井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:芸能( 195 )

 「『紅白歌合戦』なんてやめちまえ」という人たちがいるけど、そうじゃなくNHKが放送を全部やめちまえばいいのだ。
 例えばもう一つの年末恒例FMのバロイト音楽祭は、かつてはこれで聴くのが貴重な機会だったが、後に録画が発売され、買わなくても上野の資料室で鑑賞できるようになり、今は動画サイトでいつでも色々と鑑賞できる。他の文化でも同様だ。だからNHKなんて無用になったし、そのうえ報道は政府広報だから、いらなくて当然だ。

 これも年末の恒例らしいが、「西野カナさんが初受賞」とは何かと思ったら「レコード大賞」だという。
 「誰?それ」という声はよく聞くが、「えっ!レコード大賞なんてまだあったの?」というのが正直なところだし、「レコードとかCDなんてものがまだあったの?」と驚く人も多いし、そもそも「何か録音したものを受る商売がまだあったの?」と驚くべきかもしれない。

 まだあったのか、というべきものに年賀状もある。
 かつて本多勝一氏は、年賀状を割引料金にすべきと主張してボイコットし寒中見舞い状にしていたが、自分は逆意見で、独立採算制の公共事業を維持するため年賀状の料金は高くて良いとしていた。
 しかし民営化で意味がなくなったから、その時から年賀状は一切やめてしまった。もっとも、これは自分だけでなく、今では新年の挨拶もe‐mailの人が多いはずだ。年賀状は古い人か義理のある人だけのものになっているのだろう。

 ところで民営化といえば、今、かつての民営化路線の綻びの件で、歌手で元国鉄職員の藤井フミヤは、労働運動もしたけど原宿や渋谷の楽しさを知ってしまい辞めて芸能に行ったことを新聞のインタビューで語っていた。
 たしかに、彼が人気を博した80年代に、渋谷や原宿は若者を堕落させて刹那的で保守的にさせる場所だと言われていた。そして若者は消費と恋愛だけで刹那的かつ保守的になるように仕立てられた。その象徴がチェッカーズと松田聖子だった。
 これは日本だけではない。デビッドボウイも80年代に見事に変節したし、ジョン レノンも死ななかったらたぶん同じか、もっと醜いことになっていただろう。

 また、国鉄分割民営化とは、労働運動の脱線に付け込み、政治が原因であることまで末端の労働者が悪いというプロバガンダが大手マスコミによって大々的に行われ、時事通信の屋山太郎と竹中平蔵の先輩の慶応の加藤寛がデタラメを言って煽り、これに対して井上ひさしや野坂昭如などが反対していたが、しかし財界の圧力と当時のレーガン・サッチャー民営化路線が日本にも響いていたから抗しきれなかった。

 そのツケが、今になって回ってきたのだが、ここで生き残るためには、これまでの文化を全否定するところから始めないといけない。今まで楽しいとか価値あると信じていたものは全部嘘で間違いだったと。そうしないと、政治や経済だけでは解決できない。
 こう発想を転換すると、気持ちが楽になる。みんなそうするべきだ。

 

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by ruhiginoue | 2017-01-03 08:53 | 芸能 | Comments(9)
 今年は芸能人の訃報が目立つ。他にはカストロ氏のように政治家で有名な人が亡くなったけれど、芸能人が次々と死去した印象の年だった。

 そして元俳優の根津甚八氏も亡くなった。彼は病気を複数抱えていたため数年前に引退を発表していた。
 その出演作で年末年始にかかわる話がある。浅田次郎の小説が原作の『ラブレター』で、これは劇場長編映画と単発テレビドラマと韓国で翻案された映画にもなっている。そのうち中井貴一が主演の映画に根津甚八は出演している。

 その森崎東監督の映画『ラブレター』では、主人公に偽装結婚を依頼する暴力団組長に根津甚八がふんしていて、覚醒剤にも手を出したため組が警察に目を付けられてしまい、その子分にふんした今は政治家の山本太郎が覚せい剤を隠そうとして逃げ回る。
 そうした様子をコミカルに描いているのだが、主人公は一緒にいたため関係しているのではないかと警察に拘束されて問い詰められてしまう。彼はほんとうに何も知らなかったので釈放されるが、年末年始を留置場で過ごすはめになる。

