井上靜の気楽な日誌です。気楽にコメントしてください。おたよりも気楽にe-mail:ruhiginoue@excite.co.jpまで


by ruhiginoue

カテゴリ:芸能( 197 )

 両利きという人が時々いるが、「ロス疑惑」で知られる三浦和義という人はいつも右腕に時計をしていて、いわゆる「ぎっちょ」であると自分で言っていたが、しかし箸は左手で、字を書くのは右手が使いやすいとも言ってた。だから事件の映画化で主役はそう演じるのに苦労したそうで、その役者とは薬物で逮捕された高知東生だった。上手く演じていて、二枚目だし、良い俳優だったからもったいないことだ。
 
 その高知東生の主演映画『三浦和義事件』のDVDを持っているが、これは主人公モデルの三浦氏にもらった。役者が熱演しているのに脚本が悪すぎるし、何より法廷の場面で法律の基本を間違えてばかりだった。同じく実話の冤罪事件でも、社会派の名監督といわれた熊井啓監督に映画化してもらえた松本サリン事件の河野義行氏と明暗が分かれた。

 このように好演しても作品に恵まれないことがあった高知東生は、逮捕されたことで「献身夫が何故」と言われるが、それに耐えられなくなったのだろうか。彼は引退して妻の親の介護に専念すると表明していたが、これがほんとうだとしても、男性は評価されない。高知東生は妻より収入が少ないことを散々こけにされていた。笑い話のようにして受け流していたようだったが、実は辛かったのではないか。

 とくに芸能人夫婦は、妻ばかり売れていると離婚する。高知東生の妻である高島礼子はテレビドラマで当たり役があり、似たようなことでは松嶋菜々子がテレビドラマのヒットでかなりの収入であるため夫の反町隆史と差が開き、そのためか夫は映画出演の傍らCМに出てコツコツ稼ぎながら子供も世話を引き受けていた。

 それを言ったらアメリカのレーガン大統領だ。俳優で売れなかったからテレビ司会者に転向して選挙の演説会にも出ているうち勧められて政界入りしたが、知事さらに大統領と出世したものの、ジョン ウエインの訃報に「ああ、彼と共演したかったなあ」とこぼして役者に未練があったことがわかった。

 彼は同姓の補佐官と区別するため改名する前はロナルド リーガンだったが、この当時出演した西部劇はDVDになっているものの、大統領が俳優時代に出演しているとパッケージに謳われていて、そうでなければDVDにならない作品だった。
 そんなショボい西部劇役者の夫と違い、彼の妻だったジェーン ワイマンは、『小鹿物語』でグレゴリーぺックの妻役など有名な作品に出演していて、アカデミー賞までもらった。それで格差が開きすぎて離婚。

 大統領にまで上り詰め空母に名を残していても売れない役者だったころの話は語り草なのだから、妻より売れない夫はどれだけ肩身が狭いか。いくら介護や家事で献身しても、世間はもちん妻や家族からも評価されないし、どこかで見下されているという意識は持ち続ける。

 だから高知東生は薬物に走ったとまでは言えないが、惨めな思いはしていたのではないか。


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by ruhiginoue | 2016-06-27 12:49 | 芸能 | Comments(0)

蜷川幸雄の罵声と死

 演出家の蜷川幸雄が死去したさい、テレビで彼の「熱血指導」の映像がくりかえし流されてた。そうした彼の姿は昔からテレビで何度も紹介されていて有名だ。演出するさい怒鳴ったり罵声を浴びせたりで、汚い言葉も連発される。
 こんなやり方をしなくても上手に演技をつけたり指導したりできる演出家はいくらでもいるのだが、それでも死んだ有名人ということで美化されてしまうのではないか。立場の弱い者を威嚇して従わせるのではパワハラと同じだ。

 しかし、蜷川幸雄という人はカメラを意識して演じていた部分もあっただろうし、あの暴力的な態度に「世話になった」という役者もいる。
 蜷川幸雄は自らが演じる側になることがあり、もっぱら演出家とかテレビのディレクターとか地で演じるような役だったが、それで演出している姿も意識してやっていたような印象だったし、また彼が演出家役で出演していた映画『Wの悲劇』(原作者の夏樹静子が先日亡くなったが、かなり違う脚色がされていた)では、演劇の世界の封建的な体質も描かれていた。
 そして、これは昔から言われていることだが、演劇をやるには、そのさい下積みとか付き人とかで、マゾっ気のある人でないと務まらないと言われてきた。

