしいと言われたらしい。

 そんなことを、和田アキ子の紅白歌合戦落選から間接的に思い出したのだった。また、もともと歌の上手いアイドルがいたから、最近の、アルファベット三文字と二桁数字のアイドル集団の学芸会には辟易している。
 


[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-29 17:41 | 芸能 | Comments(1)
 トランプが当選して、完全に民間人だけやってきた人は初めてだと話題になっている。政治家ではなかったが官僚だったことならあるという人ならいたが、そうした公務員だったことを除いて、政治家の経験がなくていきなり大統領になった人は、アイゼンハワー以来久しぶりだ。

 このところアメリカの大統領は、前は議員か知事か副大統領だったという人が続いていた。知事の前は議員もしていたというように複数の経験がある人もいる。

 まず、敗れたヒラリーは議員だったし、前大統領のオバマも元議員だった。その前のブッシュジュニアはテキサス州の知事、その前のクリントン夫はアンカーソ州の知事だった。その前のブッシュファーザーは前の大統領の副大統領だったし、その前のレーガンはカリフォルニア州の知事だった。その前のカーターはジョージア州の知事だったし、その前のフォードは副大統領だったのがニクソンの辞任で代役になったし、ニクソンも前は副大統領だった。その前のジョンソンは暗殺された大統領の副大統領だったので代役になり、その仕事をこなした実績で選挙に出て当選しており、暗殺されたケネディは大統領の前に議員をしていた。その前のアイゼンハワーがいきなり大統領であった。

 このアイゼンハワー大統領は元軍人で、マッカーサーの代わりのような人だった。日本でも有名なマッカーサーは、退役したあと政界入りを希望し候補にして欲しいと共和党に打診していたが、朝鮮戦争の失態で政治的才覚に難があるとされた。
 それで、アイゼンハワーはもともと政治に関心がなく、政治家になりたいと思っていないだけでななく選挙で投票したこともない人だったが、それがむしろよく、軍の指揮官として組織を仕切る統率力があることに加えて庶民的で親しみやすい人柄ということで、軍は大統領に推したということだった。

 そんなアイゼンハワー大統領が退任の演説で軍産複合体の危険を警告したというのは皮肉だと言われている。
 さて、トランプが大統領になって、どうなるだろうか。軍事関連株価が上がって自分もいっぱい持っているからと嬉しそうにしている公私混同の恥知らずな某国の防衛大臣の女性もいるが。

 


[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-10 16:00 | 芸能 | Comments(2)
 アイドル集団からの卒業と芸能界引退を発表した橋本奈々未は、メンバーの中でもとくに人気があったのだが別の道に行くことにしたということで、また、そもそも芸能活動を始めたのは家庭が貧困だったからで、芸能で稼ぎ弟の分まで学費ができたのでやめることにしたと述べたため、大きな話題になった。
 なぜなら、貧困家庭と学費は深刻な問題になっているから、美談ですませてはいけないということだ。

 これと同じように、うちが貧乏だったから芸能で稼いで弟を進学させたのは、歌手の森進一が弟を医学部に行かせたと言われている。それで、森進一は自分が苦労しているからチャリティーに熱心だったが、もっと金をと言ってプロダクションと揉めて干されそうになったことも有名だ。


 もともと、芸で稼ごうという人にはよく家庭の貧困があって、これは昔から言うまでもない常識だろう。

 それで学費を稼ぐため芸ということもあるし、逆に学歴はあてにならないから芸能という場合もある。例えば歌手の安室奈美恵は、芸能活動のため学校を欠席しがちになったことで教師から卒業できなくなってもいいのかと脅されると、自分は母子家庭だから芸能人になって稼ぎ苦労している母親に楽をさせてやりたいという意思を伝えたうえ、卒業証書をもらっても、それでご飯が食べられるようになるわけではないと指摘したそうだ。