 この時、留置場の食事に正月だから餅が出て、主人公は他の閉じ込められた人たちと一緒に食べているのだが、そこへ外から「軍艦マーチ」が聞こえて来て、さらに拡声器で男性のがなりたてる声がする。
 「愛国義勇軍の斎藤くん、あけましておめでとう。警察に負けずにがんばろーっ」
 すると、その斎藤らしい人が立ち上がるので、右翼の活動家が逮捕されているのを街宣車で仲間が励ましに来たということがわかる。

 このように警察署の前で街宣車が仲間の逮捕に抗議して「かーえーせー、かーえーせー」と拡声器で連呼している様子は、ときどき見かける。そして、右翼だけでなく政治性があると嫌がらせ目的で年末年始に逮捕するということが行われてきた。あの鈴木邦男氏も右翼活動家だったときにやられたことがあると言って怒っていた。

 こういう実態が、あの映画ではコミカルに描かれていて告発ではないが、現実に即して要素として取り入れられていたのだ。それを年末の訃報によって思い出したというわけだ。
 この他にも、その出演作は色々と面白いものがあるけれど、それは別にまた語りたい。
 
 


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by ruhiginoue | 2016-12-30 17:50 | 芸能 | Comments(2)
 毎年、年末になると今年の言葉というのを雑誌や寺などが発表するが、そのさい「流行語大賞」に疑問が出る。それは自分と意見が違うという反感ではなく、そんな言葉は流行していないというもので、かつ、そもそも流行語ではないということだ。

 もうずいぶん前のことだが、あるテレビ番組で「流行語大賞」が発表されたという話題のさい、女性お笑い芸人が語尾に付けて言う決まり文句「だっちゅーの」と、人気だったテレビドラマの題名「ショムニ」が選ばれたということに対し、いつも出ているアナウンサーが「だっちゅーの、ならふざけて言っている人がいたけど、ショムニなんて誰も言ってませんよね」と指摘していた。ドラマの題名だとは知っていても、そこから転じて何かの表現に使うということは無かったからだ。
 
 こんな昔から、そもそも流行語ではないものが流行語大賞になってきたのだった。みんなが使うから流行語であり、ただ話題になったものを表す言葉ではないのに。
 だいたい、日常的に使える言葉でないと流行しない。だから昔から「超〇〇」とか「記憶にございません」とか、そんなのが流行語とされた。なのに話題になったものを示す言葉だというだけで「流行語」と言ってしまうことが多い。

 しかし今年の「日本死ね」は、使える点では合格だ。実際にこの匿名ブログの怒りの言葉は模倣もされたし、この言葉の意味は、国の政策を批判し、こんなことでは日本の将来はお先真っ暗ということを、他人事でも一般論でもなく自分の子供のことでまず怒っていて「保育園落ちた日本死ね」と表現したものだったから、政治家が取り上げもして、これまで日の当たりにくかった問題を明るみに出したという意義が認められた。

 また、これにいわゆるネトウヨおよびその体質の人たちが反発し、「日本死ねなんて流行ってない」とか言っているが、そんなことを言っている人たちに限って、そのブログを書いた誰かや、これをきっかけに問題として取り上げた議員らに対し、「日本死ね」は反日だなんだと罵声を浴びせていたのだから、手前で流行させる役割を担っておいて後で否定する滑稽さである。

 ところで、これについて、つるの剛士とかいう芸人が、汚い言葉だと文句をつけたり、大して流行ってもいない「神ってる」が相応しいとかツイートし、そこには生まれたばかり子供を抱く自分の写真が掲載されていて、「日本人としても親としても僕はとても悲しい気持ちになりました」と述べている。
 これでは、国に対する批判が起きる現状を子供を持つ者として残念に思う、というのではなく、他人事なので必死の叫びなど意に介さず、言葉尻を非難して国の無策を免罪しているだけだ。
 まず曽野綾子の二番煎じであり、津川雅彦の「言う奴が死ね」に比して少し綺麗事っぽくして、上品ぶり、いい子ぶり、体制に媚びようとする意図が見え透いている。しょせん芸人にはこの程度の人が少なくない。

 ただ、保育園落ちた日本死ね、は飽くまで怒りの比喩だけど、武器輸出して儲けようとかカジノで儲けようとかいう国は、ほんとに死ねと言いたくなる。少子化といいながら保育園に入れず、無認可とか無資格の人しかいない保育所で乳幼児が死んだりする国は無策だが、戦争や博打で儲けようとする国は悪徳である。



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by ruhiginoue | 2016-12-03 13:26 | 芸能 | Comments(3)
 和田アキ子が紅白歌合戦に落選したという話題は、もっと関心の強い人たちによって色々と言われていることなので、ここではこれをきっかけに個人的に思い出した話をする。