 つまり、蜷川幸雄はわざとあのような態度をとっていて、それが良くて付いて行った人たちがいたということではないか。
 それでも、蜷川幸雄に対して対等の人間として「あなたのそのやり方は間違っている」と指摘する演劇人がいても良かったはずだ。しかし日本にはいなかったということか。
 
 ただしアメリカでも、アメリカで一番の演技派俳優と称されていたヘンリー フォンダは、主演作『怒りの葡萄』『荒野の決闘』『ミスターロバーツ』の監督ジョン フォードと対立したさい「これまでのあなたのやり方は間違っている」と言ったので喧嘩になり、激高したジョン フォードがヘンリー フォンダを殴ってしまい決別した。
 一方、低予算だったのでスターを主役に据えられなかったことがきっかけで『駅馬車』に主演してから何度もジョン フォード監督作品に主演したジョン ウェインは、演技がヘタクソだったので監督から怒鳴られ罵倒されてばかりいたが、それに付いていくしかないと我慢していた。

 だから、日本の演劇にも大根役者が多いということだったのだろう。


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by ruhiginoue | 2016-05-23 17:41 | 芸能 | Comments(12)
 歌手のプリンスが亡くなったそうだ。今年は、デビットボウイにキースエマーソンと大御所だった人たちの訃報が相次いでいる。
 
 プリンスのことは色々な人が色々と言っているが、自分の印象としては同級生に誘われて過日老朽化で閉鎖された新宿ミラノ座で観た『バットマン』の主題歌が真っ先に思い浮かぶ。ただ映画はあまり面白くなくて、そのあとの『リターンズ』のほうがよかったし、さらに『ダークナイト』がよかった。

 また、アフリカ飢餓救済のUSAフォーアフリカというアメリカの芸能人たちによるチャリティーに、当時ブレイクしていたプリンスは不参加を決め込んでいた。これにより、「世紀の偽善」とも言われた♪ウィーアーザワールドに辟易していた人たちはプリンスを称賛していた。

 もとはボブゲルドフか始めた「ライブエイド」で、彼がノーベル平和賞の候補になったところ、これをみてアメリカの歌手たちが真似たと指摘されている。

 ボブゲルドフは『ピンクフロイドザウォール』に主演していたのを観て、この映画がとても良かったというくらいの印象だったが、「音楽は今やりたいこと、社会運動は今やらなければならないこと」「ポピュラーなんて、ということもできるが、しかしワーグナーはドイツ人でないと、ということがポピュラー音楽にはないから」など、含蓄に富んだ発言が面白かった。

 そして、これを真似しようという話を久保キリコがマンガにしていた。小学生が募金活動をして、例のツネコちゃんが「ノーベル賞の授賞式に何を着て行ったらいいかな」と言うオチだった。これをギャグではなくほんとうにやらかしたのがUSAフォーアフリカではなかったか。

 これをプリンスは無視した。自分はナルシストだから自分がカッコつける以外のことはしないと、すごいことを言っていたとも聞く。
 まあ、人それぞれ、いろいろあっていいが、それにしても今年は訃報が続いていて、次は誰かと思ってしまうほどだ。

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by ruhiginoue | 2016-04-27 17:19 | 芸能 | Comments(0)
 原発再稼動の広告に俳優の石坂浩二が出ていて、この種の宣伝は報酬が高いので金に目がくらんだのだろうと言われているが、そうではなく彼本来の体質だろう。
 もともと石坂浩二は、なにより社会的成功という俗物であることが言動に表れている人だった。個人的にそうであるだけでなく、彼はかつて劇団四季を舞台にしたテレビドラマで浅利慶太にふんしていたが、この周辺の人たちの体質が総体的にそうである。
 