 こういう問題は人それぞれで、家庭の経済状態も学歴の必要性も事情が色々と異なるものだ。

 そして、それでも幸いだったことは、家族が仲良かったことだろう。貧困な家庭の多くは親兄弟姉妹が不仲で助け合いにもならないのだから。これは、貧困が原因で不仲になることもあれば、不仲が原因で貧困になる場合もあり、鶏と卵とどっちが先かという喩話に該当することだ。


 とにかく、家族が円満だから、働いて学費を助けたりすることも、苦労しているにしてはまだ明い話になりうるのだ。よく貧困な家では、本人の資質や友達の影響などで向学心をもった者がいて、学費のために働くと、親兄弟姉妹が遊ぶ金をせびってくるものだ。


 これは芸能人だと、昔から、成功した途端に疎遠だった家族が金をせびってきたり、冷淡な親兄弟姉妹が金づるとしか考えなかったり、ということが色々と話題になってきたけれど、芸能のような派手な稼ぎ方ではなく地道に働いてコツコツと学費のために貯めた金を、家族が盗んだり暴力的にふんだくったりもするし、学校に入ればやめさせようとしたり勉強の妨害をしたりで、まともな育ちをした人には耳を疑うような内容である。


 こういう話は、すでに色々な人たちが語っていることだから、それによっていくらでも知ることができるけれど、そんなことがあるのだから、貧困でも円満な家庭というのは幸いなのだといえ、その意味でも美談で済ませてはいけないということだ。



[PR]
by ruhiginoue | 2016-11-04 11:24 | 芸能 | Comments(0)
 高樹沙耶がテレビドラマに出ているのを観て、その演技に良い印象を持っていたけれど、しかし選挙に新党改革から立候補したので幻滅してしまい、特にファンだったわけではないからまあいいやと思っていた。

 そうしたら、彼女は大麻を所持していたとして逮捕された。説明するまでもなく、大麻を規制する法律の方が間違いという指摘は昔から世界中にあり、規制が撤廃される流れだ。だからといって法律が改正される前に大麻を所持したり使用したりすれば問題であるが、どう問題なのか。

 かつて、井上陽水が大麻を使用したとき、テレビで朝日新聞のある記者が、人気歌手だからファンに悪影響があり、それで自分の子供が大麻を使用したら許せないと批判したところ、同席していた筑紫哲也は、「大麻の害を言うならタバコなどもっと有害なものがいくらでもある。私も大麻を外国で吸ったことがある。大麻は今の法律に違反しているだけだ。その違反で責任を問うだけでなく、こじつけて歌を否定するのは間違いだ」と反論した。
 これに同僚が激怒してしまったことで、同じ朝日新聞の記者でも筑紫哲也は型破りで面白く、話せるし、その指摘は正しい、ということで話題になった。

 そういうことで、高樹沙耶の逮捕で論点は区別すべきだ。
 そもそも大麻の規制が不当だったという問題と、今も大麻が必要かという問題は別で、大麻の有用性を説くさい必ず引き合いに出されてきた『グッドマン&ギルマン』が置いてある診療所もあるけれど、今では良い薬があるから無用という意見もあり、しかし大麻は無用でも無意味な規制をし続けるべきではないし、大麻の評価がどうであれ、彼女が選挙で訴えた政策はどうなのか、彼女に違法行為があったのか、あっても罪に問うべきか、などは別問題だから、それぞれ考えたり議論したりしなければならない。

 また、マスコミの対応が疑問である。
 そもそも、逮捕まで必要かも疑問な違反であり、逮捕はされたけど否認していて、推定無罪のはずだ。それなのに、脇役で出演していたドラマまで使えないというのは理不尽である。
 それに、高江の取材には行きもしないテレビメディアが元芸能人の大麻くらいで石垣島に殺到するというのも不可解である。
 これは、重大な政治経済の問題から世論の目を逸らそうとする陰謀なのか。そうでなければ、相変わらずテレビ局は視聴者をバカにしているのだろう。



[PR]
by ruhiginoue | 2016-10-29 17:49 | 芸能 | Comments(0)