 そもそもアイドル歌手という分野が日本の芸能で確立した七十年代から全盛期の八十年代にかけて、歌の下手な歌手が大勢いたと同時に歌の上手いアイドルもいて、それが女性には特に珍しくないほど存在してきた。

 その中で、松田聖子のように特異な天才は別にして、八十年代前半の中森明菜とか、後半の田村英里子とか、いくらでも名を挙げられる中で、誰が最高の歌の上手いアイドルの女性かというと、おそらく山瀬まみだろう。彼女はいかにもアイドルという歌からアニメの主題歌やコミックソングや舞台のミュージカルまで、歌の特色に合わせて歌声を自在に変化させるから、歌手としてたいへんな技巧派だ。

 それで、歌に自信があるから安心して、テレビの司会やCМでひょうきんな言動をしているのかもしれない。そう思えるくらい歌が上手い。もちろん例の「すぐ泣く」などによってアイドルとしてのキャラクターが本当に崩壊したのかもしれないが。

 そして、山瀬まみと井森美幸のコメディアン化によって、ホリプロではアイドル歌手の路線を保っているのは和田アキ子だけになってしまったと笑い話にされていた。これは後に深田恭子などが出現するまで言われていた。ちなみに深田恭子も歌はかなり上手いと評判である。

 この和田アキ子は、その言動が色々と話題になっていて、それで嫌う人もいるけれど、そういうのとは違って完全に笑い話になっていた人が井森美幸であった。彼女はよくボケ発言をしているが、天然ボケの発言をするアイドル歌手なら浅田美代子や西村知美などが良く知られているけれど、井森美幸のボケ発言は「群馬県は盆地」などトンデモ発言でもあった。

 あの時、オウム真理教事件の話を取り上げていたので、その題名は忘れた番組を見ていたのだが、何かの話のはずみで夏の暑さの話になり、そこでアシスタントのように出ていた井森美幸は、自分の出身地について「群馬県は盆地だから暑いんですよ」と言った。
 これは、内陸で高原ではなく山に囲まれている土地は風通しがよくないので暑いということと、京都や甲府など盆地も同様であることとを、まぜこぜにしてしまったようだ。

 この人は何を言っているのかと思っていたら、やはりテレビ局も電話が鳴りっぱなしで、特に群馬県の人からは、出身者が故郷を語っているときに間違うなんて恥ずかしいと言われたらしい。

 そんなことを、和田アキ子の紅白歌合戦落選から間接的に思い出したのだった。また、もともと歌の上手いアイドルがいたから、最近の、アルファベット三文字と二桁数字のアイドル集団の学芸会には辟易している。
 


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by ruhiginoue | 2016-11-29 17:41 | 芸能 | Comments(1)
 トランプが当選して、完全に民間人だけやってきた人は初めてだと話題になっている。政治家ではなかったが官僚だったことならあるという人ならいたが、そうした公務員だったことを除いて、政治家の経験がなくていきなり大統領になった人は、アイゼンハワー以来久しぶりだ。

 このところアメリカの大統領は、前は議員か知事か副大統領だったという人が続いていた。知事の前は議員もしていたというように複数の経験がある人もいる。

 まず、敗れたヒラリーは議員だったし、前大統領のオバマも元議員だった。その前のブッシュジュニアはテキサス州の知事、その前のクリントン夫はアンカーソ州の知事だった。その前のブッシュファーザーは前の大統領の副大統領だったし、その前のレーガンはカリフォルニア州の知事だった。その前のカーターはジョージア州の知事だったし、その前のフォードは副大統領だったのがニクソンの辞任で代役になったし、ニクソンも前は副大統領だった。その前のジョンソンは暗殺された大統領の副大統領だったので代役になり、その仕事をこなした実績で選挙に出て当選しており、暗殺されたケネディは大統領の前に議員をしていた。その前のアイゼンハワーがいきなり大統領であった。

 このアイゼンハワー大統領は元軍人で、マッカーサーの代わりのような人だった。日本でも有名なマッカーサーは、退役したあと政界入りを希望し候補にして欲しいと共和党に打診していたが、朝鮮戦争の失態で政治的才覚に難があるとされた。
 それで、アイゼンハワーはもともと政治に関心がなく、政治家になりたいと思っていないだけでななく選挙で投票したこともない人だったが、それがむしろよく、軍の指揮官として組織を仕切る統率力があることに加えて庶民的で親しみやすい人柄ということで、軍は大統領に推したということだった。