 この浅利という元演出家の劇団経営者は、かつては安保反対とか言っていたが、その後は「演劇界は左翼ばかりだから大企業がスポンサーになってくれないのだ」と言い出して政財界にすり寄るようになって、選挙でも自民党の右派を支援してきた。
 これは、例えば中村敦夫が、かつて千田是也と喧嘩したことからリベラルだけど左翼嫌いというのとは違う。新劇の体質とは馴染めないというのではなく、金の問題である。

 そもそも演劇は古代ギリシャの時代から人を啓蒙するものだから、人と社会を洞察するには進歩的とか反体制とか反権力でないと成り立たないので左翼も多いのだが、それでは経営が厳しいので体制とか権力にすりよる人がいて、その代表が浅利慶太だった。
 劇団四季は最初はいかにも新劇ということをしていたが、経営難になってからミュージカル路線となり、確実に受けるから金を出してほしいとスポンサーに向かって言うために、すでに外国で当たったものを内容から演出方法まで模倣した。これをビートたけしが「浅利慶太の猿真似芝居」と皮肉ったのだった。

 それでも浅利慶太は処世術として確信犯なのだが、そこへ表面的な華やかさだけにひきつけられる人が勝ち馬に乗ろうとして寄ってくる。こういう人たちは演劇で人間の本質に迫ろうという奥深さなど野暮だとしか思っていない。
 ある演出家が、幸福そうにしろと指示すると人を見下したような顔をする役者が増えてしまったと世相を嘆いているが、劇団そのものがそれを事業にしてしまったのだ。

 これは、報道の仕事がしたいのではなくマスコミに就職したいという人たちと似ている。ブン屋とかルポ屋などのジャーナリストではなくマスコミ人になりたいのと同じで、芸人とか役者ではなくタレントとかスターになりたいだけ。
 そうしているうちに、マスコミはスポンサーから金を引き出すこと自体が目的と化してしまい、広告だけ目当てのやくざ者がやっている総会屋雑誌に限りなく近づいてゆくものだが、演劇とか映画も似たようなことがある。

 そして、前に実際に劇団四季に属している人と話したら、まったく思っていたとおりだった。だから、石坂浩二も単に金に目がくらんだのではない、と思うわけだ。

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by ruhiginoue | 2016-04-07 17:32 | 芸能 | Comments(1)
 アイドルグループのSMAPが、所属する事務所から独立するという話が出て、解散してしまうのではないかという騒ぎになっていた。
 これは結局、その目論見を事務所によって潰されたような形になり、このため昔のことが蒸し返された。それは、今では経営者の側にいる近藤真彦が、かつて所属タレントであった当時、歌手の中森明菜と親密交際していて、すっかり結婚するつもりでいた中森明菜は、大金を貢いだうえ自殺未遂に追い込まれ、しかも婚約の記者会見だと偽られて金屏風の前の席についたが、近藤真彦は途中で退席し、彼の所属するジャニーズ事務所と自殺未遂は無関係だという話を無理強いされたという話だ。

 この「金屏風事件」のあと、中森明菜は事務所の問題と人間不信とにより、芸能活動が思うようにできなくなってしまったということはよく言われるとおりだが、どうしてそんな悪辣な連中に手もなく騙されるのかと不思議がる人もいる。たしかに、芸能人は若くて社会経験が乏しいこともあるが、それを補佐してくれる取り巻きもいる。

 ただ、ジャニーズのタレントには家庭が貧しい人が多いと言われる。SMAPのリーダー中居の家庭について話題になったさい、先輩のジャニーズアイドルグループ「少年隊」の東山が、だいたいは富裕でない家庭の出身だと率直に語っていたし、さらに先輩の田原俊彦が雑誌でロック歌手の浜田省吾と対談したさい、大学時代のバンド活動という話をする浜田に対し田原は、母子家庭で生活が苦しかったので大学進学なんて考えたこともなかったと述べていた。

 だから、田原俊彦の全裸写真流出とか、そのまた先輩の郷ひろみが「ホモセクハラ」のため逃げ出してバーニングに行き、それからジャニーズとバーニングは険悪だとか、そのさらにまた先輩で特に人気があった「フォーリーブス」の北が告発本を出版し、これが話題になると、同じ体験をしたという告白が大量に寄せられた、ということなどなど、この背景には、家庭の貧困により進学できないとか芸能で身を立てたいと考える人がいて、理不尽に我慢してしまうようだ。