 そんなアイゼンハワー大統領が退任の演説で軍産複合体の危険を警告したというのは皮肉だと言われている。
 さて、トランプが大統領になって、どうなるだろうか。軍事関連株価が上がって自分もいっぱい持っているからと嬉しそうにしている公私混同の恥知らずな某国の防衛大臣の女性もいるが。

 


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by ruhiginoue | 2016-11-10 16:00 | 芸能 | Comments(2)
 アイドル集団からの卒業と芸能界引退を発表した橋本奈々未は、メンバーの中でもとくに人気があったのだが別の道に行くことにしたということで、また、そもそも芸能活動を始めたのは家庭が貧困だったからで、芸能で稼ぎ弟の分まで学費ができたのでやめることにしたと述べたため、大きな話題になった。
 なぜなら、貧困家庭と学費は深刻な問題になっているから、美談ですませてはいけないということだ。

 これと同じように、うちが貧乏だったから芸能で稼いで弟を進学させたのは、歌手の森進一が弟を医学部に行かせたと言われている。それで、森進一は自分が苦労しているからチャリティーに熱心だったが、もっと金をと言ってプロダクションと揉めて干されそうになったことも有名だ。


 もともと、芸で稼ごうという人にはよく家庭の貧困があって、これは昔から言うまでもない常識だろう。

 それで学費を稼ぐため芸ということもあるし、逆に学歴はあてにならないから芸能という場合もある。例えば歌手の安室奈美恵は、芸能活動のため学校を欠席しがちになったことで教師から卒業できなくなってもいいのかと脅されると、自分は母子家庭だから芸能人になって稼ぎ苦労している母親に楽をさせてやりたいという意思を伝えたうえ、卒業証書をもらっても、それでご飯が食べられるようになるわけではないと指摘したそうだ。


 こういう問題は人それぞれで、家庭の経済状態も学歴の必要性も事情が色々と異なるものだ。

 そして、それでも幸いだったことは、家族が仲良かったことだろう。貧困な家庭の多くは親兄弟姉妹が不仲で助け合いにもならないのだから。これは、貧困が原因で不仲になることもあれば、不仲が原因で貧困になる場合もあり、鶏と卵とどっちが先かという喩話に該当することだ。


 とにかく、家族が円満だから、働いて学費を助けたりすることも、苦労しているにしてはまだ明い話になりうるのだ。よく貧困な家では、本人の資質や友達の影響などで向学心をもった者がいて、学費のために働くと、親兄弟姉妹が遊ぶ金をせびってくるものだ。


 これは芸能人だと、昔から、成功した途端に疎遠だった家族が金をせびってきたり、冷淡な親兄弟姉妹が金づるとしか考えなかったり、ということが色々と話題になってきたけれど、芸能のような派手な稼ぎ方ではなく地道に働いてコツコツと学費のために貯めた金を、家族が盗んだり暴力的にふんだくったりもするし、学校に入ればやめさせようとしたり勉強の妨害をしたりで、まともな育ちをした人には耳を疑うような内容である。


 こういう話は、すでに色々な人たちが語っていることだから、それによっていくらでも知ることができるけれど、そんなことがあるのだから、貧困でも円満な家庭というのは幸いなのだといえ、その意味でも美談で済ませてはいけないということだ。



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by ruhiginoue | 2016-11-04 11:24 | 芸能 | Comments(0)
 高樹沙耶がテレビドラマに出ているのを観て、その演技に良い印象を持っていたけれど、しかし選挙に新党改革から立候補したので幻滅してしまい、特にファンだったわけではないからまあいいやと思っていた。

 そうしたら、彼女は大麻を所持していたとして逮捕された。説明するまでもなく、大麻を規制する法律の方が間違いという指摘は昔から世界中にあり、規制が撤廃される流れだ。だからといって法律が改正される前に大麻を所持したり使用したりすれば問題であるが、どう問題なのか。

 かつて、井上陽水が大麻を使用したとき、テレビで朝日新聞のある記者が、人気歌手だからファンに悪影響があり、それで自分の子供が大麻を使用したら許せないと批判したところ、同席していた筑紫哲也は、「大麻の害を言うならタバコなどもっと有害なものがいくらでもある。私も大麻を外国で吸ったことがある。大麻は今の法律に違反しているだけだ。その違反で責任を問うだけでなく、こじつけて歌を否定するのは間違いだ」と反論した。
 これに同僚が激怒してしまったことで、同じ朝日新聞の記者でも筑紫哲也は型破りで面白く、話せるし、その指摘は正しい、ということで話題になった。

 そういうことで、高樹沙耶の逮捕で論点は区別すべきだ。
 そもそも大麻の規制が不当だったという問題と、今も大麻が必要かという問題は別で、大麻の有用性を説くさい必ず引き合いに出されてきた『グッドマン&ギルマン』が置いてある診療所もあるけれど、今では良い薬があるから無用という意見もあり、しかし大麻は無用でも無意味な規制をし続けるべきではないし、大麻の評価がどうであれ、彼女が選挙で訴えた政策はどうなのか、彼女に違法行為があったのか、あっても罪に問うべきか、などは別問題だから、それぞれ考えたり議論したりしなければならない。

 また、マスコミの対応が疑問である。
 そもそも、逮捕まで必要かも疑問な違反であり、逮捕はされたけど否認していて、推定無罪のはずだ。それなのに、脇役で出演していたドラマまで使えないというのは理不尽である。
 それに、高江の取材には行きもしないテレビメディアが元芸能人の大麻くらいで石垣島に殺到するというのも不可解である。
 これは、重大な政治経済の問題から世論の目を逸らそうとする陰謀なのか。そうでなければ、相変わらずテレビ局は視聴者をバカにしているのだろう。



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by ruhiginoue | 2016-10-29 17:49 | 芸能 | Comments(0)
 ある大手中の大手の出版社から、ささやかだが稿料送るという通知が来て、仕事と比較してずいぶん気前いい金額だった。
 こういうことは言い方を間違うと世話になっている大きくない出版社に対して失礼になってしまうので神経を使うが、大きいと気前が良いという傾向は確かだ。これはどんな業種でもそうらしい。もちろん大きくてもセコイところはある。それでも「寄らば大樹の陰」でもある。

 これがテレビになると、もっとすごかった。一時間位で撮影して編集したら数分の放送で何万円もくれた(ただしNHKはすごいケチ)。これが頻繁になると、目がくらみ魂売る人が出るのだろう。

 特に原発の広告はちょっと出ただけで何百万もお金をくれるそうだから、あまり売れてないとか金が要り用とかの芸能人などは飛びついちゃうのだろう。本人が嫌がったとしても所属する事務所の方から無理矢理やらされちゃうのではないか。

 これで思い出したが、小林信彦の小説『極東セレナーデ』の最後で、主人公の女性タレントが原発の広報をやらされそうになる。えげつない内容だと感じたところ、彼女を売り出したプロデューサーも同様に感じていた。もともと特に関心はなかったのに、それでもえげつないから嫌だと思ってしまうものだった。
 実は商売敵の陰謀で、嫌々やらせるようにしたうえ、嫌がったということを悪口にして業界に言いふらそうというものだった。
 これに対抗するため最後の手段ということで、タレントとプロデューサーが申し合わせ男女の関係となってデキているかのように一芝居うって週刊誌などに情報を流して、スキャンダルのためイメージ第一の広報はできなくなった、ということにしてしまう。

 というわけで、三十年前に読んだ小説を思い出してしまった。それより前に、小林信彦といえば小さいころ『怪人オヨヨ大統領』というコミカルな冒険活劇を読んで非情に面白かったことも思いだした。連想が飛躍しすぎか。



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by ruhiginoue | 2016-09-04 22:23 | 芸能 | Comments(0)
 両利きという人が時々いるが、「ロス疑惑」で知られる三浦和義という人はいつも右腕に時計をしていて、いわゆる「ぎっちょ」であると自分で言っていたが、しかし箸は左手で、字を書くのは右手が使いやすいとも言ってた。だから事件の映画化で主役はそう演じるのに苦労したそうで、その役者とは薬物で逮捕された高知東生だった。上手く演じていて、二枚目だし、良い俳優だったからもったいないことだ。
 
 その高知東生の主演映画『三浦和義事件』のDVDを持っているが、これは主人公モデルの三浦氏にもらった。役者が熱演しているのに脚本が悪すぎるし、何より法廷の場面で法律の基本を間違えてばかりだった。同じく実話の冤罪事件でも、社会派の名監督といわれた熊井啓監督に映画化してもらえた松本サリン事件の河野義行氏と明暗が分かれた。