 また、巻き込まれて不幸な中森明菜は、あの当時は家庭の事情で精神的に不安定だったと指摘されている。彼女の母親が重病で、彼女の妹が介護していたが、それを押し付けた父親は、芸能で成功した姉は金づるのようにしていたが、妹は介護にこき使うばかりで他は役たたずだと貶すような態度で、だから妹のほうが先に自殺未遂騒動を起こしていた。
 
 このように、社会に問題があっても対処できる人とそうでない人とでは、家庭の問題が影響しているとしか思えない場合が多い。自分のことを考えても、とんでもない失敗をしてしまったことについて後から冷静に思い起こすと、どうしてこんな簡単なことにも気づかなかったのかと悔やまれるが、しかしあの当時は家庭の影響で落ち着いて考えられなかった、ということが必ずある。


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by ruhiginoue | 2016-01-25 17:15 | 芸能 | Comments(5)

デビッド ボウイの訃報

 大病をして事実上引退といわれていたデビッド ボウイだが、また作品を発表したり回顧展が開催されるということで話題となっていたところ、亡くなったと発表されて騒ぎになっている。彼はエルビス プレスリーと同じ誕生日で、その直後だった。

 デビッド ボウイといえば、よくカラオケで利用させてもらった。「♪スタ~マ~ン」とか。
 あと、90年に来日した東京ドームのコンサートを観た。ちゃんとアンコールに応じた日であった。
 その前日は、重要なので必ず曲目に入れると言っていた『ロックンロールの自殺者』を唄わず、アンコールにも応えなかったので、疑問を呈されていた。体調がよくなかったと説明されていたが、ただの気まぐれだったともいわれ、興行主のほうからは、次の日の当日券の売り上げに影響すると苦情が出たらしい。

 また、元アイドルグループという俳優が、子供の父親が自分とは別人だとDNA鑑定で判明したという訴訟を起こし、その離婚した妻である喜多嶋舞は、映画『ラビリンス』のジェニファー コネリーをひどい素人演技の吹き替えをしていた。
 これは当時フジテレビが、洋画の吹き替えを経験のないタレントにやらせて話題づくりして、一時的に視聴率を稼げれば映画をむちゃくちゃにしてもよいという態度で非難されていた一環である。
 そのうえ、デビッド ボウイの吹き替えが堀勝之佑(銀英伝のルッツなど)で、ベテランだからきちんとした演技ではあったがイマイチ合っていなかったし、歌詞のテロップがひどい誤訳であったから、もしもボウイが知ったら怒ったのではないか。それくらいひどかった。

 あと、先日くだらない番組『朝まで生テレビ』の話をしたが、その大島渚はテレビのCМに出ていたのを見てボウイに『戦場のメリークリスマス』の台本を送ったところ興味をもってもらえたと言っていたが、時期からすると「ジンロック ジャパン」だろう。
 そしてボウイは、会うにあたり観てとブロードウェーの舞台でやっていた『エレファントマン』のチケットを届け、歌手だとしか思っていなかった大島渚はボウイの演技がうますぎるので驚いてしまったと言っていた。

 ブロードウェーの舞台に出た歌手といえばマドンナもそうだが、こちらは酷評されていた。評価されていた『エレファントマン』について、よく言われる「姿は醜いが心は清らか」という主人公ではなく、同情をひいて冷笑していたという解釈だとボウイは語っていた。
 おそらく『金閣寺』の影響で、三島由紀夫の小説はよく読んだとボウイは言っていたことがある。しかし、緒方拳が主演の映画『ミシマ』について、ボウイは興味深く観たと言っていたが、大島渚はつまらなかったと言っていた。
 あの映画は、エドウッド映画と同じで、ツッコミを入れながら観ると面白いのだ。

 デビッド ボウイは「ステージ上で殺されたい」と言っていた。芸人として舞台で死ねれば本望だし、唄いながら熱狂的なファンに殺されたら最高だと。
 しかし、一時の親交があったジョン レノンの事件があると、ボディーガードの人数を増やしていたそうだ。芸人の発言を真に受けてはいけないということだ。

 ということで、いろいろな思い出のあるスターであったから、その訃報には驚いた。

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by ruhiginoue | 2016-01-12 17:18 | 芸能 | Comments(8)