 このように好演しても作品に恵まれないことがあった高知東生は、逮捕されたことで「献身夫が何故」と言われるが、それに耐えられなくなったのだろうか。彼は引退して妻の親の介護に専念すると表明していたが、これがほんとうだとしても、男性は評価されない。高知東生は妻より収入が少ないことを散々こけにされていた。笑い話のようにして受け流していたようだったが、実は辛かったのではないか。

 とくに芸能人夫婦は、妻ばかり売れていると離婚する。高知東生の妻である高島礼子はテレビドラマで当たり役があり、似たようなことでは松嶋菜々子がテレビドラマのヒットでかなりの収入であるため夫の反町隆史と差が開き、そのためか夫は映画出演の傍らCМに出てコツコツ稼ぎながら子供も世話を引き受けていた。

 それを言ったらアメリカのレーガン大統領だ。俳優で売れなかったからテレビ司会者に転向して選挙の演説会にも出ているうち勧められて政界入りしたが、知事さらに大統領と出世したものの、ジョン ウエインの訃報に「ああ、彼と共演したかったなあ」とこぼして役者に未練があったことがわかった。

 彼は同姓の補佐官と区別するため改名する前はロナルド リーガンだったが、この当時出演した西部劇はDVDになっているものの、大統領が俳優時代に出演しているとパッケージに謳われていて、そうでなければDVDにならない作品だった。
 そんなショボい西部劇役者の夫と違い、彼の妻だったジェーン ワイマンは、『小鹿物語』でグレゴリーぺックの妻役など有名な作品に出演していて、アカデミー賞までもらった。それで格差が開きすぎて離婚。

 大統領にまで上り詰め空母に名を残していても売れない役者だったころの話は語り草なのだから、妻より売れない夫はどれだけ肩身が狭いか。いくら介護や家事で献身しても、世間はもちん妻や家族からも評価されないし、どこかで見下されているという意識は持ち続ける。

 だから高知東生は薬物に走ったとまでは言えないが、惨めな思いはしていたのではないか。


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by ruhiginoue | 2016-06-27 12:49 | 芸能 | Comments(0)

蜷川幸雄の罵声と死

 演出家の蜷川幸雄が死去したさい、テレビで彼の「熱血指導」の映像がくりかえし流されてた。そうした彼の姿は昔からテレビで何度も紹介されていて有名だ。演出するさい怒鳴ったり罵声を浴びせたりで、汚い言葉も連発される。
 こんなやり方をしなくても上手に演技をつけたり指導したりできる演出家はいくらでもいるのだが、それでも死んだ有名人ということで美化されてしまうのではないか。立場の弱い者を威嚇して従わせるのではパワハラと同じだ。

 しかし、蜷川幸雄という人はカメラを意識して演じていた部分もあっただろうし、あの暴力的な態度に「世話になった」という役者もいる。
 蜷川幸雄は自らが演じる側になることがあり、もっぱら演出家とかテレビのディレクターとか地で演じるような役だったが、それで演出している姿も意識してやっていたような印象だったし、また彼が演出家役で出演していた映画『Wの悲劇』(原作者の夏樹静子が先日亡くなったが、かなり違う脚色がされていた)では、演劇の世界の封建的な体質も描かれていた。
 そして、これは昔から言われていることだが、演劇をやるには、そのさい下積みとか付き人とかで、マゾっ気のある人でないと務まらないと言われてきた。

 つまり、蜷川幸雄はわざとあのような態度をとっていて、それが良くて付いて行った人たちがいたということではないか。
 それでも、蜷川幸雄に対して対等の人間として「あなたのそのやり方は間違っている」と指摘する演劇人がいても良かったはずだ。しかし日本にはいなかったということか。
 
 ただしアメリカでも、アメリカで一番の演技派俳優と称されていたヘンリー フォンダは、主演作『怒りの葡萄』『荒野の決闘』『ミスターロバーツ』の監督ジョン フォードと対立したさい「これまでのあなたのやり方は間違っている」と言ったので喧嘩になり、激高したジョン フォードがヘンリー フォンダを殴ってしまい決別した。
 一方、低予算だったのでスターを主役に据えられなかったことがきっかけで『駅馬車』に主演してから何度もジョン フォード監督作品に主演したジョン ウェインは、演技がヘタクソだったので監督から怒鳴られ罵倒されてばかりいたが、それに付いていくしかないと我慢していた。

 だから、日本の演劇にも大根役者が多いということだったのだろう。


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by ruhiginoue | 2016-05-23 17:41 | 芸能 | Comments(12)