同性愛と差別を煽る宗教

 前回の話のとおり、『ストップ!ひばりくん!』が描かれた80年代の前半は、エイズとは同性愛者の病気だという認識が一般的だった。
 また当時は、主人公が男性なのに女装しているだけでなく、自分は女性だと思い込んでいるかのような言動をしているので、後になってから、あの主人公は今で言う性同一性障害なのかという議論にもなった。
 あの当時はまだそのような観念すらなく、性転換手術も優生保護法との関係から日本では実施できず、モロッコに行くしかなかった。カールセール麻紀が手術したことで日本でも知られるようになった有名な病院のことで、世界各地から希望者が来る。だから『ストップ!ひばりくん!』でも、モロッコで性転換手術というセリフが出てくる。

 そして、80年代のデカダンな雰囲気のため、ロック歌手などの芸能人が、同性愛や両性具有を売り物のようにしていたから、そういうネタを『ストップ!ひばりくん!』はよく取り入れていたし、フレディ=マーキュリーがエイズで死去したさいは不道徳な遊びをした結果の自業自得であるかのように言われたし、真偽不明だがデビッド=ボウイが女性に性的暴行をしたうえで「これでお前もエイズに感染した」と言って脅したという騒ぎにもなったのだった。

 だから、この当時、知り合いの歯科大学生のお兄さんが、エイズについて、神に背いたために罰が当たって発病したのだと真顔で言っていた。
 このお兄さんは、「世界人類が平和でありますように」で知られる宗教の信者だった。ここの教祖は生長の家の信者だったが、似たような団体「白光」を勝手に作った。これについて、霊媒と称してイタコ芸をする幸福の科学の教祖は、生長の家の教祖の霊が、白光の教祖は死後に地獄に堕ちていると、勝手に語らせていた。

 しかし、後にハンセン病の差別について、迷信を説くことで煽った歴史を仏教界が謝罪する声明を発したが、医学生が宗教を信じることで非科学的な差別と偏見というのを目撃したときは、宗教が良くないか、その信じ方が良くないか、どちらかだろうが、どちらにしても問題だと思ったものだ。 
 

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by ruhiginoue | 2015-12-07 17:35 | 芸能 | Comments(2)
 俳優のチャーリー=シーンがHIV感染していることを公表した。彼は大変な性豪として知られているので、そのことと関係があるようだ。
 ところが、HIVという用語も言われていなかった時代は、そのウイルスに感染することによって罹る病名のエイズと言うだけで、男性の同性愛者の病気だと思われていた。
 
 それで、漫画にもそういうネタがあった。
 前に話したとおり、赤川次郎の小説『セーラー服と機関銃』は、映画化されたさい薬師丸ひろ子の演技が話題になったため、原作にないセリフ「快感」が一人歩きし、のちに別の出演者でテレビドラマ化したさいも、制服姿でマシンガンを撃つ場面でこのセリフを言うようになった。この場面は、漫画などで何度パロディになったかわからないほどだ。
 その一つに、江口寿史の『ストップ!ひばりくん!』がある。父親の組長と敵対する暴力団に殴りこみをかけた主人公は、マシンガンを乱射してから「快感、なんちゃって」と言うのだ。

 このあと、さらに『探偵物語』のパロディにもなる。『セーラー服と機関銃』がヒットしたため、薬師丸ひろ子は再び赤川次郎の小説を映画化した『探偵物語』に主演するが、その宣伝文句にもなったセリフを、薬師丸ひろ子に似せて描いた女の子が出てきて言うのだ。探偵を雇い調査し、女性だと思っていた主人公が実は男性であることに気付くが、その探偵がしくじったさい「ドジな探偵ね」と言うわけだ。
 そのうえで、「ホモはいけないわ。エイズは恐ろしいのですよ」というセリフがあるのだが、これは『少年ジャンプ』掲載と後の単行本化でも同じだったが、かなり後になってから再販された版では「ゲイはいけないわ、ゲイは」と、吹き出しの中の写植が変えられている。

 これは、エイズが同性愛者だけの病気ではないことが明らかになったり、薬害による感染者が大問題になったり、ということに加えて、同性愛者を指す言葉は「ゲイ」が一般的となり、その前まで一般だった「ホモ」は偏見が含まれているので差別用語とみなされるようになったから、ということらしい。(この続きは次回に)


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by ruhiginoue | 2015-12-06 17:34 | 芸能 | Comments(0)
 『笑っていいとも』に、さとう宗之が出た時は、テレビで彼が主演していた『仙八先生』で生徒役だった三田寛子に電話し、しばらくドラマで共演した人を続けてみたいと言った。
 それで次の日に出た三田寛子は、同じく生徒役で出演していた本田恭章に電話をした。
 本田恭章は、やはり生徒役で共演したなかで絡みが多かった薬丸裕英に電話するかと思われていたが、なぎら健一に電話した。なぎら健一もレギュラー出演していた。

 だが本田恭章としては、自分は歌手であるという矜持だったのではなかったか。
 彼は現在までフリーランスの歌手をやっているが、聴いた人によると歌は上手だという。もともとは歌もギターもヘタクソと言われていた。だから、美少年だったのでアイドルになればいいのに、無理してロック歌手になると言い、苦労や損をしていると嘲笑されてきた。
 しかしアイドルなんて十代だけだが、ロックならデビッド=ボウイのように結婚しても子供が生まれても歳をとってもカッコつけていられると彼は言っていた。そして、長年やってきたので上達したということらしい。だから、アイドルになった薬丸裕英などではなく、ギター弾きながら歌っているなぎら健一に電話をかけたということではないか。

 こういうことを考えると、交友関係というのも面白いし、少々大げさだが生き方というものを考える参考にもなる。

 ところが山本リンダが出たときは、続いて岸本加代子、さらに杉田かおる、というこになって、これは友達というより信者じゃないか。芸能人だから広告塔ということだろうが、こういうことは友達というのだろうかと疑問だ。

 逆に、友達だけど思想信条が違うのも、それが友達なのかというと、また疑問だ。思想信条は違っても人間として付き合えるというのは、嘘ではないかという指摘もある。もしそんな人がいたら、その人の思想信条は付け焼刃とか偽物とかいうことではないか。
 
 そんなことを考えたのだった。友達とは何だろうか。



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by ruhiginoue | 2015-12-05 17:30 | 芸能 | Comments(0)
 人気番組だった『笑っていいとも』は、次の出演者を友達の紹介で決める番組冒頭が、次第に友達ではなくなり、義理や宣伝で申し合わせるようになってきたことで白けると言われていた。このことから、友達とは何かという問題を考えてしまったことがある。

 松田聖子が出たとき、司会のタモリが「お友達の紹介を」と言うと松田聖子は、
 「じゃあ、神田正輝さん」
 「それじゃお友達じゃないでしょう、家族でしょう」
 とタモリに言われても、お構いなしに自宅にへ電話をかける松田聖子。
 「もしもし、お父さん」
 「今、沙也加と観てるよ」
 「明日来てくれるかな」
 「いいとも」
 と、強引にやってしまった。

 そうではない例もある。松山政治は、兄弟で俳優だから紹介したかったけれど、友達にしてほしいとタモリに言われると、素直に従っていた。
 これに対して松田聖子はわざと確信犯的にやっていたのが明かだったけれど、そうではなく、家族しか信用しないので友達はいないという人もいる。もちろん、逆に家族は信用できなくて、友達のほうが信じられる人もいる。

 『笑っていいとも』には議員など政治家が出たことはあるけれど、現職総理が宣伝臭い調子で強引に割り込んだようだったとも言われるのが安倍総理の出演だった。
 この時、スタジオアルタ前に押しかけた人が、番組の正式題名『森田和義アワー笑っていいとも』をもじって『安倍晋三アホ―辞めていいとも』と書いたプラカードを掲げていたことも話題になった。
 この安倍総理は、「おともだち人事」と皮肉られたとおり、能力による適材適所とか派閥などの政治力学より、ただ自分と親しい人を登用している。こういうことをする人は子供っぽい性格だとか自信がないからだとか言われる。
 
 このような、友達と家族と仕事という分類は、どう考えたらいいのだろうか。


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by ruhiginoue | 2015-12-04 17:28 | 芸能 | Comments(5)